2013年07月24日

奇跡のリンゴ

阿部サダヲ、菅野美穂はふたりとも好きな俳優なので、かなり期待して観に行ったのだが、映画として以前に、内容にクエスチョンマークがついてしまった。要すれば、脱農薬を目指して10年以上にわたって試行錯誤を繰り返した後、リンゴの無農薬栽培を可能にした農家を描いているのだが、その内容にはバイオの専門家として、いくつかの疑問が残ってしまう。

まず、最大のものは、リンゴ関連の農薬は、消費者からすればそれほど大きな問題ではない、ということだ。農家サイドに立つなら、農薬関連の作業がなくなった方が良いと思うのだが、食べる方とすれば、そんなに大問題とは思えない。もちろん、必要以上に大量の農薬を使ったり、あるいは許可されていない薬を利用していれば問題だが、今利用されている農薬は、消費者に悪影響が出ないように、きちんと科学的な検証が行われているはずである。それなら、農薬を使わないのではなく、農薬関連の作業を農家にとって低負担でできるようにした方が産業上の有用性が高いはずだ。脱農薬を必要以上に賛美しているのではないか、という思いが常に底流に存在してしまい、心の底から映画を楽しめなかった。

次に、酢やワサビの抽出物を散布しておいて無農薬と言えるのか、という疑問がある。生物由来なら良い、食品なら良い、というものではないと思う。

また、最終的に行き着いた自然農法のようなものも、あれで本当にうまくいくのか、疑問が残る。そもそも、農業というのは自然とは相反するものだ。農作物がほとんど雑草化しないことからもそれがわかる。コメやリンゴはその最たるもので、長い積み重ねで得られた経験知の結晶が、食品としてのコメやリンゴである。「近所の広場でコメが雑草化して困っている」とか、「近所の森にあるリンゴの木が誰も手をかけていないのに毎年美味しいリンゴをならせる」といった話を聞いたことがない。

最後に、一度害虫にやられて素っ裸になってしまったようなリンゴの木が、果たして再生するのか、という疑問がある。

「自然が一番」みたいな、一種宗教的な気配が強く感じられて、「それならお前ら、水道水なんか飲まずに雨水を飲んでおけよ」と思ってしまうのだ。これはつい先日、「総統閣下はお怒りです 「怪しい医者」」というエントリーで書いたことにも通じるのだが、科学と自然を対立した概念として扱う姿勢が、僕の生理にはどうも合わない。

映画そのものは、一部の子役の演技に難があったことを除けば、非常に良いものだったと思う。特に菅野美穂の演技は素晴らしかった。「風立ちぬ」にも通じる、モノ作りへの執念とか、孤独感を上手に表現していたと思う。純粋なエンターテイメントとして捉えるなら、評価はかなり高い。ただ、残念ながら、この映画は純粋なエンターテイメントではないと思う。

評価は☆1つ。「リンゴは無農薬に限る」みたいな勘違いをする人が大量発生しなければ良いのだけれど。

この記事へのトラックバックURL