2013年12月04日

まだ「あまちゃん」とか言ってるみたいだけど

「あまちゃん」ファン集うビル解体へ…惜しむ声
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131204-00000379-yom-soci

リアルタイムで観ていても、「あまちゃん」は東京に出てから失速した。決してつまらないドラマではなかったけれど、もう一度観たいと思うような内容でもなく、朝の連続テレビ小説としては標準的なできだったと思う。これに比較すれば「風のハルカ」の方がちょっと上だと思うし、今やっている「ごちそうさん」もその上に行く可能性があると思う。とはいえ、「ごちそうさん」は大阪に行ってからやや失速気味で、このままでは先が微妙ではあるのだが。

朝の連ドラは、一日を楽しい気分でスタートさせる必要があるので、その点では「あまちゃん」はなかなか良い出来だったと思う。しかし、それだけのドラマだった。このあたりが、クドカンの限界だったとも思う。

連続テレビ小説の難しいところは、時間帯の他にもうひとつあって、それは長期間にわたっての放映ということだ。その間、視聴者をずっとつなぎとめておく必要性から、ストーリー全体にいくつかのクライマックスを用意する必要があって、ドラマの最終盤にピークを持ってくるのが難しい。似たような、長期にわたって観客の注意を惹きつけておかなくてはならない構造のドラマにハリーポッターやスター・ウォーズがあるのだが、これらは「終わってみたら、スネイプの物語だった」とか、「ダース・ヴェイダーの一生を描いていた」という、軸ともなるような隠れた主役がいる。あまちゃんでは、それが春子と鈴鹿ひろ美の二人だったのだが、彼女たちの人生にあまり深みがなかったのが、あまり心に残らないドラマになってしまった原因かも知れない。何度も観て楽しむためには、「あの、隠された主人公の人生が明らかになった上で改めて観てみる」といった背景が要求される。同じ感想を持つだけのドラマなら、一度観てしまえば十分なのだ。

最近のテレビ小説の中で印象深いのは「ちりとてちん」である。このドラマの何が凄いかといえば、毎週泣き所があったことである。ちょうど今、衛星放送で「ごちそうさん」の前に再放送をやっているのだが、不思議なことに、毎週泣けるのである。主人公が劣等感満載のイケてない女の子だったこともあって「毎朝のスタート」にはふさわしくないと思われてしまったのか、放送時の視聴率は決して良くなかったようだ。しかし、終わってみたら、「もう一度観てみたい」と強く思わされるのがこのドラマである。

このドラマの隠れた主役は草若で、最後まで観た上で、改めて最初から観るとまた違った感想を持つ。しかし、草若のエピソードがあまりにも重要すぎるために、ドラマのピークが最終回にこなかった。このあたりは、テレビ小説の非常に難しい課題なのかも知れない。

ところで、「ちりとてちん」と「ごちそうさん」を観ていると、ところどころの重要な役で、同じ役者の顔がみつかる。NHKが使いやすい役者さんなんだろう。

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