2014年05月21日

総統閣下はお怒りです「ひとりぼっちの福島県民」

モリタック:今週号のスピリッツ、読みましたか?

ヒロッコ:読んだわよ。

モリタック:どう考えれば良いんですか?

閣下:まず、お前はどう思うんだ?

モリタック:えーーーと、山岡と海原雄山が仲直りして「父さん」「父さん」と連発しているのが気持ち悪いなぁ、と。

ヒロッコ:それはとても正しい感覚だと思うけれど、テーマはそこなの?

モリタック:いや、テーマは福島の放射線ですが・・・

ヒロッコ:あなたはどう思うの?

モリタック:うーーーーん、それが、さっぱりわからないのです。どうしたら良いんでしょうか?

閣下:大事なことは、自分で情報を集め、自分で勉強し、自分で判断することだ。人の意見を聞いても仕方ない。

モリタック:また勉強ですか・・・

ヒロッコ:あなたのように、勉強をせずに、人の意見だけ読んで分かったつもりになって、偉そうに「許せない」とか、「良く描いてくれた」とか、言っている人がたくさんいそうよね。

モリタック:たくさんいて、誰を信じて良いのかわからないのです。

ヒロッコ:だから、それが勉強不足なんじゃない・・・

閣下:とりあえず、情報収集は済んでいるわけだな?

モリタック:スピリッツの美味しんぼの最後に、「ご批判とご意見」というのが載っていました。

参考:ご批判とご意見(PDF)

閣下:ちゃんと読んだのか?

モリタック:ざっと流し読みしました。

閣下:そうやって、表面上だけ情報に触れて分かったつもりになる奴が一番の困りものなんだがな。

モリタック:しょぼーん

閣下:美味しんぼの件はいくつもの問題が関係しあっていて、非常に複雑だ。これを簡単に片付けてしまうことこそが問題だ。少しずつ、整理していく必要がある。少し長くなるから、モリタックとの会話で教育するのにも無理がある。ここでは問題を5つの段階にわけて整理してみるぞ。

(1)失われた信用
まず、福島原発において一番大きな、基本的なところの問題を確認しておく。それは、責任をとることができない、取る気もない東電の首脳、政治家、役人たちが、情報を隠蔽し、俺達にそれを開示しなかったことだ。このことが致命的な不信感を生んだ。その姿勢は今も続いている。

また、表向きは情報開示の姿勢を示し、今でも毎日のように記者会見をやっているようだが、放射性物質を垂れ流しているのと同様、整理されない状態の情報をどれだけ垂れ流しても、無意味であるし、逆に害悪でもある。完全にルーチン化し、ほとんどの人が興味を持っていないように見える。これは紛れもなく「風化」である。

今となっては、誰も、何が重要で、何が重要でないかが判断できなくなっているのではないか。最初から、情報を「出す」「出さない」の判断基準は、国民にとって「重要か」「重要でないか」ではなく、東電にとって「都合が良いか」「悪いか」になっているフシがある。

「由らしむべし知らしむべからず」という姿勢が、最も大きくて、しかも解決の緒すら見つからない問題だ。


(2)国民の知識
国民が正確な知識を持っているのか、という問題がある。放射能に関する正確な知識があるのか、ということだ。ここでいう「知識」とは、「それは、科学的にはまだ未解明だ」ということも含まれる。例えば、低線量被曝による健康被害については、N数が少なすぎて「わからない」ということが多い。原爆やチェルノブイリの事例をもとに強弁する評論家もいるけれど、それは「そういう説もある」だけで、定説として受け入れられているわけではない。何が科学的合意事項で、何が不明なのか、ここをきちんと理解しておく必要がある。

特に数字では、科学的に結論が出ていることと、結論は出ていないけれど数値を決めないと行政上不都合があることと、二通りのものがあって、実際に運用されているものは後者が多かったりする。世の中には色々な思惑やレベルの数字が溢れているので、それらの数字の性格をきちんと理解しておくことも重要だ。


(3)科学的検証
科学の視点に立つのであれば、事実や数字に対して謙虚である必要がある。例えば、こんなニュースがある。

福島県双葉町で鼻血「有意に多い」調査 「避難生活か、被ばくによって起きた」
http://www.j-cast.com/2014/05/16204959.html?p=all

こうしたニュースを読めば、美味しんぼで取り上げられた人たちが「鼻血が出た」と述べたのも別に違和感はない。ただ、その鼻血の原因が何か、という問題はあって、それが放射線に起因しているとは限らない。これも、「わからない」の範疇だ。ともあれ、「鼻血を出した人がいた」という事実の前では、俺達は謙虚でいる必要がある。

作中では実在の登場人物に語らせる形で鼻血が出たことなどを紹介しているが、これもN=1ではあっても恐らく事実なので、それを漫画上で表現することに大きな問題があるとは思えない。

一方で、先週号で美味しんぼの登場人物(実在の人物らしい)が鼻血の原因としてフリーラジカル説を展開したのは微妙なところである。美味しんぼの中で展開された説は、科学的に鼻血を説明する仮説の一つではあるけれど、比較的簡単に否定できる説でもある。


(4)気持ちの問題
科学的にどんなに正しくても、気持ちの問題として受け入れられないものはたくさんある。「遺伝子組み換え食品との付き合いかた」という本の中で述べた事例だが、塩酸と水酸化ナトリウム水溶液を中和してビーカーの中で作った食塩水を飲みたくなるか、ということである。もちろん平気で飲み干す人もいるだろう。しかし、嫌悪感を示す人もいるはずで、そういう人に無理やりその塩水を飲ませてしまうのは、不適切な行動だ。

科学の知識は必要だが、同時に気持ちの問題にも配慮する必要がある、ということである。


(5)言論や表現の自由
スピリッツの「ご批判とご意見」の中には色々なものが含まれていたが、公的な立場からの意見で、これはどうなのか、というものを列挙してみる。

川内村村長 遠藤雄幸氏
「『美味しんぼ』を読んでいないのでなとも答えられませんが」
「多くの読者がいる御社の雑誌の一言一言は重い。自主避難者支援は理解できますが、全ての被災者が同じように受け止めることができるかどうかは疑問だと思う」

大阪府・大阪市
「平成26年5月9日付で貴社宛に、『平成26年5月12日発売予定習慣ビックコミックスピリッツ掲載の「美味しんぼ」の内容の一部訂正』について申し入れを行いましたが、訂正等の対応をいただけなかったため、次のとおり厳重に抗議いたします。」
「大阪府、大阪市として厳重に抗議するとともに、作中表現の具体的な根拠について是非開示されるよう強く求め、場合によっては法的措置を講じる旨、申し添えます」

福島県庁
「「美味しんぼ」及び株式会社小学館が出版する出版物に関して、本県の見解を含めて、国、市町村、生産者団体、放射線医学を専門とする医療機関や大学等高等教育機関、国連を始めとする国際的な科学機関などから、科学的知見や多様な意見・見解を、丁寧かつ綿密に取材・調査された上で、偏らない客観的な事実を基にした表現とされますよう、強く申し入れます。」

双葉町
「双葉町に事前の取材が全くなく、一方的な見解のみを掲載した、今般の小学館の対応について、町として厳重に抗議します。 平成26年5月7日」

まず、川内村の村長だが、美味しんぼを読んでないのにコメントしているのは珍妙だ。大阪府は事前に原稿を検閲し、その内容を訂正するように申し入れ、それを拒否された段階で「法的措置を講じる」可能性をちらつかせて脅迫している。福島県も科学的な正確性を強く要望しているが、福島県は「ゴジラ」などの創作作品についてもこうした要望を出すのだろうか。双葉町の抗議も、事前検閲の体である。

スピリッツの特集には掲載されていなかったが、参考になるのが環境省の対応で、それは朝日新聞の記事から垣間見ることができる。

美味しんぼ、発売11日前に環境省へゲラ送る 編集部
http://digital.asahi.com/articles/ASG5K5GN0G5KUTIL014.html

この記事の中で、

具体的な内容の訂正要求もしていない
未発表の内容で慎重に扱う必要がある

と、発売前原稿に対して慎重(=当たり前)な姿勢を表明している。

#この記事では、むしろ原稿を渡している小学館の姿勢を疑問に感じる。

発表された作品に対して事実と異なる点を主張するのは全く問題ないのだが、事前検閲のような対応はお粗末の一語に尽きる。


閣下:あーー、疲れた。

ヒロッコ:お疲れ様です。それで、モリタックは理解できたの?

モリタック:私には、ベースがほとんどないので、ぼんやりとしかわかりません。

閣下:ベースが必要なのは(2)や(3)だな。このあたりは17日に安倍首相がコメントしたところだ。

安倍首相 「美味しんぼ」鼻血描写に「根拠ない風評に国として対応」
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2014/05/17/kiji/K20140517008179230.html

ヒロッコ:「根拠ない」と言っていますけど、岡山大学らの調査結果を参考にすれば、「わからない」というのが正確じゃないですか?

閣下:何らかの相関関係はあるのだろう。しかし、どういう因果関係かはわからないとしか言いようがない。さすがに安倍首相も馬鹿ではないので、「小学館に強く要望する」などとは言わなかったけれど、残念なのはわかりやすい情報提供、すなわち、(2)や(3)の部分にだけ注目していることだな。政治家として一番やらなくてはならないことは(1)、すなわち、失われた信用の回復のはずなんだが。

ヒロッコ:国家が国民から信用されていなければ、これからも様々な問題が起きますからね。

閣下:行政や東電に対する不信は、原発の爆発をトリガーとした人災だからな。そして、その不信感への対応は政治家にしかできない。肝心の政治家の数名は美味しんぼについて「偏見を助長する」などと言っているようだが、偏見は(1)の不信感にこそ起因しているのだ。政治家や行政組織が必死になって美味しんぼの内容を否定しているのは滑稽ですらあって、きちんとした自説があるなら、事前検閲のようなことをせず、同じように自説を主張すれば良いのだ。

とはいえ、今回の件では美味しんぼの主張をうのみにするのも危険だ。上に書いたように、フリーラジカル説を科学的に否定するのは簡単だし、事実関係として間違っている記述も含まれているようだ。「福島には住めない」としているが、住めない地域は福島全域ではないはずで、その点でも説明不足で正確性に欠ける。

一番わかっておく必要があることは、美味しんぼで展開されている主張は雁屋哲氏の意見を色濃く反映したもので、これが真理でもなければ、福島の総意でもなく、「そう考える人がいる」というだけ、という点だ。

モリタック:閣下!結局、私はどうすれば良いのでしょうか?

ヒロッコ:ここまでの話を聞いてなかったの??

モリタック:できれば、3行ほどでわかりやすくお願いします。

閣下:この問題では、それは不可能だ。例えば、この作戦室に福島に住んでいた人間が異動してきたとする。どうしたって、普通に「あ、そう」とはならないだろう?「へぇー」とか、「えーー」とか、反応はそれぞれだろうが、とにかく、その他の地域から異動してきた人とは同じ反応にならないはずだ。

福島の人たちは、普通に迎えて欲しいのだと俺は思う。でも、それは無理なんだよ。そういう爪痕を、日本人の心に深く刻んでしまったのが、福島の原発事故なんだ。俺達が本当に福島の全て人の身になって考えることも無理だし、みんなを心の底から励ますこともできない。何をしても、所詮、外野の自己満足なんだよ。「こうしたら、福島の人に喜んでもらえるんじゃないか」って、実際には親切を押し売りしているだけで、一番満足しているのは自分たち自身なんだ。完全なる無私なんて、俺は存在しないと思う。とはいえ、そういう活動が偽善だとも言わない。「一番満足しているのは自分自身」ということを認識しつつ、日本人一人ひとりが死ぬまで当事者として、何ができるかを考えていかなくてはならないんじゃないのか?

例えば、この詩を読んでみろ。

潮の匂いは。
http://www.inisi.myswan.ne.jp/club/literary/index.html

モリタック:・・・・

ヒロッコ:・・・・

閣下:これが福島県民の総意ではない。そもそも、厳密には宮城の人の詩だし、原発じゃなくて津波についての詩だ。でも、こういう風に考える人の存在にも、俺達は謙虚でなくてはならないんじゃないのか?

モリタック:・・・・

閣下:もうひとつ、美味しんぼが指摘している重要なポイントがある。それは、福島を出たいと考えている人の支援を提案していることだ。また、実際に北海道に出た酪農家を紹介している。

ヒロッコ:人それぞれに色々な立場があって、可能性があるのですから、唯一の正解というのではなく、一つの可能性を提示したという点で評価できるわけですね。

閣下:美味しんぼでは触れられていないが、「誰も責任を取らない」ということも忘れてはダメだ。もし将来、福島でがんになる子供が大量に発生したとしても、誰が放射線のせいで、誰が自然発生なのかなんてわかりはしない。全体の中で「◯%は低線量被曝に起因する」とは判断できても、個別の事例それぞれに、「あなたは自然」「あなたは被曝のせい」などと分類できるわけがない。できないなら、責任の追求も難しい。頑張って国家賠償訴訟に持ち込んでも、原告が死に絶えるまで控訴の連続だ。おまけに、肝心の責任者のほとんどはその頃にはもう鬼籍入りだ。

ヒロッコ:それは面倒だし、不毛ですね。やはり、自分の身は自分で守らないと。

閣下:ところで、滑稽なのは、いつも集中的に連載する形式の美味しんぼのスタイルを知らずに、みんなが騒いだおかげで美味しんぼが休載に追い込まれたと勘違いした政治家がいることだな。展開は何も変わっていなくて、全て予定通りだというのに。




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