2014年08月21日

ブウ*の視点「がんこラーメン八代目」

日本のラーメンブームは1990年ぐらいからだと思うのだが、その初期、表向きの主役になった店は「なんでんかんでん」である。一方で、裏の主役は「がんこラーメン」だった。今は商標の兼ね合いからか、「一条流がんこラーメン」としているようだが、ラーメンオタクの間では長い間「がんこ」で親しまれてきた。

がんこの特徴は「会員制」「一見さんお断り」「看板がない店」「携帯電話禁止」といったもので、まだインターネットが普及していない時期から口コミで「こんな店があるらしい」「青砥らしい」「いや、早稲田のようだ」と語られる謎の店だった。




会員制や一見さんお断りといった業態はすぐに廃止されたようだが、「看板のない店」はかなり長い間継続し、真っ黒な外観や、営業中に店頭にぶら下げられる馬鹿でかい牛骨などがマニア心をくすぐったものだ。僕が初めてこの店のラーメンを食べたのは、家元が四谷三丁目と千駄ヶ谷の中間辺りで店をやっていたときである。




僕がまだ駆け出しのラーメン評論家だった1990年代なかば、ラーメンオタクの情報交換プラットフォームはf.j.やら、メーリングリストやらだったのだが、それらのひとつ、札幌医大の中村氏が主催していたラーメンメーリングリストの中でも、常に話題の中心だったのがこの店である。異常にしょっぱいスープ、時々イレギュラーに提供される「悪魔ラーメン」など、話題に事欠かない店だった。今ではラーメンオタクではない人も含め、ほとんどの日本人が何の疑問も持たずに「ラーメンの麺は硬めが美味い」と思っていると思うのだが、この価値観のベースを作ったのはこの店なんじゃないかと思っている。それまでは、ラーメンは出前で食べるのが普通で、伸びまくってふにゃふにゃにふやけた麺でも、何の違和感も持たない時代だったのだ。

家元の一条氏は本当にラーメンが好きな人で、武内伸さん、佐野実さんの二人が亡くなった今、真のラーメン愛好家の最後のひとりと言っても良いかもしれない。今も四谷三丁目で店をやっていて、毎日挑戦的なラーメンを提供し続けている。一条氏はさまざまなメニューを考案すると同時に多くの弟子を取り、首都圏を中心に数多くの暖簾分け店を輩出した。現在はその多くが廃業してしまったものの、家元の四谷三丁目店を筆頭に、まだまだ存在感を発揮し続けている。

今回、食べに行ったのはその八代目、末広町がんこラーメンである。90年代後半、僕は東京一週間など複数の紙媒体で情報発信をしていたのだが、常に「一番のおすすめ」としていたのがこの店だった。1998年に書いた評価はこんな感じである。
12/特AA特A
98.1.26(最終更新)
店には小さなのれんがあるだけで、営業中には骨が吊るされる。スープは牛骨ダシ東京系の透明なもののようであるが全く不明。巨大な鍋の中にはリンゴとニンニクとコンブが入っている。「あっさり」だとこのスープに返し、「こってり」を注文するとこれにさらに脂が入ってくる。かなり塩辛く、ダシが今一つ明確にならないのが難点であるが、この他に「塩」というメニューがあり、こちらは塩分は控え目。この店での一押しはこの塩。麺は中細だがコシがあり、北海道系に通じるものがある。チャーシューはやや脂身が多く、スープの中につけておくととろとろになってほぐれてくる。味付けはスープと同様に塩っ気が強いが、おいしい。店の雰囲気はピカ一に通じるものがあるが、あちらに比べるとずっと気さくなおじさんとおばさんで、食べていてもいろいろと話しかけてくる。日曜祝日のほかに月曜日およびスープの出来が悪い日が休み。

八代目の最大の特徴は家元が考案した「塩」を受け継いだことだ。しそ風味の味付けを気に入った北沢氏が家元から譲り受け、以後、この店の看板メニューとなった。僕はこの八代目の塩が大のお気に入りだったので、雑誌に記事を書くといえばこの店、という時期があった。お店からすれば取材のためのラーメンを作ったり、撮影している間に麺が伸びてしまって手を付けずに捨ててしまったり、という無作法は迷惑以外の何ものでもなかったと思うのだが、八代目の店主、北沢さんは、いつもニコニコしながら応じてくれた。ラーメン評論家としての僕は、この店によって育てられたと言っても過言ではない。

当時は大手町の最も神田より(鎌倉橋の横)の会社に勤務していたので、かなりの頻度で食べに行ったものだ。おそらく僕がこれまでに食べたラーメンの中で、一番頻度が高いメニューはこの店の「塩」だろう。




その後、狂牛病の問題があって、牛骨メインだったダシが豚骨メインへと変更になり、良く言えば一般ウケしやすいものになった。正直に言えば、もともとマイルドな味付けだった「塩」なので、牛骨独特のオシの強さが失われてしまったのはなんとも残念だった。しかし、こればっかりはどうしようもない。牛・豚・鶏のブレンドから、豚中心のスープへと変貌を受け入れるしかなかった。この頃に僕は職場が変わり、勤務地は埼玉だったり、横浜だったり、つくばだったりと、東京以外を転々とすることになった。同時に、店に行く頻度も少しずつ落ちていった。

他にもこの店には転機がいくつかあった。北沢さんにお孫さんが生まれ、それまで一緒に店を切り盛りしていた奥さんが店に立たなくなった。店の壁一面に貼られていたお客さんの名刺は全部剥がされてしまった。そうやって、店の雰囲気は徐々に変わっていった。経営の方も、弟子の長森氏が暖簾分け店を開店したものの、震災で被災して帰京することになって閉店するなど、山あり谷ありだったようだ。今は隣がラーメン屋ということもあってか、かなり大々的に「ラーメン」を主張している。




業態も、味も、大分尖ったところがなくなって、それなりに「普通」のラーメン屋になった印象を受ける。それでも、僕が食べに行けば「おぉーー、久しぶり!元気ぃ?」と笑いながら話しかけてくれるのは相変わらずである。

ちょっと気になったのは、「引退に付 お店譲ります」という張り紙が店内にあったことである。北沢氏もそろそろそういう年齢なのかも知れない。1997年に神田にあった名店「ピカ一」が閉店した時も寂しい思いをしたものだが、今回も似たような感覚で店を出た。

北沢氏がいつまで店を続けるのかはわからないが、この界隈で食事をするときは、なるべくこの店に顔を出したいと思う。

店名 がんこ 八代目 (がんこ はちだいめ)
TEL 03-3253-1766
住所 東京都千代田区外神田3-7-8
営業時間 11:30〜16:00 17:00〜19:00
定休日 月曜・日曜・祝日

ブウ*の視点 バックナンバーはこちら

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/buu2/51450466