2015年01月20日

斉藤仁氏の思い出

大学院時代に前十字靭帯を断裂し、横浜労災病院に入院していた時、同室に柔道選手がいた。彼も柔道で靭帯を断裂し、靭帯の再建手術を受けるために入院していた。同室には同じくスポーツ整形で入院していたヴェルディのサッカー選手や、椎間板ヘルニアが悪化して歩けなくなった学生、バイクで事故った学生などがいたのだけれど、一番年下のはずの柔道選手の態度のデカさは尋常ではなく、一言で語れば「すげぇ生意気」だった。同室の病人に対しても、看護婦に対しても、医者に対しても、同じように生意気だった。

彼が手術を受けた翌日、斉藤氏がお見舞いというか、怪我の様子を見に来た。すると、昨日手術を受けたばかりの彼がベッドから飛び起きて(文字通り、飛び起きた)、いきなり気をつけの姿勢で直立不動になり、「お疲れ様ですっ」と挨拶をしている。僕たちは、一体何事か、と思ったのだが、斉藤氏は我々にちょっと挨拶をすると、彼に向かって「ちょっと飛んでみろ」と命令した。彼はその場で数回、ぴょんぴょんと飛んで見せた。すると斉藤氏は「よし、問題ないな?」と言い、彼は「全く問題ないですっ」と応えた。はて、昨日手術をしたばかりなのに大丈夫なんだろうか、と疑問に思ったのだが、斉藤氏は「大体、大げさなんだよ。さっさと退院しろ」と言い残して、あっという間に病室から出て行ってしまった。

あとで柔道の彼に聞いたら、「鬼の様に怖いですよ・・・。マジでヤバイっす」と言っていた。こんな生意気な奴にここまで恐れられてしまうとは、一体どんな人なんだろうと思ったものだ。彼に言わせると、山下氏の数十倍も怖かったらしい。

昨年亡くなったラーメン評論家の北島氏と同じく胆管がんに倒れたようだが、まだまだ活躍できたはずなのに残念な話である。

斉藤仁さん がんで死去 54歳 柔道で五輪2大会連続金メダル
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150120-00000080-spnannex-spo

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