2015年03月23日

将棋電王戦FINAL第二局を観戦して

経過よりも結末が面白かった。ほぼ必勝となった永瀬六段が、さらにダメ押しするようにソフトのプログラム上の不備を明らかにして完勝したのである。局面自体も人間有利となったところだったが、そこで指された角成らずは、プログラムにない手で、ソフトがハングアップしてしまった。永瀬六段は事前の研究でソフトが成らずに対応していないことを知っていたそうで、ここしかないという究極の場面で伝家の宝刀を抜いたことになる。やや専門的になるが、1.形成は永瀬六段有利、2.しかし、ソフトの形勢判断はソフト有利、3.角不成でも、角成でも、ソフトの対応手はひとつに限定されている、という、作ろうと思っても作れないような絶好の場面だった。

今回の永瀬六段の指し手からわかるのは、人間とソフトは必ずしも対立した場所にいるわけではないということだ。もし本当に反対の場所に位置するのであれば、今回のような相手の不備を明らかにする必要はなかった。あるいは、単に恥をかかせたければ、▲2六歩 △3四歩 ▲4八銀 △7七角不成りで終了だったはずだ(王手じゃないと成立しないのかも知れないけれど)。しかし、実際はそうはならなかった。永瀬六段は、「可能な限り、真剣勝負を展開したい」と考えていたのだろう。だから、最初から伝家の宝刀を抜くことはなかった。そして、ソフトを圧倒したのちに、必要はなかったにも関わらず、宝刀を抜いた。ソフトの不備はそれほど致命的なものとも思えないので、多分、二度と発生しない質のトラブルだろう。衆人環視の状態でそれを明らかにしたのは、恥をかかせたというよりは、全ての将棋愛好家に対して「ソフトにはこんな弱点もあるんですよ」と知らせるとともに、開発者に対しての「早く対応してね」というアドバイスでもあったと思う。

僕は、ソフトは近いうちに人間の能力を超えると思っているし、そのことを何回かこのブログに書いてきた。その見解は今も全く変わらないのだが、最強ソフトを創り出すためには、トップ棋士の協力が必要だ。少なくとも、迅速な開発には、トップ棋士の協力があった方が良いのは間違いない。棋士たちは、追い越されるのは悔しいから、などとせこいことをいわず、どんどん開発に協力したら良いと思う。また、「人間とコンピューターの対決ではなく共存を模索したい」といいつつ、5対5の団体戦をこれで最後にするというドワンゴの意向も意味不明である。現在の電王戦は多くの開発者に挑戦の門戸を開きつつ、全ての開発者たちに平等にヒントを与えている。ソフト開発に向けて理想的な場を提供しており、興行的に成立しているのであれば、ここでやめてしまうのは非常にもったいない話である。電王戦を含め、トップ棋士も一体になってソフト開発に協力するぐらいの姿勢でないと、気がついたら世界最強棋士はインド産ソフトだった、などということになりかねない。

関連エントリー
コンピュータ対竜王
これまでの将棋界
今の将棋界
ソフト優位後の将棋界
将棋というゲームの変質
プロ棋士の価値
パラダイムシフト
日本将棋連盟理事会の構造的特徴
活路はコミュニケーション要素か?

番外編
プロ棋士に返信

この記事へのトラックバックURL