2015年05月20日

不妊治療も面倒臭いのかな?

朝日新聞の記事だけど、こんなのがあった。

凍結精子失い、妻は泣き崩れた 病院が無断で保存中止
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150520-00000007-asahi-soci

見出しと、冒頭の文章が
不妊治療を手がけていた大阪市立総合医療センターで、患者の知らないうちに精子の凍結保存が打ち切られていた。「絶対に子どもがほしい」。そう願っていた妻は、夫からその事実を知らされて、泣き崩れた。


なので、朝日新聞は男性患者に同情的なのだろう。しかし、これは男性患者の方が悪いのではないか。病院は「担当者が不在になって不妊治療ができなくなった」という理由を明示した上で、2012年12月の段階で2013年3月までに移管してくれと伝えている。それを、勝手に(←これ、非常に重要)「結婚するまで、置かせてもらおう」と決めてしまい、(記事を読む限りでは)そのことを病院に伝えもせず、もちろん了承も得ずに、2015年4月まで放置したのである。妻が泣き崩れなくてはならなかったのは、病院の対応が不適切だったからではなく、夫が怠慢だったからである。この記事は、本来「自己責任だから、各自、きちんとやりましょうね。そうしないと、こんなことになっちゃいますよ」という締めくくりになるべきものだ。ところが、あたかも患者が可哀想、病院酷い、みたいな内容になっているところが恐ろしい。

何が恐ろしいのか。

こういう、モンスター・ペイシェントが増えると、医療が萎縮して、普通の人の医療環境が悪くなるのである。良くドラマで見かける「お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか?」というのがあるのだが、実際には、こういう呼びかけに応える医者はあまりいない。なぜかといえば、あとで裁判沙汰になることがあるからだ。ある医学系の学会に向かう飛行機の中でこうした事態が発生し、恐らく乗客の半分以上が医者だったのに、なかなか名乗り出る人がいなかったという、笑えないケースもあったようだ。医者は、病院以外での治療には消極的にならざるを得ない。

あるいは、医療現場では産婦人科や小児科の医者が足りなくて困っている。なぜ足りないかといえば、両方ともに裁判沙汰が多いからである。出産は死産や母親が死ぬこともある非常に危険なイベントだが、そのことを理解していない親がいるし、子供は自分の状態を正確に伝えることができないので、診断や治療が適切に行えないことがある。結果として、最善を尽くしても不幸な結果となることがあるが、それを以って裁判となってしまうと、本来従事すべき医療に集中できなくなる。そこまでいかなくても、親が子供のことについて冷静さを失い、自己中心的になって騒ぎ立てることがある。僕の知人にも、他のあらゆることについては非常に良識的なのに、子供の医療についてだけは異常に感情的で、冷静な議論ができない人がいる。当然のことながら、そうした事情を医学生たちは先輩たちから山ほど吹き込まれるので、「面倒臭いから、やめておこう」と、他の科を目指すのである。

医師の総数が増えているのに小児科医と産婦人科医の数が減っているのには、こんな理由もあるのだ。結果として、地方を中心に「小児科医が足りない」「産科医が足りない」という事態を招く。数が減ると、業務が既存の医者に集中するので、仕事が増えてさらにきつい仕事になる、という悪循環に陥っている。

もちろん、医療系の裁判では医者が本当に悪いケースもあるだろう。しかし、過剰に患者側に立った記事を書いて、一般市民をモンスター・ペイシェントの予備軍としてしまうのは困りものだ。せめて、立ち位置はフラットであって欲しい。そうしないと、善意の人が、現場から去ってしまうことになりかねない。というか、もう去っているのである。

冒頭の記事について言えば、そんなに大事なものなら、なぜもっとちゃんと自分で管理しなかったのか、言った、言わないの争いになる前に、なぜきちんと契約書をかわさなかったのか、ということになる。患者に同情するどころか、間抜けさを晒すような記事を良く書いて、掲載したなぁ、と感心してしまう。もしかして、これを読んで患者に同情する人が日本ではマジョリティなんだろうか?いや、そうなのかな?だから、日本では小児科医や産婦人科医が増えないのかな?

でも、そんなことだと、不妊治療を推進する病院も減っちゃいそう。「こんなことで問題になるなら、面倒臭いからやめておこう」って。

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