2015年09月03日

続 五輪エンブレムについて

どうなるか注目していたのだが、佐野氏は逃げ切りに失敗した。それを伝えるのが次の記事だ。

東京五輪エンブレム取り下げ 組織委、新たに公募へ
http://digital.asahi.com/articles/ASH915RS0H91UTQP02D.html

この記事を読むと、「はて?」と思う部分がいくつかある。

佐野氏は相変わらず正当性を主張しているのだが、彼がここで認めたらデザイナー人生は終了なので当たり前である。個人的には取り下げられた最終案とベルギーのリエージュ劇場のロゴの関係性については次のように判断を保留していたのだが
今回のエンブレムが盗用なのか、それともたまたま似てしまったのかは判断が難しく

五輪エンブレムについて
http://buu.blog.jp/archives/51504847.html

その後に出てきた原案と、ドイツのタイポグラファー、ヤン・チヒョルトの展覧会ポスターについてはクロだと考えた。これは実は選考委員会も認知していて、だからこそ二度に渡って修正を要求したんだと思う。その際、リエージュ劇場のロゴを参考にしたかどうかは不明だが、審査委員会がなぜ二度も修正を要求してまで佐野氏の起用に拘ったのかはちょっと理解に苦しむところである。ともあれ、この限りなくクロに見える原案と、その説明に利用した「活用例」の明らかな盗用によって、佐野氏は逃げ道を塞がれ、擁護派もこれ以上の擁護が困難であると判断したのだろう。

加えて、今回の騒動を契機にして穿り返された、過去のパクリ疑惑も問題になったはずだ。特に多摩美大関連のパクリ疑惑についてはこれまたクロの疑いが強い。無断使用を認めて撤回したサントリーのトートーバッグの件をあわせて考えると、佐野氏の今回のエンブレム案は、グレーであってもクロに近いと思わされてしまう。上にリンクした「五輪エンブレムについて」というエントリーでも書いたのだが、佐野氏には五輪エンブレムを描くだけの品格が不足していたと思う。

ただ、問題は佐野氏が手がけたデザインのみにあることなので、今の段階では彼を養護するデザイン関係者や、佐野氏の家族には関係がない。記事に書かれているような佐野氏の家族にまで悪影響があったとすれば、それはお門違いと言える。こういった誹謗が事実であれば、それはそれで非難されるべきだろう。目的は手段を正当化しない。正しい目的は、正しい行動のみの集積によって実現されるべきだ。

#ただ、佐野氏の家族や親しい知人の中には五輪エンブレムの決定過程においてその結論に影響を与えかねない人物が複数おり、そういった人物たちについては「関係がない」とは言い切れないところがある。

次に、武藤事務総長のコメントである。事務総長は「審査時の内部資料として作ったが、公になる際に権利者の了解を得るのを怠った。不注意だった」と無断転用を認めつつ、内部資料だったから問題ないという見解を示している。しかし、著作権法で認められているのは私的利用の範囲内であって、内部資料はこれに当たらない(私的利用は、個人や家庭内、それに準ずる範囲(家族同様の親しい範囲))。加えて、今回の無断転用は、わざわざ「copyright」の表記をトリミングして削除していた。内部資料として転用するだけならこの表示を削除する必要性は一切なかったはずだし、もしそれが残っていれば、28日の説明会見の前に権利者への打診があったはずである。法律の認識もおかしいが、内部資料だからオッケーとしても、わざわざ「copyright」表記を削ったことに対する追求があってしかるべきなのに、それを怠っている。こういう体質こそが、今回の事態を招いたのだろう。

審査委員の永井代表のコメントもおかしいと思う。「模倣でないとの説明は専門家には分かるが、一般国民の納得を得るのは難しい」とは、「こっちは悪くないが、衆愚の圧力に屈した」という感じである。僕は専門家ではないので、ヤン・チヒョルトの展覧会ポスターと原案はそっくりに見える。この類似性を専門家以外の一般の人に対して平易な言葉を使って否定できないなら、専門家の腕が悪いのではないだろうか?加えて、佐野氏がこれまでパクリを繰り返している人物であることの評価が何もない。「李下に冠を正さず」で言うなら、これまで何度もすももを盗んでいる人物がすももの樹の下で冠を正しているのだ。その点にも言及があってしかるべきだろう。

さて、ともあれ佐野案は取下げられたので、新しいデザインを選ぶ必要がある。いっそのこと1964のデザインをそのまま、という意見もあるが、これには全く同意できない。ダメなのは佐野氏や審査委員を含めた既得権者や、これまでの価値観に胡座をかいている老害たちであって、デザイナー全体ではない。五輪エンブレムはデザイナーにとって大きなチャンスなのだから、きちんと再公募して、国民的な投票で決めれば良い。その際、応募資格はなるべく緩和するのが望ましいし、募集する側はデザインに求められる思想や、デザイン上の制約などを明示すべきだ。「粗製乱造では困る」という指摘はもっともなので、イラレやフォトショでのファイル提出を要求するとか、公式サイトにおける事前投票で一定数以上の推薦票がなかった場合には足切りにするといった手段もありだろう。

以下、全くの余談だが、アルファベットをモチーフにデザインするのは非常に危険なので避けるべきだろう。

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この記事へのコメント
佐野氏を止めさせなかったというより止めさせられなかったんじゃないですか。
止めさせたら任命責任を取らされるからって単純な理由で。

これだけあからさまなパクりだとそうも言ってられないので、仕方なく止めさせた…

だから、最早どうやったら責任を逃れられるか、のことしか考えてないと思いますよ。

もっと言えば、森元首相にババを全部押し付けようとしてるんじゃないですか。
Posted by popoo at 2015年09月03日 20:29
> だから、最早どうやったら責任を逃れられるか、のことしか考えてないと思いますよ。

責任逃れはこの国のお家芸ですからね(笑)
Posted by buu* at 2015年09月04日 04:41