2016年06月23日

子宮頸がんワクチンについての雑感

子宮頸がんワクチンについての日本の迷走っぷりは酷い状態である。真剣に全部書き下すとすごい分量になるので、ざっと基礎知識とこれまでの経緯をまとめてみる。

(1)子宮頸がんに関する基礎知識(出典は主に厚生労働省、がん情報サービスなど)
○子宮頸がんは定期的な検診によって予防可能ながんである。
○子宮頸がんのうち8割を占める扁平上皮がんの多くは、ヒトパピローマウィルス(HPV)による感染症であり、子宮頸がん患者のほぼ100%にヒトパピローマウィルスが発見される。
○2007年のWHO統計によれば、全世界で年間約50万人に子宮頸がんが発生し、約27万人が死亡している。
○日本では、年間約9800人に子宮頸がんが発生し、約2700人が死亡している。

(2)HPVワクチンに関する基礎知識
○HPVワクチンの導入によって、海外の疫学調査ではHPV感染者が減少している。
○海外の解析モデルによる推測では、ワクチンの導入によって子宮頸がんの発症及び死亡を7〜8割減少できると考えられている。
○HPVワクチンは全世界26000名が参加した臨床試験によって、人種や地域に関わらず有効性、免疫原性、安全性が実証されている。

(3)HPVワクチンの日本での利用の経緯
○2009年12月より販売が開始され、2010年からは公的助成もあって、中学・高校の女子は無料、あるいは低額でワクチンの接種を受けることができた。
○2013年6月、ワクチン接種後に原因不明の痛みを発症するなどの事例が報告され、厚生労働省はワクチンの積極的接種を中断した。このため、接種率は70%から激減した。
○2013年7月、WHOは、日本における疼痛の症例が他国では認められておらず、HPVワクチンの接種との因果関係は根拠がないとリリースを出した。
○2015年8月、日本産科婦人科学会は『子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)接種の勧奨再開を求める声明』を発表した。
○2015年12月、WHOは「日本の決定は薄弱な根拠に基づいた非科学的な政策決定であり、これによって大きな被害へ拡大する懸念があるとリリースを出した。

(4)HPVワクチンの副反応に関する基礎知識
○急性期には、疼痛、発赤、疲労、筋肉痛、頭痛、発熱などが知られており、接種後には状態を観察することを推奨している。
○重大な副反応として、アナフィラキシー、ギラン・バレー症候群などがある。
○フランスで実施された200万人の女性による臨床試験では、10万人に1人程度のギラン・バレー症候群発症リスクの上昇が認められた。
○2015年12月にはネイチャーにHPVワクチンの安全性を認めるコラムが掲載された。
○ワクチン接種後に死亡した事例は米国FDAの報告では32例あったが、ワクチンとの因果関係が認められるケースはなかった。
○オーストラリアで1例、ドイツで1例、英国で1例、日本で1例の接種後死亡例が報告されているが、全てにおいて接種との直接的因果関係は否定された。

(5)日本におけるHPVワクチンの副反応に関する基礎知識
○10%以上において痛み、腫れなどがある。
○1〜10%の範囲において蕁麻疹、めまい、発熱などがある。
○1%未満において知覚異常、しびれ、全身の脱力、手足の痛み、腹痛などがある。
○頻度不明な範囲において失神などがある。
○重い副反応としてはアナフィラキシー(96万回の接種に1回)、ギラン・バレー症候群(430万回の接種に1回)、急性散在性脳脊髄炎(430万回の接種に1回)、複合性局所疼痛症候群(860万回の接種に1回)が発生しうると評価されている。
○国内ではこれまでに338万人がのべ890万回ワクチンを接種しており、副反応が未回復の事例は186人(被接種者の0.005%、のべ接種回数の約0.002%)となっている。
○2015年12月、名古屋市在住の若い女性7万人についてワクチンの副反応について調査したが、各種症状とワクチンの接種に関連性は見出すことができなかった。

なお、(3)で言及した2015年のWHOリリースはかなり厳しいトーンだった。

Global Advisory Committee on Vaccine safety Statement on Safety of HPV vaccines
17 December 2015
http://www.who.int/vaccine_safety/committee/GACVS_HPV_statement_17Dec2015.pdf

一応(1)〜(5)までで簡潔にわかりやすくまとめたつもりだが、さらに短くまとめるなら、「子宮頸がんは若い女性が罹患しうるとても恐ろしい病気だが、ワクチンの接種と定期的な検診によってかなりのところまで予防できる病気であると考えられている。このことから世界各国で予防のためのワクチン接種が進んでいるが、日本では因果関係不明の接種後反応が複数報告され、以後、積極的なワクチン接種がストップしている。この状況はWHOから強く非難されている」ぐらいになる。

こうした状況にあって、厚生労働省は「安全性が確認でき、国民の理解が得られるならワクチン接種を再開したい」という思いのもとに研究を進めていたと想像できる。その成果の発表が今年3月にあったのだが、それらは池田修一・信州大学脳神経内科教授を班長とする「子宮頸がんワクチン接種後の神経障害に関する治療法の確立と情報提供についての研究」と、牛田享宏・愛知医科大学医学部学際的痛みセンター教授を班長とする「慢性の痛み診療・教育の基盤となるシステム構築に関する研究」である。このうち、池田教授サイドの研究成果が「マジで?」という内容だったのだが、これについて村中璃子さんが追求を続けている(ちょっと素人には難しい内容だが、研究費欲しさか、論文欲しさか不明だが、「お粗末な発表をしている」というのが概要)。

子宮頸がんワクチンと遺伝子
池田班のミスリード
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6418

子宮頸がんワクチン「脳障害」に根拠なし
誤報の震源は医学部長
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6421

子宮頸がんワクチン
薬害研究班に捏造行為が発覚
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7080

#wedgeって右傾化が激しくて僕の中ではトンデモ系の雑誌なんだけれど、たまにはまともな記事があるので侮れない。

この件についてはこのまとめも参考になる。

HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)薬害研究班発表は薬害を全然実証していない
http://togetter.com/li/990218

これらを読んでいるとなんだかなぁ、という感じである。ワクチン反対派の行動原理というか、モチベーションというか、この人たちを突き動かしているものは一体何なのだろう。ともあれ、ワクチン接種に舵を切り直すまでにはまだ時間がかかりそうだ。

最終的には、副反応の可能性と子宮頸がんになる可能性を天秤にかけることになるのだが、なぜかメディア情報はワクチン否定派に大きく偏っているように見える。この件は若い女性たちの将来に密接に関係するので、ウェートは決して軽くない。現状では個人個人(というか、家族)がそれぞれに勉強し、判断しなくてはならないのだが、親戚や信頼できる知人をたどっていけば、一人や二人ぐらいは医者がいるはずだ。自分で判断できないなら、そういう人を探して質問してみれば良い。まともに勉強している医者や分子生物学者なら、子宮頸がんワクチンを「だめ、絶対」と否定するケースは滅多にないと想像する。

#でも、万一副反応があれば恨まれるから、否定的な意見を言うのかな?20年後に相談者の家族が子宮頸がんになっても、すでに人間関係切れていても不思議じゃないしね。

#ワクチンはやめておいて、早期発見のためにまめに検査を受けて、異常が見つかったらさっくりオペしちゃうという手もある。

#他にも、一生セックスしないという選択肢もあるはず。

どれを選ぶかは親の責任で、ぜひ。

個人的にはワクチン接種積極派です。宗教家ではなく、元科学者なので。ワクチンを接種させない親の子供として生まれた人は、将来にわたってリスクを背負うのでかわいそうだなとも思います。ワクチン接種非推奨の日本では、今後も子宮頸がんウイルスが蔓延したままでしょうから。子供は親を選ぶことができないというのが最大の不幸。

関連エントリー(5で言及した名古屋市の疫学調査に関するお粗末な顛末)
今の日本の女の子達は本当にお気の毒
http://buu.blog.jp/archives/51526958.html