2016年10月16日

長時間労働問題は、単体で議論しているといつまで経っても解決しない

件の電通社員過労死問題にあたっての反応をネットで読むにつけ、本当に日本は近視眼的だなと感心する。大勢の反応は「長時間労働けしからん」という論調だが、この調子で主張するから、いつまで経っても日本人の長時間労働はなくならないのだ。そのことに気がつかないところが残念至極なのだが、若い人たちがそれに気がつかないのはある程度仕方がないのかもしれない。なので、繰り返しだが、懲りずに書いておく。

何度も書いているのだが、カネボウやら、シャープやら、日本の古い企業が潰れている中、それでも多くの企業がなんとか踏みとどまっているのは、優秀な社員が長時間の労働に耐えているからに他ならない。ただ、その陰には、その何倍もの数の企業にとっては優秀でない社員が半強制的に働かされているのも確かだ。効率が悪いとはいえ、一定の成果を出しているのも間違いないので、今ここで一律に「全員、長時間労働禁止」としたら、多くの会社は優秀な人間のアウトプットと、それなりの人間のアウトプットの両方を失って、競争力はさらに減退するだろう。これによって、ただでさえ状態の悪い日本の景気は一層悪化するはずだ。このくらいのことは日本の大企業で管理職をやるぐらいになれば誰でもわかるので、実数としては多数派の非ホワイトカラーたちが「長時間労働反対」と主張しても、一向に事態は変化しない。もちろん、多数派の主張を盲目的に取り入れたなら、それはそれで大変な話なのだが。

では、何が悪いのか。簡単に言えば、日本の企業の生産性が低いからである。日本の企業は、その体質により、構造的に低い効率と生産性から逃れることができない。簡単に言えば、会社で能力を発揮できなくなった社員のクビを切れないので、その社員に足を引っ張られてしまう。低い生産性をリカバリーするために、長時間労働せざるを得なくなる。

だから、長時間労働の対策は、効率と生産性をアップさせれば良い。低効率・低生産性の原因はこれまた何度も書いているけれど、旧態依然とした日本の雇用習慣である。目指すべき環境ははっきりしていて、

●同一労働同一賃金(有期雇用、パート、派遣労働者の保護と社会保障強化を含む)
●新卒一括採用の廃止
●年功序列の廃止
●終身雇用の廃止
●最低賃金のアップ
●労働力の流動化

などである。え?いきなり話が飛んでない?と思うかもしれないが、長時間労働とこれらの日本特有の労働環境問題は密接な関わりがある。

上述の「目指すべき環境」には異論はあるかもしれないが、日本の低成長を危惧しているOECDからも2008年に勧告がでている。

Japan could do more to help young people find stable jobs
http://www.oecd.org/japan/japancoulddomoretohelpyoungpeoplefindstablejobs.htm

この勧告ではストレートに上述の6項目を列挙しているわけではないが、勧告を実現するためには、この6項目の多くを実現する必要があると思う。この環境を実現するためには労働者サイドにも不利な話はあって、それはたとえば労働力の流動化には無期雇用者の解雇規制の緩和がセットで語られることになる。すると、「それはけしからん」みたいな話になるので、いつまで経っても、日本の労働環境は改善せず、そのしわ寄せは若い人の方に向かう。ところが残念なことに、若い人は、社会経験が少なすぎて現実的な最適解を見つけることができない。自分たちで墓穴を掘ってしまっているのだが、多分、ほとんどの人はそのことに気がついていないのだろう。とりあえず、若い人たちは上の勧告だけでも読んだ方が良い。

とりあえず、長時間労働に絞って書くと、自己の裁量で働き自己を管理できる人間と、他人に管理されて働く人間とは、全く異なる人種なので、それを同一に論じるのは無理なのだ。それゆえの「ホワイトカラー・イグゼンプション」なのだが、なぜかホワイトカラーではない人たちがこの制度の導入に反対して、労働環境の改善が遅々として進まないのが今となっては滑稽ですらある。

その原因がどこにあるのかは不明なのだが、もしかしたら、労働者を使える人間と使えない人間とに分けてしまうと受け止められているのかもしれない。つまり、非ホワイトカラーになってしまったら、一生搾取される側になる、みたいなことだ。この辺になってくると今度は年功序列と密接な話になってくるのだが、こうした「労働環境の改善に関するちょっとしたお話」ぐらいでもすでにいくつかの要素が関係してくる。上に6つの要素を列挙したのだが、実はその6つは独立に存在しているのではなく、相互に密接な関係を持っている。どれかひとつだけを実現しようとしても無理なのだ。また、逆にいうなら、この中で海外からも強く実現を要請されている「同一労働同一賃金の実現」を実現しようと思えば、他の5つも全て何らかの対応が求められる。

とはいえ、いっせいのせのかけ声のもと、全部変えてしまっては大混乱になる。大事なことは、日本が目指すべき労働環境の最終型を描いて、それに対する国民的理解を実現し、その実現に向けたマイルストンを設置し、たとえば10年ぐらいの期間を設けて確実に変革させることなのだ。

「人が死んじゃった。なんとかしなくちゃ」で済む話ではない。目先の問題を解決しようとしても、それだけでは事態は好転しないし、むしろ悪化する可能性が高い。過労死は、会社単体の問題ではないということはここに書いた通りである。

なぜ日本の労働市場は変わらなくてはならないのか
http://buu.blog.jp/archives/51534031.html

かように長時間労働問題はそれだけ切り出して実現することは不可能なのだが、議論として長時間労働問題を解決する手段を考えるなら、「法律でホワイトカラーと非ホワイトカラーを明確に分離し、非ホワイトカラーについてはきちんと保護せよ」ということになる。

#長時間労働対策だけをするのであれば、これだけで可能である。しかし、非ホワイトカラーの労働時間を削減すれば企業の生産力は落ちるので、このままでは企業の競争力が落ちて、企業そのものが退場に追い込まれてしまう。焼け野原に外資系企業がやってきて、日本は外資系企業の天国になってしまうかもしれない。

それにしても、いつまで経っても日本では「総合的なパッケージで労働環境全体を変えていかなくてはダメなんですよ」という話になって来ないのが不思議で仕方ないのである。




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