2016年10月19日

渡米半年で感じた「英語のスピーキングのこつ」

CSIS(Center for Strategic International Studies、いわゆる戦略国際問題研究所)で福島県知事が講演をやるというので聞いてきた。タイトルはFukushima after 2047 days。何を喋るのかな、と思っていたら、通り一遍の福島の復興状況に終始していて、日本人なら普通に知っていることばかり。逆に森林の除染が進まないことや、汚染水の増加に歯止めがかからずその処理に困窮していることなど、都合の悪いことは一切喋らないポジショントークに終始していた。まぁ、福島の宣伝が主目的だろうし、時間も40分、質疑応答を含めても60分という短さだったので、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。







それで、内容的には特に聞くべきところがなかったのだが、個人的に興味深かったのは内堀雅雄知事の英語である。なぜか講演は英語で、終始知事のジャパニーズ・イングリッシュが続いたのだが、これを聞いていて、なるほど、日本訛りの英語はこうなってしまうのだな、と感じた。僕は日本人なので日本訛りの英語でも全部聞き取ることができたのだが、ネイティブ達がこれを聞き取れたかどうかはちょっとわからない。日本人の僕が聞いていても、変な発音だったからである。では、それはどんなものだったのか。

まず第一に、非常にゆっくりで、文節ごとにまとまりがなかった。簡単な例だと、

I have gone Fukushima, Miyagi, and Iwate.

という文章なら、あいはふごーんふくしーま、みやーぎ、いわーてみたいな感じで各県のアクセント部分が強調されるのだが、知事の発音はあいはぶごーん、ふくしま、みやぎ、いわてみたいになっていて、全く強弱がなかった。

第二に、ほとんど全ての文節で、末尾のイントネーションが尻上がりになっていた。これは日本人の若者も日本語でときどきやらかす、

わたしはー、ふくしまとー、みやぎとー、いわてにー、いったことがあります。

みたいな奴の英語版である。英語は疑問文以外は文末は尻下がりだし、文の途中ならイントネーションは平坦になる。これが、息継ぎのたびにイントネーションが上がってしまうので、うーーーん、という感じになる。原稿がなくて即興での発言なら「あぁ、言葉を選んでいるんだな」と感じるのだろうが、ばっちり完璧な原稿があるのだから、平坦にすべきは平坦にすべきだっただろう。

第三に、単語の中でのアクセントが不明瞭で、発音が典型的なカタカナ英語になっていた。たとえば、accidentなら、アクセントが語頭にあるのはわかっているのだけれど、発音は「くしでんと」になっていた。こっちでネイティブの発音を聞いていると、こういう発音をするのは東アジア系だけで、ネイティブやヒスパニック、あるいはスラブ系なども「あーくしでんと」と発音する。単語の中でのアクセントは大きく発音するだけではなく母音を長く発音することが重要で、これがすなわち英語らしさにもつながる。日本人は英単語を覚えるとき、綴り>発音符号>アクセントの順に重要視する傾向が強いのだが、実際に会話する場合は優先順位は逆になる。こっちで普通に生活しているヒスパニックがホワイト・ボードの前に立って、pictureとか、museumといった単語すら書けずに四苦八苦している場面を見ることがあるのだが、会話にあたっては当然ながら記述能力は要求されない。

他にも、RとLの発音がなぜか全部Rになっているように聞こえたり、THの発音がSになっていたり、いくつか「これは日本人は気にならないけど、ネイティブは聞き取りにくいんじゃないかな?」と思ってしまうところがあった。

まぁ、僕自身もこっちにきてわずか半年なので、英語力は全然だし、あくまでも個人的感覚にすぎないのだが、こんなところが気になった。ということで、運良く典型的なジャパニーズイングリッシュを聞くことができたので、これを反面教師にしてよりネイティブが聞き取りやすい発音を心がけようと思った。

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