2016年11月08日

現代九谷陶芸展

池袋東武で開催中の「現代九谷陶芸展」を観てきた。

非常に興味深かったのは、武山さんの花器。すでに完売だったのだが、焼き締めの磁器に赤絵で龍を描いていた。パッと見てすぐに「あ、釉薬を掛けていない」とわかるのだが、これは凄い。なぜって、書き直しができないからである。

僕はほとんど下絵でしか描いたことがないのだが、下絵と上絵の一番の違いは上絵は描き直しができるということだ。描き直しだけではなく、描き足しもできる。なので、上絵だと、失敗したら消してしまうことができるし、半分だけ描いて一度焼いて、残り半分を描いてまた焼く、みたいなことも可能だ。だから、見附さんのように持つ場所がないくらいにびっしり描くこともできるのだ。

ところが、焼き締めだと、描き直しが不可能だ。失敗が許されない。当然、集中力が要求される。しかも、かなり大きな花器に、迫力のある龍が見事に描かれていた。

欲しかったなぁ。

前にもどこかで書いたけど、アートの価値は必ずしもそれに要した時間に比例しない。例えば、馬鹿でかいキャンバスに超有名画家が筆を下ろせば、それだけで500万円とか、1000万円の値段がついたりする。一方で、工芸は基本的に時間に比例する。工芸作家のほとんどは、かけた時間に比例した価格をつける。武山さんが大皿を描くと、だいたい三週間ぐらいの時間をかけているようだ。休みを考慮すれば、一年に12枚。作家として活躍できる期間が50年としても、600枚しか描けない計算になる。武山さんの人生の600分の一がそこにあるわけだ。これだけでも重みがあるのだけれど、今回の花器には、加えて「集中力」という付加価値がついていた。作品の純度が高いと言えば良いのだろうか。釉薬が掛かっていない真っ白な磁器の肌から、そんなものが伝わってきた。

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