2017年05月22日

人類が将棋以外でもAIに勝てなくなる世界がやってくる

将棋の電王戦はAIの二連勝で閉幕した。2年前の電王戦を観た後に、トップ棋士の協力を前提にして「僕は、ソフトは近いうちに人間の能力を超えると思っている」と書いたのだが、それから約2年で、とうとうその時がやってきた。名実ともに人類トップの佐藤天彦名人が2連敗し、原因すら良くわからないというのだから、完敗である。




では、今後、人類がソフトを上回る時代が来るのかといえば、来ないだろう。それは、自動車より速く走ることができる人類がいないのと同じである。今後、AIはAI同士で対戦を繰り返し、問題点を見つけては改善し、すべての可能性を潰していく。

人間は「思考」を神聖なものと考えて、思考力の有無や創造性の有無を根拠にヒトと機械を差別化したがるのだが、ヒトの思考ですら、複雑でかつ偶然性に支配されている部分が多そうではあるものの、電気信号の集積にすぎない。ヒトと機械の思考の境界は不鮮明になる一方である。

この先、AIと人類がどういう共生をしていくのか、とても興味深いのだが、僕は、例えば映画「The Terminator」シリーズの中で描かれた、AIに支配された世界は到来しないと思っている。あの世界は、人間レベルの想像の結果で、必然的にレベルが低く設定されている。人類を超えた知能は、僕たちの想像を超えた世界を描いてくれると思っている。

#全然関係ないのだが、米国で生活しているうちに、The Terminatorを「ターミネーター」と書いてしまうのには強い違和感を持つようになった。発音がまったく違う。

今回の電王戦は、集積した人間の経験知が、AIによって集積された知(≒理論知)によって打ち負かされた現場だった。こうした、将棋や囲碁という身近な現場で顕在化したAI優位の状況は、今後、あらゆる場面で見受けられるようになるだろう。投資ではすでに大規模なAI投入が進んでいるようだが、特に期待されるのは、病気の診断や治療と、政策決定である。誤診が少なくなるのはすべての病人が大歓迎だろうし、症状に合わせて最適な治療を提案してくれるなら安心である。寝不足で疲れていたから判断を間違えた、などということは起きなくなる。行政においてAIに決めてもらった通りに政策決定して、その通りに動くのは、AIによる支配と考えられなくもない。しかし、その政策が理論的に最適化されたものであれば、それ以外は何らかの非合理的な圧力がかかっているのである。人間は、その非合理的圧力の妥当性を検討すれば良い。これほど楽なことはない。

そうしてみると、「スター・ウォーズ」のシリーズで色々な作戦を人間が考えているのは滑稽に見えてくる。ドロイドが「○○パーセントの確率で失敗しますからやめた方が良いです」と言っているのに、フォースを持っていない普通の人間が自分で作戦を立案している。おそらく、こんな未来はやって来ない。それは宇宙戦艦ヤマトのコンピューターが軒並みワイヤレスではなく、2200年前後でも電源コードと配線に縛られているのと同じである。

AIが考えて、機械が生産する。僕たちは、色々なことはAIに任せて、のんびり、仲良く生きていけば良いのだと思う。

センサーに囲まれて、朝起きたら何を食べるか、何をするかAIと相談する。暇つぶしにパソコンでサッカーの試合を見れば、監督はAIである。選挙で選ぶのは各種政党が相談しているAIで、政治家は存在しない。選挙などは存在せず、何か人間が判断すべきことがあれば、すべて自宅からの投票で決められる。その意思決定においては、AIが推奨するデータベースにアクセスするだけ。仕事はなく、希望するなら農作業とか、サービス業をやる。人間による生産力は格段に低下したけれど、ロボットがやってくれるから問題ない。暗くなったら、寝るだけ。

そういう社会は、あと何年後、何十年後に到来するのだろうか。今年の電王戦は、そんなことを考えさせる結果だった。

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