2017年07月12日

加計学園問題に関する八田達夫氏執筆の記事について

加計学園問題について、内閣府国家戦略特区諮問会議の民間議員、八田達夫・公益財団法人アジア成長研究所所長の記事がDIAMOND onlineに掲載された。「安倍晋三氏の圧力はなかった」とする内容だったので、ちょっと読んでコメントしてみる。

「加計学園の優遇はなかった」内部から見た獣医学部新設の一部始終
http://diamond.jp/articles/-/134825

前半は僕も規制緩和派だから何の文句もない。ただ、一点、ここの記述は簡単に首肯することはできない。

現在、日本にとって獣医学部をつくることは重要な成長戦略だ。現代科学の中心の1つである生命科学の研究や、鳥インフルエンザやエボラ出血熱などの人畜共通病の研究のためにも、また、近年盛んになった獣医学の医学への貢献を増やすためにも、獣医学研究者を大量に育てる必要がある。新設しようとする学部に質の審査さえ受けさせないという獣医学部の新設規制は、国の成長を阻害している。


現在、日本の生命科学振興が進んでいないのは、獣医師が不足していることが原因ではないのではないか。これまで20年以上、三菱総研、理研、経産省、産総研ベンチャー、そして自分の会社で、日本と米国の生命科学について当事者として携わってきたが、いつの時代も、どこでも、一度も獣医師が不足しているせいで生命科学の研究が阻害されていると感じたことはない。「獣医師がいなくて困っている」という話すら聞いたことがない。たくさんある原因の中のひとつとして挙げられる可能性はあるものの、大きな要因ではないし、根拠はないのだが、日本全国でせいぜい10名程度もいれば十分なのではないかと想像する。少なくとも、毎年100人、150人というレベルで育成されても、吸収できるとは思えない。とはいえ、現場レベルで「毎年1000万円程度の費用負担(年収で600万円程度)をしてでも、獣医師が欲しい」という声が多数あるなら、「なるほど」と思うのだが。

さて、ここはやや本質と異なるので先に進む。この記事の前半ほぼ4ページは、本質とは異なる部分で消費されてしまったが、4ページ末尾あたりからいよいよ空気が怪しくなってくる。

しかし新潟市からはその後、WGへの具体的な追加提案がなかった。


2014年から頑張って来た新潟市がなぜ2015年で手を下ろしたのか。そこに安倍晋三の圧力がなかったのかは、八田氏は知らないのではないか(もちろん知っていて、知らないふりはできるし、その可能性も否定できない)。それなら「加計学園優遇はなかった」とは言えないはずである。ちなみに第二次安倍内閣成立は2012年。

そして、次のページの冒頭でいきなりこれである。

その状況で、愛媛県と今治市が、2015年6月5日に、提案公募に応じて獣医学部新設を提案してきた。それを受け、2015年12月の諮問会議で、今治市が特区に指定された。指定目的の1つには、獣医学部新設が含まれていた。


圧力とは、「ここを採用しろ」だけではない。むしろ、役人や政治家がよくやるのは、ライバルが手をあげることを阻害して、競争入札を実質的に随意契約に落とすことである。加えて、ダミーの入札を同業他社に頼んだりもする。今回の場合、加計学園を積極的に推したことではなく、加計学園以外が手を挙げられなくなったことにまず疑いの目を向けるべきだ。しかし、このことは、諮問会議やWGの視点からは見ることができない。つまり、八田氏にはわからないことである。

次に疑問になるのは、諮問会議、およびWG側からも十分にわかることだが、

2015年12月の時点では、特区のなかで今治市だけが、明確な計画を持つ提案者であった。したがって、2016年9月16日の特区WGヒアリングを含め、9月から10月前半にかけての文科省督促でも、我々関係者は今治市での新設を念頭に置いていた。


という状況になるまでに、いわゆる石破4条件に合致するか検討した形跡が見当たらないことである。この原稿で言及していないだけで、実際には検討があったのかも知れないが、もしそうなら、4条件に対してどういう検討があって、結論が出たのか、その経緯を提示することが最も重要なはずだ。なぜなら、その4条件は実質的に「足切り」として機能し、上に書いた「ライバルの参入を阻害する」ものに他ならないからである。

八田氏は疑惑の要因として次の3つを挙げているが、

(1)正規の手続きを踏まずに、首相が特定の大学を選考するように仕向けた。
(2)国家戦略特区制度では、1つの特区で認められた改革は、自動的に他の特区でも適用される原則であるにもかかわらず、首相が当該特区以外には適用できないように1校限りとする圧力をかけ、親友が設立する学部以外の新設を妨げた。
(3)新設の申請をこれまでしたこともなかった学校法人が、理事長の親友が首相になったから学部の新設を申請した。


(1)や(3)はどうでも良いことで、問題は(2)である。また、(2)でも、1校限りとしたことはどうでも良い。問題は、加計学園が採用されやすい状況が作られたかどうか、あるいは加計学園以外が挙手できない状況にあったかどうかで、それは「他者が挙手できないような圧力があったか」で判断できる。加えて、「加計学園が石破4条件に合致していたか」を調べる必要がある。とんちんかんな3要素を出してきて、そこに適合しないから「セーフ」とする姿勢には首を傾げるばかりである。

最後にはまた正論のお題目が蛇足として追加されている。前半4ページと最後の半ページは、まことに正しい。しかし、それは残念ながら、今回の疑惑のポイントではない。そして、それ以外の部分も、知りたい真相ではない。人を騙す時の常套手段は、多くの正しい記述の中に、嘘をひとつ、ふたつ、混ぜることである。最初から最後まで嘘で塗り固めれば警戒するが、ほとんど正しいからこそ騙される。この記事はそういう体裁になっている。

今回の疑惑の焦点は次の2点に絞られる。

(1)加計学園以外が挙手できなくなるような圧力はなかったか
(2)加計学園は石破4原則に合致していたか

しかし、この記事は、わざとなのか、無意識なのか、言及すらない。的外れなことを書いて、その前後を正論でお化粧する、目くらましのような内容である。八田氏が騙そうとしている側なのか、騙されている側なのかは現時点では不明だが、我々は騙されてはいけない。何が本質なのか、何を検証すれば良いのかは、きちんと理解しておく必要がある。

なお、蛇足ながら、現在本件を追求している民進党福島のぶゆき議員は僕の経産省時代の同僚で、彼は途中で経産省から内閣官房構造改革特区推進室へ異動した。現在のスタンスは不明だが、当時は特区の推進派だった。比較的獣医師に近い東大農学部出身でもあり、本件の追求には適材だと感じる。また、日の出テレビの運営を手伝っていた時に一緒だった山際大志郎衆院議員は山口大学農学部獣医学科卒業の獣医師である。日の出テレビ関係者の中では一番まともな人だったので、本件については一言あっても良いと思うのだが、これといったコメントがないのは残念である。