2017年10月29日

この年末、将棋界が迎えるかもしれない大団円

この1年ぐらいで将棋の話題といえば、佐藤名人の対A.I.2連敗と、藤井四段のプロ入り後無敗記録だったが、その陰で進んでいることが二つあった。

一つは、来るぞ、来るぞと言われ続けていた羽生時代の終焉である。どうやら、今回ばかりはこれが現実のものとなりそうだ。僕が子供の頃には、絶大な強さを誇った大山十五世名人と、その時代を終わらせた中原十六世名人の時代があった。そして、そのあとの短い戦国時代を勝ち抜いたのが羽生善治で、その時代は現在まで、非常に長い期間に及んでいる。主要7棋戦のタイトル総獲得数は98に及ぶ(歴代1位)。間違いなく将棋界における不世出のスーパースターだが、その鉄人にもさすがに衰えが見えてきた。序盤からリードを保ちながら終盤で一気に逆転されるなど、ちょっと前までの羽生には見られなかった負け方がでてきている。タイトルを奪われる相手はこれまでタイトルを争ってきた森内元名人などの同世代や、それよりもやや若い世代に位置する渡辺竜王ではなく、20代の棋士になってきているのが特徴的である。現在、羽生が保持しているタイトルは棋聖の1つのみ。タイトル保持だけでも本当はすごいことなのだが、羽生に限るとなんとも物足りない。羽生は1992年から今年の夏まで、2004年のほんのわずかな期間を除いて、常に複数タイトルを保有していた。2004年は森内の絶好調期によって失冠が相次いだのだが、現在は名人を佐藤に、王位を菅井に、そして王座を中村に奪われ、2年のうちに4冠から1冠まで減らしてしまった。

そしてもう一つは、一つ目とは逆説的だが、羽生善治がいよいよ永世竜王の権利を獲得しそうなのだ。将棋界には約30年、主要タイトルと言われるタイトルが7つあった。それは竜王戦(以前は十段戦)、名人戦、王位戦、棋王戦、王将戦、棋聖戦、王座戦である。最近になって新たに叡王戦が加わったのだが、王座戦が1983年にタイトル戦として格上げされてから約30年間、主要タイトルは7つだった。そのすべてのタイトルには「永世」あるいは「名誉」という永世称号が存在する。永世称号は獲得条件が異なっていて、難易度も違うのだが、それぞれの獲得人数は永世竜王1人(渡辺)、永世名人6人(木村、大山、中原、谷川、森内、羽生)、永世王位3人(大山、中原、羽生)、名誉王座2人(中原、羽生)、永世棋王2人(羽生、渡辺)、永世王将(大山、羽生)、永世棋聖(大山、中原、米長、羽生、佐藤)となっている。なお、竜王戦はやや新しいタイトルで、その前身である十段では大山、中原が永世十段に該当している(ただし、タイトル取得条件は竜王とは異なる)。羽生善治は、永世竜王まであとタイトル一期と迫っていて、今進行している竜王戦で渡辺竜王からタイトル奪取に成功すると、史上二人目の永世竜王となる。これが実現すると、羽生善治は前人未到にしておそらく空前絶後となる、永世七冠となる。永世竜王への挑戦はこれが初めてではなく、2003年に森内に4連敗したこともあれば、2008年には渡辺に3連勝後に4連敗するなど、実に羽生らしくない負け方で、4度にわたって永世竜王の称号獲得に失敗してきた。羽生の永世7冠は、羽生時代の総仕上げといっても良いもので、すでに羽生が成し遂げた同時期7冠制覇(1995年から1996年までの167日間)と並び、多くの将棋ファンが待ち望んできたものでもある。昨日、その竜王戦7番勝負第二局が行われ、羽生が勝利して対戦成績を2勝とした。永世竜王まであと2勝である。

羽生時代は、再び復活する可能性もある。渡辺竜王も、2連敗から逆襲してタイトルを防衛する可能性もある。しかし、僕は、今回ばかりは羽生の復活は難しいし、渡辺竜王のスタイルはとても好きなのだが、羽生を応援せずにはいられない。

A.I.が人間の知能を超えてしまい、将棋の「ゲームとしての面白み」は減少してしまった。自分で楽しむものとしても、プロの将棋を見て楽しむものとしても、僕にとっては以前のような面白さが感じられない。自分で遊んでいても当然A.I.には勝てないし、プロの対局を見ていても、常に気になるのは、「それで、ソフトはなんて言ってるの?どっちが有利で、最善手はなんなの?」ということである。有効手を選ぶ方法は相変わらずブラックボックスだが、模範回答や、プロが提示した回答の正誤は正確に判断できてしまう。事象として、藤井四段の活躍は大きく報道されているのだが、これが将棋界そのものの盛り上がりだとは、到底感じられない。麻雀のようにある程度の運の要素が存在するのならまだしも、論理的に手の優劣が判定されてしまうのでは、オチを知っていて聞く落語のようだ。それはそれで技の優劣はあるのだが。

個人的な予想を書くなら、羽生の衰えと歩調を合わせるように、将棋の人気は少しずつ失われていくのだろう。そして、その終焉を迎えるストーリーの大団円として羽生の永世7冠があれば、多くの将棋ファンが心の底から祝福すると思う。長引くとしても、2017年内にはストーリーが明かされる。ここで終わるのか、まだ続くのか、永遠に終わらないのか。今後の対局は前橋(11/4-5)、三条(11/23-24)、指宿(12/4-5)、天童(12/11-12)、甲府(12/20-21)で予定されている。