2018年02月17日

最低賃金が米国並みにアップすると、日本の社会はどう変わるのか

ヨミドクターにこんな記事が掲載された。

データで見る「共働き社会」…妻にのしかかる家事・育児、夫の年収は減少激しく
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180217-00010000-yomidr-soci

「少子高齢化社会の日本においては、共働き社会の構築が大切」という内容で、この内容に異を唱えるつもりはないのだが、共働き社会の構築と非常に相性が悪いのが最近良く耳にする最低賃金のアップである。「え?」と思う人も多いかもしれない。

去年、最低賃金のアップを声高に訴えるデモのニュースを目にした。

「最低賃金、時給1500円なら夢ある」若者らデモ
https://www.asahi.com/articles/ASK4H46FSK4HUTIL00T.html

彼らの主張はもっともなように見える。しかし、この主張は自分たちの首を絞めかねないし、少子高齢化社会の日本にとっては大きなダメージを与えかねない。なぜそうなるのかについてこのブログでは時々書いてきたのだが、もう一度まとめておく。

最低賃金のアップを主張することの落とし穴は、「自分の給料がアップするだけではない」ということだ。世の中の遍く全ての労働者の賃金がアップする。ちょうど米国がそういう社会なので(最低賃金が時給15ドル〜18ドル)、世の中がどう変わるか、参考になるだろう。

最低賃金が上昇するということは、単純労働の単価が上がるということなので、そういった労働に依存するサービスの料金が上昇する。

まず、飲食店のスタッフの人件費が上昇するので、飲食店の価格がアップする。ワシントンDCでは、ラーメン一杯15ドルが相場である。おそらく、吉野家や松屋といったお手軽な定食屋は、料金が倍近くになるか、業態が変わるだろう(自動化、セルフサービス化など)。外食産業は、軒並み価格がアップすると予想される。

次にコンビニなどの24時間営業店である。これらの業態維持も困難になるだろう。今は客が少なくても、スタッフの数を絞ることによってなんとか採算を維持できているようだが、最低賃金がアップすると、負担が大きすぎる。歌舞伎町のど真ん中など、特殊な環境にある店以外は、24時間営業の維持は困難になるだろう。ワシントンDCの郊外だと、24時間営業の店はほとんど存在しない。

今後の日本で影響が大きくなりそうなのが育児のコスト、保育料である。時給1800円として、1日8時間、月に22日働いてもらえば、その費用は単純計算で31万6800円である。時間を半分に減らす努力をしても、月額15万円を超える。ちなみにニューヨークやワシントンDCでの保育料は、子供ひとりあたり月額20万円が相場である。

この他にも、人の手によるサービス業は軒並み価格がアップするだろう。たとえば介護などもその一つである。それらをひとまとめにして表現するなら、「金持ちは面倒なことを他人に任せて楽をして、貧乏人は自分でできることは全部自分でやる社会」である。スーパーで食材を買ってきて自分で調理して、子供がいれば自分でその面倒を見るなら、高コストの影響はない。

また、見逃せないのが、自動化である。人件費が高いなら、可能な限りマンパワーを機械に置き換えてしまおう、という判断があって当たり前である。したがって、最低賃金に近いところでの雇用はどんどん減少していくだろう。

最低賃金をアップさせろという主張そのものに反対する気はないのだが、主張している側に「コンビニがなく、ラーメン一杯1500円が当たり前で、子供を持てば一人当たり月額20万円かかり、老後に向けてきちんと貯蓄しておかなくてはならない社会」のイメージがあるのかはやや疑問なのだ。

そして、もちろん、共働き家庭の家計も直撃することになる。弊社の営業部長の姉がニューヨークで暮らしているのだが、共働きの彼女も「2人いる子供の保育費用で収入のほとんどが消えていく。何のために働いているのかわからない」と嘆いている。子供が2人いる共働き家族では、妻が50万円を稼いでも、保育料で40万円が消える。税金のことを考えると、マイナスになりかねない。それなら働かない方がマシなのだが、仕事をやめてしまうと、復帰したいと思ったときに、仕事が得られる保証がない。

全く別の話だが、先日、「米国の景気が回復したという数値データをもとにして米国の企業が従業員の給与をアップした」というニュースを読んで、「米国はすぐにこうやって反応するのに、日本はなぜベースアップに応じないのだ」というつぶやきをTwitterで見かけた。理由は簡単で、米国は解雇規制が緩いから、経営が難しくなれば解雇すれば対応できるところ、日本ではそれが難しいから、容易にベースアップに応じることができないのである。

物事は複雑に相関しあっていて、一つのところに外力を加えて変化させれば、それに合わせて様々な要素が姿を変えて、全体としてバランスを取る。最低賃金を1.5倍、あるいは2倍に増やすとすれば、その影響は小さくない。幸いにして、米国は一足先にそういう社会を選んでいるので、きちんと米国の現状を観察して、本当にそれで良いのか、きちんと考えておく必要がある。賃金がアップしてから、「賃金が上がったのに、暮らしは全然楽にならず、むしろ不便になった」と言っても、後の祭りである。

最低賃金は現状維持で、と言いたいわけではない。仮に、最低賃金を大きくアップさせた場合、どんな社会になるのか、そのイメージをきちんと持って主張して欲しいと思うし、それを支持するなら、同じように未来図を共有しておいて欲しい。その上での選択なら、それはそれで一つの見識である。