2018年08月06日

punctualでorganizedな日本社会

サマータイムの導入を安倍晋三が検討しているようだ。安倍晋三が実行してきた政策にはほとんど見るべきものがないのだが、サマータイムの導入が実現できるなら、数少ないポジティブに評価できる政策として評価できると思っている。ところが、このサマータイムの導入に対するネット民たちの評判がすこぶる悪い。

サマータイムは、夏の間だけ1時間、時間を早めることで、僕が暮らしているワシントンDCだと3月の第2日曜日から、11月の第1日曜日までに適用されている。サマータイム期間の方が長いので、実際にはウインタータイムの期間だけ1時間遅くなっている感じだ。日本との時差はサマータイムで13時間、それ以外で14時間になる。

サマータイムのメリットは色々あるのだが、具体的に身近な例を書くなら、夕方でも明るいので、仕事が終わってからでも屋外プールでひと泳ぎすることができるし、照明のないコートでテニスをすることも可能だ。

サマータイム導入に対する反対意見の主たるものは、様々な電子システムのプログラム改修が必要になるからやめておけ、というものだ。これはもっともな話なので、安倍晋三が検討している「2年間限定」などというやり方は絶対にやめるべきだろう。やってみて、2年後に戻すというのは二度手間である。やめるつもりなら最初からやらないほうが良い。ただ、そこは政治家の考えることだ。「とりあえず2年ということで導入しておいて、あとはなし崩しに恒久制度化すればいい」と考えている可能性が高い。

しかし、そこさえクリアしてしまえば、サマータイムにはさしたるデメリットが見当たらない。一方で、明るい時間が伸びることは、想像以上にメリットが多い。緯度が日本と多少異なるので、ワシントンDCの状況をそのまま日本に割り当てることはできないのだが、現在、日没は20時以後で、20時ならまだ普通に明るい。先日、シティ・オープンを夕食後に観戦しに行ったのだが、涼しくなり始めたタイミングで、仕事帰りに立ち寄った人たちがテニスを楽しんでいた。日本以外では、日が長くなるということは、遊ぶ時間が長くなることだ。

サマータイムを日本で導入するためには、ある程度の障害を覚悟する必要があるだろう。たとえば丸ノ内線は3分や4分おきに運行されているが、こういった時間に正確で高度に整理された日本社会は、柔軟性に欠けるというマイナス点を持っている。米国は「面白そうだからやっちゃえ」というマインドを持っているが、日本は「何か起きたら困るからやめておこう」と考える。いろいろな障害を吸収できる余地がない。それは、日本社会が時間に正確で、整理された社会だからかもしれない。

米国で暮らしていると、電動車椅子で歩道を走っている足の不自由な人を頻繁に見かける。彼らは、補助の人なしに、一人で外出して、どこへでも出かけることができる。歩道が広いこともあるが、ほとんど全ての公共交通機関が車椅子に対応していることも大きな要因だ。バスは機械式のブリッジを装備していて、このブリッジを使って車椅子のままでバスに乗ることができる。この際、ブリッジの出し入れと乗車に、3分程度の時間が必要になる。しかし、米国のバスは30分遅れることや、突然キャンセルされてしまうことも良くあるので、車椅子への対応によってバスが遅れても、誰も文句を言わない。これが日本だとどうなるのか。地下鉄に車椅子の客が乗降するだけでも駅員がやってきてサポートしている。ダイヤに遅れが生じないように、大仕事になる。そもそも、バスの場合は車椅子で乗降できないことの方が多いのではないか。

時間に正確なことと、多くのことが整理整頓されて、規則正しく動作している日本社会は整然としているのだが、イレギュラーな事象に対する柔軟性に欠ける側面を持つ。これは分子遺伝学に例えるなら、全く異常を生まず、正確にコピーを続けるDNAのようなものだ。こうしたゲノムはやがて滅びる。生き残るのは、時として致命的になることはあっても、突然変異があって、多様性を持つゲノム群である。また、ゲノムには用途不明の領域がたくさんあるが、日本社会にはこうした「遊び」の部分が少ない。遊びのない機械は、壊れやすい側面も持つ。

日本はなぜ、今のように遊びの少ない社会になったのか。大都市への人口集中によって、高度に整理され規則正しい社会が、要求されたのかもしれない。沖縄の人と一緒に仕事をしたことがあるのだが、彼らの多くは時間に不正確で、およそ日本人らしからぬ行動だった。しかし、実は彼らの生活様式の方が世界では一般的なのかもしれない。DC、シカゴ、ラスベガス、フロリダなどをみてきたが、日本と同じように暮らしているのは、米国ではニューヨークだけだった。日本人は遊びの少ない社会に慣れているので、電車やバスが時間通りにやってきて、全て予定通りに進む社会が快適なのかもしれない。しかし、ルーズで、明日で良いことは今日やらない、という社会はのんびりしていて、過ごしやすいものだ。そして、異分子を受け入れる余裕もある。英語が下手な人間が社会に紛れ込んでいても、何かあれば辛抱強く話に耳を傾けてくれる。そういう精神的余裕が、少なくとも米国ワシントンDC界隈の社会からは感じ取れる、一方で日本は、夫婦別姓がダメだったり、LGBTを差別したり、移民を極度におそれる社会でもあるのだ。根拠はないのだが、全てを予定通りに進めようとする遊びのない社会だから、自殺する人が増えてしまっている側面もあるのではないか。

なお、電子機器以外にサマータイムのハードルとしてよくあげられるのが、高齢者の混乱である。しかし、この点は無視しても良いと思う。日本は高齢者に配慮しすぎだ。たとえば、米国の公共交通機関にも優先席があるが、妊婦、乳幼児連れ、障害者には親切だが、高齢者に席をゆずる人はあまりいない。高齢者に配慮する必要性自体は排除しないのだが、米国でサマータイムに文句を言っているお年寄りをまだみたことがない。体内時計を強制的に狂わされるので、一部の高齢者には負担があるかもしれないが、そこは非高齢者へのメリットを考えて我慢してもらうのが得策だと思う。

システムの改修が大変だ、というのは一理あるが、そのおかげで雇用が生まれるという考え方もできる。保守的であるために、日本社会は進歩性が失われている可能性も少なからずあるので、オリンピックを機に、大きな変化を受け入れてみるのも一案である。

年2回の時計調整が面倒くさいというものぐさな意見もあるが、実際に暮らしていると、僕の場合はほとんどの時計はWi-Fiで調整されるし、血圧計の時計のようにわざわざ調整しなくても、どうってことない時計も多い。2年半のサマータイム採用国での生活で、時計の針を手動で変更したことは一度もない。

さて、今、17:37だが、夕食の支度をする前に、ちょっと屋上へ行って泳いでこようかな。

#ただ、個人的には、多分保守層の反対が強くて、導入できずに終わると思っている。
#山手線や丸ノ内線のように、大量発着しても混雑している電車はルーズにはなりえないのかもしれず、そこは大都市圏への人口集中を改善しなくてはならない。
#何か新しいことをするときに、わくわくするのではなく、あれこれ心配するのが日本人の癖なのだろう。ベンチャーではなく大企業や公務員を目指すマインドと共通。

この記事へのコメント
なにか新しいことをしようとしたら自分が責任取りたくないのが日本人。
「お上が決めた」とか「前例を基にして」とかじゃないと動かない。
そういう意味ではbuuさんがこの政策を評価するというのは納得できます。

ただ、私はサマータイムを特に評価するというほどではないです。
サマータイムなんて、やりたい組織が勝手にやればいい話だと思うんですがね。
みんながやる必要なんて全くない。
やった方が都合がいい会社(公務員も含めて)が、自分ところの社員の時間を早めるだけで。
プログラム改修なんて面倒なこともいらない。

例えば8時半出勤を7時半に、17時半退社を16時半に勝手に設定すればいい。
時計をいじる必要なんて全くないはず。
むしろ、いじらない方が電車や交通機関の混雑時間をずらすことができる。
個人商店に近い会社ならフレックスなどでこれくらいやってそうですよね。
Posted by popoo at 2018年08月12日 14:42
たとえば、「今日のコンサートの開演は実時間19時、夏時間だと18時に開演です」みたいなことになると、「え、それじゃぁ18時終業の俺は無理じゃん」みたいにして参加できなくなる人が発生するんですよね。

ETCの深夜割引とか、時間で決められている制度が色々あるのも問題。

これは標準時、あれは夏時間、みたいに考えていくと個人レベルで混乱が生じて非効率なので、全体で時計を合わせる必要があるんだと思います。
Posted by 元木 at 2018年08月12日 14:52