2018年09月17日

パズドラよ、お前もか

ガチャで課金させるゲームでクソゲー化したゲームとしてガンダム・コンクエストについて書いたことがあるのだが、パズドラも同じようなプロセスでクソゲー化した。

パズドラの良かったところは、ベースにあるパズル性にモンスターのキャラクター性を組み合わせたところだったのだが、ここに行き過ぎた課金モデルを導入したために、モンスターのインフレが発生し、モンスターに愛着を持てなくなってしまった。たとえば、「可愛いモンスターでパーティを組んで楽しむ」というような、モンスターの戦闘力を無視した遊び方は不可能になって、強いモンスターを手に入れることが正義になってしまった。モンスターの成長要素だった経験値はただ同然で配布されるようになり、新たに「+(プラス)」「覚醒」「潜在覚醒」「超覚醒」といった要素が追加された。しかし、これらの要素も同様にインフレが発生し、最近では「スキル」すらばら撒かれるようになった。そして、こうした新要素がないと新しいダンジョンには挑戦できないような状況が生まれた。モンスターの代替スピードもアップして、数ヶ月前ならどこのダンジョンにも行けたモンスターが、全く歯が立たないダンジョンが出てくる始末である。

これまで成長させてきたモンスターの価値はどんどん暴落していく。苦労してスキル上げしたパールバティなど、二度と使うことがないかもしれない。

古いモンスターの価値がなくなるということは、投入した時間の価値が消滅していくということだ。つまり、ゲームをやっていた価値がなくなる。そして、パズドラ内での価値は、ガチャを引くお金に立脚する。結果として、最前線のユーザーはどんどん課金してガチャを引き、最新のモンスターを手に入れなくては楽しめない格好だ。

ゲームのマネタイズはいつの時代もゲーム運営者が苦労するものだが、課金しないと勝てないという状況は末期的な症状である。本来、課金要素は利便性(パズドラで言えば、保有できるパーティ数が増えるとか)、装飾性(パズドラで言えば、課金するとモンスターがしゃべるとか)、あるいは時間性(お金を払うとレベルがアップするとか)などの、戦闘とは直接関係のない部分で導入されるべきなのだ。

しかし、今のパズドラは、モンスターのインフレが進み、強いユーザーにコレクション性の高いモンスター(そこそこ強くて、時々限定的に役に立つ)が配布され、過去のストックは白紙化していく。

このような状況になると、大量に課金するユーザーだけが残り、一般ユーザーは去っていく。パズドラの場合はユーザー同士の対戦要素が希薄なので、利用者減が直接ゲーム性に悪影響を及ぼすことはない。しかし、それは運営会社の継続性に悪影響を及ぼし、やがてゲームの陳腐化に繋がっていくだろう。そして、この症状は、残念ながら歯止めがかからない。一度クソゲー化したゲームが回復した例を、僕はまだ知らない。

ガンホーは、大量に課金してくれるユーザーからいかにしてさらに課金させるかに注力していて、「好きなモンスター1体のスキルを苦労して上げしたのに、1時間のイベントで5倍の数のモンスターのスキルが一気に上がってしまうという事態を目にして、ゲームを継続する気が喪失するユーザー」には配慮できない会社なのだろう。

このゲームも終了と判断する時期に来たと思う。

お金を稼がなくてはゲームは存続できない。これは当然である。一方で、大多数のユーザーたちはなるべくお金をかけずに長く楽しみたいと思っている。両者のバランスは、「いくらでもお金をかけて楽しみたい」という少数のヘビーユーザーの存在によって、とりにくくなっている。この着地点をどこに見つけるかが、ゲーム会社の知恵の見せ所だ。バンダイ・ナムコも、ガンホーも、失敗した。