2021年03月10日

シン・エヴァンゲリオン劇場版:

人間はいつも同じところに居続けることはできず、常に変わっていくものだ。恋愛を考えてみればすぐに想像がつく。多くのカップルにとって、付き合いを始めた瞬間は最高の相性である。しかし、人間はそれぞれ変わっていく。徐々にズレが生じてきて、やがて別れる。

変わっていくという点では、創作者も同じである。例えば中島みゆき。彼女はそれぞれの時代で名曲を書いてきたが、「時代」も、「悪女」も、「ファイト!」も、その年齢の彼女にしか書けない曲だった。どんな作家も、どんな陶芸家も、どんなラーメン屋も、人間の中身が変わっていくのだから、その表現型である作品も変わっていく。創作者は、その時にしか作れないものを作る。だから、価値がある。14歳でも、30歳でも、60歳でも同じ作品を創れるなら、価値は激減するだろう。

そして、変わっていくことは、受け取る側も同じである。

エヴァンゲリオンという作品は、今の映画版だけを見ても完成までに10年以上の時間をかけてしまった。その間に、監督も、観る我々も変わってしまった。その変化は、方向も、スピードも、千差万別だった。監督の変化を、観る側が許容できるかどうかで、この作品への評価は変わってくるだろう。

アニメ版、旧劇場版では基本的に孤独な存在だった登場人物たちが、この新劇場版では次々に理解者を見つけていく。「孤独でありつつも、居場所を見つけていく」という流れから、「孤独からの脱却」という流れへの変化。監督の変化は、孤独からの脱却だったようだ。これは、監督自身が、当初のエヴァンゲリオンの監督の立ち位置からいなくなったことを示している。

エヴァンゲリオンという作品は高度に個人的な作品だった。監督のパーソナリティに共感した孤独なファンたちが、少しでも監督の精神世界を理解したいと感じて、議論してきたのだと思う。そして、長い時間が経って、監督はそこにいなくなってしまった。監督とファンの共依存は、「庵野はもうそこにはいない」と宣言されたことで明確に終了したのだろう。

評価はなかなか難しい。これまで散々広げてきた風呂敷を丁寧に畳んで行ったという点では高く評価できる。ただ、ほったらかしになったことや、整合性が取れてないように感じることもあって、満点とは言い難い。⭐︎2つ半かな。