2004年05月21日

名人戦第4局

例によって、ほとんどの人が興味がないと思われる将棋の名人戦の話。

羽生善治名人・王座に森内俊之竜王・王将が挑戦する、第62期名人戦(毎日新聞)七番勝負第4局が三重県菰野町で行われた。森内の2勝1敗で迎えた本局は、後手羽生の横歩取り85飛車戦法となった。

結果は103手で森内が勝ち、対戦成績を3勝1敗とした。名人奪取まであと1勝である。

冒頭で「ほとんどの人が興味がない」と書いたけど、同時にほとんどの人が馴染みがないのが将棋の世界だと思う。折角だから名人戦を中心にして、今の将棋について書いてみる(って、今日はちょっと暇なのさ)。
将棋には、大きなタイトルが7つ存在する。それらは「竜王」「名人」「棋聖」「王位」「王座」「期王」「王将」である。このスタイルは1983年から継続している。これらのタイトルは、大勢の棋士による予選で勝ち抜いたものがタイトル保持者に対して挑戦するという形を取る。この、挑戦者になるだけでも大変なことなのである。

タイトルには「格」があり、竜王と名人が二大タイトルとなっている。竜王は理論上はトップアマチュアでも1年で奪取することが出来るが、名人はプロ棋士であることが最低条件になる。プロ棋士は「A級」「B1級」「B2級」「C1級」「C2級」とランク付けされており、それぞれのクラスでリーグ戦を実施、その上位者が上のクラスに昇級できる。プロ棋士はC2級から徐々にランクを上げ、最上級のA級で優勝したものが名人戦挑戦の権利を得る。

現在、A級棋士は10名だが、今回挑戦している森内は史上初めて9連勝の負けなしで挑戦権を獲得している。つまり、抜群の強さと運を持っているということだ。

名人戦は7番勝負で実施され、先に4勝したほうがタイトルを獲る。つまり、森内はタイトル奪取に王手をかけたことになる。

「羽生善治」の名前は将棋に馴染みのない人でも耳にした事があるに違いない。それまでも大山の5冠(この当時はタイトルは5つしかなく、完全制覇である)、中原の5冠、米長の4冠、谷川の4冠と、自他共に認める第一人者は存在したが、1996年に前人未到の7冠制覇を成し遂げ、テレビでも繰り返し報道されたからである。その後も羽生は第一人者として君臨し現在に至るのであるが、将棋界は大きく変貌しつつある。

将棋の世界を変えつつあるのはパソコンである。将棋は過去の棋譜を参考にして、試行錯誤の末に定跡を作り上げてきている。この「過去の棋譜」のデータベース作成に、パソコンが大活躍している。

<参考>これらの定跡を取り込んだ将棋ソフトも作成され、「ミスをしない」という特徴を持つこれらのソフトは、膨大なデータベースを背景として、現在はアマチュア4段〜5段程度の実力を持つほどだ

現在のトップ棋士の多くは、このパソコンの機能を上手に利用している。もちろん実際の対局にあたってはパソコンを利用したりしないが、研究の際に大いに役立てている。そして、将棋は「対局室で考えるもの」から、今は「事前に研究して準備しておくもの」になってきているのだ。

この顕著な例が今回の名人戦第2局である。森内が放った「勝負手」は森内はもちろん事前研究していた手であったが、同時に他の棋士も研究しており、すでに結論の出ている手であった。
「おかしいな。この手で羽生さんの負けのはず。羽生さんが知らないとは思えないのだが」
検討を行っていた棋士からはこんな声も出た。第一人者の羽生が研究していないはずはない。今までの我々の検討の中に見落としがあるに違いない。それは一体どんな手なのか。多くの棋士がその後の展開に注目した。しかし、「意外な一手」は結局現れず、羽生はそのまま負けた。羽生は終局後、その手について触れ、「驚きました」と述べた。第一人者の羽生が知らない手が、他の棋士の間では常識になっていたのである。

名人戦という時間が限られた環境で一人で考えるのと、時間も精神的余裕もある中で、場合によっては大勢で考えるのでは、そこから出てくる結論の優劣は明らかである。

将棋は、その場でのひらめきではなく、事前にいかに広く、そしていかに深く研究しているか、の勝負になりつつある。そして、その第一人者は羽生から森内に変わるかもしれない。

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