DVDで観たから、ということもあるのだろうが、美術的にはあまりいけていない。セットの質感が低く、衣装などにもあまりこだわりがない。箱庭の中でコスプレをやっているようなイメージなのだ。これが物凄く残念。また、カメラのレンズがイマイチなのか、室内の、特に暗いシーンでの画質の粗さが目立つ。野外の昼のシーンが非常に鮮明なので、それが一層目立つ。このあたりの、お金をかければもっと良くなったの、というところがちょっと残念。
しかし、そこで展開される人間劇は、箱庭を忘れさせるものがある。
映画はヒトラーの秘書にミュンヘン生まれの若い女性が採用されるところから始まり、以後、彼女の視点で語られていく。
映画の最初のうちは、ヒトラーの狂気があまり感じられない。普通の良いおじさんのように描かれている。特に女性への人当たりは終始一貫して非常に良い。秘書の視点だから、その点が強調される。ところが、映画が進むにつれ、徐々にこのおじさんが普通ではないことがわかってくる。それが元々のものなか、あるいはベルリンの地下壕生活がそうさせたのか、様々な矛盾を抱えたヒトラーの人間性が見えてくる。例えば、「猿はこうだ。猿ですらそうなんだから、人間ならもっと当たり前だ」というトンチンカンな理論を振りかざしたりする。
面白いのは、「秘書の視点」から描くことによって、彼女が知り得なかった様々なヒトラーの残虐な面を映像化していないことである。それは、この映画を観る人間の知識による補完に任せている。こうした手法によって、「今から考えれば極悪非道な人間だったが、当時現場にいた人間にはこう見えたんだ」ということを表現している。もちろん賛美するわけではないけれど、現場にいた人間の視点から戦争を描き、そこにこの映画を観る人間それぞれが自分の知識を追加し、それによって一本の「作品」に仕上がる仕掛けになっている。逆に言えば、ヒトラーや、周辺の人物たちに関する情報は鑑賞前にきちんと勉強しておいた方が良い。
映画は題名のとおり、ヒトラーの最期の12日間を描いたものだから、すでにドイツの敗戦ははっきりしている状態である。そういった極限状態の中で、負け戦を直視しない人間、逃げ場所を失って諦めている人間、あまり深く考えておらず、みんなについていけばそのうちなんとかなると思っている人間、ヤケをおこして酒に溺れる人間、潮時と考えて逃げ出す人間、ダメと分かっていながらもヒトラーに忠誠を誓う人間たちをじっくりと見せていく。
地下壕のヒトラーのそばは食料もあり、幹部たちの服装はしっかりとしていて、そして半分ヤケのパーティが開催される。そのパーティの夜にも、ソ連軍の砲弾は容赦無く撃ち込まれる。作戦会議は、どれもこれも現状把握とは程遠い夢物語だ。ちょっと外に出ると、そこでは子どもが最前線に立ち、病院の一室には老女たちが身を隠していて、そのそばには積み上げられた死体の山。行き場を失ったSSは自国民に拳銃の照準を合わせ、味方同士での殺し合いを始める。それでも、そういった絶望的な中でも国民を救い、国民を導こうとする軍高官や医師なども描かれていく。そして、敗戦の前後の悲劇的な様子が克明に描かれる。そこにあるのはドイツ国民の悲劇である。
この映画をひとつ上のランクに引き上げているのは、間違いなく主役を演じているブルーノ・ガンツだろう。左手に障害を抱えているところ、突然怒り出す不安定さ、時折見せる紳士的な側面、そして何より、12日間の間に急速に老化し、精力を失っていく様子を見事に表現していた。
ところでゲッベルスは背が低くて脚が悪かったという印象があるのだけれど、この映画ではヒトラーより背が高く、普通に歩いていた。記憶違いかな???細かいところだから史実と違っていても全然構わないけれど。
映画のラストでユンゲ本人が登場し、コメントする場面があるのだけれど、果たしてこのシーンは必要だったのか。「これは秘書の視点ですよ」ということを強調したかったのかも知れないが、ちょっと疑問に思う。ユダヤ人への配慮、ということなのかも知れず、「シンドラーのリスト」にも通じる作りなのだけれど、余分だったと思う。
マイナス部分も確かにあるけれど、それを役者の力がきっちりと補っていると思う。評価は☆2つ半。
(総統閣下シリーズで使いたいから褒めたわけじゃないですよ(笑)。マジで面白い。二度観ちゃった)