2017年10月17日

久しぶりにこれはツイッターを上手に使ったプロモーションだな、と思った事例

もうかれこれ10年以上、カップラーメンは食べていないラーメン評論家だけど、これは食べてみようかな、と思ってしまうプロモーション。連投されたツイートを順を追って引用する。



ふうん。




まぁ、確かにセントラル・パークあたりでなぜこれ?という感じはある。というか、普通。ありきたり。悪くないけど。かわいい女の子を連れてくればこれくらいはできるよね、みたいな。




指示に従っただけでどうしてこうなる、という感じがある。クリエイターとしては極端に振って、「やっぱり元に戻そう」という指示を期待したのかもしれない。




上司の方が一枚上手だった。




もう、全部がカオス。これだよ、これ。俺が見たかった広告は。ほとんど、一分の隙もない。上司のセンスすげぇ。ただ、いきなりこれじゃぁ、わけわからん。メイキングを添えてこそ。このプロモーション、素晴らしい。

良く考えてみたら、カップヌードルが食べたくなったんじゃなくて、チーズが食べたい。  

Posted by buu2 at 23:40Comments(0)ネットウォッチ

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2017年07月18日

ジョブなのか、キャリアなのか、それが問題だ

僕は寡聞にしてAXIAという会社を知らないのだけれど、社長が書いているこのブログ記事を読んでなかなか大した会社だなと感じた。

エンジニアは業務時間外でも勉強するべきなのか
http://axia.co.jp/2017-07-18

要すれば、「エンジニアが業務時間内に勉強するとか馬鹿じゃねぇの?」という内容なのだが、予想通り、馬鹿なはてなブックマーカーどもが馬鹿なコメントをつけて、星を集めている。日本は本当にダメな国だ。こんな奴ばかりだから、ただでさえ積み荷の重い船が、どんどん沈んでいくのである。

僕が日本を脱出して米国に来てから1年以上が経つのだが、日本にいるときには漠然としか感じていなかったことで、こちらに来て、米国移住者に対してのメリーランド州が実施している授業を受けたことによって明確化されたことが二つある。一つは、先日書いた民主主義の手法についてである。もうひとつが、キャリアとジョブの違いだ。その違いを日本人は理解していないので、冒頭で紹介したブログを批判する、とんちんかんな考え方が横行するのである。

では、キャリアとは何で、ジョブとは何か。キャリアは、その仕事を通じて個人のスキルが明確にアップする仕事(職業)である。たとえば、美術館のキュレーターなら、仕事を通じて、同時に自身の美術に関する知識や経験が積み重なって、スキルがアップする。ジョブはこの逆で、単に時間を提供することによって雇用主に労働力を与える仕事(職業)である。ジョブの例としては、コンビニのレジやファミレスの店員などが挙げられる。内容的にはキャリアとジョブにはこういう違いがあるのだが、別の軸で考えると、キャリアは労働者のスキルアップになり、これは待遇のアップにつながる。転職するたびに給料はアップしていく。一方でジョブはいくらやってもスキルアップがないので、転職しても給料は変わらない。だから、ジョブをやっている人が待遇のアップを欲するなら、自分で勉強する必要が出てくる。

加えて、ここにひとつ大きな問題があって、冒頭のブログで扱っているようなITエンジニアなどの場合、ジョブをやっているだけでは持っているスキルが陳腐化し、使い物にならなくなる可能性があるのだ。炭鉱が閉山した炭鉱夫のようなもので、スキルが未来永劫必要とされるとは限らない。コンビニの店員だって、レジのセルフ化が進めば不要になるだろう。ファミレスの店員もロボットに置き換えられるかもしれない。だから、今あるジョブが10年後もそこに存在し続けるとは限らないと知っておく必要がある。

キャリアとジョブは完全に二分することができるわけではなく、キャリア色の濃い仕事と、ジョブ色の濃い仕事という切り分けになる。コンビニの店員であっても、接客を続けているうちに接客のスキルがアップする可能性はあって、キャリア色が全くないわけではない。しかし、業務外でたとえば英語の勉強をしたなら、「外人客の接客が可能な店員」として、ワンランクアップの待遇を得ることができるかもしれない。でも、その英語の勉強は当然業務時間外にやるべきことだ。

冒頭で紹介したブログの会社の社長は、ITエンジニアはジョブであると考えているのだろう。日本人は、このキャリアとジョブの違いを明確に把握していないのが大きな問題なのだ。大企業や役所の年功序列はキャリアとジョブを混合してしまう慣習なので、そういう社会にどっぷり浸かってしまうと、そこから脱出できなくなるのだろう。日本語にするとキャリアもジョブも「仕事」(職業)になってしまうのも不幸なことだ。だから、日本人の多くは、キャリアとジョブの違いを意識できないし、肌感覚として同一労働同一賃金も理解できないし、ホワイトカラー・イグゼンプションも理解できないのだ。

僕は、大学院を出てすぐに三菱総研に就職したけれど、そこの仕事内容が全くの「ジョブ」だったので、6、7年でやめてしまった。在職時、副社長や人事部長に直接述べたのは、「自分の能力を切り売りしているだけで、全くスキルアップにつながらない。この会社にいたら、三菱総研の仕事の処理は上手になるだろうが、社会的には全く無能な人間になる」ということだった。つまり、「俺にジョブなんかやらせてんじゃねぇよ」ということだ。その後、僕は理研で3年、経産省で2年働いて、以後はベンチャー界隈を歩き回っているのだが、理研も、経産省も、キャリア・アップにつながった。30代半ばで年収1300万円ぐらいになっていたのだが、それは常に自分のキャリア・アップを意識して、そうなるような職場を選んできたからである。

本来、全ての労働者は、自分がやっている仕事がキャリアなのか、ジョブなのか、意識する必要がある。その上で、自分のキャリア・パスを考えて生きていかなくてはならない。その必要性をなくしてきたのが終身雇用や年功序列といった日本型雇用習慣だが、そのやり方に限界がきていることは、ほぼ全ての日本人が認識していると思う。今、多くの労働者が考えているのは、「自分は逃げ切れるか、逃げ切れないか」である。僕の私見で言えば、公務員は、50代以上は逃げ切れるだろう。大企業になると業種によって差が出てきて、たとえば東芝やシャープなどの電機関連は厳しそうだ。とはいえ、50代以上は、多くのケースで、逃げ切ろうと思えば逃げ切れるような気がする。ただし、そういう社員が多ければ多いほど、そのツケは後進に及ぶことになる。それらの会社が30年後に生き残っている可能性はかなり低いのではないか。

冒頭の記事に対して異論を唱えている人間は、遅かれ早かれ、日本の荷物になる。キャリアが偉い、ジョブがだめ、という話ではない。今、自分がやっている仕事はキャリアなのか、ジョブなのか、そこを明確に把握するのが第一段階。その上で、人生にどういうキャリア・パスを描くのか考えるのが第二段階。これができて当たり前で、ふたつをごっちゃにして権利だけを主張している奴らは、ただの迷惑でしかないということだ。そして、そういう奴らが山ほどいるから、日本は再浮上できない船なのだ。

僕が冒頭の会社の社長に感心するのは、そういう絶望的な状況にあっても、何とか打開していこう、日本を海外と対等に渡り合える国に育てていこうという強い意志を感じるからだ。僕は、すっかり嫌になって、面倒臭くなって日本を逃げ出して米国で楽しくやっているクチなので、せめて応援だけでもしておきたいと思い、このエントリーを書いた。

#先日も、国連関係のパーマネント職やこっちで起業した人たち(日本人)と飲みながら話したけど、日本は一年に数回ちょっと遊びにいって美味しいものを食べてくるのがちょうど良い国ということで意見が一致した。ずっといるのは疲れるし面倒臭い。だいぶ前に桃井かおりが「世の中バカが多くて疲れません?」って言ってたけど、まさにそんな感じである。

##続きも書いたよ
ジョブ・キャリアの分割と、高度プロフェッショナル制度
http://buu.blog.jp/archives/51550477.html  
Posted by buu2 at 23:00Comments(0)日記

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2017年07月15日

相変わらず東工大の知名度が低いのだが、別に困ったことはない



  
Posted by buu2 at 23:59Comments(0)ネットウォッチ

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2017年05月31日

朝日新聞が馬鹿で困る

インターネットの時代になって随分時間が経ったのに、朝日新聞はまだその適切な利用方法を見つけ出せずにいるようだ。

ネットに限定すると、新聞社が記事を全部無料で公開してしまえば、収入は広告料だけになってしまうので、おそらく収益が悪化して商売にならない。だから、記事を有料化するのはわかる。しかし、なんでもかんでも有料化してしまっては、おかしなことが起きる。たとえば、さっき見つけたこんな記事がある。

体調すぐれない女子学生、皇后さまが病院手配を依頼
http://www.asahi.com/articles/ASK4M75LDK4MUTIL05F.html

朝日新聞の場合、会員でも有料登録していないと、1日に一つしか記事を読むことができない。結果として、こういう画面に行き着く。

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おいおい、無料会員は美智子様の美の字すら読ませてもらえないのかよ、という感じだ。たとえば科学論文誌であれば、サマリーだけは無料でアクセスできて、詳細は有料、といった形態があるのだが、朝日新聞はそういった配慮は皆無である。タイトルと無料パートの連動がなくて、何を言いたいのかすらわからない。これがどこかの芸能人が大麻をやって捕まったとか、どうでも良い事件なら構わないのだが、皇室の美談であって(ただし、タイトルからの予想)、この記事で商売をしようとする感覚が理解できない。

あるいは、政府を忖度しまくってバカを晒している読売新聞に対抗して、朝日と毎日は色々と追求の記事を書いているのだが、そんな記事でもこの始末である。

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自説を世間に訴えて、社会を変えていこうとする会社がやることではない。朝日新聞に金を払うような人間は、その多くがもともと反安倍晋三なのであって、そういう人間たちに「こいつら、こんなにけしからんのですよ」と述べても、単なる内輪受けである。その声は、「特段の肯定的理由はないものの、野党が情けないから」といった理由で安倍内閣を支持している人間たちに届けなくてはならない。そして、そのターゲットは、最初から朝日新聞にはお金を払わない層なのだ。朝日新聞社ともなれば相当に高い給料をもらっていると思うのだが、こんなことすらわからない烏合の衆なのだろう。だから、主張がきちんと大衆に伝わらない。

さすがに天声人語や私の視点や社説あたりは無料でアクセスできるのだろうが(未確認)、記事も、是々非々で課金するかしないか判断すべきである。そのフェイズにこそ「知恵」が要求されて、会社としての価値が生まれるのである。ネット時代になって、物流・配達の手間や印刷の手間は減少してきているはずだ。その分どこかで頭を使わないなら、その会社の存在意義は毀損していく。朝日新聞社も、その存在意義はどんどん減少してきている。しかし、現場では差し迫った危機としては認識されていないのだろう。

もちろん、話は朝日に限ったことではなく、他社も同じである。

経産省時代、朝、会社に行くと、バイトのお姉さんが主要紙の記事のうち、仕事に関係ありそうなものを全部切り抜いて、貼り付けて、コピーして、課のグループごとに配布してくれていた。これが非常に便利だったので(法的整合性は不明)、新聞を取らなくなって、以後、新聞をとっていない。役所をやめてからも新聞社にお金を払ったことはない。今も、紙の新聞を買うことはないし、新聞社の有料会員になったこともなければ、なる予定もない。その理由の一つは、新聞社が馬鹿で、金を払う価値が見出せないからである。

古い記事のデータベースは一律有料でも構わないと思うし、スポーツや事故、犯人の捕まった事件なども有料で構わないと思うのだが、皇室ネタや、今でいうなら加計学園問題や森友学園問題など、朝日・毎日と読売で大きくスタンスが異なるような、会社の主義主張が色濃く反映される記事は、少なくとも無料で配信されるべきである。

#まぁ、今となっては米国在住なので、もし買うとしてもワシントン・ポストだけど。  
Posted by buu2 at 08:45Comments(0)ネットウォッチ

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2017年05月12日

ネットで見かけた東北大卒の馬鹿

このところ、僕のブログは食べ物と旅行とアートのことばかりなんだけれど、たまには昔みたいに馬鹿を切り捨ててみよう。

問題の記事はこれ。

僕は現役で東北大に入ったけれど、浪人経験者に勝っていると思ったことは一度もない
http://www.gu-none.com/entry/rohnin

最初に書いておくと、僕は現役で東工大に入学している。突っ込みどころ満載なので、順番に。

集計したわけではない


理系なら集計しろ。最低でも知っている有名ブロガーを列挙して、その中に占める早大卒の割合を示せ。

文章を書くものなので文系が強い


根拠薄弱。文系が作文を学ぶ学問とは限らない。また、理系が作文を学ぶ機会に恵まれないとも限らない。

現役生はあくまで私のケース


N=1ではひどすぎる。

これをよく考えているな


データ不足。根拠不明。心理主義。

TOEICの勉強したり


頭悪い証拠じゃねぇか。

研究室見学に行ったり


こいつがやらなかっただけで、普通は現役、浪人関係なくやる。少なくとも東工大ではやる。

場合によっては休学も辞さない


僕は将来を選ぶために自主留年した。現役だからできた。

目的があって行動を起こしていることに感銘を受けました


こいつが起こしていなかっただけ。現役、浪人関係なく、個人の問題。

高校時代の友達で、現役で進学した人の話を聞いて


これ以下のパラグラフは文意がつながっていない。浪人生がこういった情報を持っているのなら理解可能だが。書き間違いなのか、文章力がないのかは不明。

他校、あるいは海外の大学も検討している浪人の友人もいて


これも現浪無関係。僕が卒業した東工大ならほぼ全員考えている。ただ、これは東工大の場合身近に東大があるので、そちらを考えたりする可能性もある。それにしても、こんなことは研究室の先輩からいくらでも情報が来るので、考えないこと自体が信じられない。相当質の低い研究室に所属していたのだろう。

現役生(私)はそんなことにも気づきません


これも変。たとえば僕は修士課程修了後三菱総研に文系就職した。現浪の区別はない。だいたい、入学直後ならともかく、3、4年を大学で過ごしたあとに現浪の区別がそこまで存在するとは思えない。

どんな浪人時代でもその後の人生に色濃い影響を与えるものなのではないか


こういうことを述べたいなら、きちんとヒアリング調査をすべき。

一向に埋まる気配はありません


こいつが馬鹿だからでは。

私大卒ばかりでなく、国立大卒のブロガーさんにももっと頑張って欲しい


調べもせずによく言うよ(苦笑)。この程度の分析力で院卒って、東北大学は何を教えているのだろう?

自分個人のことを「現役生」とか、「国立大卒」とか一般化しているところに救いようのない馬鹿さというか、井の中の蛙っぷりが窺われる。こいつが書いていることは最初から最後まで、「現役生(私)」ではなく、「私(現役生)」である。  

2017年02月13日

禁煙にすべきは屋内か、屋外か、両方か

「日本の喫煙事情」というはてな匿名ダイアリー記事があったのだが、

日本の喫煙事情
http://anond.hatelabo.jp/20170210112714

要約するとこんな感じ。

フランスやドイツの道路は灰皿みたい
繁華街では副流煙のシャワーを浴びることになる
海外は屋内禁煙だが、屋外は緩い
日本は屋外を厳しくして、屋内を緩くするべき
屋内・屋外ともに禁煙にするには時間が短すぎる
海外は禁煙先進国ではない


さて、ここでワシントンDCに限定した話になるけれど、まずレストラン内でこれまでに他人のタバコの煙が気になったことは10ヶ月の生活の中で一度もない。タバコの煙については三菱総研時代に会社の上層部と大げんかを繰り広げたことがあるくらいにはセンシティブだが、本当に、一度もない。なぜかと言えば、2006年1月に法律ができて、DCのレストランは全面禁煙になり、バーやナイトクラブも2007年1月から全面禁煙になったからである。

一方で屋外だが、確かに路上喫煙をしている人を見かけることはある。しかし、これは一日外を出歩いて、一人見かけるか、見かけないか、といった程度。僕はチャイナタウンやジョージタウンあたりの繁華街には週に一度か二度ぐらいしか出かけないので、そのせいもあるかもしれない。家の近所で歩きタバコを吸っている人は、週に一度出くわすか出くわさないか、といった程度である。ニューヨークはこれまで4回出かけている程度なので、全く詳しくないのだが、タバコの煙が迷惑に感じたことはない。歩きタバコを吸っている人よりもスタバのカップを手にして歩いている人の方がずっと多い。

一方、日本の屋内は相変わらずひどい印象だ。店に入ってはみたものの、煙がひどくて注文する前に店を出てしまうこともある。分煙と称していても単に場所を分けているだけだったり、一応部屋を物理的に分けてはあっても、そこから人が出てくると、タバコ臭さが撒き散らされたり、といった状況だ。加えて、ファミマの前などに灰皿を置いてあったりするので、その周辺を通るときは息を止めなくてはならなかったりする。

少なくとも、日本とワシントンDCの状況を比較するなら、副流煙による非喫煙者の被害は日本の方が格段に大きい。ちょっと海外出張してみた経験で、「海外」と一般化するセンスを疑う。

#もちろん、僕が書いているのはあくまでも日本とDCについてだけである。

この記事は「時間的に、屋内禁煙を実現するのは無理」という論調だが、全くそんなことはない。設備などは一切不要なのだから、法律をひとつ通せば良いだけの話である。実際、ワシントンDCではそれを10年前に実現した。百歩譲ってそれが無理なら、喫煙可能な店は店頭に馬鹿でかいポスターを貼っておくべきだ。それなら、最初から近づかないのだから。

また、屋外禁煙と屋内禁煙の比較においても、一般論として、空気交換の少ない屋内の方が、自然に拡散して希釈される屋外よりも副流煙の被害が大きいのは当然と予想される。

色々おかしなことが書かれているので、こんなアホ情報に惑わされないように。  

2017年02月08日

酒器なのか、茶道具なのか

吉村茉莉さんの盃(?)がヤフオクに出ているのだけれど、

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出品者によれば、これは茶道具らしい。茶道には詳しくないのだが、色々なギャラリーや百貨店の展示を見て周っていると、陶磁器の茶道具としては茶碗、水指、振り出し、香合あたりを時々見かける。しかし、茶道具としての盃は見たことがない。もしかしたらこれは盃ではなく茶碗なのかも?と思ったのだが、サイズは最大径8.3センチと小さいし、吉村さんは上絵作家なので、描かれている絵は当然上絵である。茶碗の内部に剥げ落ちやすい上絵をびっしり描いてしまうとも思えない。

また、「ここから流れたんだろうな」と思われるブログ記事があって、

吉村茉莉・盃を買入れました。
http://ameblo.jp/houkan-art/entry-12162231579.html
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記事のタイトルには「盃」と明記されている。

陶磁器は、なぜか茶器だけが高く、粘土の量や描かれている絵のサイズから考えると、同じ作者でもかなり割高になることが多い。茶道具ではないとわかっていてあえて茶道具と記載したのかもしれない。

ちなみに吉村さんの酒器は現在のところ、大きめで4万円、小さめで3万5千円程度。この作品は1、2年前のものと思われ、販売当時の価格で3万〜3万5千円程度と想像する。

  

2017年01月14日

大阪市のプログラミング教育事業は受注者に注目すべき

大阪市が無償でプログラミング教育を受注する業者を募集していて話題になっていた。

概略はこちら参照
大炎上した大阪市の募集要項 「タダでプログラミング教育を」
http://www.j-cast.com/2017/01/13288028.html
簡単に言えば、「奥さん、大阪市が小学生にプログラミングを教えてくれる業者を募集しているらしいわよ。それで、報酬はゼロなんですって。タダ働きしろってことらしいざます」ということ。

それで、元の募集要項はこちら。

平成29年度小学校段階からのプログラミング教育の推進に当たり協力事業者を募集します。
http://www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/page/0000386948.html

僕は経産省時代、この手の発注業務を担当していたので、まず、本省ではどういう作業の流れになっているのかを紹介する。

財務省以外の中央官庁の多くは、財務省に「今年はこれだけの事業をやりたいから、お金をくれ」と予算請求する。この予算要求の前に、役人たちは今年はどんな要求を出そうか、と相談する。その際、主に立案に当たるのが課長補佐である。課長補佐は係長や係員などと勉強会を開きつつ、あちこちにヒアリングに出かけてネタを探す。この時、ネタ元として良くあるのが事業者からの要請である。要請の場面は、各種委員会だったり、講演のあとの懇親会だったり、賀詞交換会だったり、役所に直接陳情にくる場合もあって、色々である。「元木さん、今はこんな事業が必要なんですよ」と教えてくれる。もちろん、その背後には「予算が取れたら、うちの会社をよろしく」という腹づもりがある。

さて、課長補佐はこうしてネタ探しをして、その中の有望そうな事業について部内で会議をやって、課としてどの企画で予算請求するかを詰める。

今は国家予算そのものが厳しいので、こうした企画を全部そのまま財務省に持ち込むことはできない。課内で調整した後、局内で調整し、場合によっては他の局や課の企画と合流して申請することもある。財務省からノーと言われたらそれまでだし、途中で役所としての上限額が決められるので、その数字に合わせて省内調整も必要になる。省内での根回しも重要だし、特に実現性が十分なのかについては検討が必要だ。

一番困るのは、予算を取って、応募を開始してみたら誰も応募してくれなかった、という事態である。なので、民間事業者へのヒアリングの際には「事業を企画したらこいつは応募してくれるかな?」という情報も合わせて収集する。委託金業務にしても、補助金業務にしても、常識的に言えば役所が金を出すし、そもそものネタ元はヒアリング先なので、よっぽど酷い条件でない限り応募はあるのだが、その辺は役人なので抜かりなく準備していく。

さて、無事予算を獲得できたら、いよいよ事業を開始するわけだが、その最初の一歩が「募集」である。ということで、この大阪市の募集要項を見てみよう。僕が書いた事例はあくまでも経済産業省製造産業局の一例だが、地方自治体でもそう大きく変わることはないだろう。

パッと見て違和感を持つのが「無償で実施できる民間事業者」という記述である。違和感というか、癒着の香りしか感じられない。その違和感の原因は、この事業を担当した時の受注業者のメリットが全く見えてこないところにある。企画立案から学校との調整まで含め、必要な費用は全部業者負担となると、事業者はどこで稼ぐのだろう。しかし、役所が考える事業なので、応募がないという事態は考え難い。どこかの業者が、何らかの事情から「ただでもやりたい」と大阪市に入れ知恵したぐらいしか、説明がつかない。

記事によれば、大阪市の担当者は取材に対して「特定の業者との結びつきをなくし、公平性を担保するためにも『無償』という形をとった」と答えたようだが、これが事実とは到底考えられない。逆に、特定の業者との強い癒着があるからこそ、今回のような募集になったと考えるのが自然だ。

だいたい、本当にただでできるなら、大阪市の事業として実施する必要性はなく、事業者は勝手に、ただで事業を展開すれば良いのである。「ただでプログラミングを教えますよ」と。いまどき、そんなことがあるわけがない。

では、事業者の「隠されたメリット」とは何だろう?募集要項の協定書をざっと見て気がついたのは、著作権についての取り決めがないことである。特許についてはその扱いについて記載されているが、著作権については記載がない。ということは、小学校の教員や有識者と共同で作り上げた小学生向けのテキストは、すべて事業者のものとなる可能性が高い。そして、この事業は単年度事業である。したがって、事業終了後、一定の成果物(著作物)が出きた場合には、事業者がその成果物を根拠に「良いテキストがあるので、次年度からはこの金額で」と請求してくる可能性がある。その金額が安いなら、「それはそれで良いんじゃないの?」と考える人もいるかもしれないのだが、無償の事業に応募させることによって担当事業者を実質的に絞り込んでおり、これは癒着だし、縁故資本主義である。著作権については単に書き洩らしかもしれず、断定はできないのだが、違うとしてもこれに類するメリットが何かあるのだろう。

なお、協定書では
特許権、実用新案権、意匠権、商標権その他日本国の法令に基づき保護される第三者の権利(以下「特許権等」という。)

と「特許権等」を定義しているのだが、そのすぐ後の18条2項で
特許権等の対象となるべき発明又は考案をした場合には

と、当事者(第三者ではないもの)が特許権等を発明した場合を記述しており、何が何だかわからないものになっている。

事業を通じて何らかのメリットが得られないのであれば、企業がその事業を担当する理由はない。そのメリットは募集の段階で明確にされるべきだし、募集にあたっては、最低でも事業にかかる費用の積算と、その請求、および、事業後の成果物の取り扱いについて明示されているべきである。

この募集については癒着の香りしかしないので、特に大阪市民は、どの業者が受注するのかに特段の注意をもって監視すべきだろう。  
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2017年01月10日

メリル・ストリープの反トランプ・スピーチ

僕の周囲のほとんどの人は、日本に関わりがあろうとなかろうと、反トランプである。だから、僕が一番好きな女優であるメリル・ストリープが昨日のゴールデン・グローブ賞の授賞式で、反トランプのスピーチを展開したことを喜んでいる。

スピーチの全文はこちら。

The full text of Meryl Streep's six-minute acceptance speech for a lifetime achievement award at the Golden Globes on Sunday:
http://money.cnn.com/2017/01/09/media/meryl-streep-golden-globes-trump-text/index.html

動画はこちら。

声が枯れちゃっているのは残念だけど。

村上春樹にしても、メリルにしても、作家として、あるいは俳優として好きになったあとに、今の僕のスタンスを的確に表現してくれる意見表明をしてくれるあたり、不思議な感じがする。

メリルが批判したトランプの行動についてはこちら。
トランプ氏、身体障害の記者の姿態あざける NYT紙反発
http://www.cnn.co.jp/usa/35074075.html

  
Posted by buu2 at 00:44Comments(0)TrackBack(0)ニュース

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2016年10月15日

コンサートプロモーターズ協会の石川篤総務委員(ディスクガレージ常務取締役)という以下略

なぜ今、「転売NO」と訴えたのか――チケット高額転売問題、音楽業界の“本音”
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1610/14/news103.html

という記事があったので、古くは中島みゆきのコンサート・夜会を全て確保、ちょっと昔だとサッカーW杯コリアジャパンで新横浜決勝戦の最前列を含め一次リーグ日本戦全試合と新潟でのイングランド戦など主要試合、日本シリーズでは中日の絡む試合の全てで確実にチケットを入手してきた実績と、チケットぴあの黎明期からチケット販売を横で見てきた俺が読んでみた。

で、コメントなんだが、ここにわざわざ書くまでもなく、「こうしたらどうよ」という話は5年以上前に書いてある。

コンサートとかのダフ屋対策について
http://buu.blog.jp/archives/51175699.html

こんな辺境のブログに書いてあっても当事者たちは全く気にもとめてないのだろう。それは仕方がない。せっかく専門家がタダでアイデア出してあげたんだけどね(笑)。

ということで、そこそこ完璧なんじゃないかと思うような対応策はすでに提示してあるので、ここでは記事を読んでのコメントを書くことにする。

あるアーティストの公演では、チケットの3分の1が転売サイトに出品された例もある。


そりゃ、販売方法に問題があるんじゃないの?

転売サイトの出品額は、売る側の言い値だ。


言い値だけど、高すぎたら売れないわけで、そこは市場原理が働いているよね。

元のチケットの10〜20倍の価格で売られてしまうと、コンサートに10〜20回行けたはずの人が1回しか行けなくなり、グッズなどの購入予算も奪われてしまう。


でも、売った側がその利益でグッズを買いまくっているかもよ?てか、自分たちの財布に入らなかったから文句を言うってどうなの?

話し合いの場が転売対策を考える場に変わった。


それは良いこと。

派手な広告はしていなかったため、音楽業界としても、それほど問題視していなかった。


アホ。広告をする、しないは関係ないだろ。

チケットキャンプは公式ではなく、チケットの高額転売には反対だと明確に示すことが必要ではないかと考えた。


反対という立場を明確にするのはもちろん勝手ですね。

チケットの転売も定価以下に収めてほしいなどの要求を出したが受け入れられず平行線にまま今日に至っている。


当たり前だろ(笑)。チケットキャンプだってシステム開発しているんだし。

チケットは一般の工業製品と異なり、メーカーであるアーティストが意思を持っている特殊な商品。


なんだこりゃ。違うっていうなら、法律で規定してもらえよ。でも、製造者が意思をもって(思い入れをもって)作っている工業製品だって山ほどあるぞ。僕が集めている美術品だって同じ。

そういう商品に対して、もう少し配慮があってもよかったのではないか。


残念ながら、バカすぎます。自分たちのサービスが特殊だから配慮してくれって、ただの甘ったれだよね。

アーティストとまったく関係ない人が、メーカーも知らないところで、専業として商品を扱い、もうけちゃうのは、ちょっと……。


こんなこと言っていたら、大黒屋も、ブックオフも、骨董屋も、商売成り立ちません。市場に商品を出した時点で、もうあなたたちの手を離れているんです。その辺をきちんと理解しないと、いつまで経っても改善しないよ。

チケットキャンプには、もう少し業界を研究していただき、音楽業界とコミュニケーションしてからビジネスを立ち上げて欲しかった。


本当にバカなんだな、こいつら(笑)。

高額転売チケットの購入でファンの財布が傷めば、音楽業界に流れるお金が減ってしまう。


お金が減ったら、頑張って働いてもっと稼いで、経済が好転するかもよ?

音楽業界を宿主とするといわば寄生虫だが、寄生虫だけが栄えると、やがては宿主を殺してしまう。


この「寄生虫」という言葉を選んじゃう時点で音楽業界は終了している感じがする。これを言うなら、あんたたちだって、自分で歌ったり踊ったりせず、アーティストに寄生して儲けている寄生虫かもよ?

最前列から最後列まで、どの席でも等しく楽しんでもらえるよう努力している。


努力していても、実際、価値は全然違うよ。たとえば東京国際フォーラムの最前列と二階40列が同じになるわけがない。

お金がない学生などからは、前方の席で見られたかもしれないチャンスを奪うことになる


その理念は立派だけど、それを実現するための努力を怠っているから今があるんでしょ。そんなに学生を優遇したいなら、最前列を学生席にすれば良いじゃん。

でもさ、学生料金で安く観てもらうなら、後ろの方や見切れ席で観てもらうのが普通じゃない?学生だって、良い席で観たいなら、バイトしてお金貯めれば良いんだよ。それが社会勉強にもなる。

前方と後方の席だけ売れ、中間の席が余るなど、席による売れ行きのばらつきが出るリスクを恐れる関係者も一部にいることも確かだ。


実際にはチケットキャンプで売れているんだから、きちんと市場を読めば売れ残らないよ。てか、売れ残ったら、チケットキャンプに出せば良いじゃん(笑)。

頭では理解していても、昔からのやり方から離れられないアーティストも多いと感じる。


そっちが悪いんじゃねーか(笑)。

チケット購入時にスマートフォンのSMSで端末を認証して本人確認し、スマホ1台あたり1回しか買えないようにする仕組みは今後、メインストリームになってくるだろう。


これは良いんじゃないの?

ネット空間も「公共の場」と認められれば、ネット上でのダフ屋行為も規制できるようになるが、判例がない。


普通に考えて無理だろ(笑)。あれは、ホール周辺にダフ屋がウロウロしているから問題なのであって。

「ネット空間を公共の場として認めてほしい」と、国会議員や都道府県、関連省庁に訴えているが、なかなか難しい。


そりゃそうだ。政治家や関連省庁も困っていると思うよ。努力もせずむやみやたらに法規制を厳しくしろと要求してくるバカがいて。


ということで、率直に言うと、コンサートプロモーターズ協会の石川篤総務委員(ディスクガレージ常務取締役)っていう人は、顔出し実名入りで堂々とバカを晒していて立派だなぁ、という感じである。こりゃダメだ。もし本当に何とかしたいなら、僕とコンサル契約結んでアドバイスしてもらえば良いんだよ。  

2016年10月08日

過労死した電通の高橋まつりさんのTwitterをざっと読んでみたが




と書いてあったので、証拠を色々読んでみた。

高橋まつり氏のTwitter
https://twitter.com/matsuririri

色々気の毒で悲しくなってくる内容だが、読んですぐに感じたのは、「最長月130時間」と書かれていた残業時間に対する違和感。

参考:24歳東大卒女性社員が過労死 電通勤務「1日2時間しか寝れない」 クリスマスに投身自殺 労基署が認定(産経ニュース)
http://www.sankei.com/affairs/news/161007/afr1610070012-n1.html

このスタイルだと、残業時間は200前後か、あるいはそれ以上だと思う。  

2016年09月29日

長谷川豊って、キチガイなだけじゃなくてチキンだった件

ちまたでも大炎上しているらしい長谷川豊(キチガイ)ですが、自身のブログで

私は「論」に対しては「論」で返すべきだと信じています。

出典:長谷川豊ブログ「余りの低レベルな言葉狩りに戸惑っています」(クソブログのアクセスを増やしても仕方ないので、あえてリンクせず)

などと偉そうなことを書いていたので、「長谷川豊というキチガイ」というエントリーを書いて、わざわざブログにURLをコメントしてあげたのですが、案の定、削除された模様です(笑)。こんなこともあろうかと、ちゃんと投稿した画面はキャプチャーしてあるのですが。

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前のエントリーで紹介した無断盗用についても逃げ回っているようだし、本当にくだらない奴だなぁ。

参考:長谷川豊にブログの文章をパクられた 貴様ちょっと出てこいや!!
http://ow.ly/yYWx304GL0e  

2016年09月23日

長谷川豊というキチガイ

世の中には馬鹿やキチガイはいくらでもいるのだけれど、先日見つけたキチガイは筋金入りだった(実際にはこれまでも何度も馬鹿を露呈していたのだが)ので、備忘録代わりに書いておく。

馬鹿エントリーはこちら。

自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!
http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48479701.html

要すれば、「人工透析を受けている患者はその大多数が暴飲暴食の結果なので、暴飲暴食の奴らは全員実費負担にして、払えない奴は放置して殺してしまえ」という内容である。

このキチガイは、本当に知識が足りない馬鹿なので、こういうどうしようもない結論に行き着いてしまう。きっとどこかの三流大学を出て、間違ってどこかのテレビ局に入社してしまい、ちやほやされているうちにキチガイになってしまったのだろう。

まず、この馬鹿が知るべきは暴飲暴食を続けても重い腎臓病になる人もいれば、ならない人もいるということだ。これは体質による。同じ生活をしていたらみんな一様に重い腎臓病になるというのなら多少の理はあるのだが、実際はそうではない。同じものを食べていても太る人もいれば太らない人もいるのと同じである。暴飲暴食した人間が等しく重い腎臓病になるのならまだしも、耐性は人によって異なる。多分、このキチガイはそういうことの知識がないのだろう。

次に、もっと大事なことだが、不健康な生活によって病気になった患者を全額負担にすべしというなら、対象になる疾病は腎臓の不具合だけではないということがある。

まず、すぐに思い浮かぶのが肺がんである。喫煙者が肺がんになった場合は全て全額負担にすべきだろう。今はニボルマブ(オプジーボ)というメラノーマの薬が適用拡大になって肺がんにも使われるようになったため、かなりの高額負担になりつつある。

たばこの害は肺がんにとどまらないので、喉頭がん、食道がん、胃がんなども喫煙者の場合は全額負担にすべきだろう。え?たばこが原因じゃないとは言い切れない?その通りだけど、長谷川馬鹿の主張は、人工透析イコール暴飲暴食という暴論なんだから、たばこだって同じである。自業自得。

たばこがダメなら、高脂肪食もダメで、ラーメンばかり食っていて胆管がんになったとかは全額負担だろう。なぜなら、高脂肪食が胆管がんになりやすいという疫学的論文があるのだ。

高脂肪食といえば、高コレステロールによる虚血性心疾患も見逃せない。ということは、心筋梗塞で倒れて、運良く一命を取り留めたものの障害者になった場合も、治療だろうがリハだろうが、全額負担が妥当だろう。自業自得。

そういえば、インフルエンザが流行っている時にうがいや手洗いをしなかったり、人混みに出掛けてインフルエンザになってしまった場合も全額負担だろう。自業自得である。

働き過ぎでうつ病になった?なんでちゃんと自己管理しないの。自業自得。全額負担。

話は病気にとどまらない。食べ過ぎて太ってしまった挙句に靭帯を損傷したとか、椎間板ヘルニアになったとかももちろん全額負担である。スキーをしていて骨折した?全額負担である。スキーみたいな危険なスポーツをやる方が悪い。自転車に乗っていて転んで怪我をした?全額負担だろう。二輪車なんてバランスの悪い乗り物に乗ってはいけない。そんなものに乗っていて怪我をしたなら自業自得だ。自動車事故?年間数千人も亡くなっているのに、なぜ車なんか使うの。自動車事故で怪我をしても知らないよ。全額負担。

もう、世の中の色々な病気や怪我が不摂生や危険な生活が原因なのだから、どんどん全額負担にしないと、人工透析の患者たちが「不公平だ」と怒り出すに違いない。

確かに、この調子でいけば医療費の公的負担は大幅に削減できるだろう。しかし、そんな状態を望んでいる日本人がどのくらいいるのか。日本人は、刑務所のような生活を強いられなくてはならないのか。

きっとこのキチガイは、どこかから「人工透析には金がかかって仕方ないんですよ。でも、その患者は、元をただせば、みんな生活の不摂生が原因なんです」と吹き込まれて怒り心頭なんだろう。でも、同じ論旨を幅広に展開すれば、その原因は何でもかんでも個人の不摂生や不注意になりかねない。で、どこまでが不摂生で、どこからが不可抗力なのか、という話になってくる。そういう切り分けの実行の難しさまで頭が回らないのが馬鹿であり、馬鹿のくせに「殺せ」とか不穏当なことを言い出すからキチガイなのだ。

それとも、上に挙げた怪しい事例の一つ一つに過失の重み付けをして、どこからが全額負担で、どこまでが保険適用なのか、大勢が納得できる線引きができるというのだろうか?話は人の生き死にの問題なので、そう軽々に扱えないのは言わずもがなである。そして、ほとんどの国民が納得するような案を出せないのなら、質が非常に低い煽り、すなわち、キチガイ沙汰に過ぎないのである。

ところで、こんなキチガイでもマスコミで仕事が続けられるのだから、日本は良い国ですね。

追記:知人から、こんな面白い記事を教えてもらった。
長谷川豊さんの人工透析自己責任論がコピペすぎる
http://nukalumix.hateblo.jp/entry/touseki  

2016年09月22日

日本将棋連盟のサイトがクソサイトにリニューアルされた件

日本将棋連盟のサイトが猛烈に改悪されていて悲惨である。

http://www.shogi.or.jp

将棋指しがネットのど素人なのは仕方ないし、会長の谷川九段がネットに詳しいとも思えず、電子メディア担当理事の佐藤秀司七段がどの程度の見識を持っているのかは知らないのだが、できてきたサイトを見ればやはりど素人のようだ。もともとのサイトが見た目はともかく、非常に機能的なデザインであったことを思うと、先手2六歩に後手2四歩みたいな感じである。

何しろ、将棋ファンが一番知りたい最新の棋戦情報、たとえば竜王戦は今どんな戦況なのかな?と思った時に、以前のサイトでは1クリックで到達できたのに、今は2クリック必要である。あげく、「竜王戦の仕組み」のような、将棋の素人でも一度読めば不要なコンテンツが一番大事なところに、しかもかなりの分量で表示されている。これでは、駅の改札に「切符の買い方」が表示されていて、これを読まないと改札を抜けることができないようなものだ。日本に初めて来た外国人にはとても優しいが、普段から駅を使っている利用者にとっては面倒なことこの上ない。このコンテンツが重要なことは理解できるが、場所と分量が悪すぎる。続けて竜王戦を例にとれば、なぜか前期(28期)の結果が29期の途中経過よりも上に、しかもデコレートされて表示されている。俺たちは去年の結果じゃなくて、今の状況を知りたいんだよ!そして、ふと気づくと、竜王戦、第29期竜王戦、第29期竜王戦と、タブが3つも量産されている。別窓で開く必要なんてないんだよ!

他にも、ページ自体が怪しい自己啓発会社のそれのように長ったらしく、4回以上もスクロールしないと最下段まで行き着かなかったり、無用に馬鹿でかい画像をクリックすると今度はタブが増産されていなくてリンクの動態が統一できていなかったり、全くクソサイトというに相応しい。

ウェブ屋として、「どうしてこうなった」ということを考えると、可能性は二つしかなくて、担当した会社が無能だったのか、あるいは受注先をハンドリングした発注元の担当者が無能だったのか、である。発注元担当者の背後に真の無能が鎮座していて、担当者はデュークー伯爵のように傀儡である可能性もあるのだが、無能なのがデュークー伯爵だろうが、ダース・シディアスだろうが、「お客さん、このデザインはやばいですよ」と説得するのがウェブ屋の重要な役割でもある。だから、たとえ相手がシスの暗黒卿のようにとてつもなく悪かろうが、フォースの暗黒面に落ちていようが、一番最初に考えるのは、「いったいどこのどいつがこんなクソサイトを作ってしまったのか」となる。幸いにして谷川会長自ら「株式会社シンクロに御協力いただき」と書いているので、早速株式会社シンクロのサイトを見てみた。

株式会社シンクロ
http://synchro-japan.com/top

多分、ここだと思うのだけれど、なるほど、縦に長くて、画像が多くて、とても重い。それで、事業方針を読んでみると、

クライアント様との綿密な打合せから目標や課題を設定し、その上で消費者目線にたった、マーケティング戦略や広告コミュニケーション戦略の立案、各種キャンペーン企画の立案から実施まで、広告プロモーション領域全般をトータルプロデュースします。また、CONTENTS CREATIVEをテーマに、一味違うWeb・グラフィック・映像などのクリエイティブワークもご提供します。

出典:株式会社シンクロ 事業部(http://synchro-japan.com/divisions

だそうで、えーーーと・・・・。綿密な打ち合わせをしてこれかぁ。消費者目線に立ってこれかぁ、マーケ戦略やコミュニケーション戦略って何だよ、という感じである。この会社の業績をみると人数が少ないのにそこそこの実績なので、おそらくは電博あたりの大手代理店のスピンアウト企業だろう。

綿密な打ち合わせでは、「うちの棋士たちが魅力的に見えるサイトにして欲しい」「じゃぁ、もうかっこいい写真をばんばん載せちゃいましょう。うちには腕の良いカメラマンがいるので、お任せください」みたいなやりとりがあったのかもしれない。確かに、見た目は良くなったと思う。しかし、機能性は最低レベルまで落ちてしまった。

腕の良いプログラマーがいると、「こんなこともできます」「あんなこともできます」と様々な提案をできるし、そのアイデアが採用されるたびに受注金額がアップしていくので、発注側にある程度の予算があって、受注側ががめついと、必然的にてんこ盛りのサイトになってしまう。そういう場合は、たいてい閲覧者の利便性がないがしろにされることになる。今の将棋連盟のサイトはその典型例と言えるだろう。ただ、ちょっと不思議なのは、このサイトを見る限りプログラマーの腕が良いとは思えない点である。ま、いっか。ともあれ、クソサイトになってしまったのは、発注先の会社を変更してしまった(自前で作っていたのかもしれないけれど)ことによると想像できる。

人間に対する人工知能の優位性がはっきりしてきて、加えて空前絶後のスター、羽生三冠の絶対性に陰りが見えてきている。羽生三冠はこれまでも時々不調な時期があったにも関わらずその後復調してきたので今回も復調しないとは言えないし、ライバルの森内九段、佐藤九段、渡辺二冠なども好不調があって、相対的には相変わらず第一人者だが、それでも昔のような凄みはなくなってきたし、ポカも増えてきた印象がある。

#ポカは、ソフトによる形勢判断が的確になったおかげで可視化されてきただけで、潜在的には前からあったのかも知れない。

将棋界が徐々に苦しい状況に追い込まれつつある中、一番のコンテンツは何といっても名人戦、竜王戦といったタイトル戦のはずである。そういったメインコンテンツの「今」に対するアクセッシビリティを落としてしまうことは、そのままファンの興味を失うことに直結してしまいかねない。例えば私の場合でも、渡米しただけで将棋へのアクセス頻度は落ちて、興味も失われつつある。渡米と、サイトがクソなのとは次元が異なるものの、ファンの興味を維持し続けるためには情報へのアクセスが容易であることが重要なのは間違いない。

そういう、難しい時期において、今まで情報へのアクセスの利便性という点でとても優れたデザインだった旧サイトをクソサイトに変更してしまったのは、徐々に沈みつつある船の底に、必要ないのに大きな穴を開けてしまったようで、見ていて忍びないのである。

#まぁ、過去に将棋指しと仕事をして酷い目にあっているので、積極的に関わる気もないのだが。

関連エントリー
将棋界はこのままではあと10年で非常につまらなくなる
http://buu.blog.jp/archives/50846321.html

どうぶつしょうぎに関する不思議な話
http://buu.blog.jp/archives/51072560.html  
Posted by buu2 at 00:15Comments(0)TrackBack(0)将棋

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2016年09月20日

NHKは一体どこを向いているのだ?

日本をPRする動画を日本以外から観ることができなくしている組織を発見しましたので、日本の皆さんにお知らせしておきます。

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2016年08月27日

コメントスパム

なんか知らないけど、最近海外からのスパムコメントが大量発生しているなぁ。

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2016年06月30日

とうとうここまでできるようになったのか!

科学の進歩はすごい。

http://sobadsogood.com/2016/06/26/beer-belly-maternity-shoot-ad-outrageous-best-way/







科学っていうか、撮影技術だけど。  

2016年04月09日

カップヌードルのCMが放送中止になった件

カップヌードルのCMが、苦情が多くて放送中止になったらしい。

http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/08/cup-noodle-ceased-cm_n_9641780.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

それだけではなく、日清食品は謝罪までしている。

http://www.cupnoodle.jp/s/obakasuniversity/

日の出テレビでキャスターをやっていた時もこの手のノイズィーマイノリティたちの声は聞こえてきたものだけれど、要はネット時代になって文句が言いやすくなった(=届きやすくなった)ということ。今も僕や僕のブログに粘着している岡山県の吉岡という馬鹿がいるけれど、彼らの行動の基盤は「匿名だから何をやっても大丈夫」というもので、その威力のおかげでやりたい放題である。

#ちなみに吉岡氏は一品もの焼き物の写真をあわせてブログに載せたり、おびき寄せる目的で書いたエントリーにIPを隠しもせずにアクセスしてきてコメントを残すようなおっちょこちょいなので、匿名もへったくれもなく全部バレバレなのだが(笑)。ちなみに、忙しかったのでまだ下の奴みたいには叩いていない。証拠は保全してあるけれど。

http://buu.blog.jp/archives/51421090.html

日清の件で言うなら、CMには大きな問題は見当たらない。登場人物たちは不倫やら、ゴーストライティングやらで社会的に制裁を受けた人たちで、それを自虐ネタにして笑いにつなげているだけだ。主役の位置付けのビートたけし氏だって、何十年もそういうことをやってきた文化人である。フライデー襲撃も、酒気帯びでのバイク転倒事故も、次元は同じである。

好き、嫌いはあって良いし、僕自身も矢口真里氏はどちらかといえば嫌いなタレントだけど、別にどうだって良いし、間違っても日清食品に苦情を書くようなことはない。そんな暇があるなら「私自身、TPP断固反対と言ったことは、ただの一回もございません」などと国会で発言する安倍晋三に文句を言うべきである。

http://matome.naver.jp/odai/2146002748091847001

#でもまぁ、内閣府とか首相官邸とかは、匿名の意見は受け付けてくれないかも?

以前、日刊スポーツの記事でビートたけし氏のコメントとして「他の嫌なものも認める余裕がないといけない」というものが掲載されたことがあるのだが、まさにこれである。ダメなものを指摘して苦情を述べるのは一向に構わないし、僕自身も10年前にサンヨーを数十億のリコールに至らせたことがあるのだが、

http://w32sa.seesaa.net

「嫌い」というのはそれとは別の話である。嫌いなものを削除していく先に豊かな文化は存在しないと思う。

#もちろん、「あのCMが嫌いだから、カップヌードルは食べない」というのはあり。  
Posted by buu2 at 22:06Comments(0)TrackBack(0)ニュース

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2015年11月27日

LINEスタンプ「中川知洋」

株式会社ライブログがお届けするLINEスタンプ第二弾が登場です。

日本が誇るアーティスト中川知洋。そのユニークなキャラクターたちがアートの世界からやってきた。その奇抜で愛らしい(?)姿にメロメロになること間違いなし。

あなたのLINEに一服の清涼剤を加えて下さい。

中川知洋
https://store.line.me/stickershop/product/1217187/ja

  
Posted by buu2 at 23:13Comments(0)TrackBack(0)美術

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2015年09月14日

無作為の抽選で、新製品iPhone6S発売前の限定パーティへの参加者に選出されました

tsuri


こういうのがおめでたかった試しがない(笑)。  

2015年07月15日

LINEクリエイターズスタンプ、本当に審査してんのか?? @NAVER_LINE

もうすぐ「審査中」になって8ヶ月だぞ。

line

  

2015年07月09日

統計データを使う側から見たダメな統計データ

役人の主要な仕事のひとつとして、シンクタンクが持ってくる統計データにダメ出しして適正化させるというのがあります。基本的にシンクタンクは数字をいじるだけで、その数字が実感と乖離していても、構わないのです。実際、客観的に数字をいじるだけだと、個人の主観とはかけ離れた結果が出てしまうことが少なくありません。

もちろん、そういう「厳正な数値データ」というのはそれなりに価値があるのですが、実感との乖離が大きい場合は、行政的な視点からは意味を為さないのです。個人の主観が適正であるという保証はないのですが、適正であると信じて、その主観を少しでも反映できるように、パラメーターの選択や重み付けをしていくことになります。これが、行政官の仕事なのです。

#僕の場合、シンクタンクの研究員と行政官の両方をやった経験があります。

ところが、そういった補正のフェイズがないと、妙なデータが出てきてしまいます。たとえばこんな奴。

「住みよさランキング2015」トップ50
http://toyokeizai.net/articles/-/74144

大変親切にも、データを画像化してくれているので転載します。

sumiyosa


このデータを一目見て、あまりにも北陸に偏っているところに違和感を持ちます。ベスト10に6都市もランキングされてしまうのですから、何かしら、北陸にバイアスがかかるようなデータのいじり方をしているはずです。

#もちろん、みんなが「北陸に住みてぇ」「目指せ、北陸」と思っているのなら別ですが、私からすると鳥取や島根、高知よりは良いと思いますが、日本一住みやすいとは到底思えませんし、北陸の人が自分たちで「非常に快適で満足している」と自慢している場面にも滅多に遭遇しません。

この記事の場合、ラストにどうやって偏差値を算出したのかが記載されているので、それを見てみて納得です。評価しているパラメーターに偏りが大きく、これでは雑誌の記事としては使えても、行政データとしてはなんの役にも立たないし、こんなデータを行政に利用したら、納税者の皆さんに怒られてしまいます。単純に客観的数字を提示したならまだしも、このデータの場合はデータ選びなどにおいて様々な細工がなされています。

こういう場面では、「おかしいなぁ、石川や富山は◯◯な感じで、とても住みにくいと思うのだけれど」という、個人の主観がなぜ反映されないのかを考えれば、簡単に改善策を思いつきます。すぐに思いつくパラメーターをざっと書きつらねると、

●安心度
平均寿命
医療費/生活費
住民ひとりあたりの交通事故発生数
住民ひとりあたりの凶悪事件発生数
津波危険性
火山噴火危険性
震度4以上の地震発生数

●利便性
国際空港までの所要時間
札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡までの所要時間
住民ひとりあたりの郵便局数
最寄り駅までの所要時間
最寄りの駅の終電の時間
スタッドレスタイヤを使用する期間
総鉄道距離

●快適度
平均気温
積雪量
雪かきする日数
地震発生数
福島第一原発からの距離
映画館、コンサート会場、スポーツ観戦施設の席数
住民ひとりあたりのコンビニ、スタバ数

●富裕度
エンゲル係数
失業率

●住宅水準充実度
最寄りの鉄道駅までの所要時間

●その他(主に教育水準)
住民ひとりあたりの東大・京大合格者数
住民ひとりあたりの国公立医学部定員数
住民ひとりあたりの大学定員数
住民ひとりあたりの論文数
住民ひとりあたりの特許数
住民ひとりあたりの五輪選手数
住民ひとりあたりの国宝数

なんていうのが思いつくわけです。これを全部反映させろとは言いませんが、利便度など、金沢からさらに電車でひと駅なんていう市が全国1位になるはずがなく、ったくどうしようもねぇなぁ、と思ってしまいます。

どうでも良いんですけどね(笑)。  

2015年06月13日

アベシンゾーの隠された顔

フランスのL'Obs誌(旧 Le Nouvel Observateur)の記事の和訳。

LA FACE CACHEE DE SHINZO ABE:アベシンゾーの隠された顔
http://ameblo.jp/cm23671881/entry-12036692291.html

元記事はこちら。

Japon : la face cachee de Shinzo Abe
http://tempsreel.nouvelobs.com/monde/20150521.OBS9364/japon-la-face-cachee-de-shinzo-abe.html  

2015年04月30日

署名サイトchange.orgの気持ち悪いところ

change.orgってサイト、「みんなで署名を集めて世の中を変えていこう」という主旨なんだと思うのだけれど、「はて?」と感じてしまうキャンペーンが少なくない。最近見かけた「パチンコ店のフクロウが可哀想」というのも「うーーーん」という内容なのだが、こんなキャンペーンに賛同者が28,000人以上もいて驚いた。

パチンコ店という劣悪な環境で、フクロウ達を見世物展示することを廃止し、適切な環境へ戻してください。Save the owls imprisoned in the pachinko parlor named Vegas Vegas in Japan.
http://ow.ly/MgBO5

キャンペーンの内容は「可哀想」という感情だけで「放っておけない」という、オーストラリアあたりの環境保護団体あたりが捕鯨国に出している要望と大差ないものなのだけれど、さらに興味深いのは、このキャンペーンの経過報告である。

ありがとうございます。多くの皆様に感謝しております。経過報告及びお知らせです。
http://ow.ly/MgCei

これによると、「フクロウ可哀想派」の方々はすでに警察に通報しているらしいのだが、警察は特に動いていないようだ。ご苦労様なことに、市役所にも相談に行った人がいるようだが、「管轄の範囲外」と門前払いされた様子。さらに道の動物虐待担当に連絡を入れて、立ち入り調査までさせたようだけれど、担当者の回答は「立ち入り検査をしたが、虐待に当たる行為は見られなかった。理由として、騒音に関しては明確な基準が存在しないので、職員同士が近くで会話して、聞き取れるほどの静かな音であることを確認した。フクロウに関しては、刷り込み個体なので、野生の個体とは違い、騒音に耐性がある。また体重検査をして体重の減少が見られなかった。ストレスを感じていれば体重が減るはず。」だったとのこと。苦情を寄せた側は「どう考えても・・・何より酷いのは・・・自分がやられたら耐えきれない」そうで(笑)、僕の場合、猫カフェの猫になったとしても、乳牛になったとしても、飼い犬になったとしても、水槽の中のカミツキガメみたいな境遇でも、あるいは上野動物園のパンダのような厚遇であったとしても、ほとんどの待遇で耐え切れないのだが、この人は大丈夫なのかなぁ、と心配になってしまう。

軽く頭痛がしつつも後半まで読んでいくと、

動物福祉に関する意識が低い、法整備が不十分ということを裏付けているではと感じます


なんて書いてあったりして、法律が気に入らないことを自分で理解している様子。それなら、文句をいう相手は店じゃないんだけど、その辺は理解できないようだ(笑)。今は新聞社とテレビ番組にも相談中らしくて、ずいぶんと暇なんだなぁと感心するとともに、どうして法律を変える方向に努力しないのか、不思議だったりもする。日本は法治国家なので、こういう感情論で物事の良し悪しを決められては困るし、店が「この施設は札幌市動物管理センターの設備のチェックを受けております」と記載したりしているのを見ると、あんまりエスカレートすれば逆に店から威力業務妨害で訴えられちゃうんじゃないの?と心配になったりもする。だって、今の法律では、パチンコ店におけるフクロウの飼育は何の問題もない、というのが行政の判断なんだもの。それでもしつこく「可愛そうだからやめろ」と声高に主張し、嫌がらせを継続するなら、刑法第234条の方が気になってくる。

change.orgのキャンペーンで特に多いのは動物愛護関連で、それは馬が可哀想とか、犬が可哀想といったものである。動物の待遇の改善に向けて「法改正を求める」のは全く普通だと思うのだが、合法的に飼育している個別の事業者に対して、飼育の継続を阻止するようなキャンペーンが展開されているのはいかがなものか、と思う。いや、個別の事業者を対象としたキャンペーンの全てがダメということではなくて、「こういう製品を作って欲しい」みたいな提案型キャンペーンは有意義だと思うのだけれど。

他にも、これはちょっと違うんじゃないの?というキャンペーンがあるのでかいつまんでみると、次のようなものがある。

中央大学の休学費用の減額
http://ow.ly/MjtIa

主張>他の大学は休学費用がずっと安い。中央大学は50〜70万もするので、減額して欲しい
元木の考え>知ってて入学したはずだし、知らないで入学したのなら調査不足。嫌なら他の大学に行けば良いし、それでも署名運動するなら、集める対象は中央大学の在学生、教員、および卒業生に限定すべき。
参考>同様のキャンペーンは慶應でも実施中。休学費用は最高で34万円と、他大学と比較しても大変高額らしい(中央大学の立ち場なし)。


飲料の糖質量の表示をもっとわかりやすくしてください!
http://ow.ly/MjtKc

主張>糖質の摂取を減らしたいので、自販機で買う際にもどのくらいの糖質が含まれているのかわかるような表示にして欲しい
元木の考え>ひとつひとつのメーカーにお願いしても全部が対応してくれるかわからないし、どうしても必要なら法制化を求めるべき。生命の危険があるなら、自分で事前に調べておけば良いだけだし、「お茶を買おうと思っていたのだけれど、瞬間的にそっちに惹かれて買ってしまった」なんていう消費者行動に一々対応してられないだろ。


知的障害者同伴者の割引乗車
http://ow.ly/MjtLM

主張>軽度知的障害者の同伴者は交通費がかかるので、障害者の外出が妨げられる。交通機関は障害者の障害の重軽とは無関係に、同伴者の運賃を割引すべきである。
元木の考え>障害者割引などは公共の福祉であり、それを負担すべきは民間企業ではなく行政である。したがって、改善を訴えるべき相手は企業(このキャンペーンの対象はJR東日本)ではなく、国である。


「change.orgって、変な人が多いよね」という評判が立つと、せっかくポテンシャルのあるインフラが無駄になってしまうと思うのだけれど、ま、いっか。少なくとも、僕は主義主張がどんなにまっとうでも、このサイトのキャンペーンに賛同するのは嫌だな。もちろん、フクロウの件なんか、科学的なアプローチで「フクロウには負担がかかっていない」と判断されているのに、勝手な推測で「可哀想」って、なんなの?と思う。カウンターを放つなら、少なくとも、何らかの科学的根拠を示す必要があるはずだ。  

2015年03月16日

LINEクリエイターズスタンプ、いくらなんでも待たせすぎじゃない?

もうすぐ「審査中」になって4ヶ月だぞ。

line
  

2015年03月13日

映画に詳しい人、教えてください

はてな匿名ダイアリーにこんな記事があったので、真似してみる。

元ネタ:映画に詳しい人、教えてください。
http://anond.hatelabo.jp/20150312115954


以前見た映画をきちんと見直したいのです。思い出せる限りの情報は以下の通り。

・主人公は男
・主人公はイタリア人
・舞台はフィラデルフィア
・主人公はボクサー
・練習は精肉店
・主人公は彼女とうまくいっていない
・トレーナーはかつて名トレーナー
・トレーナーは今は落ちぶれてアル中

なにぶん記憶も曖昧だけど、教えてください。

ちなみに、町山智浩をリスペクトして自分なりに回答してみよう。
・主人公は男⇒主人公は女の間違い。
・主人公はイタリア人⇒英国人の間違い。
・舞台はフィラデルフィア⇒ニューヨークの間違い。
・ボクサー⇒ミュージシャンの間違い。
・練習は精肉店⇒レコーディングはニューヨークの街なかの間違い。
・彼女とうまくいっていない⇒彼氏とうまくいってないの間違い。
・トレーナーはかつて名トレーナー⇒名プロデューサーの間違い。
・今は落ちぶれてアル中⇒無職の呑んだくれの間違い。

結論:あなたの探している映画は現在上映中の「はじまりのうた」に間違いありません。
自己解決しました。ありがとうございました。  
Posted by buu2 at 14:06Comments(0)TrackBack(0)映画

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2015年02月06日

日本人って、オナニー記事を読むのが好きなの?

最近、Facebookとかでこんなのが回ってくるんだけど、読んで楽しいの?安心するの?嬉しいの?

日本人と中国人のマナーの違いについてタイ人が上げたFacebookの投稿が話題に!
http://heaaart.com/post/33566

「やっぱり違うようだ…」と日本人観光客と中国人観光客の違いを紹介=「文句なし!」「中国人と比べたら韓国人も…」―韓国ネット
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150206-00000007-rcdc-cn

乗車拒否だったのか?だけど心から感謝してる・・訪日韓国人のタクシー経験に「日本愛が倍増した」「韓国のタクシーは…」―韓国ネット
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150206-00000003-xinhua-cn&pos=1  

2015年01月12日

まともな人が政治を目指さない日本

元武雄市長の樋渡氏が佐賀県知事選挙で惨敗したので、溜飲を下げているところです。僕はこのバカに「五流」と言われたことがあるのですが、

武雄市長を名乗る人物( @hiwa1118)が僕のブログの記事を五流とか書いていたので
http://buu.blog.jp/archives/51358642.html

こんなバカが知事にならなくて良かったです。ちなみに五流発言のもとになったエントリーはこちらなんだけれど、

田舎の自治体ってすぐに騙されるんだよね(大刀洗町の事例)
http://buu.blog.jp/archives/51347959.html

このエントリー(2年半前のもの)の中で

僕は「自治体でFacebookなんて税金の無駄遣いだからやめておきなさい」と進言しました。5年、10年経って、この大刀洗町がFacebookで大繁栄していたら、僕はこの村田さんに謝ろうと思います。逆に、全然役に立たなかったら、村田さんは私財から、Facebook導入に関連して費やした無駄金を町に返すべきだと思います。


と書いたわけです。まだ5年すら経っていませんが、もうすでに答えは出ているようです。

樋渡氏が「ジリ貧の自治体をなんとかしたい」と考えること自体は間違っていないし、逆に賞賛されるべきだと思いますが、その手法は完全にずれているわけで、「目的は手段を正当化しない」と、ずっと長いこと言われ続けていることを体現しているのがこの人物です。まぁ、これはアベノミクスも一緒なんですが。

笑っちゃうのは、このバカが一所懸命やっていた愚策を参考にしようとヒアリングしていた政治家がたくさんいることで、バカはバカを呼ぶ、じゃないや、類は友を呼ぶ、という言葉は誰が言い出したのか寡聞にして存じませんが、吉田兼好の「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」というのは至言だなぁと思います。

武雄市に視察に行ったり講演を聞いたりした地方自治体関係者
http://togetter.com/li/341918

ただ、視察したからといって手放しで褒めている政治家ばかりではないので、全部が全部バカということではないみたいですけどね。

段階が違っていた/武雄市図書館を視察して
http://blogos.com/article/102964/

樋渡氏は図書館の改装に成功して利用者が増えたことが自慢みたいですが、そりゃぁ、スタバが併設されれば利用者は増えるでしょう。問題は、それで税収が増えたのか、武雄市民の知的水準がアップしたのか、武雄市民が増えたのか、ということで、そうしたデータはまだ出てきていないのです。ただ、利用者が増えているという現象をみて、よその政治家も「これだ!」と感じるのでしょうね。これこそ、人気取りにピッタリの政策だから、真似しよう、と。

本当に、この国の政治家にはバカが多いです。軸になるものがなく、足元もしっかりしていないから、グラグラするばかり。挙句、簡単に票になる方向へ傾くから、ろくな事にならない。また、上にリンクをはったエントリーでも書いてますが、政治家に怪しい奴らが近寄ってきて、トンチンカンなアドバイスをするわけです。バカな政治家はこれにすぐに騙される。なんでもうちょっとまともなブレインをつけないんだよ、とも思います。

#僕自身がまともであると言えるかどうかは微妙ですが、日の出テレビのキャスターをやっていた3年間で、自民党の議員からベンチャー育成やバイオテクノロジー、科学コミュニケーション(笑)といった僕の専門領域について意見を求められたことは一度もありません(笑)。この領域であれば、彼らの誰よりも高い専門性を持っていると思いますけどね。

僕がこの数年で、「あ、この人はきちんと考えているな。しっかりした軸がある人だな」と感じたのは、マツコ・デラックスです。彼(彼女?)よりもしっかりした考え方の政治家って、ほとんど見たことがありません。いや、もちろんまともなのは彼だけということではなくて、世の中には彼と同じようにしっかりしている人があちこちにいるのだと思います。でも、彼らは政治を目指さない。ほとんど全てのまともな奴は、政治家になろうとなんかしない。

まともな人が政治を目指さない世の中って、困ったものです。  

2015年01月07日

週刊少年マガジンの罠

週刊少年マガジンの電子版がいよいよスタートというニュースを読んだ。

講談社、「週刊少年マガジン」などコミック誌を発売日同日に電子版で配信
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20150105_682386.html

そいつは素晴らしい!と思って講談社のサイトをチェックすると、「はじめの一歩」は不掲載という文字がある。

maga


まぁ、今さら一歩でもないだろ(いや、かつては名作だったけれど、今は無駄に長くて話が進まないし、二つのベルトをかけて宮田と一歩がダブルタイトルマッチをやる頃には東京オリンピックも遠い過去になっているぐらいだろう)とは思うものの、電子版とリアル版の違いも検証する意味で、リアル版も買ってみた。

すると、リアル版にもはじめの一歩は掲載されていなくて笑った。

正直に言えば、一歩が掲載されているかどうかよりも試写会の応募券がどうなるかの方がずっと大事なのだが(^^;  
Posted by buu2 at 14:08Comments(0)TrackBack(0)読書

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2015年01月06日

日の出テレビから自民党議員が撤退

テレビは、色々なものをデフォルメ・強調してしまう。それはネットTVでも同じだ。

既存のテレビは基本的に「良いもの」を放送しているので、良い内容で当たり前だ。ネットによって、誰でも放送が可能になった時、一般のテレビ放送を観て育った人間は「自分も良い内容の放送ができるに違いない」と勘違いするのだろう。日の出テレビも、その事例だったのではないか。「ネットで放送できるようになったのは素晴らしい。俺達も面白い放送ができるに違いない。そうすれば、支持者も増える」と。

しかし、大きな落とし穴があった。ネットTVも、普通のテレビと同様、できの良い人間が喋ればより聡明に見えるが、バカはよりバカに見える。

では、日の出テレビのキャスターたちはどうだったのか。ざっと、わかる範囲で採点してみよう。

火曜日:山際氏 70点 
なんとか合格レベルだが、学生時代はあまり勉強していなかった感じ。現時点では基礎的な能力は中央官僚のトップ諸氏よりも下だろう。それ以上に問題だったのは、彼の取り巻の能力が低かったこと。きちんと政治活動を続けたいなら、優秀なスタッフが必要で、それがいれば、日の出テレビも継続できたはず。

水曜日:福田氏 20点 
人間の芯になる部分、信念が見当たらない。魅力もない。絶対にやり遂げる、といった執念もない。調整能力だけはあるので司会者、議長をやらせればそこそこに機能するのだが、為政者として旗を振る能力はないと思う。この人が日の出テレビの代表だったことが、日の出テレビにとって一番の不幸だった。

木曜日:草間氏 0点 
日の出テレビきってのバカ。脳みそが筋肉でできているタイプで、このレベルで横浜市議に当選してしまうのだから、横浜市の人材不足も深刻である。何しろ、「日の出テレビの会議を生中継したらどうか」と提案したところ、「今までも放送していないのだから、今回も放送しなくて良い」と力説していた。元衆議院議員(当選5回)の笹山登生氏に「キッチュな政治家」と評されたのもやむなし。

金曜日:山下 70点
日本語が不自由、男尊女卑的な思想など、いくつかの問題点はある。家庭分野において常識知らずな部分もある。また、右傾の傾向も非常に強い。しかし、横浜市議であればこの程度は目をつぶるべきだろう。国政に出ない限りでは、合格レベルと言える。放送も無難にこなしていた。会議を欠席していたので、日の出テレビ終了に対する意見を聞くことができず、残念だった。

こんな感じである。

ちなみに日の出テレビからの撤退が決まった会議では、次のような意見があった。

草間「ブレイクスルーがない」
中山「同好会としては区切りをつけても良い」
津島「存続したほうが良い」
山際「物理的に身体があかず、エネルギーを投入できない」
福田「一旦節目を持ったほうが良い」


前向きに頑張りたいというのは津島氏ひとり。やりたいけれどやれないと無念さをにじませたのが山際氏で、あとは「うまくいかないから撤退」派である。実は津島氏の番組は論評するほどきちんと観ていなかったので番組内容についてコメントすることは不可能なのだが、こうなってみるとまともな議員のひとりだったのかも知れない。山際氏は無念とのコメントを残したのだが、現状分析がきちんとしていたし、どうすれば良いか、それがどうして実現できないかを把握していた。番組継続に向けた意思を示した津島氏、山際氏については「さすが」と言って良いだろう。一方で、福田、草間両氏は無能丸出しである。政治家としての資質に欠けるので、さっさと政治から身を引いたほうが良いと思う。

以上、3年間も福田さんの暇つぶしにお付き合いしてしまった僕の感想である。  

2014年12月22日

東京駅開業100周年記念suica

一部で大混乱となっていた東京駅開業100周年記念suicaですが、無事、希望者全員が購入できるようになったようです。

<東京駅記念スイカ>希望者全員に販売…「限定」で混乱受け
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141222-00000019-mai-soci

でも、どうしても今すぐ手に入れたい人はたくさんいる様子。ヤフオクでもまだまだ高値がついているケースも散見されます。

suica


ただ、ここで入札している人たちも、上のニュースを聞いたら「しまった。入札を取り消そう」と思うかも知れません。何はともあれ、このsuicaの価値が暴落するのは間違いないところ。誰でも買えるならプレミアム感は皆無ですし、後々価値が出るかといえばそれも疑問。お宝鑑定団に持って行っても「これは数が大量に出ているので、この価格です」と、2,000円を提示されてしまいそうです。

僕は、とりあえず、記念なので一枚ぐらいは持っておいても良いかな、と思いますが、結局忘れちゃうような気もしますね。ユニクロの錦織圭モデルも今日から販売が再開されたようです。

MEN NKドライEXポロシャツ(半袖)ATPツアーモデル
http://www.uniqlo.com/jp/store/goods/137093

「限定商品を買いだめして、ヤフオクで転売して小遣い稼ぎしよう」というのも、色々リスクがありますね。  

2014年12月16日

RIKEN SNS終了のお知らせ

RIKEN SNSが終了するらしい。このSNSに向けてはいくつかブログでコメントを書いたので、簡単にその内容を紹介しておく。

タイトル:理研が(今さら)SNSを作ったらしい(2011年01月26日)
http://buu.blog.jp/archives/51191536.html
内容:周回遅れにもほどがあるだろ。でもまぁ、とりあえず様子みるよ。

タイトル:理研SNS(笑)でKYな俺の邪悪な日記(2011年02月04日)
http://buu.blog.jp/archives/51205276.html
内容:理研の理事の公募は出来レースとか書いちゃってますが、大丈夫でしょうか?

タイトル:理研SNS(笑)をやめた(2011年02月11日)
http://buu.blog.jp/archives/51217530.html
内容:タイトルそのまま

そして、さっき、理研から「RIKEN SNS終了のお知らせ」が届いた。どこにも「禁転載」と書かれていないので、ちょこっとコピペってみる。

独立行政法人理化学研究所は創立百周年記念事業として、国内外に輩出している研究所OBと在籍研究者相互の情報交換や共有を図ることを目的に2010年よりRIKEN SNSの運用を行って参りましたが、ご利用率が低いことに加え、予算の都合上運営の継続が困難となり、検討を重ねた結果、2015年3月末日をもちまして終了させていただくこととなりました。


えーーーー、こんなのに予算って必要なんだ!!!放っておけば良いんじゃないの?しかも、検討を重ねたんだ(笑)。誰か、反対する人がいたんだろうか?設立時に「いや、今更感たっぷりだから、やめておこうよ」と言ってくれる人がいなかったのが残念です。

ところで、STAP細胞はあったんでしょうか????  

2014年09月26日

UNIQRO作、吉祥寺Luckyすごろく

1.LINEのユニクロさんから、「オンラインや吉祥寺店で限定クーポンが当たるLuckyすごろく開催中」とのお知らせ

2.オンラインストアへアクセス

3.「吉祥寺Luckyすごろく」のバナーを発見、クリック

4.FacebookかTwitterと連携せよ、との指示、いやいやながらFacebookと連携、ただし、投稿先は自分のみに設定

5.すごろく開始すると、「吉祥寺店をマイストア登録せよ」との指示

6.ユニクロアプリでアクセスしたところ、「最新版にアップデートせよ」との指示

7.iTunesでアプリを更新

8.アプリを起動したところ、iPadではマイストア登録不可能。死ね。

9.Facebookで「糞イベントである」とシェア、ユニクロから感謝される

10.ゲーム再開

11.サイコロを振れる限界に到達し、「残り回数が0になりました」とのこと

12.iPod touchのユニクロアプリで吉祥寺店をマイストア登録

13.キーワードをゲット

14.ブログでキーワードをバラしちゃおうと思ったのだが、念のため利用規約を読むと「本キャンペーンの運営を妨げる行為」が禁止されていたので、念のため断念

15.iPadに戻って、キーワードを入力

16.何も変化なし    <イマココ


この作業全体がすごろくである。  

2014年08月28日

総務省指数最近値と東大指数最近値の乖離が拡大している件

somusyo


総務省がアベノミクスに有利なデータを捏造しているということではないのですが、引き続きウォッチを続けたいところですな。

日次物価指数(直近) > 全国
http://www.cmdlab.co.jp/price_u-tokyo/  

2014年04月09日

yelpを見てみた

食べログが糞なので新しいプラットフォームを探し続けているのだが、今日、日本でもオープンしたYelpを見てみた。

yelp
http://www.yelp.co.jp/

最初にチェックするのはもちろん利用規約。

ユーザーは、ユーザーコンテンツに関する著作者人格権または帰属に関連した、Yelpおよびそのユーザーに対する賠償要求および主張を取消不能な形で放棄し、また放棄させるものとします。

利用規約 5.コンテンツ B.ユーザーコンテンツを利用する当社の権利から引用

やーめた。  

2013年12月10日

三井住友銀行の元行員で現在はSMBCセンターサービス社の重道潔氏による本ブログ上での暴言について

そもそものきっかけは、重道氏がアゴラで「経済学 or ITに詳しく「かつ」生物学に詳しい人材に、なかなかお目にかかれない」などと書いていたことである。アゴラの記事はどこかに消えてしまったが、アゴラの記事はブロゴスに自動転送されているので、こちらで見ることができる(以下、初出時アゴラに掲載された記事は全て削除されているので、ブロゴスから引用する)。

遺伝子組換え技術について - 重道 潔
http://blogos.com/article/27063/

重道氏は東大農学部卒業らしいのだが、メガバンクで相続人確認事務という、銀行で働いたことのない私から見ると花形なのか、窓際なのか判断がつかない部署で働いている方だった。

参考:銀行での相続人確認事務について - 重道潔
http://blogos.com/article/27162/

それが暇にまかせて、上で紹介したような記事を書いてしまったのだろうか。それを読んで、表向き平静を装って(笑)書いたのが、こちらの記事である。

浄化されないネット情報の危険性 - 元木 一朗
http://blogos.com/article/27667/

すると、重道氏から次のようなコメントが寄せられた。

はい、重道です。そうです、Facebookとtwitterに加えてブログを100くらい追っていますが、信頼に足る情報発信には、ほとんどおめにかかれないです。ご自身の言説に自信がおありなら、情報発信をお願いします。


このコメントに釣られて、ブログに書いたのがこちらの記事である。

年末の忙しい時に釣られた話
http://buu.blog.jp/archives/51312820.html

当時、スキー部の後輩が三井住友銀行で要職に就いていたので、彼に「重道とかいう奴がいるみたいだけど、馬鹿なの?」と質問してみたところ、「どうしようもない行員もいるんです。すいません」と頭をかいていた。ははぁ、馬鹿なら仕方ないから放置しておこう、と考え、その場でこの話は忘れてしまったのだが、本当におかしな事態に発展したのは、実はその後だった。それは、このエントリーのコメント欄で展開された。まず、およそ一年も経ってから、次のようなコメントが記入された。

驚いた。
こんなところに書き散らしてないで、メールをください。
でも、こんな文面書くようだと、冷静にはお書きになれないでしょうな。
(IPアドレス:175.132.104.118)
Posted by anton-ks at 2012年11月13日 01:21


この時は、丁寧に連絡先としてメールアドレスまで記載されていた(livedoorの仕様で、メアドは運用者にだけ表示される)。メールアドレスその他から、重道氏本人であることは容易に推測できたので、「おたくの銀行の友達に聞いておきましたよ。相手にしないでください、という感じだったので、スルーしますね」という主旨の返答をしておいた。

次に動きがあったのは、livedoorからだった。件の書き込みから半年経過したころで、曰く、プロバイダ責任法に基いて記事の削除の要請があったのですが、対応しますか?という内容だったのだが、これが来たのが2013年4月13日だった。僕は明確にして相応の理由がない限り自分が書いたブログの記事の削除には応じない方針なので、「対応には同意しません」と返答した。

すると、その直後にこんなコメントを記入してきた。

ば〜か
(IPアドレス:175.132.104.118)
Posted by q at 2013年04月15日 22:10


名前は変えているけれど、IPアドレスが同じなので、間違いなく重道氏である。ただ、こういう輩はときどき発生するので、適当にあしらっておいた(詳細はコメント欄参照)。

そして、次に重道氏が活動を開始したのは、それからさらに半年以上も経過した、先月の29日だった。書き込んだコメントはこんな感じである。

書き間違い

誤:経済学 or IT

正:経済学 and IT

あんたの出る幕じゃ、ねえんだよ、ボケ!!!!!!

(IPアドレス:126.254.151.245)
Posted by 通りすがり at 2013年11月29日 06:04


何が言いたいのか良くわからなかったし、IPも以前と変わっていたので、僕としても重道氏かどうかは不明だったのだが、こんな古いエントリーに固執するような人は同氏しか思い当たらない。試しにIPを抜いて調べてみたところ、以前はソフトバンクだったのだが、今回はauになっていた。さすがに半年も経過すれば、キャリアが変更されることもあるだろう。そこで、以前調べてあった重道氏のTwitterをチェックしてみたところ、ほぼ同一時刻に重道氏がPCからつぶやいているのを見つけた。重道氏は志木市在住で、その日は各駅停車に乗ってPCを使っているようだった。そこで、「東上線の各駅停車からの書き込みご苦労さまです」と返答しておいた。

次の動きは重道氏にしては比較的早く、前のコメントからわずか10時間後で、コメントはこんな内容だった。

ここは馬鹿の巣窟か?

(IPアドレス:126.254.151.245)
Posted by 1 at 2013年11月29日 16:04


さっそく重道氏のTwitterをチェックしてみたところ、思った通り、この書き込みの4分後にTwitterにおいてつぶやきを発していた。そこで、これらの、僕のブログに対するコメントの時間と、重道氏のツイートの時間の同一性について指摘しておいた。ただ、さすがに鬱陶しいので、念のため、重道氏が6月から出向しているSMBCセンターサービス社の人事部に電話し、同社の重道氏によって嫌がらせの匿名コメントを書き込まれて迷惑している旨を連絡するとともに、同社の見解をうかがってみた。その後、人事部から広報室あたりに転送され、苦情対応の社員と思われるマキノ氏から、「事実関係を調査して、折り返し連絡する」という回答をもらった。

その直後、重道氏のTwitterアカウントは消滅してしまった。ただ、残骸はまだこちらなどで一部を読むことができる。

重道潔さんのブログ記事一覧(freeml)
http://www.freeml.com/bl/8606926/

返事が来たのが12月10日である。「本人に確認したところ、僕のブログへの書き込みを全て認めたので、社として謝罪する」とのことだった。

さて、実は時を同じくして、また別の動きが起きていた。僕の名前を語ったニセアカウントをFacebookに作成した輩がいたのである。アカウントが作られたのは11月29日で、誕生日などが僕と同じなので、明らかに僕の名前を騙る目的で作られたアカウントである。実際、僕の大学時代の同窓生がこのニセアカウントと友達になっていて、アカウントは二度にわたって僕のブログやウィキペディアに関する情報を発信している。これらは明らかな迷惑行為であり、電磁的記録不正作出・供用罪の私電磁的記録不正作出罪(私的情報を利用してFacebookの会員契約の申し込みをしている)や、名誉毀損、信用毀損にあたる可能性がある。この点についてもSMBCセンターサービス社に見解をうかがったところ、「個人的に行っていることなので、これ以上の調査は行わない」という返答だった。

なるほど、会社の看板を背負っての行動とは認識しないということのようだ。それはそれで一つの見識だろう。僕も、別に三井住友銀行やSMBCセンターサービス社の責任について必要以上に追求する気はない。ただ、重道氏は通勤時間中にもパソコンを広げてたくさんのアウトプットを出していたようなので(重道氏のツイートより推測)、通勤時間も就業時間中だった可能性はあって、その点については今後、調べてみたいと思う。

FacebookのニセアカウントはFacebookによって迅速に処分されてしまい今となってはアクセス不能たが、こちらについてももちろん証拠画像は保管してあるし、Facebookに対して重道氏のIPとの照合を申請中である。

なお、あちこちに重道氏の個人情報が転がっているので、メモとして保存しておく。

はてなのプロフィール
http://profile.hatena.ne.jp/hgc03051/

Facebook
https://www.facebook.com/kiyoshi.shigemichi

これまでのところ明らかになったのは、重道氏がITに全く詳しくないということである。これは、本人としては匿名のつもりで、そのくせIP丸裸の状態で他人のブログに罵詈雑言を書き散らしているあたりから容易に想像がつく。はて、バイオはどうなんだろう?今のところ、バイオの世界で重道氏の名前を耳にしたことはない。ITにもバイオにも詳しくないとすれば、一体彼は何について詳しいのだろう?????  

2013年11月22日

「ボランティア」や「インターンシップ」についての一考察(manaveeの事例から)

ITmediaがなんでこんなサイトを持ち上げているのか良くわからないのだが、

「お金がかかるのは変」 無料の受験動画サイト「manavee」作った東大生 プログラミング未経験から5万人が使うサイトに
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1311/22/news049.html

企業組織の役割は極論すると大きく2つしかない。一つは雇用を生み出すことで、もう一つは税金を納めることだ。では、このmanaveeはどうなのか。記事を読んだ限りでは、運営費用の月数十万円は花房氏のポケットマネーと寄付。この利用先はサーバ代、設備費、広告費などで、講師には当初1講義1,000円を支払っていたが、今はボランティア。サイトは完全無料で、広告は掲載しない。何しろ、「サイトに広告を貼ったら、リテラシーの低い人がクリックしてしまうかも知れない」と考えるような具合である(笑)。この考え方の頭の弱さ具合が理解できない人には下記を読んでもらうとして、

参考:B to Cの関係をどうやって再構築していくか
http://buu.blog.jp/archives/51219044.html

雇用も生み出していないし、納税額もゼロであることが容易に想像できる。

こういう活動は一見恵まれない子供たちに向けた有益な活動のように見えるが、実際には社会へのテロ行為と同じである。本来有料で提供されるべき役務が無料で提供されるのだから、これが大規模になるなら、受験産業に与えるインパクトは小さくない。例えば「河合塾や駿台、東進に行くよりも、このサイトで」となれば、予備校に損害が出る。そもそも、独占禁止法の不当廉売に当たる可能性はないのか、古美門研介氏に聞いてみたいところである。

2 不当廉売規制の目的
独占禁止法の目的は,いうまでもなく公正かつ自由な競争を維持・促進することにあり,事業者が創意により良質・廉価な商品又は役務(以下単に「商品」という。)を供給しようとする努力を助長しようとするものである。この中でも,企業努力による価格競争は,本来,競争政策が維持促進しようとする能率競争(良質・廉価な商品を提供して顧客を獲得する競争をいう。)の中核をなすものである。この意味で,価格の安さ自体を不当視するものではないことは当然であるが,逆に価格の安さを常に正当視するものでもない。企業の効率性によって達成した低価格で商品を提供するのではなく,採算を度外視した低価格によって顧客を獲得しようとするのは,独占禁止法の目的からみて問題がある場合があり,そのような場合には,規制の必要がある。正当な理由がないのにコストを下回る価格,いいかえれば他の商品の供給による利益その他の資金を投入するのでなければ供給を継続することができないような低価格を設定することによって競争者の顧客を獲得することは,企業努力又は正常な競争過程を反映せず,廉売を行っている事業者(以下「廉売行為者」という。)自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあり,公正な競争秩序に影響を及ぼすおそれがある場合もあるからである。

引用:不当廉売に関する独占禁止法上の考え方(公正取引委員会)
http://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/futorenbai.html

manaveeの場合、無料でサービスを提供していることから、マーケットへの影響が懸念されると同時に、サイトのコンテンツのクオリティが維持できるのかという問題もある。間違った授業や、質の低い授業を展開した場合、その責任の所在が不明確である。質の維持には当然コストがかかるわけで、そこをボランティアに頼るなら、普通に考えて、質は維持は難しくなってくるはずだ。大体、このサイトで良い授業を展開できる人材なら、普通に学校や予備校の講師をやるはずで、その人達がボランティアで労務を提供できるとしたら、その人たちはどうやって生活しているのだろう?日本はなぜかボランティアを過大評価する風潮があるのだが、どこでもかしこでもボランティアが仕事してしまうと、社会のシステムは崩壊する。

仮に寄付が多く集まって、manaveeがしばらく運用されてしまうと、大学受験産業にも影響を及ぼしかねない。普通に考えれば、多様なビジネス展開を図っている事業体はその損失を他所からの収益で補填できるが、それができない体力の弱いところから退場を強いられていくので、市場は寡占化が進む。一方で、寄付に頼って基本無料で運営されるサイトが安定して継続できる可能性は非常に低いので、やがてサイトは運用が停止される。そのとき、残されるのは不健全な形で成長した受験産業界になる。

「やりたいという人がいるんだから、労働の対価は無償でお願いする」というのは労働力の搾取であって、ボランティアだろうが、インターンシップだろうが、なるべく避けるべき手段なのである。もしこれが許されるなら、キャビン・アテンダントも、テレビのアナウンサーも、事業主は全部ボランティアで済ませてしまうことが可能だろう。「財産はあるので、お金は要りません。その代わり、テレビで喋らせてください」という人は必ず存在するはずだ。でも、実際にはそこまでの事態にはならない。それは、日本社会の企業体が、きちんとしたモラルを持っているからに他ならず、それをやらない会社はいわゆるブラック企業の烙印を押されることになる。

こういうことを世間知らずの学生がやるのは仕方がないのだが、大人がちやほやするのは全くいただけないし、こんな風にポジティブに記事にするのもどうかと思う。これが許されるなら、「夜中にタクシー待ちで苦労している人がかわいそうなので、無料で送迎してあげる事業を立ち上げよう」などと考える人が現れかねない。そのあたりの法的な検討は専門家にやっていただくとして、僕たち一般生活者は、「ボランティア」や「インターンシップ」と耳にした時、「それを無償の労働でまかなえば、本来存在したはずの雇用が失われるのではないか」と考えてみる必要がある。これがオリンピックやワールドカップといったテンポラリーなイベントならともかく、継続的にサービスを提供していく組織が、その運用に必要な労働のほとんどをボランティアに頼るというのは、正常ではない。  

2013年09月13日

料理と勉強における共通のコツをわかっていない人々

最近、数人の「料理を始めた」という人(ほとんどが30代)と話をしたのだが、「どうやって料理しているんですか?」と質問すると、みんなから「クックパッドを見て」と判を押したような返事があった。そのたびに、僕は「本気で上手になりたいと思うなら、クックパッドを使うのはやめなさい」と言っている。クックパッドがダメなサイトなのではない。料理の初心者には向かないサイトなのだ。料理には、料理の理屈がある。たとえば、煮物を作るときに具材を同じくらいの大きさに切るのはなぜか。ぶり大根を作るときに米のとぎ汁を使うのはなぜか。ゆでたまごを作るときにお湯に塩や酢を入れるのはなぜか。砂糖と醤油を使う料理では砂糖を先に使うのはなぜか。これらのコツの背後には理屈がある。それは汎用的な理屈なので、他の料理にも応用がきく。一つの料理を作るときの知識(=コツ)が、他の多くの料理のベースになるのである。ところが、クックパッドでは、そういう理屈が理解できない。なぜなら、一つの料理を上手に仕上げるための知識しか掲載されていないからだ。

クックパッドは、料理を上手に作るためのサイトで、料理が上手になるためのサイトではない。

もちろん、料理をするたびにクックパッドを見れば、そのたびに上手な料理をつくることはできる。しかし、クックパッドがなければ何もできなくなってしまう。これでは、クックパッドの達人ではあっても、料理の達人ではない。

だから、僕は、料理の上達を志している初心者には、クックパッドを見るのはやめて、「調理以前の料理の常識」や「「こつ」の科学-調理の疑問に答える」といった本を読むことを勧めている。これらの本に掲載されている知識が身について初めて、クックパッドは便利なサイトになる。

 

#そういう知識の他に、包丁の使い方などの慣れや経験の部分、包丁や圧力鍋といった道具に関する知識の、合計3つの要素で料理の腕は構成されている。

料理の上達に必要なのは、目の前にある「オムレツを作る」という課題を解決することが重要なのではなく、オムレツを上手に作るために必要な知識(=コツ)を整理しつつ身につけ、そこで得た知識を親子丼や餃子を作るときに利用する、といったことだ。そして、この考え方は普段の勉強でも同じである。僕が料理を始めたのは5年ぐらい前だと思うのだが、その習得にあたって、普段の勉強の方法をそのまま適用した。基本と、理屈をきちんと勉強して、最短ルートで上達してきたと思う。おかげで今では多くの人から「料理が上手な人」と思われている。

勉強も、料理も、上達のコツがあって、これを理解している人が良い成績を出すのである。高校までの物理などは覚えるべきコツが非常に少ないので、ちょっとしたきっかけであっという間に成績上位者になることができる。数学や料理はもうちょっとコツの量が多いので、要領だけでは解決しないところもあるのだが、それでも、闇雲に問題を解くよりも、「この問題の背後にあるコツはなんだろう」と考えるほうが、成績が上がってくる。こうしたコツとか、コツの重要性を伝えることが上手な人間が、「教えるのがうまい人」なのだ。

ここまで書いてきた内容は、過去にこのブログで何度か書いていると思うのだが、改めてここで書いたのには理由がある。昨日、日の出テレビで特番があって、学生が政治家に質問するという企画だった。学生は自民党の横浜市会議員の事務所にインターンシップに来ているそうで、政治家の事務所で何を勉強したのか、興味津々で番組を見ていた。そして、驚いたことに、インターンシップが全く役に立っていないことをネットを通じて全世界に発信していた。これは、学生の質が低かったこともあるのだろうが、教える側にも問題がある。いや、学生の能力が低いのは仕方がない。より大きな問題は、ただただ経験を積ませれば良い、知見を広めれば良いと考えている、教える側にある。

ただ、政治家も、政治家の事務所のスタッフも、教育のプロではない。だから、インターンシップで政治家の事務所に行っても学生のレベルがアップしないのは仕方がない。そこでのインターンシップでは、クックパッドで料理を学ぶようなことをしてしまったのだろう。はっきり言えば、単に時間の無駄、非効率な勉強だったのだと思う。インターンシップは、本当にくだらない制度である。いや、もちろん、全てのインターンシップが無駄なのではない。きちんとシラバス(=学習計画)を作ってインターンシップを実施するなら、効果も期待できるし、効果の検証も可能だ。逆に、それがないなら、時間の無駄である。今回、政治家の選挙事務所で、こうした計画的な教育をやっているのか、甚だ疑問である。

では、このインターンシップが全く無駄であることがなぜわかったのか。それは、学生が政治家に質問するという企画の中で執り行われた、次のようなやりとりからである。

学生「日本は政治家の数が多すぎるのではないですか?」
福田峰之衆議院議員「多すぎるとすれば、何人なら良いのですか?」
学生「わかりません」


(動画では10分あたりから)

このやりとりだけで、学生のレベルの低さと、これまで政治家の事務所で行われたインターンシップの無駄さ具合が一目瞭然である。なぜ、この学生は「政治家の数が多すぎる」と考えたのか。考えたのではない。単に、誰かが問題にしているのを見て、知識として得て、それを政治家に伝言したに過ぎない。自分が抱えている疑問ではないのである。それは、彼には適正数に関する知識が全くないことからわかる。自分が考える議員の適正数がまずあって、それと現状を比較して、初めて「疑問」となる。こんなことは小学生でもわかることだ。ところが、自分が考える「適正数」が存在せず、突然「疑問」が発生する。そのおかしさに、学生自身はもちろん、質問された政治家も、会場にいた聴衆も、誰も気が付かない様子だった。

あまりの低レベルっぷりに唖然としつつ、ネットを通じて、米国の人口、米国の政治家数と、日米の(人口)/(政治家数)の比較、および米国と同じ比率にした場合の日本の政治家数(現在の約3分の1)をコメントしてみたのだが、それは助け舟にならず、学生からは何のコメントもなく議論が別の話に移ってしまった。本来であれば、いくつかの間接民主制(=議会制民主主義)の海外事例を調査し、各国における議員数に関する議論の状況を踏まえ、我が国の議員数を考察し、その上で「人数が多すぎるのではないか」という問題提起にいたり、議論になるはずである。ところが、その全てがすっ飛ばされて、「多すぎませんか?」「じゃぁ、いくつならいいの?」「わかりません」では小学生レベルの会話である。

教える側も、教わる側も、そしてそれを現場で見ていたであろう観客も、教育という視点ではドシロウトだったということだ。こんなインターンシップが成功を収めるわけがない。学生がどこの大学なのかは知らないが、大学の本分である「教育」を、インターンシップの名のもとにこういったドシロウト軍団に丸投げしているのもどうかと思うし、それを請けてしまう政治家の事務所もどうかと思う。また、全世界に馬鹿を晒すことになってしまった学生が気の毒だとも思う。

教育とは何なのか、もうちょっと真摯に考えるべきだ。教育のための勉強をせず、教育の経験もなく、有権者の意見をヒアリングしているだけで教育の専門家になれるのかと言えば、絶対に違う。

残念ながら、今の政治家はこんな、有権者へのヒアリングをしていれば知見が身につくと考えるような人物が多いのだろう。だから、自分と同じように、現場を見ていれば知見が広がる、それが教育になると勘違いしている。今回、インターンシップを任された政治家の事務所は、オムレツのレシピを与えて、それを作らせているだけなのだ。残念ながら、こんなものは教育とは呼べない。

今回の放送を通じて、大学の無責任っぷり、インターンシップ先の不見識ぶりがわかってしまった。どこの大学かは調査中だが、このインターンシップを実施した大学は、その偏差値とは無関係に、間違いなく三流大学である(追記:慶應大学でした。過去に慶應理工学部1系に合格しましたが、東工大に進学しました。行かなくて良かった)。そこを卒業した学生たちはお先真っ暗だと言わざるを得ない。学生の質が低いのは、当然ながら教育の質が低いからである。本当に優秀な学生なら、教育の質が低くてもきちんと独学で勉強できるが、そんな優秀な学生は東大でも一握りというのが僕の印象である。日本の大卒がダメだという話は良く耳にするが、その原因の多くの部分は当然ながら教える側にある。今回の放送ではそれが明らかになった。

残念ながら、大学という高等教育における「「コツ」の科学」のような書籍を見たことがない。おそらく、多くの優秀な教師の個人的な経験知として分散して存在し、そして彼らが教育の現場から退場していくと同時に失われてきたのだろう。僕自身は教育の現場から退場して5年ぐらいが経っているので、今の現場の状況は全く知らないのだが、例えば教科ごとのシラバスは、複数の教員によってバージョンアップさせていくという作業が行われているのだろうか。僕が教員をやっていた時は、そういう作業は皆無だった。では、これからはどうなのか。もしかしたら、すでにそういう作業は実施されてきているのかも知れない。ただ、今回のインターンシップをやった大学では、行われていないのだと思う。やっているなら、今回のような、異常なまでの低レベルのやりとりは回避できたはずだ。あるいは、大学がダメでも、ちゃんとした教育者がこのインターンシップに関与していれば、こんな醜態を晒すことは避けられたはずである。

幸いにして、今回は政治家の目前でやりとりが展開された。このやりとりから、政治家たちが、大学やインターンシップが抱えている問題点を抽出できるかどうか。このあたりから、日本の将来が変わってくるかも知れない。今回、生贄になった学生たちは気の毒だが、それを無駄死ににするか、しないかは、政治家にかかっている。それは、来年のインターンシップを見ればわかるだろう。ただ、事務所が今の体制のままでインターンシップを受け入れるとすれば、結果は今年と同じになる公算が大きい。


#料理の上達法に興味がある人はこちらもどうぞ

クックパッドがなぜ料理上達の障害になるのか
http://buu.blog.jp/archives/51428706.html  
Posted by buu2 at 22:51Comments(0)ネットウォッチ

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2013年08月02日

引責辞任・更迭・クビレース(グレード1)の最新状況

引責辞任・更迭・クビレースもそろそろ佳境ですが、ここへきて突如新しい馬が出走しました。

出走馬
1枠:イジゲンクロトン
所属:日銀厩舎
父:ザイムショー
母:トーダイホーガク
前走:アジアカイハツギンコーカップ優勝
短評:任期は6年と長いため、かなり不利。少なくとも安倍政権が継続する限り、辞任の可能性は低い。
参考:アベノミクスの今をグラフ一枚でまとめてみた

2枠:ジョイナスモリミチ
所属:名古屋竜厩舎
父:ミソカツドラゴン
母:ミスターシービーシー
前走:ペナントレース途中で棄権
短評:前監督が作り上げた膨大な資産を1年半で使い果たした浪費ぶり。「今日から20勝(6敗)だ!」とぶちあげた当日、あわやノーヒッターかという1安打10失点で完敗するなど、ファンサービスにも抜かりがない。現時点では本ブログの本命。

3枠:モントリオルウエムラ
所属:全柔連厩舎
父:ムサベツゴールド
母:コードーカン
前走:ジェーオーシーキョーカホンブチョーをレース途中で棄権
短評:水面下では様々な動きがあるようだが、意外と粘り強い。とはいえ、周辺事情を考慮すると対抗。

4枠:コミッショナーカトー
所属:エヌピービー厩舎
父:ガイムショー
母:トーダイホーガク
前走:ミツビシショージで静養
短評:管理職のくせに「知らなかった」で済まそうとするあたりで対抗としたいが、今のところまだ辞任への圧力が小さい様子。身代わりとなった下田事務局長はグレード2のレースに出走が決定。こちらは大本命。
参考:公表遅れ、おわび…「飛ぶボール問題」でNPB

5枠:イッセイコムーロ
所属:トーダイ医学部厩舎
父:ハンダイイガクブ
母:トーダイイガク
前走:バルサルタンレースで写真判定中
短評:過去の事例からすればとっくに辞任しているはずだが、膨大な政治力を駆使して乗り切るかも知れず、本誌の評価は穴。
参考:小室一成グループ 論文疑惑

6枠:シャラップウエダ
所属:人権人道厩舎
父:ガイムショー
母:トーダイキョーヨー
前走:初出走
短評:突然出走が決まったため、ノーマーク。資料が乏しく、予想が困難である。
参考:


7枠:シツゲンアッソウ
所属:アベナイカク厩舎
父:アッソウセメント
母:ガクシュイン
前走:ソーリダイジン杯で優勝するも、ソージショク
短評:失言で知られており、通常ならすぐに優勝するだけの脚を持っているが、なかなか勝ち切れない。ただし、今回は外圧が強く、一気にゴールを切る可能性がある。

総評
全体を俯瞰するとトーダイブランドの活躍が目に余る目に付く。レースを読むためには、馬が完走した際、次のレースに出走するための天下り先所属があるかどうかが重要なポイントになる。

レース経過
6月14日
シャラップウエダの動画がNHKで流され、「ネット住民が騒いでいる」フェイズから次元の違うところへと拡大した。突如彗星の如く現れたシャラップウエダだが、馬群を切り裂き一気に第三コーナーをまわった形である。

6月14日
新聞報道によれば、コミッショナーカトーへの苦情が殺到しているらしい。
「不祥事と思わない」NPBに抗議殺到
しかし、エヌピービー厩舎の馬は前走のコミッショナーネゴロも物凄い粘り腰を見せており、今回もなかなかゴールにはたどり着かないのではないか、というのが本ブログの読みである。

7月30日
モントリオルウエムラが8月中の辞任を表明。レースはいよいよ佳境である。

7月31日
レースも最終盤にさしかかろうというのに、突如シツゲンアッソウが出走。国内だけではなく海外からも批判され、モントリオルウエムラとのマッチレースの様相を呈してきた。モントリオルウエムラが逃げ切るのか、シツゲンアッソウが差しきるのか、いよいよ目が離せない。

おまけ
G2出走状況

1枠:ジムキョクチョーシモダ
所属:エヌピービー厩舎
短評:コミッショナーカトーによって詰め腹を切らされる可能性が非常に高い。

2枠:ツブヤキミズノ
所属:フッコーチョー厩舎
短評:Twitterが匿名だと思って好き勝手に書いていたらなぜかそれが特定されてしまい、あっという間にゴールを走り抜けてしまった。グレード2はレース展開が早すぎて、出走をお知らせする前にゴールしてしまったりするので侮れない。
参考:暴言「左翼のクソから罵声」 復興庁幹部がツイート

参考:前回のエントリ「引責辞任・更迭・クビレース(グレード1)」  
Posted by buu2 at 09:24Comments(0)TrackBack(0)ニュース

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2013年07月31日

バイオ用語解説:ホメオスタシス

昨日の朝、なんか暑くて寝苦しいので、まだ暗かったけれど起きてしまったのです。それで、やることがないので最初は読書していたのですが、腰が痛くなってきたので、ネットサーフに切り替えたわけです。そこで例の土屋アンナ事件のブログ記事を見つけて、あーーー、と思いつつ、珍しくつぶやきの連投をしたのですね。すると、意外と反応があったので、最近ブログに記事を書く時間もないし、このつぶやきを使ってエントリーを一本書いてしまおう、と思ったわけです。午後に人形町から千駄ヶ谷、そして池袋、最後に朝霞という移動予定だったので、昼までにちゃちゃっとまとめて、外出したのです。

午後3時過ぎにようやく食事を取れることになって、人形町のラーメン屋でラーメンを食べながら、何気なくブログのアクセス解析をチェックしてみたら、いつもは平和な辺境のブログなのに、アクセスが爆発していることに気が付きました。

doshaburi


これは、一時間に100ミリを超えるような猛烈な豪雨みたいなものです。通常なら半月以上かかるだけのアクセスが、ほんの1時間ほどの間に集中して発生していました。これは面妖な、何か炎上するようなことを書いたかな?と思ってさらにアクセスを解析すると、どうやらYahoo!からの大量流入が発生している様子です。さっそく当該ページにアクセスしてみたら、これでした。

舞台中止騒動 著作権で考える - エンターテインメント
http://backnumber.dailynews.yahoo.co.jp/?m=7707540&e=copyright
(そのうちリンクが変わってしまうでしょうが)

あろうことか、尊敬する切込隊長の直下に僕の記事が掲載されているじゃーありませんか。そうかぁ、切込隊長とかはいつもこんな大量のアクセスがあるのに、豚組がうまいとかトンチンカンなことを書いているのか、と感心したわけですが、ちょっと不思議に思ったのは、今回、これだけのアクセスがあったにも関わらず、なぜかコメントは一つもなし、スパムトラックバックは2つほどあったようですが、はてブがつくこともなし、ということです。一瞬考えてわかったことは、つまり、僕の記事にアクセスしてはみたものの、特にコメントを残すようなものではなかったということでしょう。毒にも薬にもならなかった、と。やはり、辺境のブログには辺境なりの理由があるのです。そういえば、総統閣下シリーズの動画があちこちで取り上げられていた3.11直後はドーーーンとアクセスが増えたのですが、その後徐々に落ち着いてきて、今は震災前とほとんど変わらない程度のアクセスになっています。僕自身ははてブユーザーですが、僕の記事にブックマークがつくことも稀だし、コメントも以前ほどには書き込まれません。適当に、付かず離れずという感じでバランスが取れているのでしょう。

こうやって、いつもの状態を維持することを生物学の言葉ではHomeostasisと言います。  
Posted by buu2 at 17:27Comments(0)TrackBack(0)バイオ

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2013年07月30日

創造者対利用者の戦いの始まり

海猿、テルマエ・ロマエときて、トドメがコレである。 

重大なお話!
http://ameblo.jp/sakura-smile-for-you/entry-11582675117.html

この話では、最初に日刊スポーツがこんな記事を書いた。

土屋アンナ稽古ドタキャンで主演舞台中止
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20130729-1165097.html

読めばわかるが、背景などは調べられていない記事だ。これに対して原作者が書いたのが、冒頭のブログエントリーである。その間、わずか約2時間なので、記事自体は準備稿のようなものがあったのかもしれない。その後、日刊スポーツは次のような記事をアップしている。

突然泥沼化!土屋アンナ舞台中止
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20130730-1165120.html

土屋アンナ、原作者承諾巡り主演舞台中止
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20130730-1165130.html

「突然泥沼化」も何も、あんた達がちゃんと取材しないで報道したからなんじゃないの?と思わないでもないのだが、今朝の段階では双方の意見を書いているし、そこが本題ではないので今回はスルーしておく。問題は、原作者の訴えた内容の方である。以下、目につくところを抜き出してみる。

実は、最初の段階でこの舞台の話に関して、私は制作者側から全く許可を取られていませんでした。


何日か後に、こちらから連絡を取り、本の出版社の元担当と舞台の監督に会う事が出来、事情を説明して頂きました。


私はただ、自己紹介と今後何かありましたらよろしくお願いします。と言いました。
その事を、許可を取ったと言っているようでした。


お二方の言い分は、それがこの業界では許可した事になるのだ。という事でした。
私は何度も、それでは許可にならない。と言いました。
すると監督は"そんなに許可と言うのなら、別に貴女でなくとも、障がい者はたくさん世の中にいる。違う人に頼んでも良いんだよ!"とおっしゃいました。
また、原作とは内容が多少異なるため、そんなに許可と騒がなくてもいい、と言う事を言われました。


私の所にはただ一枚の舞台の同意書のみを送りつけ、台本も詳しい内容説明もない状態で、毎日のように同意書にサインするように、と言う内容の電話ばかりかけて来ました。


こうした不満を読み解くには、出版社と著者の間にどんな契約が交わされていたのか、というのが最大のポイントなのだが、こういう契約書は会社によって大きく変わるものとも思えないので、僕がある出版社と交わしている契約書のうちの一つを転載してみる。

(二次的利用)
本契約の有効期間中に、本著作物が翻訳・ダイジェスト等、演劇・映画・放送・録音・録画等、その他二次的に利用される場合、甲は乙と協議のうえ決定する。


残念ながら光文社とは仕事をしたことがないので、現物は見たことがないのだが、内容に大きな違いがあるとは思えない。普通、二次利用については別途相談となるはずである。ただ、問題は法律とは別のところにあるのだと思う。

追記:Twitterで光文社との出版契約書について言及されている方がいたので、掲載しておきます。ただ、これも原本ではないので、今回の件については違う契約だった可能性もあります。




ある有名小説家と麻雀をしていて聞いたことがあるのだが、原作者である彼が知らないうちに、彼の原作を元にしたテレビドラマ内で、小説内の重要人物が勝手に犯人にされてしまったことがあるそうだ。ドラゴンボールで言えば、実写ドラマ化したら、途中でクリリンがフリーザのスパイだったと判明して、元気玉で粉々になってしまった、みたいな感じである。短期間でメリハリをつける必要があるテレビドラマでは仕方がないことなのかも知れないが、このとき、原作者には一切の打診がなかったそうである。テレビサイドには「それで原作本が売れるんだから、原作者にも悪い話ではないだろう」という意識があるのだろう。この作家の場合、設定だけを残して映画化され、その試写会で初めて内容を知ることになって、その内容の杜撰さにびっくりしたこともあったそうだが、彼はそのことについて特に文句をいうことはなかったようである。麻雀の席で愚痴をこぼす程度で、そういった話が表面化することはない。逆に、表では「映画観てきました。凄い!」と宣伝せざるを得ない立場だったりする。

作家自身がそういう状況を受け入れていることもあってか、テレビ関連の作品でメジャーになった作家は、文学界ではひとつ下のランクと評価されるケースがある。過去の実績とか、テレビ化されたかどうかとは無関係に作品自体を評価すべきなのだが、看板が重要なのがこの世界だったりもする。結果として、作家や作品へのリスペクトは失われ、メディアが権力を振り回すことになる。今回の件も、そういう権力の濫用が感じられるのである。

僕は、作品自体ではなく、看板によってものが売れたり売れなかったりするのは日本に特有の話なのかな、と思っていたのだが、つい先日、ハリポタの作家が覆面で書いていた小説が、その真相が暴かれた途端にバカ売れしたという話(http://www.cnn.co.jp/showbiz/35034674.html)もあって、「あの作家」という看板が重要なのは世界中どこでも一緒らしいことがわかった。ハリポタの作者ぐらい余裕があれば「ゼロから再スタートして実力を試したい」と思うのかも知れないが、日本語でしか文章が書けない、市場の小さな日本の文筆家は、なかなかそういう地位には上り詰めることができない。結局、メディアの軍門に降るしかないのが実情である。

書籍に限る話ではないのだが、作家である僕の立ち位置から書いてみると、「本が売れる」ためには、内容が優れているだけではなく、プロモーションも大事で、だからこそ広告代理店なんていう商売が成立する。そういう商売が不要だとも思わないのだが、上下関係が逆になってしまうのは不思議な話である。これが出版社ということならある程度話はわかるのだ。例えば僕のような無名の作家の書籍をリアル書籍化しようと思えば、出版社は相応のリスクを負うことになるからだ。

ところが、今回の事態では、多分出版社サイドにも問題があったのではないかと予想する。出版社にとっては、有名俳優による舞台化は決して悪い話ではない。舞台がヒットすれば本も売れるのだ。そして、契約次第ではあるものの、舞台化にあたって負うリスクは多分それほど大きくなかったはずだ。出版社の担当者も、「本が売れれば著者も嬉しいに違いない」という思い込みがあったんだと思う。そして、著者の意向が完全に無視され、出版社と舞台のプロデューサーとの間で話が進められたのだろう。

3者の間の少しのズレが、結果として致命的な行き違いを生んでしまったのだと思う。ただ、だからといって著者がとばっちりを食うのはおかしい。この件においては、今のところの情報で判断する限り、著者にはほとんど否がないのである(ただ、出版契約書の内容を見てみないと、断言はできないのだが)。一番尊重されるべき著者が、一番弱い立場に置かれているのである。

こういう構造は、技術者よりも事務が偉かったり、研究者よりもマネージメントが偉かったりするのにも通じるところがあると思うのだが、実際のところ、一番偉いのはクリエイターであって、そのところが軽視される社会は成熟度が低いと思う。

さて、ここまではほとんどの人が納得すると思うのだが、それは広告代理店やら、出版社やら、イベントプロデューサーやら、向こうの世界の話だからである。ここでもうちょっと身近なところに話を引きずり下ろして、これを読んでいる人を当事者にしてみたい。

クリエイター軽視の卑近な例は図書館である。そして、「図書館は有料化しろ」と言うと、あちこちから反対意見が飛んでくる。そのほとんどは「貧乏人の読書機会を奪うな」というものだ。僕も、夏目漱石や太宰治や芥川龍之介の本を借りるのにお金を取るべきだとは思わない。お金を取るべきは、宮部みゆきとか、東野圭吾とか、村上春樹とか、今も生きている作家たちの書籍についてである。どうしても文化が大事だ、図書館はその担い手だ、と言うのなら、図書館は著作者に図書館の負担でお金を支払うべきだろう。でも、図書館は貸与権を確保するために、非営利、無料で営業している。だから、支払うお金の原資がない。そこでとばっちりを食っているのが著者という弱者である。「貧乏人にも読書の機会を」という主張は全面的に否定するわけではない。ただ、その主張を隠れ蓑にして、無料で読む必要のない本が貸し出されたり、本を買えないほど貧乏ではない人に貸し出されたりすれば、しわ寄せは著者に一方的にくることになる。著者は、一番偉いはずなのに、一番脆弱な存在なのである。

町工場の職人は親会社がなければ仕事がない。実験に明け暮れる企業の研究者は会社が潰れたら路頭に迷う。書籍の著者は本が売れないと食っていけない。どれもこれも、社会システムの中に組み込まれないと生きていけない職業である。ただ、社会がそこから搾取し続けていれば、社会自体のレベルが低下する。弱小の著者がメシを食って行けなければ、新しい才能は生まれてきにくくなる。その結果、損をするのは一般読者自身なのだ。

創作活動でメシを食っていくのは非常に難しい。そして、それをサポートするには相応のリスクを負う必要がある。しかし、ネットが行き渡ったことによって、そのリスク自体は徐々に軽減されてきている。小説で言えば、電子出版によって、かなりの構造変化が期待できる。ただ、どの分野においても、構造変化には既得権の争奪戦がつきまとう。その戦いは、消耗戦だ。しかも、既得権者側は、「自分が生きている間だけでも」と思っているから、持久戦も覚悟のうえである。

日本の最大の対立構図は老人対若者という世代間闘争だと思うのだが、それに次ぐレベルで、創造者対利用者という対立が明確化しつつあると思う。今回の一件も、誰もが簡単に情報発信できる社会でなければ、泣き寝入りになっていたはずである。  

2013年07月26日

Bloglinesの不具合の解決方法

イマドキ、まだBloglinesなんて使っている人は少ないかも知れませんが、ここ一週間ほど「しばらくお待ち下さい」と表示されて使えなくなっていました。あらあら、と思っていたのですが、設定で言語を英語にしたら無事回復しました。困っている人がいたらFYIということで。  

2013年07月03日

「続きは有料で」のステマ色に関する雑感

ネット時代以前、売文のお金の流れは、読者>小売>出版社>売文家というほぼ唯一の形が存在した。

ネットのインフラが成熟してきて、特にマイクロペイメントのシステムが徐々に浸透してきて、出版社の役割が小さくなり、売文家がどうやって読者から集金するかという新しい秩序を構築する必要が生まれてきている。今はその試行錯誤の段階である。なので、「?」と首を傾げたくなる場面も少なくない。個人的に特に違和感を持つのが、コンテンツそのもののステマ化である。何かといえば、例えばこの記事をここで終了して、

「続きは有料メルマガでどうぞ」

とやるようなことである。前振りの文章そのものが有料メルマガの宣伝であって、しかもそのことは文章を読み進まないとわからない。一番最初に「この文章の後半は有料です」と記述されているのなら全く問題ないのだが、全部無料だと思って読み進めると、途中で記事が終了してしまうので筋が悪い。

こうした手法では、無料で読める部分の情報性が少ないほどステマ色が濃いと言える。ただし、タイトルのみなどであれば単なる告知で、前ふりだけで内容が全くないものが一番ステマ色が濃いと言える。もちろん、冒頭に「後半は有料」と明記されているのであればステルスではなく普通の広告なので、全く問題がないのは言わずもがなである。記事の導入部分だけを読ませておいて、「続きは有料」というのがどうも、ということである。

また、有料化されている情報には「有用な情報」と、「発信者の主義主張」の2種類がある。これを簡単に表現するなら、前者は「読ませてあげる情報」であり、後者は「読んで欲しい情報」である。さらに簡単な事例を挙げるなら、前者にはお買い得情報など、後者には新聞社の社説などがある。「今、ここでこんなバーゲンをやっていますよ!」という情報は受信者にとって有用性が高く、有料化される裏付けがある。一方で、「今の政府の方針はこんな風に間違っている」という情報は発信者が発信者の主義主張に理解を求めているのであって、発信者が情報を広く伝えたいのだから、こういう情報を有料化するのはお門違いである。

一番リーズナブルなやり方は、無料で記事の大半を読むことができて、記事自体は一応そこまでで完結していて、有料でプラスαの情報を得ることができるというスタイル(これはいわゆるfreemium)である。

以下、身の回りの事例で検証してみる。

事例:cakes(ケイクス)
【特別編】シャラップ上田事件の教訓 vol.3 部下の怒り方
https://cakes.mu/posts/2243
無料で読める文字数:約350文字
無料で読める文章の情報性:ほぼゼロ
情報全体の性格:有用情報の提供
無料で読める文章の性格:ステマ色が濃い
所感:ケイクス自体はコンテンツ販売サイトなので、そこに掲載されている記事が途中から有料化されようと、ステマとは言えない。問題は、1.ケイクスがコンテンツ販売サイトであるというコンセンサスが十分に形成されているとは言えない、2.Twitterなどで、「ケイクスによる有料販売」である旨を表明せずに記事へ誘導されることがある、の2点である。1.については今後は徐々に浸透していくと考えられるが、2.については記事のタイトルに「後半は有料」「一部有料」といった但し書きをつけることが親切だと思う。

事例:MyNewsJapan
早大が「授業上限週4コマ」強行、「非常勤5年でクビ」に追い打ち 講師15人が鎌田薫総長を告訴
http://www.mynewsjapan.com/reports/1851
無料で読める文字数:約2,100文字
無料で読める文章の情報性:かなり高い
情報全体の性格:有用情報の提供と主義主張色が混在
無料で読める文章の性格:ステマ色が薄い
所感:MyNewsJapan自体は記事が途中から有料化されるので、読者との間にMyNewsJapanはそういうもの、という了解が形成されて来るなら問題はなくなっていく。ただ、これもケイクスと同様、Twitterなどの外部サイトからの誘導があるのが問題である。無料の情報でもかなりの分量になるため、Freemiumと捉えることも可能だが、無料パートと有料パートの切り分け方針が不明瞭なため、若干のステマ的色彩を帯びている。

事例:Joe's Labo
採用活動とは、一言でいえば「ブラック労働者をふるい落とす作業」です
http://jyoshige.livedoor.biz/archives/6621201.html
無料で読める文字数:約1,900文字
無料で読める文章の情報性:かなり高い
情報全体の性格:主義主張を無料(一部有料)、有用情報を有料
無料で読める文章の性格:ステマ色は薄いとも濃いとも言えない
所感:Joe's Laboの最大の問題点は、ブログ内で完結している記事と、有料コンテンツに誘導される記事が混在していて、それが記事の最後まで読まないとわからないという点である。色々と参考になる記事が多い城繁幸さんのブログなので、この点は是非改善して欲しいと思っている。

事例:朝日新聞 社説
http://astand.asahi.com/column/editorial/
無料で読める文字数:約75文字
無料で読める文章の情報性:ほぼゼロ
情報全体の性格:主義主張
無料で読める文章の性格:ステマ色はない
所感:最初から「有料です」と謳っているので、ステマ色は全くない。ただ、天声人語を有料化するならともかく、自身のアイデンティティを含めて展開している主義主張を有料化する意図は皆目不明である。読んでもらってなんぼのものなのが社説であって、むしろここだけでも無料化すべき部分であると、小一時間問い詰めたい。ナベツネは嫌いだが、読売新聞の社説は無料で読むことができるし、毎日新聞などはアーカイブへのアクセスも容易である。
読売新聞 社説
毎日新聞 社説


追記のテンプレ
事例:
無料で読める文字数:
無料で読める文章の情報性:
情報全体の性格:
無料で読める文章の性格:
所感:  

2013年06月25日

実名のムラ社会における他者批判が及ぼしうる社会的影響と反作用

ブログが炎上した岩手県議が自殺したそうで。

<岩手県議>小泉氏、車内で自殺か ブログ「炎上」で謝罪
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130625-00000019-mai-soci

こうなってみて興味深いのは、もともとのネタのこと。

岩手県議、県立病院に立腹「会計せず帰った」ブログ炎上
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130618-00000002-khks-l03

興味深いのは、記事そのものではなく、これについたFacebookコメントである。

特権階級意識に満ちている様にお見受け出来る件の県議員はもう一度社会人をやり直してから再度議員になられた方がよろしいのでは?このまま議員の椅子に執着する姿は醜悪だ。


あまりの医療についての知識のなさに、憤慨を通り越して大笑いしてしまいました。
しかも、謝罪会見、紙読んでましたねw


県議会議員なのに、こういう傲慢な人間は本当に赦せないね。


と書いた皆さんの心中やいかに?ブログのコメント欄や2ちゃんに書き込んだ匿名投稿ではないだけに。

この事例はプラットフォームがFacebookということから、大きく2つ、特徴がある。1つは実名であること、もう1つはFacebookというムラ社会におけるイジメ的色彩を持つこと。

「実名によって構成されたムラ社会からの他者批判」とはどういうことか、実名に慣れていない人は改めて考えなおす良い機会かも知れません。

#匿名だから安全、何でもオッケーというわけではないです。  

2013年06月13日

教祖と信者の鬼ごっこ

メイロマさんの新刊が発売されたようで、ちょっと早すぎるペースかな、と思わないでもないのだけれど、それはそれ。内容がちゃんとしているかどうかを評価するのは読者の皆さんなので、ここでは言及しない。



僕は基本的にメイロマさんの主張には首肯することが多いのだけれど、「ノマドと社畜」を読んでみて、少なくとも僕にとってはそれほど価値がある内容でもなかったので、後続の書籍は読んでいない。「価値がない」というのは「つまらない」という意味ではなく、僕には分かり切っていること、というニュアンスである。物理学者にとっては高校の物理の教科書が価値を持たないことと同じである。僕は他人の本を読んで、「あぁ、僕と同じ感覚の人がいる」と安心したい人間ではないので、読む必要がないのだ。

誤解されると困るのでもうちょっと補足すると、僕にとって「ノマドと社畜」はいくつかの点で興味があったから購入した。それらは、

  • 出版社が絡んだ電子出版がどうなるのか
    日本語能力が抜群に高いとは言えないメイロマさんの文章にどの程度編集の手が入るのか
    ネット文化圏の影響が強く見られるメイロマさんの芸風がどこまで一般出版社に許容されるのか
    ネット住民に受け入れられた商品がどのように推移していくか


などである。特に四つ目を分析する上では、本を読んでおくことが大切だった。

「ノマドと社畜」からは、多分一般の人とは異なる視点から一定の知見を得ることができて、その時点で僕はメイロマさんの執筆する書籍の内容には興味がなくなった。ということで、以後の書籍は購入していない。ただ、決して少なくない人にとって、メイロマさんの書籍は参考になるところがあると思う。メイロマ本のレビューを見てみると賛否両論で、否定的な意見も少なくない。しかし、「否」が多いということも、この手の本の評価では重要だ。つまり、否定されるだけの明確さを持ち合わせているということだからだ。



さて、今、ネットを見回してみると、そろそろ首を傾げたくなる状況になりつつあると感じる。簡単に言えば、それはメイロマさんの勝間化である。勝間化の定義は難しいのだが、それを2行で書くなら次のようになる。

特定人物の主張をほぼ全面的に受け入れ、それに反対する勢力に対して十分な考察なしに反論する『信者』層が形成されている状態


Twitter界では『教祖』と『信者』の関係が成立しやすく、少し前では芦田宏直さんがこういう状況を作り上げた。僕の場合、芦田さんにしても、メイロマさんにしても、おおよその部分ではその主義主張に共感するのだが、では全面的に支持できるかといえばそんなこともない。例えば芦田さんは内田樹氏と懇意だが、僕は内田樹氏は教育以外の領域においてはかなりアホだと思っている。

参考資料:そろそろTPPについても考えてみないとねぇ
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/51300674.html

この2人がなぜ仲良しなのか、僕には皆目見当がつかないのだが、何か触れ合うものがあるのだろう。少なくとも僕なら付き合う気はしないし、付き合っている知人を見たら「うーーん」と思わないでもない。

芦田さんは教育以外の分野でも、ヘッドフォンなどではなるほど、と思うことがあるが、映画評ではかなりの偏りがあるし、サッカーになればもっと知識がない。当然だが、スキーに関する知識は僕の足元にも及ばないだろう。しかし、こんなのは当たり前である。芦田さんは神様ではないので、得意・不得意が当然ある。芦田さんは自分の専門外の分野についてはほとんど言及することがないのだが、それでもそれぞれの主張は是々非々で咀嚼する必要がある。ところが、ある種の人々の間では、芦田さんは神様なのである。

これはメイロマさんも一緒だ。彼女の視点そのものは斬新というわけではない。むしろ、国際化している人間から見たら当たり前のことが多いのではないか。ただ、その中には当然偏りもある。例えばサッカーに対する感情などがそのひとつだ。英国においてはサッカーは下流階級が楽しむスポーツである。英国に住んでいるメイロマさんがサッカーに対して悪い感情を抱いても全く不思議ではない。しかし、日本は状況が違う。だから、メイロマさんが「サッカーは下流階級のスポーツである」と言ったとしても、それには「英国では」という但し書きがつく。サッカーはわかりやすい例として取り上げたけれど、もっと彼女の専門に近いところについても同様だ。メイロマさんの主張はあくまでもメイロマさんの視点から述べられているに過ぎない。その視野が十分に広いかどうかは別途検討が必要である。メイロマさんも神様ではない。

同時に、メイロマさんは自分で神格化を避けているフシがある。それはシモネタを多用したり、ヘビメタの趣味を強調したりするあたりから垣間見ることができたのだが、最近では自らの著作へのネガティブな評価でも公式RTしているあたりからも、それが伺われる。ハリネズミではないけれど、必要以上に近い距離になること、慣れ合うこと、つまり、教祖化することを意識的に避けているようだ。

メイロマさんは、多分教祖にはなりたくないのだ。

この点で自らのファンを集めて、居心地の良いオフラインミーティングを開催する芦田さんとはちょっとタイプが異なっている。

それでも、メイロマさんの信者となってしまった人は少なからず存在するようだ。メイロマさんがそれを望んでいないのに、である。そういう人の多くは、これまで日本社会で冷遇され続け、自分の生き方を認めてもらえなかった人たちかも知れない。このあたりは全くデータもなければ根拠もなく、芦田さんなら「心理主義」と一刀両断するだろうが・・・。とにかく、依存性が高いにも関わらず、依存できる先を見つけられずにいた層が、ようやく自分を肯定してくれる人物を見つけ、同化したくて仕方がないという状況があるのではないかと想像する。

今、メイロマさんのタイムラインをちょっと読んでいると、"教祖に祀り上げられたくないオピニオンリーダー"と、"ようやく自らの教祖たりうる人物を見つけることができた子羊"との鬼ごっこを見ているような錯覚を覚える。メイロマさんから「私は神様ではありません。自分で考えて、自分で判断してください」と距離を取ろうとしても、信者が「いやいや、見捨てないでください。どこまでもついていきます」となってしまうと、メイロマさんがそれを振りほどくのは大変な作業である。

Twitterがこういう新興宗教的な色彩を帯びてしまう理由は拙著「Twitter後のネット社会」で論じたのだが、簡単にいえば、教祖が簡単に、かつダイレクトに「それは違う」と反論できてしまうので、迷える子羊たちがすぐに説得されてしまうし、ご機嫌取りのポジションに落ち着いてしまうからである。「それは違うんじゃないかなぁ」と思っていても、それを発言したら最後、教祖からも取り巻きの信者からも徹底的な反論を受ける。それが面倒くさいなぁ、嫌だなぁ、と思っているうちに、自主規制し、やがて同化してしまうのである。頭で考えず、教祖に同調することが、信者にとっては一番簡単なことなのだ。



さっきちょこっとメイロマさんへの@を読んでみたら、頓珍漢なラブレターが寄せられていて、「この人は本当にメイロマさんの本を読んだのかな?」と思ってしまった。「自己啓発本なんてクソ」という内容だったはず(ただし、読んでないので、予想である)なのに、信者の方でメイロマさんの著作を勝手に自己啓発本として利用してしまっているフシがある。

メイロマさんにしても、芦田さんにしても、実は(多分)信者に対してそんなことは望んでいない。ふたりとも、自分で考えて、自分で行動することを期待している(のだと僕は感じている)。しかし、皮肉なことに、多くの場合で信者たちは、教祖に同化した時点で満足してしまうようだ。

もちろん、この「信者」というレッテル貼りも、必ずしも正しいわけではない。「俺は、それぞれの主張がそれぞれ正しいと思っているだけで、結果として全面的に支持しているようにみえるかも知れないが、実際は是々非々で考えている」という人も少なくないのだろう。残念ながら、そういう意見が表出しにくいのがTwitterなのである。

メイロマさんの主張は、海外からの視点という点で一部の人にとって新しい。しかし、それが全て正しいわけではない。大事なことは、日本からの視点だけではなく、海外からの視点も併せ持ち、その上で自分がどうすべきかを自分の頭で考えることのはずだ。しかし、Twitterでは、迷える子羊達が一所懸命教祖と同化しようとしている場面がチラつく。

ただ、これは特殊な事例ではない。切込隊長、ホリエモン、あずまん、岡田斗司夫さん、きっこ、上杉隆、勝間和代・・・・ネットの周辺では、これまで大勢の教祖たちが誕生してきた。この中で教祖化が最も顕著なのが岡田斗司夫さんだと思うのだが、彼については過去にこんな記事を書いたことがある。

岡田斗司夫さんのトリセツ
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/51326332.html

リンクを読むのが面倒くさいという人のために要点を書くと次のようになる。

岡田さんに傾倒してしまうと、岡田さんがいないと何もできない、岡田依存症の人間になってしまうだろうな、と思う

色々と自分で考えて、色々な人の意見を聞いて、その上で自分で決めることこそが重要

正しい答えに行き着くことが重要なのではなく、どう考えるか、どうやって正しい答えに行き着くかが重要

過度に依存すれば、岡田さんがいなくなったときに路頭に迷う


岡田斗司夫さんと、芦田宏直さんと、メイロマさんは、それぞれに信者との距離のとり方が違う。岡田さんは3人の中で最も信者の面倒をみようとしていて、メイロマさんは距離を取ろうとしている。この3人の中で、自らに対するネガティブなつぶやきを公式RTしているのは、僕が知る限りではメイロマさんだけだ。

教祖と信者の関係は一種類だけではない。教祖の数だけ存在する。その中で、明確に"アンチ"教祖という姿勢を打ち出しているメイロマさんが、これからどういうポジションに立っていくのか、なかなか興味深い。  

2013年04月09日

TOEICに関する雑感

先日、こんな記事がYahoo!のトップに掲載されていたのだが、

TOEIC高得点社員の英語力ギャップ なぜ?人事担当者もビックリ
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130408-00000500-biz_san-nb

中身を読んだら、四月馬鹿かという内容が書かれていて驚いた。いわく、

企業の選考においてTOEICで高いスコアを保持していることは、就活において非常に有利と考えられています。大手電機メーカーや素材メーカーの人事担当者から聞いた話に依ると、内定者の多くは就活時点で750程度のスコア(最高点が990)を保持していると言っています。 実際に、武田薬品工業では、応募条件にTOEIC730点を基準として設けています。こういった傾向は企業全般に言えることです。しかし、入社後の実体を聞いてみると、TOEICのスコアは高いが英語でビジネスメールが書けなかったり、英語圏の外国人との会話ができなかったりするらしく、企業の人事担当者も頭を抱えているそうです。


とのことなのだが、「大手電機メーカーや素材メーカーの人事担当者」に本当に話を聞いたんだろうか?フィクションじゃないの?TOEICって、ほぼヒアリングだけの試験で、TOEICの点が高くてもビジネスメールが書けないのは普通の話。人事担当者が本気で入社希望者の英語力を試したいと思うなら、TOEICなんか参考にせず、自分が英語で面接すれば良いだけのこと。大体、ここに出てくる750とか、730なんて数字は、ビジネスでは全く参考になる値ではない。TOEICなど、ビジネスにおいては900未満はゴミである(900以上がゴミではないということではない)。

資格試験というものは、「資格試験のためにこれだけ勉強しました」という努力を証明するだけのものである。例えば僕はバイオ技術者認定試験なんていう資格を持っているが、この資格のためにやった勉強はゼロである。受験料を払って、試験を受けて、合格した。では、その資格がこれまでの人生で何かしら役に立ったかといえば、何の役にも立っていない。履歴書に書いたことすらない。なぜこの資格が僕にとって全く役に立たないかって、それは僕がこの資格を取るために何の努力もしていないからだ。この程度の資格なら目をつぶっていても合格することは、僕も、周りの人間もわかっているから、僕がこの資格を持っていても何の意味もない。同様に、「こいつは英語ができる」というのは資格の有無に関わらずわかることで、TOEICの点数など、「TOEICのために勉強を頑張った」ことしかわからないのである。もちろん、ビジネスで利用できるくらいに英語ができる人間がTOEICを受けることもあるが、それは僕がバイオ技術者認定試験を受けたのと同じである。TOEICなど、実社会ではそのくらいの意味しかない。民間企業でTOEICを受けさせる会社があるし、中央官庁でも役所内で試験を実施したりしているけれど、これなども「勉強しました」という目印なだけで、だから給料が上がるかといえばそんなことはない。仕事で役に立たないなら、TOEICが950点だろうが、会社に対しての貢献はゼロである。

自民党が「TOEFLの成績を大学受験資格に」などと言っているようだが、これもまた疑問である。英語力は海外生活が長ければ必然的にアップするもので、必要以上に英語力を評価することは、クラスの固定化につながる。子供に海外生活をさせるような家庭は、一般論として日本社会においてはそれなりに上層に位置する家庭で、子供の英語力を必要以上に評価することは、裕福な家庭の子供に偏重して高等教育を受けさせることになりかねない。

ここ数年、英語力ばかりが取り沙汰されるけれど、僕がやばいと感じるのはむしろ日本人の日本語力の方である。日の出テレビの政治家たちですら、平気でら抜きなどの間違った日本語を使い、それを指摘されても修正することをしない。日本語を大事にしない人間が日本を大事にするとは思えないのだが、日本人自体が日本語を大事にしていないのだから、その代表である政治家が日本語を大事にしなくても、当たり前である。僕なら、ら抜きを使うだけで投票しないのだけれど、そういう人間はマイノリティなのだろう。  

2013年03月29日

ブログ、Twitter、Facebookの性質を簡単にまとめてみた

ブログ>文字数制限がなく、誤解されることを回避しやすい。ストック文化。継続には情報発信力が要求される。

Twitter>簡潔に伝える。即時性(フロー文化)。継続は容易。馬鹿発見器。ただし、有能な人も見つけられる。

Facebook>日本においてはムラ社会を助長させる傾向大。かなりフロー寄りな文化。継続には馴れ合える友人が必要。馬鹿発見器2.0。もともと友だちなので有能な人の発見は少ない。一方で、「こいつ、こんな馬鹿だったのか」という発見は時々ある。  

2013年02月06日

【拡散希望】 新手のフィッシング?(注意報)

最近、二度ほどこんなタイトルのメールが来た。

Your Amazon.com Kindle e-book order confirmation.

メールの内容はこちら↓
amazonfake


ご丁寧にアマゾンのロゴまで使っているのだが、リンク先は全然AmazonっぽくないURLになっている。大体、Kindleさんってば、こんな丁寧なメールなんてよこさず、有無をいわさず引き落とすじゃん、はて?面妖な、と思って調べたら、Amazonさんのサイトにも「フィッシング詐欺だよ」と掲載されてました。

参考:Is This E-mail from Amazon?
http://www.amazon.com/gp/help/customer/display.html?nodeId=15835501

とりあえず、共有しておきます。  

2013年01月25日

くまモンが来たっ!しかも、今日からだ!

丸ノ内線と銀座線にくまモン電車が走るらしい。

くまモンが東京メトロを「モンジャック」!! 〜熊本が誇る阿蘇の魅力をドドンとPRするモン!!〜
http://www.sankeibiz.jp/business/news/130125/prl1301251709052-n1.htm

◆くまモンUライナー(広告貸切電車)が走行!(1/25(金)〜2/8日(金))
・東京メトロ銀座線と丸ノ内線に「くまモン」の貸し切り広告列車が走ります。
・各線1編成(6両)の計2編成をくまモンがジャック!車内がくまモンに染まります。


これは乗りたい!できれば、位置往復ぐらいしたい。くまモンの被り物をかぶって乗りたい。

Twitterが威力を発揮すべき時が来たようだな。「今、○○を××方向に走ってます」という情報、よろしくお願いいたします。  

ステマも腹が立つが、「続きは有料」も同罪

ニュースサイトやら、ブログやらで、読み進んでみたら「ここから先は有料」というのを最近見かける。もちろん、ほとんどの記事がお金を出してまで先を読みたいと思うものではないので、「じゃぁ、良いよ、読まないから」と、読むのをやめる。というか、これまで、一度たりとも、そういう理由で有料コンテンツにお金を出したことはない。腹が立つからだ。

途中で有料になるのは構わないが、一番最初に「この記事は途中から有料です」と書いておくべきだ。最初に書いておいてくれれば、最初から読まないから、腹も立たない。

なぜなら、そういう記事は、無料で読める部分だけ読んでも、一般的に何の価値もないからである。最後まで読んで、はじめて価値がでてくる。

つまり、無料で公開されている記事の導入部分は、それに続く有料部分の広告でしかないのだ。その広告部分を、何も宣言せずに読ませる。これを「お行儀が悪い」と言わずして、何というのだろう?