2019年11月20日

NODA MAP 「Q」2回目




一週間の間を置いて、2回目の観賞。前回は前の方だったけれど、今回は中央、やや後方。

中央だったおかげで、役者の声はちゃんと届いてきた。また、ベッド、白い布、紙飛行機といった象徴的な小道具による演出を楽しむこともできた。

一番大きいのは、ストーリーの全体像を把握しているので、細かい伏線を一つずつ把握できたことだろう。これによって、前半と後半のストーリーの乖離がずいぶん緩和された。僕以外の観客は、一度目の観賞からこうやって伏線とその回収に気がつくのだろうか。少なくとも、僕は一度の鑑賞では無理だ。ちなみに一度目の鑑賞で前半と後半の乖離が激しいと感じて、二度目で納得したのはこれがはじめてではなく、「逆鱗」でも同じ感想を持った。僕の読解力の問題なのかもしれない。

そうして、きちんとストーリーを把握して、全体像を俯瞰して思うのは、この芝居は松たか子のための芝居だったということである。「贋作・桜の森の満開の下」が毬谷友子の、「ロープ」が宮沢りえの芝居だったのと同じように。

遊眠社時代から野田秀樹の芝居を観てきた人間は、女優が彼の才能に惚れ込んでしまう場面を何度も見てきている。そして、時々、野田秀樹はそれに呼応するようにして、その女優にぴったりの芝居を書いてきた。今回は松たか子の番だったのだろう。「パイパー」は宮沢りえとのW主演のような感じだったし、「逆鱗」はとても良かったけれど、阿部サダヲの存在感も十分で、松たか子のための芝居という印象は持たなかった。本作は、歌舞伎との関連も含めて、正真正銘松たか子の芝居だったと思う。  

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2019年11月13日

NODA MAP 「Q」

野田地図の「Q」を観てきた。クイーンの「オペラ座の夜」を下敷きにして書いた新作。




二度観る予定でチケットを確保してあるのだが、一度目の印象は、第一部と第二部の橋渡しが不十分ということと、志尊淳の実力不足が激しくて気になって仕方なく、厳しく言うなら芝居がぶち壊しだったということである。

橋渡しについては、たった一つの台詞で全く違う場面へ誘導された印象を持った。野田秀樹はこの10年ぐらい、戦争や天皇制をテーマにした戯曲を書いているので、それ自体はなんの違和感もないのだが、第一部と第二部の独立具合が激しい。これが、例えば「小指の思い出」のように、複数の場面を行ったり来たりするなら、それらが混合して相関に理由付けができるのだが、本作は第一部がそれだけで完結している印象を受けた。そして、後半で表現される内容はすこぶる重い。そのため、後半で言いたかったことへ無理やりこじつけているような印象を持ってしまった。また、前半、後半ともストーリー展開そのものは平板で、奥に隠された主題が後になって主張してくるような重奏感は希薄だった。

志尊淳については全く知識がなかったのだが、第一声で「これはダメだ」となって、その後も良いところのないままに終わってしまった。松、上川、そして広瀬がそれぞれの持ち味を発揮していたことで、惨敗っぷりが際立ってしまった。今、演劇界には若手の良い男優がいないのかもしれない。いない役者は、いくら野田秀樹でも演出できない。

と、どうしても野田秀樹の芝居はマイナス評価から入ってしまうのだが、プラス部分はもちろんあった。最大のものは松たか子の安定っぷり。早口のセリフも全くよどみがなく、聴き取りやすさも抜群だった。松に支えられた広瀬の芝居は、年齢なりの今しか表現できないみずみずしさだった。広瀬については映画「海街Diary」で他の3女優が霞むくらいの演技を見せていたので大きく驚くことはなかったのだが、場所を舞台に移しても、何の問題もないことを示していた。宮沢りえ、松たか子、蒼井優、黒木華と、どういうわけか野田地図に出演する女優たちは喫煙者が多いのだが、広瀬にはそうなって欲しくない。

上川の演技も、抑えすぎず、出しゃばらず、絶妙なバランスだった。中心の四人の背後で芝居に味付けした脇役たちも、立派にその役を果たしていたと思う。

#だからこそ、志尊の一人負けになってしまったのだが。

他にも、簡易ベッドやシーツを使った演出と、歌舞伎を連想する小道具はとても効果的だったと思う。

ところで、この芝居は「Q」というタイトルにしている以上、クイーンのアルバムとの関連がとても大切になってくる。初見で思ったのは、オペラ座の夜の各曲について、観る側が英語で歌詞を理解しておくことが望ましいということだ。英語の歌詞を聴き取って、頭の中で和訳して、内容を理解しているのでは舞台のスピードについていけない。英語が苦手なら、「この曲はこういうことを歌っている」と、おおまかな内容を把握しておくのでも良いかもしれない。その場面でなぜその曲が使われているのか、これを理解するだけで楽しみは増えると思う。

ところで本作、チケットの転売対策でかなりの不便を強要されることになった。チケットが取りやすくなったのは良いことなのだが、もう少し柔軟性のあるやり方はないのだろうか。突き詰めると、チケットが安すぎるということなのだが。最前列中央なら5万でも完売するはず。お金のない人にはサイドシートや二階席を用意すれば良いだけのことだ。米国のチケッティングはこういうやり方で、大きな問題は生じていない。  
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2019年06月07日

キャラメルボックス(のネビュラプロジェクト)が倒産した件

キャラメルボックスの運営を担っていたネビュラプロジェクトが破産した。

僕はある時期集中的にキャラメルボックスの舞台を観て、さらには破産したネビュラプロジェクトの代表だった加藤氏とも楽屋裏でビジネスの打ち合わせをしたことがある。そういう立場から、この、小劇場の中では比較的集客力のあった劇団の終焉の理由について書いておきたい。

僕は多分、キャラメルボックスの15、6本の芝居を見た。最後の方はすっかり飽きてしまって、「ファンのファンによるファンのためのお子様ランチ的なキャラメルボックス」と評するほどになっていたのだが、この劇団の弱点は大きく二つあって、一つ目は劇団付き作家の成井豊氏の能力不足、二つ目は若手役者の育成能力の欠如である。二つ目は「そんなのは、ベテランの芝居を見て盗め」ということかもしれないのだが、それにしても大声で怒鳴るだけで、メリハリのない演技をする若手ばかりだった。そして、当然ながら一つ目は深刻である。では、どう能力不足なのか。簡単にいうと、物語が単調で、盲導犬に案内されているような話ばかりなのである。観たまんまなので、観る側で考える余地がない。これは推理小説にありがちだが、何度観ても、感想が同じなのだ。本は、読むときによって読後感が違うから、本棚にしまっておいて、時々引っ張り出してきては読み返す。それぞれに受ける印象が異なる本ほど、名作と呼ぶにふさわしい。そして、成井氏の作品は、この逆なのだ。観る側でイメージを膨らませることがないので、一度観れば十分になる。加えて、同じようなストーリーの作品を書くものだから、既視感までが生まれてしまう。一口目だけは美味しいキャラメルで、でも甘すぎてすぐに飽きてしまう。

そして、その甘ったるい成井作品に心酔してしまったのがプロデューサーの加藤氏だ。彼はそれなりに能力のある人だったと思うのだが、こちらはこちらで大きな弱点を持っていた。一つ目は、成井氏に惚れ込んで、惚れすぎてしまったことである。愛は盲目、というやつだ。二つ目は、成井氏、俳優、スタッフだけを大事にして、周辺の協力者に対して冷淡だったことである。冒頭でビジネスの打ち合わせ、と書いたが、僕はビジネスパートナーとして、キャラメルボックス独自のSNS設立を提案しに行った。当時、僕の会社は複数のSNSを運用していて、将棋の棋譜をアップロードできるとか、独自の機能を付け加えていて、加藤氏に「こんなこともできる」と、色々なアイデアを提示した。それを聞いて加藤氏が何をしたかといえば、「面白いアイデアをいろいろありがとうございました」で終了である。要は、アイデアのタダ取りである。もちろんこれは違法行為ではない。安易に加藤氏を信用して、アイデアを提供した僕が悪い。ただ、僕が加藤氏に持った感想は「身内だけで仲良くやっていければ良い人間」というものだった。この一件以降、僕が加藤氏に何かアイデアを提供したことはない。

#彼は自分の劇団の客について「劇団がファンタジーをやっていることもあって、頭の中がお花畑のお客さんがいて、対応に苦慮している」と部外者の僕にコメントするなど、ちょっと脇の甘いところもあった。

こういう、劇団の製作をベースに役者のプロデュース業へ進出した事務所に、夢の遊眠社を母体にしたシス・カンパニーがある。シスの北村明子さんは、役者の取捨選択には厳しいところがあるが、野田秀樹氏がシスを離れた後も、きちんとマネージメントしているところが素晴らしい。

結局のところ、劇団も、製作者も、イマイチだったので、潰れちゃった、ということだろう。この手の倒産の常として、役者などの、会社に近い人間が債権者になっていることが予想される。彼らの多くもまた、芝居が好きで、一発当てることを夢見て、バイトに汗を流しながら芝居をやっているはずだ。負債は5億らしいが、弱者にしわ寄せがいってしまう事態は避けて欲しいと思う。

  
Posted by buu2 at 14:51Comments(0)演劇

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2018年12月20日

オペラ座の怪人

せっかくニューヨークに来たんだし、ミュージカルでも観るか、と思い立って、オペラ座の怪人を観ることにした。







最初にこれを見たのは一体いつだっただろうと思って調べたら、2006年02月17日だった。

2006年02月17日の日記
http://buu.blog.jp/archives/50172305.html

この時の感想が「全部英語で歌われてしまうので、何を言っているのか良くわからなかった(^^;」と書いてあって、10年経てば英語力もアップするものだね。さすがに今回はほとんどストーリーは理解した。細かい会話はわかんないけどね。特に、ひそひそ喋るところはわからない。  
Posted by buu2 at 22:14Comments(0)演劇

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2018年12月08日

SIRQUE DU SOLEIL CRYSTAL

キャピタル・ワン・アリーナでシルク・ドゥ・ソレイユ・クリスタルをやっていたので、観てきた。




























今回はスケートがベース。日本人はフィギュアで散々良い滑りを見ているせいか、スケートだけではちょっと物足りない。ついつい、荒川なら普通、安藤ならもっとうまい、浅田ならもっと回る、などと思ってしまう。もちろんこういうのは無理な注文なのだが、他のシルク・ド・ソレイユだと、世界最高なんじゃないかと思うような曲芸を見せてくれるので、あれ?と思ってしまう。

とはいえ、前半の後半ではあまり見ることのないアクロバティックな滑りを見ることができて、ここは楽しめた。  
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2018年11月25日

NODA・MAP 第22回公演「贋作 桜の森の満開の下」

夢の遊眠社時代も含め、野田地図の本公演の連続観劇記録がついに終了した。

もちろん、野田地図公式抽選を含め、参加可能なチケット予約は全て試してみたのだが、結局、日本滞在中の公演チケットは入手できなかった。しかしまぁ、考えてみればこの演目は毬谷友子と遊眠社の面々のために書かれた戯曲であって、僕たちのような古い人間はどうしたって「ここは、昔の方が良かった」と考えてしまいがちだ。最初から、観客席に居場所はなかったのかもしれない。ともかく、僕は縁がなかった。こういうことの積み重ねで、古くからのファンは世代交代していくのだろう。




仕方ないので最終日の夜に芸術劇場に行って、ポスターの写真だけ撮っておいた。いやぁ、参った、参った。  
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2018年07月10日

日本のチケット販売が面倒くさすぎる件

野田地図の「贋作 桜の森の満開の下」は個人的に思い入れの強い舞台で、ちょうど東京での後半公演の時期に日本にいるので、チケットを入手しておこうかなと思って手配を開始したのだが、これが面倒くさくて仕方ない。最悪なのは、複数の会社にチケットが分配されていて、どこに良い席が配られているかさっぱりわからないことだ。チケットぴあ、イープラス、芸術劇場公式、ローソン、CNプレイガイド、どこに申し込めば良いかさっぱりわからない。おまけに、どこの会社も会員優先予約をもうけて、事前に抽選している。この抽選の枚数についても一切の情報公開がない。こんな、鑑賞者に対して不親切な販売手法を続けておいて、「転売は禁止」とか、アホかという話である。野田地図に限らず、コンサートとか、スポーツの興行でも同じだが、まずチケットの販売はどこかひとつの会社に一括して委託するべきだ。また、座席ごとの価格は、きちんと座席の価値に応じた価格を設定すべきである。

興行主が、「観客の資本力ではなく、観たい人に観て欲しい」と考えるなら、部分的に抽選販売とすれば良い。

優先抽選に申し込もうとすれば「電話での本人確認が必要」と言われ、当落についてはいちいち各社のサイトで確認しなくてはならず、なんでこんなに煩雑なんだよ、と腹が立ってくる。最終的には、野田地図の場合は上演時に朝から劇場前に行って当日券に並べば良いだけの話なんだけれど、転売禁止の法律を作る前に、やるべきことがあるんじゃないの?と思う。  
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2018年06月17日

チケットぴあの海外対応

野田地図の「桜の森の満開の下」の予約をしようとしたら、チケットぴあが電話認証を要求してきた。ダメもとで米国の電話番号を入力したら、「有効な番号を入力してください」と言ってきた。海外の番号に対応してないお前らが悪いんだろ、と言いたいところだが、まぁ仕方ない。とりあえず、どうしたら良いか問い合わせてみた。  
Posted by buu2 at 16:17Comments(0)演劇

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2018年04月27日

NODA・MAP版『贋作 桜の森の満開の下』への期待

NODA・MAPで『贋作 桜の森の満開の下』が再演される。僕にとってこの作品は夢の遊眠社の芝居の最高峰である。初演は1989年。劇団という集団の中で、劇団員ひとりひとりの才能を熟知した野田秀樹が、その魅力を存分に発揮できるように配慮した脚本と演出。そこへ希代の才能に恵まれた毬谷友子が融合して、見事な空間を創出した。

1991年の本作再演を経て、1992年に夢の遊眠社は解散した。その後、本作は2001年に新しいメンバーによって、新国立劇場プロデュース、制作協力NODA・MAPという形で再演された。オリジナルと同じ役者は野田秀樹のみ。そして、その時の感想は

この劇は初回のメンバーで演じることを前提にして作ったもので、役者側によっぽどの魅力がない限り、初演の役者の「役」を奪うことができないということなんじゃないだろうか。


だった。野田秀樹は、あるいは多分三谷幸喜でも同じだが、大抵の場合、オリジナルの役者で演じた作品が一番クオリティが高い。だから、

「野田(耳男としての)、羽場(上杉よりも良かったと思う。でも、ここは)、段田、毬谷、松沢、佐戸井、松浦、浅野、田山、向井、川俣(エナコの方)といった面 々による劇を見ることができたことが、とても良かった」と感じてしまった。


と感じたのである。(なお、羽場がマナコを演じたのは1991年、川俣がエナコを演じたのは1989年、段田、松浦は1989年のみ、田山は1991年のみと、いろいろ混ざっている)

とはいえ、初演から数えればこれが4回目、歌舞伎を含めたら5回目の上演である。耳男が堤真一から妻夫木聡に変わったけれど、最大のポイントである夜長姫は深津絵里が継続するし、脇を支えるヒダの王は野田秀樹、マナコは古田新太が継続のようだ。加えて、天海祐希、秋山菜津子、銀粉蝶、大倉孝二、藤井隆といった、最近の野田秀樹のお気に入り役者たちも顔を揃えている。前回から15年以上が経っており、さすがにやる方も、観る方も、過去の呪縛からは解き放たれているだろう。

今回の上演の最大の見所は、野田秀樹が、過去の自作をどこまで消化し、否定し、再生できるのか、ということである。

僕が勝手に想像しているのは、野田秀樹が本作(1989、1991)に毬谷友子という才能を起用することによって、劇団という枠組みの限界を感じたのだろう、ということだ。だから、彼は一人で夢の遊眠社を卒業してしまった。役者も、ファンも、置いてきぼりにされた。それから数えて約26年もが経過した。解散後、劇団という制約から逃れた野田秀樹は、好きなように役者を選び、使って来たはずだ。そして、その活動を通じて、それぞれの才能の質を把握したに違いない。今回の主要キャストを見ても、お気に入りの役者をかき集めている。これなら、自由に演出できるはずだ。

当然のことだが、僕は次の舞台に、旧作の上書きを期待している。記憶の中で旧作が美化されている部分も少なからずあるだろうが、それらを一蹴するほどのクオリティを期待している。劇団を解散させてしまう(勝手に僕が考えているだけだが)ほどのパワーを持っていた毬谷友子を深津絵里が過去のものとして忘れさせてくれるのか。前回は全くイケてなかった深津絵里だが、あれから15年以上が経っている。さすがに役者としても期するものがあるだろう。

劣化コピーに終わるのか、見事に再構築されるのか、今から楽しみである。

東京公演 2018年9月1日(土)−9月12日(水) 東京芸術劇場プレイハウス
大阪公演 2018年10月13日(土)−10月21日(日) 新歌舞伎座
北九州公演 2018年10月25日(木)−10月29日(月) 北九州芸術劇場 大ホール
東京公演 2018年11月3日(土・祝)−11月25日(日) 東京芸術劇場プレイハウス

まずはチケットを確保しないとだな・・・。  
Posted by buu2 at 05:52Comments(0)演劇

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2018年04月18日

Cirque Du Soleil LUZIA

ワシントンDCで「シルク・ドゥ・ソレイユ LUZIA」が始まったので、観て来た。

いやぁ、すごい。人間は練習するとここまでできるようになるのかと感心した。ジャグリング、ボール・リフティング、ブランコあたりはレベルが凄いだけだったけれど(といっても、本当に凄いレベルなんだけれど)、ループを使った芸などは「こんなことできるんだ」と驚いてしまうような新鮮味があった。

落下する水滴で絵を描いてみたり(この技術自体はどこかで見たことがあると思うのだが)、肉体だけではなく色々な要素が盛り込まれていて、金が取れるエンターテイメントになっていた。スマホなら撮影しても良いよ、という親切さだったので、何枚か画像を紹介しておく。


































なお、この記事はカテゴリに「サーカス」がないので演劇に分類したけれど、実際は演劇ではなくサーカス。  
Posted by buu2 at 18:26Comments(0)演劇

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2017年11月08日

表に出ろいっ! One Green Bottle




2010年に「表に出ろいっ!」を観ていて、その時の感想はこちら。

表に出ろいっ!
http://buu.blog.jp/archives/51074594.html

日本語版で活躍していた黒木華は、今では、蒼井優と並んで代表的演技派若手女優となって、知らない人がいないぐらいだが、この当時は少なくとも僕は全く知らなかった。

さて、その野田秀樹と勘九郎のコンビによる小芝居を英語に翻訳して、これまた野田秀樹が好んで起用している2外人との芝居にリメイクしたのが本作である。

率直に言えば、違和感なく英語劇に翻訳していたと思う。今は亡き勘三郎の影響を消去するには、英語劇にするのが最善の策だったのかもしれない。日本の伝統芸能を盛り込んだのも、外人向けにしたことによって別の趣向を持たせることに成功している。むしろ、勘三郎を招いての、野田秀樹による、野田秀樹と勘三郎の、勘三郎のための芝居だった前回の方が、見世物としての質は低かった気がする。

ただ、前回同様、ラストの仕上げ方には違和感を持つ。

あと、野田秀樹の英語の発音。特に単語の末尾に「t」があるときの発音がかなり微妙に感じた。野田秀樹は英国留学の経験もあるし、この芝居も含め、英国人との芝居にも慣れているはず。もしかしたら、あれは英国風の発音なのかもしれない。米国人の英語を聞きなれている僕にはちょっと違和感があった。

芝居としては、なかなか良かったと思う。評価は☆2つ。


  
Posted by buu2 at 21:00Comments(0)演劇

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2017年03月18日

不信 〜彼女が嘘をつく理由

自分でも理由は良く分からないんだけれど、僕は三谷幸喜の脚本・演出とは相性が悪い。そういう作家は何人もいて、鴻上尚史ならあまりにも上から目線の脚本と、何を言っているか分からないアンサンブルが嫌いだし、スーパーエキセントリックシアターなら最後の30分で説教臭くなるのが苦手だし、ファンのファンによるファンのためのお子様ランチ的なキャラメルボックスも好きではない。ちなみにケラは別に嫌いではないのだが、どこが良いのかも良くわからない。三谷幸喜は、面白いところもあると思うのだが、どうも波長が合わない気がする。具体的には、例えば役者との仲良しクラブ的なところが嫌いなのだが、それ以外にも、何かあるに違いない。わからないけど。ともかく、僕にとって三谷作品の打率が低いのは間違いなくて、それは芝居でも、ドラマでも、映画でも同じだ。ギャラクシー街道なんて、年間最悪の一本だった。ただ、役者がどんどん消費されても何の問題もない真田丸は、ある程度楽しめたのだが。

でも、所属事務所が同じということもあってか、遊眠社時代から大好きな段田安則さんと三谷幸喜は手を組むことが多く、必然的に三谷・段田コンビの作品を鑑賞する頻度が高くなる。今日も、そんな理由で三谷作品を観ることになった。




しかし、結論から言えば、本作は予想に反して、なかなか面白かった。三谷幸喜が嫌いと公言して憚らない僕が言っているのだから、作品の質は高いのだろう。「それはあり得ない」という不自然な展開は数箇所あったのだが、それらを除けば、ほとんどの場面で違和感がなかったし、時々見せるブラックなユーモアも良かった。ラストの仕上げも良かった。

弱点は二つで、一つはネタバレ直結なのでここでは書けないが、突拍子もない展開に理由付けがなかったこと。登場人物の突拍子もない行動には、それが必然と感じられるような伏線なり、演出なり、展開なりが必要で、それがないと違和感が強く残ってしまう。もう一つは、演出上のポイントになっているはずの、舞台に常時設置されている6個の椅子が、全くと言って良いくらいに役に立っていなかったことである。道具にこだわって色々と多面的な見せ方をするのは野田地図結成以降の野田秀樹の十八番だが、それを見慣れていると、うーーーーん、と感じてしまう。

あちらこちらに配置したいくつかの伏線を、堂々と登場人物の台詞で回収して行くあたりは好みが分かれるところだろう。僕だと、普段なら「そんなネタバラシをやっちゃうなんて、観る側に失礼だろ。言われなくてもわかっているから!」と思ってしまうところだが、本作ではついつい「あ、なるほど、そういうことですか」と感じてしまった。

役者たちは、みんな上手に動いていた。特に、段田さんは、そこには存在しない「臭い」を見事に表現していて、花粉症で鼻が詰まっていても、あれ?なんか、臭い?という気分になってきた。これによって観客たちは一気に舞台に引き込まれたと思う。

真ん中に舞台、両サイドに観客席という農業少女タイプの舞台設定だったので、あ、こっちからは見え難いな、という場面はいくつもあったのだが、その度に役者が回り込んで反対側にも見せてみたり、演出上の細かい配慮があった。また、向こう側へ向けての声も、小さい箱ゆえ、きちんと届いていた。小さい箱で、4人という少人数のメリットを巧く活用していたと思う。

って、結構褒めてるな。三谷幸喜が嫌いだったんじゃないのか?僕は。

ともあれ、日本に来て最初に観た野田地図の「『足跡姫』〜時代錯誤冬幽霊〜」が全く乗り切れなかったので、向こうに戻る前に楽しめる芝居を観ることができて良かった。

内容は大人向けだったので、若い人には理解できないところもあるかも知れない。40代ぐらいから楽しめそう。4月30日まで、池袋芸術劇場シアターイースト。  
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2017年02月27日

NODA・MAP『足跡姫』〜時代錯誤冬幽霊〜

野田地図の足跡姫を観てきた。




この舞台、野田秀樹自身の紹介の二行目に「作品は、中村勘三郎へのオマージュです」と書かれるぐらいに個人的(野田秀樹からも、中村勘三郎からも)な作品だったため、どのくらい入り込めるのか、かなり心配だった。結論から言えば、その心配は現実になった。

僕のような、歌舞伎をほとんど観たことがないし、勘三郎の舞台も数本しか観たことがない(全て野田秀樹関連である)といった人間には、ハードルが高すぎた。たとえていうなら、知らない人のお葬式で、良く知っている人たちが悲しみにくれているような感覚。悲しいのは良くわかるけれど、その輪に入って行くことができない、共感できない状態。彼らの悲しみが大きければ大きいほど、僕の疎外感は大きくなる。輪の中に入ることができず、実際の物理的距離以上に、舞台と自分の間に距離を感じてしまった。

きっと、歌舞伎や勘三郎について良く知っているなら、楽しめる(悲しめる)舞台だったんだろう。肉体を使った芸術ゆえ、舞台に観客として参加していなければ理解できないし、肉体が消えてしまえば再現のしようがない。その悲しさは、追悼という形ではなく、舞台を楽しめないという形で僕の中に現れた。もう、こればかりはどうしようもない。野田秀樹が、宮沢りえが、そして、勘三郎と野田秀樹のファンが、勘三郎を悼んでいるのを傍観するより他になかった。

死んでしまってから偉大さを再認識した人として、僕の場合は勘三郎の他に清志郎がいるのだが、清志郎の場合はライブに行くことはできなくても、CDで日常的に彼の遺したものに触れることができる。歌舞伎や演劇も音楽と同じといえば同じで、ビデオで映像作品を見ることができるのだが、僕の中ではライブからCDへの劣化具合よりも、舞台からビデオへの劣化具合の方が大きくて、なかなかライブ感が再現できない。これは、もしかしたら映像に関連するモニターと音響のせいかもしれず、シネ歌舞伎などに触れたり、あるいは自宅のホーム・シアターを整備していけば、勘三郎の舞台を再確認することができるかもしれず、その時は映像化されたこの芝居も、楽しめるのかもしれない。

野田秀樹の演劇は、遊眠社の時代から難解で、観る人を選ぶ性格の芝居だった。でも、これまでの芝居は、わからないなりに楽しめる何かがあって、それが次へとつながり、少しずつ舞台との距離を縮めて行く性質のものだった。しかし、今回の舞台は違う。観る人を、共感できる人と、できない人に分断していた。その間の壁は、高く、分厚かった。それが良いのか、悪いのかはともかく。

僕は、つんぼ桟敷に置かれていた。  
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2016年11月21日

中島みゆき『夜会』VOL.19 「橋の下のアルカディア」

このブログの読者ならわかると思うが、僕はかなりヘビーな中島みゆきファンである。中学生時代からオールナイトニッポンを愛聴し、ハガキが読まれたこともある。高校生からはほとんど全てのコンサートに行き、前回のツアーも調布、大阪、東京と三回観ていた。その前のツアーでもほぼ同様である。また、夜会も第一回から欠かさず観ていた。ただ、それは過去形で、赤坂に移ってからは観劇の頻度が下がっていた。この「橋の下のアルカディア」は再演だが、初演も観ていない。なぜこれほどまでのみゆきファンであるにも関わらず、夜会については熱心ではないのか。答えは簡単で、つまらないからである。

中島みゆきの実験劇場として始まった夜会は、当初、中島みゆきの持ち歌で構成されていた。コンサートに演劇の要素を加えた舞台という位置付けだった。ところが、そこは実験の場である。徐々に、質が変わっていった。変化を説明するのは簡単で、それまで持ち歌で構成されていた歌が、オリジナルになっていったのである。ここ数年は全曲オリジナルだ。

夜会とは、いうなれば、中島みゆきがひとりで歌い、演じる独壇オペラである。ここにそもそもの無理がある。数名の追加キャストは存在するものの、彼らはあくまでもオマケである。ほぼ一人芝居なので、話に膨らみがない。加えて、初めて聞く曲なので、歌詞がわからなかったりする。構造的にエンタメとして難しい上に、形式的にも難しいのだ。そのせいで、僕の場合、まず間違いなく、夜会では眠くなった。そんな退屈な歌劇なのに、チケット代は20000円と、コンサートなら2回観てもお釣りがくる価格である。僕は「ファンだからなんでもかんでも受け入れる」というタイプの人間ではないので、これはお金を出すのはもったいない。あとで映画館で上映されるなら、それを観れば良いや」と考えて、劇場へは足を運ばないようになっていた。

しかし、今年からはちょっと状況が変わってしまった。僕が米国在住となったため、映画館でフィルム上映していても、観に行くことができなくなった。そこで仕方なしに、赤坂サカスまで出かけざるを得なくなったのである。

チケットはチケットキャンプなどで大量に定価以下で供給されていたのだが、当日券もあるようなので、こちらを利用することにした。当日の朝、10時からチケットぴあでネット販売されるのである。ここで引換券を購入し、開演の一時間前に劇場窓口に並べば良い。ここでちょっと不安になったのが、どういうやり方でチケットを配布するのかだった。早い者勝ちなのか、抽選なのか。そこでプロモーターに電話して確認すると、チケットは完全に抽選で、早く行って並んでも効果はないとのことだった。それなら、19時に赤坂に行けば良いので、楽である。









さて、夜になったので赤坂に向かうと、僕は当日引換券を持つ人間の中では3番目だった。順番に引き換えたのだが、どうも、座席は事前に決まっている感じだった。注目の座席はH列34番。今回の舞台は前から3列を使わないので、実質5列目。ちょっとサイド寄りだが、かなりの良席である。当日券でこんな良い席が確保できるなら、チケットキャンプを利用する意味はない。






ということで、かなり良い席で夜会を観ることになったのだが、やっぱり今回も眠くなった。何しろ解釈に自由度がありすぎる。また、聞き取りにくいという問題に対応するためか、歌詞が平易な言葉中心になっていて、言葉に深みがなくなっている。ストレートな歌詞で曖昧に表現する、という、非常にハードルの高い実験になっていた。そして、それはものすごく好意的に考えないと楽しめない質のものになっていたと思う。正直、僕は楽しめなかった。

次にやるときは記念すべき第20回である。だから、ここでやめるわけにもいかないだろう。ただ、それが面白い舞台になる可能性は低いと言わざるを得ない。僕が観に行くかどうかはかなり微妙である。  
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2016年11月09日

かもめ

チェーホフ作の「かもめ」を満島ひかり主演でやっていたので、東京芸術劇場に行ってきた。海外在住のため良いチケットは当然のように入手困難で、6000円で販売されていた見切れ席で鑑賞したのだが、やっぱり席が悪いと全く楽しめない。芸術家の人生を1900年ぐらいのロシアを舞台に描いていて、登場人物たちの細かい心理描写が肝なのに、それが二階席ではちっとも感じることができなかった。ちょっと、箱が大きすぎるのではないか。

3000円でも高かったかな、という印象。でも、客は入ってるんだよね。日本の演劇ファンって、寛容だよね。それは演劇に限らないけど。  
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2016年08月19日

JERSEY BOYS

クリント・イーストウッド監督の映画も観ていたので、ブロードウェイ版も観てみた。




チケットはScribdというアプリを使うと、前日の段階でほぼ半額で購入可能だった。ちょっと端っこだけど、大きな問題はない。




キャストはオリジナルや映画版とは変わっていたけれど、そこはブロードウェイ、役者のレベルが大きく落ちてしまうことはない。ただ、脇役二人の顔を見分けるのが難しかった。彼らが活躍していた時代は、クスリ、マフィア、酒、女、借金と、ネタに事欠かない時代だったので、2時間半が全く退屈しない、上質のエンターテイメントになっていた。

英語は良くわからなかったけれど、映画版でストーリーを知っていたので、あ、辞めちゃったんだな、あ、離婚したんだな、あ、娘が・・・という流れはちゃんとわかった。

次にNYに来る時も、何か観てみたい。  
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2016年03月17日

NODA・MAP 第20回公演『逆鱗』(二回目)

NODA・MAP 第20回公演『逆鱗』の二回目の鑑賞である。一度目よりもちょっと後方の座席だったのだが、観終わっての印象は一回目と比較すると随分と違ったものだった。

一回目の感想はこちら
http://buu.blog.jp/archives/51516977.html

一回目の印象を一言で表すなら、「前半と後半の乖離が大きかった」というものになる。ところが、二回目を観てみたら、そういう印象は希薄になっていた。いきなり、冒頭のシーンから、すでに後半とシンクロしていた。この場面を、僕は一回目の鑑賞の時には、観終わった時点ですっかり忘れていた。何しろ、上演中の情報量が多すぎるので、印象的な部分以外が記憶の外に追いやられてしまっていた。二回目を観て、あれ?こんな場面って、あったっけ?と疑問に思うことが何度もあった。特に、導入の最初の場面。その場面は、後半の展開で非常に重要な役割を果たしているのだけれど、直後に無関係で脳天気な場面が展開されてしまうため、意味不明なままに終了した無意味な場面として切り捨てられてしまったらしい。でも、二回目は、その後の展開がわかっているので、「なるほど」という感じに受け取ることができた。

これは非常に典型的なのだが、要は、たった一度の鑑賞では、到底把握しきれない情報量だったということだと思う。少なくとも、僕にとっては。

そして、二回目を観終わって、受ける印象はかなり良い方向に修正された。ただ、野田地図としては、キルやロープには及ばない気がする。それは、結局のところ、ラストシーンがどういう性格のものなのか、ということだと思う。とはいえ、ネタバレになるので、その点についても詳細に述べるのは、今の時点ではやめておく。個人的には、野田地図としてのベストではない。しかし、上位に入る芝居だったと思う。  
Posted by buu2 at 00:04Comments(0)TrackBack(0)演劇

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2016年03月06日

お宝スキャンシリーズ「向井薫さんのサイン入り書籍・パンフレット」

大学時代からずーーっと応援していた女優さんが、夢の遊眠社の向井薫さん。その遊眠社の最高傑作が個人的には「贋作・桜の森の満開の下」なのだが、この作品は何度観たのか忘れてしまうくらいに通った。楽日も、日本青年館の当日券に朝から並んで、先頭だった。その甲斐があったのか、入手したチケットは最前列であった。

当然、芝居を満喫したのだけれど、当時の遊眠社の楽日はカーテンコールの最後に客席へプレゼントを配るのが恒例で、この芝居の楽日はひな祭り。そこで、客席にひなあられを配ったのである。最前列の端の方に座っていた僕に、なんと向井薫さんがサイン入りのひなあられをプレゼントしてくれた。世の中には、こういう偶然があるから面白い。

その後、遊眠社は解散してしまったのだが、向井さんは自転車キンクリートの芝居に客演したりで、時々彼女の演技を楽しむことができた。その後、向井さんは段田安則さんと結婚し、なんだかんだで露出が少なくなってしまった。そんなとき、共通の知人で祖師ヶ谷大蔵の「こましょう」の店主、小松さん(元遊眠社)が「飲み会セットしますよ〜」と気を利かせてくれて実現したのが新宿の「ざうお」での飲み会だった。僕は当然のように過去のパンフレットや書籍を持参して、サインをしてもらったのだが、これらはそのサイン入りグッズ。

野獣降臨の本
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贋作・桜の森の満開の下のパンフレット
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色々落書きまでしてくれて、ファンには涙モノのお宝である。

#ちなみに向井さんとは今でも年賀状のやりとりがあるのだが、引っ越しちゃうと、どうなるかなぁ。  
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2016年02月06日

NODA・MAP 第20回公演『逆鱗』

gekirin


まず、水中の魚たちの群泳を表現したアンサンブルがとにかく見事。これによって主要登場人物たちの登場、退場が実に効果的に演出されていた。巨大な水族館で一度でも小さな魚の群泳を見たことがあれば、「おお」と感心すると思う。

ダジャレ(野田秀樹を表現する際はなぜか言葉遊びと言われるのだが、普通に言えばダジャレ、オヤジギャグだと思う)は健在。「起」「承」をダジャレで引っ張り、途中で暗く真面目な話に転調するのがこのところ続いている野田テーストで、本作もその方程式で進む。暗転の方向は「人魚」からはおおよそ想像がつかない。え?こんな話になっちゃうの?というのが正直なところ。そのコントラストが鮮明なだけに、野田秀樹のメッセージが一層強烈になっている。忘れてはならないことがあるのだよ、と。ただ、その鮮明さと、後半のメッセージの深刻さゆえ、前半と後半がほとんど乖離してしまった印象がある。これはもしかしたら複数回鑑賞すると別の印象になるかも知れない。

役者では松たか子と阿部サダヲが非常に良かった。銀粉蝶や野田秀樹は平常運転で安心して観ていることができる。ちょっと見劣りがしたのは井上真央で、一杯一杯な感じ。余裕がなくて、観ていて別の意味で緊張してしまう。公演スタートから間もないこともあってか、セリフをかんだり、変なところで言葉を切ってしまうシーンが何度も見られたのだが、まぁ、芝居だから仕方ないだろう。

それにしても、最後の松たか子は素晴らしいの一言。あの声を聞かせるための2時間だった。

今回は6列目で観たのだが、ラストシーンは後ろの方から観た方が印象的なのではないだろうか?

3月にもう一度観る予定。

出演:松たか子 瑛太 井上真央 阿部サダヲ 池田成志 満島真之介 銀粉蝶 野田秀樹
東京公演 東京芸術劇場プレイハウス 2016年1月19日(金)〜3月13日(日)
大阪公演 シアターBRAVA! 2016年3月18日(金)〜3月27日(日)
北九州公演 北九州芸術劇場 大ホール 2016年3月31日(木)〜4月3日(日)  
Posted by buu2 at 19:41Comments(0)TrackBack(0)演劇

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2015年10月20日

芸術祭十月大歌舞伎 壇浦兜軍記 阿古屋、 梅雨小袖昔八丈 髪結新三




玉三郎の阿古屋を観ることができるとあって、普段は上の方から観劇するのだが、今回は1階11列7番を確保。

壇浦兜軍記 阿古屋の玉三郎はさすが。胡弓を実際に弾いているところを観たのは初めてだったので、あんな感じで弾いて、あんな音がでるんだぁーと感心した。あと、脇役なんだけど、亀三郎の人形振りが凄く良くてユーモアたっぷりだった。

梅雨小袖昔八丈 髪結新三は阿古屋で集中しすぎてちょっと疲れていたので途中で寝ちゃうんじゃないかと心配だったのだけれど、長兵衛が出てきたあたりから一気に面白くなってきて、眠気との格闘は杞憂となった。

チラシを見ていてふと、男女不平等の典型例である歌舞伎が文化庁芸術祭に参加しているのって問題ないのかなぁ、と思ったのだが、女性には宝塚があるから良いのかな??  
Posted by buu2 at 09:45Comments(0)TrackBack(0)演劇

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2015年10月17日

野田地図よ、お前もか

最近、この手の主催者側の不手際によるトラブルが多すぎて辟易気味なのだが、今回は野田地図である。

今日はNODA・MAP第20回公演 『逆鱗』会員限定のチケット先行予約日だった。朝の11時から予約受付だったのだが、前回公演の時はウェブ抽選予約が全部外れたので、今回は確実に確保できる電話予約でチケットを確保することにした。

それで、11時から電話を開始すると、運良く11:08頃(多分)に電話がつながった。有料のナビダイヤルの長い案内のあと、会員番号を入力すると、それが受け付けてもらえない。4、5回「違います」と言われたあと、むなしく切れてしまった。その後、電話を続けたのだが、最終的にもう一度つながったのは13時過ぎで、欲しかった日時のチケットは売り切れていた。途中、チケット販売サイドの不手際を疑って、販売会社のイープラスに電話したものの、こちらはずっと話し中。当然のように野田地図に電話しても、対応時間外とのことで音声自動対応するだけだった。

これ、チケットが取れなかったことだけでも大問題だけど、その通話がナビダイヤルで有料だったことも大きな不満である。

仕方がないので、週明けにもう一度野田地図に苦情の電話を入れてみる。大体、チケット販売を業者にまるなげして、トラブル対応を一切やっていないって、どういう感覚なのだろう。こっちは土曜日の午前中をわざわざあけて準備しているというのに。

#ナビダイヤルで通話しているから、電話がつながった記録は存在するはず。

20151018追記
以下、野田地図からのお詫びメール。

『逆鱗』会員限定チケット先行予約に関するお詫び

NODA・MAP第20回公演 『逆鱗』会員限定のチケット先行予約におきまして、
電話受付開始時のシステム障害により、お申込みの出来ない状況が発生、大変ご迷惑をおかけしました。
NODA・MAP会員の皆様に、心よりお詫び申し上げます。
今後、このようなことが起こらぬように、イープラスと共にシステム補強対策や管理態勢を見直していきます。
重ね重ね深くお詫び申し上げます。

NODA・MAP


謝ってすむ問題かよ!!!!お前らがそんないい加減な姿勢だから、こっちはヤフオクで高い金払ってチケット買うんじゃないか!営利目的のチケット売買を禁止するなら、まずはちゃんとしたチケット販売体制を整えろよ。←文字通り、逆鱗に触れた現場  
Posted by buu2 at 21:00Comments(0)TrackBack(0)演劇

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2015年08月23日

清和文楽人形芝居 雪おんな

文楽は観たことがなかったので、清和文楽を観に行ってみた。演目はこの真夏にふさわしい(?)雪おんなである。

ストーリーはみんなが知っているいつものアレなのだけれど、こうやって文楽で観てみると、お雪が執拗に旦那を誘導するあたり、ちょっと違和感があった。本当に好きなら、アレはないだろう。文楽としては、人形の動きは申し分なかったのだが、せっかくの表情の変化がきちんと楽しめず、もうちょっと前で、というか、最前列で観れば良かった。あと、太夫の三味線の腕がもう一歩だったような。でも、なかなか面白かった。

上演後、人形遣いの方々が人形を持って舞台の下に降りてきてくれて、色々と教えてくれた。










このあたりはサービス満点。あと、隣に資料館があって、こちらでも色々な人形が展示されていた。
















熊本に行ったら、とりあえず清和文楽を観ておくべきだろう。





  
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2015年07月28日

松竹創業120周年 七月大歌舞伎「一谷嫩軍記」「怪談 牡丹燈籠」




歌舞伎で一番見たかった怪談をようやく観ることができた。その前に90分ほどの「一谷嫩軍記」も鑑賞。源平合戦のさなかの一エピソードを描いているのだけれど、話としては「なぜそうなる」というちょっと合点のいかないストーリーだったので、ちょっと乗りきれなかった。主役の海老蔵は声は届くものの、ちょっと滑舌が悪く、何を言っているのか良くわからないシーンが多かった。

そして、期待の牡丹燈篭である。セリフが平易で、役者の発声も良いので、聞き取りやすくわかりやすい。ただ、ここでも海老蔵だけは滑舌が悪くて聞き取りにくかった。全体としては面白かったし、何より玉三郎の演技が素晴らしかった。中車も玉三郎ほどではないものの、いい味を出していたと思う。というか、現代劇に近い演出にして、中車が違和感なく溶け込めるように配慮していた気がする。おかげで、歌舞伎初心者の僕にも優しい舞台になっていたと思う。三遊亭円朝を演じて落語を見せた猿之助も無難だったと思う。

ちょっと残念だったのは仕上げ。「え?これで終わっちゃうの?」というラストで、一部だけを抜き出して上演するのが歌舞伎のスタイルと思っていても、この芝居で、構造的な歌舞伎らしさを主張しなくても良かったのでは、と思った。このラストなら、一幕で終了でも良かったんじゃないのかなぁ。何のために二幕があったのかって、因果応報をきちんと見せるためだと思うので、それならちゃんと風呂敷を畳んだほうが良かったと思う。

さて、以下は芝居とは関係なく、松竹に対して。今日は一等席18,000円で観たのだが、2階の中央5列目ぐらいだった。とても見やすかったのだが、牡丹灯籠が客席上を舞うときや、花道で演技をする際に容赦なく見切れてしまう。この席を1階の7〜9列目あたりと同じ価格で販売するセンスを疑う。

それと、今日は隣の隣に、肺に疾患を抱えた人が座っていたのだが、公演中ずっと酸素吸入の「しゅこー、しゅこー」という音が鳴り響いていた。おかげで隣に座っていた人は途中で出て行ってしまう始末。一度歌舞伎座に対して苦情を述べたようで、一度係の人が件の人と何やら話し合っていたけれど、何も改善されなかった。年寄りの観客が多く、こういう事態も良くあるのかも知れないが、公演中ずっとしゅこー、しゅこーと鳴っていたのではたまったものではない。同じ客として「迷惑だから観るな」とは言えないのだから、歌舞伎座として何か対策が必要なのではないか。車いすで観るとかとは話が違うのだ。  
Posted by buu2 at 13:49Comments(0)TrackBack(0)演劇

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2015年07月16日

障子の国のティンカーベル 再演




前回観た時の感想はこちら。
http://buu.blog.jp/archives/51428046.html

多分、世の中的にはほとんどの観客が「面白かった」というんだと思う。でも、それは予定調和じゃないだろうか。僕も一度目の鑑賞の時は楽しめた。しかし、再演でもう一度観て、「あ、一回で十分だったな」と感じてしまった。

一番大きいのは戯曲の完成度の問題なんだろう。一度は楽しめても、二度楽しめるほどの完成度ではなかった。野田秀樹の戯曲は難解なだけに、「良くわからないけど頑張って聞き逃さないようにしよう」という努力が必要とされる。それを助けてくれるのが「笑い」なんだけど、この芝居にはそれがほとんど存在しない。ずっと同じような緊張感が続くので、集中力が持続しない。

あと、歌のシーンがあるからかも知れないが、マイクを併用していたのも違和感があった。

演じている毬谷友子さんは相変わらず出突っ張りで凄く大変そうだけど、なんというか、毬谷さんの思いが舞台上で空回りしていて、それが客席まで届いてこないような。「わかって、わかって、どうしてわかってくれないの?」と問いかけ続けられているような。

もちろん、パーツごとに見ていけば、舞台芸術も、音楽も、黒衣も、毬谷さんも、頑張っている。だから、ストレートに「つまらなかった」と言いにくい。でも、あえて言うけど、つまんなかった。なんだろうね?脚本かな。演出かな。それでも、3,500円なら安いと思うけど。  
Posted by buu2 at 19:25Comments(0)TrackBack(0)演劇

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2015年06月04日

日本総合悲劇協会Vol.5「不倫探偵 〜最期の過ち〜」

furintantei


大人計画には昔から好きな役者がたくさん所属しているのだけれど、演出が好みじゃないので、芝居はほとんど観たことがない。でも、今回は大好きな二階堂ふみさんが出演ということで、当日券で観てきた。

ドタバタと下ネタ中心で、破綻を来すほどのストーリーでもなく、それほど説教臭くもない。一応ミステリー調になっていたけれど、ハラハラするような内容でもない。長く続けている小劇場劇団独特の「いつものアレ」感が強く、悪く言えば予定調和だが、安心して観ていられる。

お目当ての二階堂ふみさんは、ダンスや歌など、舞台ならではの見せ場はあったけれど、基本的にいつもの二階堂で、そろそろ違う二階堂を見たくなってきた。そうじゃないと、柴咲コウみたいになりそうで心配である。

下手な役者は一人もいなかったし、片桐はいりと松尾スズキの掛け合いはなかなかに楽しかったのだが、ナレーションや文字を含めたスクリーン映写を多用する演出はあまり好みではなかった。6,800円なら不満はないのだが、一番の見所は、最後の挨拶でお辞儀した時の二階堂の胸元だった。ということで、評価は☆1つ半のところ、おまけして☆2つ。

さて、おまけ。このブログを読んで「観てみたい!」と思った人がいるか、いないかわからないけれど、チケット入手について。おけぴやヤフオクで頑張る手もあるけれど、当日券を普通に買うのでも問題ない。

大人計画の当日券には補助席、立ち見などがあるけれど、遊眠社時代からの当日券の王道、キャンセル待ちが一番のオススメ。キャンセルって、要は関係者とか、出演者の友人・知人が来るはずだったけれど、「直前になって都合が悪くなっちゃってごめんなさい」というものなので、良い席の場合がほとんど。今回も前から5列目のほぼ中央を入手できた。

立ち見はいくら何でもだし、座り心地の悪い椅子で見るのもなんだかだ。それなら、最初から立ち見や補助席は除外して、キャンセル待ちにかけた方が良い。しかも、基本、キャンセル待ちは立ち見や補助席のあとの扱いなので、キャンセル待ちは一番を取りやすい。今回も、僕はキャンセル待ちの1番だった。

もちろん、キャンセルがなければ立ち見すらできない可能性があるのだが、良い席じゃないなら帰る、ぐらいの心の余裕が必要だ。今回の場合、開演1時間10分前に一度集合して、本人確認ののち、キャンセル待ち番号札を配られる。もらったら、近所でラーメンでも食べておいて、開演5分前にもう一度本多劇場の受付前階段に集合。キャンセルがあれば、チケットを購入して入場という流れである。

良い席で観ることができますように。

  
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2015年02月10日

三人姉妹@シアター・コクーン

チェーホフ晩年の4大戯曲のひとつ、三人姉妹をケラ演出で上演ということで、文化村に観に行ってきた。

三人の姉妹には余貴美子、宮沢りえ、蒼井優というそうそうたるメンバーが並ぶ。このあたり、さすがシス・カンパニーと感じさせる。多分、余貴美子を舞台で観るのはこれが初めてだと思う。自由劇場時代は僕は高校生だったし、彼女が東京壱組の時は遊眠社や遊◎機械、第三舞台、第三エロチカ、離風霊船、ジテキン・・・といったあたりを観ていて、東京壱組までは手が回らなかった。その後、彼女は活躍の場を映画やテレビに移してしまったので、なかなか生の舞台で観る機会に恵まれなかった。映画では良く見かけるので、「きっとうまいんだろうなぁ」と想像していた。そして、初めて生で観た余貴美子は、当たり前のように素晴らしかった。宮沢りえや蒼井優も決して悪い役者ではないし、宮沢りえは野田地図の「ロープ」以来、日本を代表する役者と言っても大げさではないような活躍っぷりだが、それでも、一番存在感を見せていたのは余貴美子だったと思う。

チェーホフの戯曲は特定の主人公がいない群像劇というのが大きな特徴なので、この劇でもタイトルの三人姉妹の他にも色々な人物たちが登場する。段田安則、堤真一といった野田芝居でお馴染みの役者さんはもちろん、芸達者な役者さんたちが惜しげも無く起用されているので、ほとんど「あれ?」という場面がなかった。それにしても、段田さんはいつも最初のセリフだけで一気に場の雰囲気を変えてしまうからさすがだ。

美術や照明も素晴らしく、9,500円というチケット代もこれだけやってくれれば、と思わされる。

では文句の付け所が全くなかったかといえば、そんなこともない。僕が「?」と思ったのは、なぜ、今このキャストで「チェーホフ」「三人姉妹」なのか、ということだ。三人姉妹は1900年代のロシアで書かれた戯曲である。将軍だった父の死後、田舎町で冴えない生活を送りながら色々な意味で没落していく中にあって、労働に生の喜びを見出す、という、ちょっとイマドキとは言いがたいストーリーが展開されていく。もちろん、その中には普遍的な要素が含まれているのだが、それでもやはり古臭い感は否めない。その古臭いストーリーを上手に料理して違和感なく見せるなら「なるほど」と思うのだけれど、これだけのキャストを使って、ケラが台本を書いて演出しているのに、「ケラっぽさ」というものがあまり感じられなかった。つまり、今まで観たこともない三人姉妹という感じではなかった。ナイロン100℃の大ファンならわかるのかも知れないのだが、ケラ作品を5回ぐらいしか観ていない僕には「らしさ」がちょっとわからなかった。あるいは、「この凄いメンバーだからこそ、これまでで最高の三人姉妹を観せてやろう」ということだったのだろうか?もしそうだとすれば、確かにレベルは高かったと思う。ただ、残念ながら、僕には過去最高かどうか判断できるほどの経験値がなかった。

せっかく何から何まで超一流を揃えたのなら、超一流のラーメンではなくフレンチを食べたかった。「いや、これは超一流の寿司なんですよ!」と言われると、あ、確かに美味しかったけれど、日本一かどうかはもっと色々食べてみないとちょっとわかりません、みたいな?乱暴すぎる書き方かな(笑)。


東京公演は3月1日まで、文化村シアターコクーンにて。そのあと大阪で3月5日から15日まで。  
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2015年02月05日

野田地図「エッグ」(再演)

東京芸術劇場で野田地図の「エッグ」を観てきた。




初演時の印象がそれほど良くなかったので、今回はあまり熱心にチケット入手に注力しなかったのだが、今日は天気も悪く、夜にこれといった用事もなかったので、当日券を買って観てくることにした。初演時の感想はこんな感じ。

NODA・MAP 第17回公演 「エッグ」(初日)
http://buu.blog.jp/archives/51358491.html

「エッグ」野田地図 第17回公演(@東京芸術劇場プレイハウス)二回目
http://buu.blog.jp/archives/51362278.html

当日券は18時から発売開始ということで、17:15に芸術劇場に行ったら、誰も並んでいない。ちょっと拍子抜けしつつ先頭で並んでいたら、5分後ぐらいに韓国人の若者5人ぐらいのグループが並んで、ようやくひとりぼっちから解放された。しかし、その後も行列はのびず、結局発売開始時点では15人程度の行列だったと思う。僕は先頭ということもあって、J列22番というそこそこの席をゲット。これならチケぴで頑張るよりもずっと効率的だ。

さて、芝居。初演時よりも舞台美術は良くなったような気がするが、内容は大きく変わることはなかった。そして、この芝居がイマイチなのは、エッグというスポーツのパートと、満州での人体実験というパートの接続がうまくいっておらず、ほとんど別の2つのストーリーになってしまっていることだと感じた。もちろん、そこには橋渡しとなる工夫があるのだが、残念ながらのりしろが小さすぎるのである。唐突に場面が変換され、それまでずっと展開されていたストーリーが置いてきぼりになってしまう。くわえて、全く救いのないラストなので、観終わったあとの印象も良くない。

何でこの作品を再演したのかなぁ、と疑問に思ってしまった。

ちなみに、役者はみんな上手だった。  
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2014年12月26日

ばく クリスマスバージョン

知人に誘われて、ALOKアトリエ公演「ばく クリスマスバージョン」を観てきた。

セリフのないダンスパフォーマンスということで、どんなのかなぁ、と思っていたのだけれど、開演直後はかなり不安な感じ。すぐにスキンヘッドのお兄さんがこの劇団(?)の全てを取り仕切っているんだな、というのがわかるくらいに全てにおいて力量に差がある。加えて、他の劇団員も、数名のバレエ経験者と思しき女性と、その他の登場人物の間で、やはり踊りの技術に差がある。特に、集団で一緒になって踊るときに上手い、下手がはっきりわかってしまうので、観ていてこちらの不安がどんどん大きくなる。

ただ、そこから先は、そこそこに楽しめた。ストーリーがわかりやすいので、セリフがなくても内容把握という点からは大きな問題はない。

そして、そのままラストまで踊り続ける。

登場人物たちにはそれぞれに見せ場が割り当てられていて、誰のファンが観ても、それなりに楽しめるようなつくりになっている。ただ、手放しで褒めることができるかと言えば、そんなこともない。まず、ストーリーが面白くない(笑)。わかりやすいにはわかりやすいのだが、別に面白いわけでもなく、大きなひねりがあるわけでもなく、加えて後味が悪い。

また、セリフがない分は他の何かで観る人を圧倒する必要があると思うのだが、ダンスでそれができるのは多分劇団主宰者であるスキンヘッドの男性のみ。同じくらいに踊ることができる人があと3、4人、それが贅沢なら、女性一人でもいればまた話は違うのだろうが、一人で全部引っ張っていくのはさすがに無理だ。

ということで、大きなマイナスポイントはないけれど、これといって大きな魅力もなく、これならスキンヘッドのお兄さんが一人で踊りまくったほうが楽しめると思った。セリフ無しで全部やる、というのは挑戦としては面白いと思うけれど、今はまだダンスが上手な人が一人いるだけ。あと数名のレベルの高いダンサーとストーリー構築者が必要だろう。コンスタントにお客を呼べるようになるまでにはまだ長い道のりがありそうだ。

28日まで、新大久保のアロック新宿スタジオにて。  
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2014年12月09日

くるくると死と嫉妬

秦組vol.6「くるくると死と嫉妬」を観てきた。

ストレートに言ってしまうと、冒頭からずっと意図不明の演出が多く、音楽も、三味線はいい感じで作用していたのに対し、キーボードが内容にフィットしていなかった。

役者は主役の女の子はともかく、その相手役の男優は非常に力量を感じさせたし、婦長役の女性もなかなか良い味を出していたと思う。他も、中心の役者には「びっくりするほど下手な役者」はいなかった。ただ、主役の女性にもれなくついてきたのか、事務所の都合なのか、良くわからない女子4人組とかがいて、舞台を一層混乱させていた。そんな中でひとつ感心したのは、複数の役者が同時に同じセリフを言う場面である。第三舞台の昔から、何を言っているのかさっぱりわからなくなるのがこの手の舞台の「いつものアレ」なのだが、この芝居では、全てのセリフが聞き取れた。この点は高く評価できる。秦組の看板女優である築山万友美さんが相変わらず存在感を示していたのだが、むしろ鼻につくぐらいに格好をつけすぎた演出だった。セリフの内容などで存在感を示して欲しいところ、芝居がかりすぎた(芝居なんだけれど(笑))立ち居振る舞いで、うーーーんと感じてしまった。特殊な役柄だからこそ、普通に演じたほうが良かったと思う。

ネタバレになってしまうので詳しくは書けないのだが、ストーリーの肝になる部分を思いついた時点でそのからくりに惚れ込んでしまい、他にほとんど何もない、という感じがした。では、役者がストーリーとは無関係に舞台に引きこむかといえばそんなこともない。つい先日、野田秀樹演出の韓国語版「半神」を観て、言葉がわからなくても伝わる演出を経験したばかりなので、一層、残念な感じを受けた。これもネタバレなので詳細には書けないのだが、「不老不死」のくだりも腑に落ちない。作り手としては面白い仕掛けのつもりだったのかも知れないのだが、観ている側としては「飲むのが逆になってしまったらどうするつもりだったのか」といった疑問がついてまわってしまい、なんだかな?という印象だった。もちろん、「どっちが飲んでも構わない」という設定でも構わないのだが、それならそれで、それをフォローするような脚本が必要だったはずである。

小説ならこれでも良いと思うのだが、舞台だともう一工夫ないと厳しいと思う。脚本、演出、音楽、美術と、全てに詰めが甘く、お子様ランチ的な味わいだった。

ちなみに、脳死していない人間から肝臓を全摘する前提で組織適合性検査をすることはありえないのでは?  
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2014年10月24日

半神

夢の遊眠社時代の代表作のひとつ、「半神」を韓国人キャストで上演するということで、初日を観てきた。前から二列目、中央という良席。最近の野田作品はなかなか良い席が確保できないのだが、今回は日本人には馴染みがない韓国人俳優による上演ということで、あまり出だしが良くなかったのかも知れない。

今回の東京公演に先じて、ソウルで二週間の公演があったようで、役者さんたちにはすっかり芝居が入っていた様子。セリフは全て韓国語で、イヤホンガイドで日本語のセリフの朗読を聴く形式だった。この朗読が当初は役者のセリフと完全にかぶってしまい、何を言っているのか聞き取りにくかったのだが、何しろリアル観劇だけで10回ぐらいは観ている作品(ダブルキャストでやったこともあるので、観る回数が増えた)なので、大きな問題はなかった。途中から、イヤホンガイドは韓国語のセリフよりも若干前に読まれるようになって、大分聞き取りやすくなった。こちらは初日ということで、手探りだったのかも知れない。

さて、感想なのだが、あまり期待をしていなかったところを差し引いても、十分に「素晴らしい」と言える内容だったと思う。セリフがどうやって韓国語訳され、それをどのように演じているのか、韓国語がちんぷんかんぷんな僕にはさっぱりわからないのだけれど、それは大きな問題ではなかった。この頃の野田芝居というのは、「何言っているのか良くわからないけど、パワーが凄いし、言葉がなくても伝わってくる」ものだった。そして、そのパワーを、今日の役者さんたちは持ち合わせていた。また、言葉の素晴らしさは、役者の口からではなくイヤホンガイドからではあったけれど、ちゃんと伝わってきた。

最近はこういった芝居を観る機会がほとんどなかったのだが、遠い昔の、遊眠社の舞台を観た時の興奮と感動が蘇ってきた。そして、それを蘇らせたのが異国の役者さん達だということにちょっとした驚きがあった。

終演後、後ろを振り返ってみると、後ろの方には若干の空席が見受けられた。なんてもったいないことだろう。来週の金曜日までやっているようなので、当日券でもう一度観てみようか。

先日観た「小指の思い出」には正直がっかりしたのだけれど、その分、今日の半神ではたっぷり感動させてもらった。夢の遊眠社時代のエネルギーを感じてみたい人には、自信をもってオススメできる内容だったと思う。

以下、余談だけれど、この芝居を観ている最中に、何度も円城寺あやさん、向井薫さん、佐戸井けん太さん、田山涼成さんなどの演技が頭に蘇ってきた。意外と覚えているものだなぁ。  
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2014年09月30日

小指の思い出

東京芸術劇場プレイハウスで上演されている「小指の思い出」の初日を観てきた。

多少の無理を承知で、演劇を料理にたとえてみる。

戯曲は料理に使う素材である。
演出家は料理人だ。
役者は調理に使う道具に該当する。
音楽や照明が各種調味料で、大道具、小道具が食器である。

今回観た「小指の思い出」は、野田秀樹が20代後半に書いた戯曲である。野田秀樹は、劇作家として超一流であると同時に、演出家としても超一流というのが僕の見解だが、演出家としての最大の特徴は、個性的な役者の魅力をきちんと引き出す、ということだと思う。演出家であると同時に原作者でもあるので、演出上の必要があれば原作を変更していくこともあるのだろう。役者を想定した戯曲を作る、いわゆる『アテガキ』の原作者としては三谷幸喜が有名だが、野田秀樹の戯曲もそういったカラーがあると思う。つまり、自分が持っている色々な道具を想定しつつ、原材料を揃え、どういった料理をつくり上げるかを考えていくのが野田流の劇作だと思う。手持ちの役者を前提にしつつ、最終的な料理をイメージして、野菜や肉や魚を揃えていくのだ。

そうやって出来上がった料理を完璧に再現しようと思えば、素材だけでなく、同じ道具や調味料、食器が必要になってくる。ところが、20年以上も時間が経ってしまうと、それらを揃えることは至難の業である。今回の上演では、道具はもちろん、調味料までが一新された。同じものは、素材だけである。その結果、当たり前ではあるのだが、似ても似つかない料理が出来上がった。

野田流の料理は、道具の良さが最大限に引き出されているものだ。さまざまな鍋、さまざまな包丁を適材適所に使い、素晴らしい料理を作り上げていく。一方で、今回の藤田貴大の演出は、調味料や食器に趣向を凝らしたものだった。

野田流の料理のもうひとつの特徴は、「素材が何なのか良くわからないのだけれど、とにかく調理の腕が素晴らしく、ひと通り食べてみると「すげぇうまかった」という感想しか出てこない」というものだ。一方で、藤田流の料理は、そういった勢いがほとんど感じられない。ただ、ところどころに良い食器が使われていて、素材はともかく、調味料の使い方が上手だなぁ、という感想になった。動の野田、静の藤田とも表現できると思う。

もともとの素材を揃えたのが野田秀樹なので、出来上がった料理の質を比べようとすれば、藤田貴大は圧倒的に不利である。さらに、すでに野田秀樹の絶品料理を実際に食べている客も少なくないはずだ。かくいう僕も、実際に食べて衝撃を受けた人間の一人である。そうした、過去の、しかも恐らくは長い時間によって美化された経験を持つ客に応対するのは非常に難しい作業だっただろう。だから、今回の作品については様々な点で、藤田寄りの立ち位置にいる必要があるはずだ。そうしたあれやこれやを考慮した上で、この作品はどうだったのか。

「良くわからない芝居だった」

が正直なところである。

素晴らしい調理道具を使わずに出来上がった料理は、良くわからない素材を、良くわからない道具で調理し、今風の調味料で味付けして、洗練された皿に飾り付けられて提供されたものだった。

さて、最後に、比喩から離れてストレートに書いてみる。やはり、マイクを使ったのは失敗だろう。きちんとした発声法からでていない声は、客に伝わらない。脚本を知っている人間が聞いても何を言っているのか理解できないのだから、初見ならさっぱり理解不能だと思う。音楽、映像といった「らしさ」に合わせるためにはマイクは必須だったのかも知れないが、だとすれば、この脚本を選んだことが失敗だったと思う。

僕は、遊眠社時代の野田芝居の真髄は「汗」であり、「声」であったと思う。この二つが、現代的な演出によって失われた。残ったのは、形骸だけだった。  
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2014年09月09日

火のようにさみしい姉がいて

hinoyoni


シアターコクーンで「火のようにさみしい姉がいて」を観てきた。初演1978年の清水邦夫作の戯曲を、蜷川幸雄が演出し、段田安則、大竹しのぶ、宮沢りえという、野田秀樹さんと関わりの深い役者たちが演じている。

冒頭から、大きな箱らしい素晴らしいセットで「さすがだなぁ」と思わされる。まず、大掛かりで、それでいて緻密な舞台装置の作りに驚いた。美術も非常に良い。シアターコクーンの舞台はいつ観てもちょっと割高な感じがするのだけれど、このくらいしっかり作りこまれていればなるほどなぁ、と思わされる。

ストーリーは、お互いに相手がちょっと精神的に参っていると考えている中年の夫婦がリフレッシュの目的で夫の田舎に帰るのだが、生まれ育った街の入り口で立ち寄った床屋で奇妙なことが次々と起こる、というもの。夫はオセロを演じている役者という設定で、時々オセロのセリフが混じってきて劇中劇のように展開する。ほとんど全てが床屋の中で展開し、場面転換は少なめの会話劇である。ややシリアスな内容だが、あちこちにブラックユーモアが仕込まれていて、ワンテンポ遅れての笑いを誘う。ラストに近づくに連れて一層陰鬱になっていくのだが、そのあたりが70〜80年代の作品の味なのかも知れない。当たり前だが、新しいというよりは、懐かしい感じがする。僕は親の田舎が能代なので、あぁ、日本海側のちょっと寂れた田舎町ってこんな感じだったよね、と感じた。

メインキャストの3人はさすがの演技で、セリフがない場面でも存在感を発揮していた。その中でも今回特に光っていたのは宮沢りえさんで、良い意味で、見事に中年を演じていた。演劇における彼女の代表作は、後にも先にも、同じシアターコクーンで上演された「ロープ」だと思っているのだけれど、演技はそれに劣らない良いものだったと思う。役者には「今しかやれない役」というのがあると思うのだが、今の彼女にぴったりな役だったと思う。段田さん、大竹さんはいつもの安定した芝居だった。彼らは、いつも、期待どおりの演技を見せてくれる。

大竹さんの動きと効果音がちょっとずれていたのだけは気になったが、多分まだ3回めの上演だからだろう。まだ東京だけでも25回も残っているので、これから熟成していくと思う。まだチケットあるのかな?と思ってチケットぴあを見てみたら、東京公演は当然のように全公演予定枚数終了だった(笑)。でも、大丈夫。当日券もあるみたいだし、大阪公演はまだまだ残っているので、どうしても予約して観たいという人はぜひ大阪でどうぞ。

Bunkamura シアターコクーン
2014年9月6日 (土) 〜2014年9月30日 (火)

シアターBRAVA!
2014年10月5日(日)〜10月13日(月・祝)

#帰りに、宮沢りえさんを含めた野田地図ご一行と一緒になったことのある飲み屋に行ってみたら、跡形もなくなっていた(笑)。

関連エントリー:野田地図「ロープ」  
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2014年07月08日

抜目のない未亡人




最近の演劇は、「野田秀樹作品」「東京芸術劇場」「お気に入りの役者さん(段田安則さん、堺雅人さん、大森南朋さんあたり)出演」のどれかを満たしているものを観るようにしているのだが、今回は段田安則さん出演ということで、久しぶりに新国立まででかけてきた。ここ、10年近く前に円城寺あやさんが出た「コミュニケーションズ」や、「透明人間の蒸気」の野田地図版、その前だと「贋作・桜の森の満開の下」の野田地図版あたりを観にきたのだけれど、それ以後はなぜか全く縁がなく、凄く久しぶりだった。開演前に幡ヶ谷でラーメンを一杯食べて、腹ごなし代わりに歩いて初台へ。劇場に入ると、奥行きのある馬鹿でかい舞台で、これは贅沢な作りだなぁと感心した。

内容は、映画祭に招かれた年配(?)の女優と、彼女に出演を願う4人の映画監督たちのドタバタコメディという感じである。何か凄い仕掛けがあるとか、教訓があるとか、心に残る名セリフがあるとか、そういった芝居ではなく、単純に楽しい時間を過ごしましょう、といった肩肘張らないものになっている。ストーリーは他愛ないものだが、面白おかしいところ、軽妙なテンポの笑いについてのみ脚本家が主張し、あとは役者を活かす、というタイプの芝居で、三谷幸喜作品としては個人的に最も評価できるタイプの作品だった。これは、「三谷幸喜は引っ込んでろ」という意味ではなく、脚本家・演出家としての三谷幸喜の気配をいかに上手に消すかが、彼の腕の見せ所だということだ。アテガキしかせず、再演も滅多にやらないのだから、その瞬間の役者の良さをいかに引き出すかが重要で、この舞台はまさにそんな感じに仕上がっていた。

芝居で中心的な役割をはたすのは大竹しのぶさん、八嶋智人さんの二人で、芸達者な大竹さんは、劇中で多様な人物を次々に演じ分けるという役を、実に簡単そうに演じていてさすがだなぁ、と思った。とはいえ、さすがに声は年齢的な変化があるようで、ちょっと黒柳徹子さんのような雰囲気になっていた。一方の八嶋さんもカムカムミニキーナの看板俳優らしく、年齢を感じさせない躍動感で広い舞台を所狭しと走り回っていた。トリビアで八嶋さんとコンビを組んでいた高橋克実さんは離風霊船時代から(ハゲる前から?)観ているのだが、最近は(ハゲてからは?)すっかり安定したコメディ俳優っぷりである。木村佳乃さんを舞台で観たのは初めてだったのだが、「喋らずにじっとしていれば良い女」を好演していた。峯村リエさんはケラの舞台や時々映画で見かけるぐらいだったのであまり印象に残っていなかったのだが、この作品では大竹さんの相手を見事に演じていた。お目当てで行った段田さんはいつもどおりの安定感だったのだが、ちょっと出番が少なかったのが残念といえば残念だった。三谷芝居は良い役者を惜しげもなく投入するのがカラーでもあるので、仕方ないと言えば仕方ない。役者の無駄遣い(良い意味で)といえば、浅野和之さんの出番の少なさも特筆すべきところで、それでもちゃんと印象に残る芝居をしているところが素晴らしかった。

全体としてちょっと残念だったのは、少なくない数の役者さんがマイクを使っていて、その音声が不自然だったこと。半分以上の場面では気にならないミックス具合だったけれど、4分の1くらいは生声とマイク声のミキシングに不自然なところがあるように感じられた。あれは劇場の音響のせいじゃないと思うんだよなぁ。

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抜目のない未亡人
上演台本・演出:三谷幸喜
7月31日(木)まで、新国立劇場中劇場にて上演
http://www.siscompany.com/miboujin/gai.htm

余談1 我が家には夢の遊眠社のLDが大量に眠っているのだが、あちこちでOBの役者さんたちが活躍しているのを見て、そろそろ他のメディアにダビングしようと思い始めた。

余談2 僕が芝居を観始めた頃の演劇界は小劇場全盛の頃で、その頃活躍していた人たちがそこそこの頻度で今も活躍している。劇団という枠にはまらず、プロデュース公演という形で色々なところに顔を出してくれるので、あーーー、懐かしい、今も頑張っているんだなぁ、と思うことが結構あって、それはそれで楽しい。  
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2014年02月13日

障子の国のティンカーベル 毬谷友子バージョン

野田秀樹がまだ若かった頃に書いた戯曲の上演、主演は毬谷友子、ということで、コレを見逃すわけにはいかない。昨日は渋谷で三谷演劇を観たが、今日は池袋で野田作品である。

一人芝居ということで、毬谷友子がほぼ出突っ張りで、歌に、ダンスに、大量のセリフに、と大活躍である。

僕は、野田秀樹が夢の遊眠社の解散の引き金を引くきっかけになったのは毬谷友子の才能に触れたからではないかと思っているのだが、それくらいに、『贋作 桜の森の満開の下』の毬谷友子は素晴らしかった。それから何度か野田作品や地人会公演で彼女を観ていたけれど、最後になっていたのが六本木で地人会公演として上演された「弥々」(1993)だった。かれこれ20年も経ってしまったのだが、相応に年を取り、声もすっかり低くなってしまい、もうあの夜長姫はここにはいないのだけれど、相変わらずとんちゃんは舞台で張り切っていた。

戯曲については、2002年に鶴田真由主演で上演されているのだけれど、多分その時に野田秀樹自身が、「この本は大竹しのぶや毬谷友子でやらないと、駄目だ」と感じたんだと思う。そして、その配役で、やっと上演することが可能になったわけだ。

物語は、妖精の世界で裁判にかけられ、死刑判決を言い渡されたピーターパンと、彼とともに逃避行を続けるティンクの恋愛を描いている。その姿は、遊眠社以後の野田秀樹の恋愛遍歴に重なる。

一度、渋谷の居酒屋で、芝居の打ち上げで大騒ぎをしている野田地図メンバーと一緒になったことがあるのだが、野田秀樹氏は最近の言葉でいうところの草食系そのものといった感じで、一気をして盛りあがっている役者連中を、楽しそうに眺めながらお酒を飲んでいた。僕は当然のごとく、パンフレットを手にサインをお願いしたのだけれど、野田秀樹氏は「僕はいくらでもサインしますが、役者たちはプライベートなので」と、やんわりと役者に話しかけることを断った。そういうわけで、僕は藤原竜也が使った直後の便器で用を足したことはあるのだが、彼のサインは持っていない。と、そういうことを言いたいのではなく、野田秀樹氏の人柄がわかるエピソードだと思って紹介してみた。

彼は、僕が知る限りで3人の女優と付き合っているのだが、どのケースも、女性の方が野田秀樹氏の才能に惚れ込んだ感じだった。つまり、女性の側が今で言う肉食系だったわけだ。そして、この芝居の中でも、草食系のピーターと、肉食系のティンクという関係ができあがっている。なるほど、25歳の頃に書いた戯曲が、その後の人生を暗示するようなストーリーになっているあたり、三つ子の魂百まで、という感じがしてくる。

芝居は、例によって、詩的な言葉が散りばめられていて、ストーリーは漠然としている。ラストシーンに近づくに従って、徐々にクリアな舞台になり、表現もストレートになり、やがて(比較的)はっきりとしたセリフで物語は終了する。夢の遊眠社時代も、「何がなんだか良くわからなかったけれど、最後のセリフで感動した」ということが良くあったけれど、今回も途中までは言葉だけが散乱していて像を結ぶことはなかった。それでいて、ラストにはきちんとわかったような気になったし、加えて、散りばめられた言葉の中には、後の野田作品につながっていきそうな単語がいくつもあった。遊眠社の最後のセリフは「少年はいつも動かない。世界ばかりが沈んでいくんだ」である。この芝居をラストに選んだことには大きな意味があったはずだ。そして、今日、この芝居を観て、「あぁ、なるほど、少年は、この頃からすでに自分の意志でそこに居続けているんだな」と思った。

ゼンダ城の虜、小指の思い出、野獣降臨、そして贋作桜の森の満開の下といった名作と比較すれば間違いなく小品だと思うけれど、野田秀樹にとっても、それを演じた毬谷友子にとっても、そして、観客としてそれを観た僕にとっても、個人的な芝居だったと思う。

今回はダブルキャスト。毬谷友子ともう一人は奥村佳恵である。彼女のバージョンのチケットは、まだ残っているだろうか?  
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2014年02月12日

国民の映画

kokumin


正直に言えば、僕は三谷幸喜の映画や芝居があまり好きではない。笑えるとは思うのだけれど、SETの三宅裕司以上に笑いに徹することができないあたりがいかがなものかと思うし、三谷族とも呼べるような俳優陣の仲良しクラブ的な色彩が作品からにじみ出ているのも好きじゃない。しかし、脚本が全然駄目ということでもないので、良い役者さんが出ているなら、じゃぁ、という気持ちにもなる。今回は、夢の遊眠社時代から贔屓にしている段田安則さんが出演しているということで、渋谷まで観に行ってみた。

この作品は初演が3.11と重なったようで、地震の混乱や計画停電の心配もあって、やや不幸な形で上演されたようだ。いつもは再演をやりたがらない三谷幸喜だが、不完全燃焼という思いが強かったのかも知れない。

結論から先に書くと、これまで何本かの映画(有頂天ホテルとか、マジックアワーとか、ステキな金縛りとか、清須会議とか)や芝居(12人の優しい日本人とか、おのれナポレオンとか)で三谷作品を観てきているが、初めて「これは面白い!」と感じた。なるほど、コメディ色の濃い作家と思っていたけれど、実はコメディ色を抑えた作品のほうが味が出るようだ。じゃぁ、喜劇色が全然ないのかといえばそんなこともなく、「レイダース 失われたアーク」といったナチスに関係のある映画を取り入れた場面など、喜劇的なところも散りばめられていた。本流のストーリーと、喜劇的なスパイスの配合具合がちょうど良かったということだと思う。

舞台は1941年。いよいよきな臭くなってきているドイツで、宣伝大臣ゲッペルズがホームパーティを開く。参加者は映画関係者とナチスの高官。そのパーティの前後を描いた群像劇である。前半は登場人物が徐々に出揃ってくるのだが、ちょっと単調で退屈な場面が続く。しかし、物語がいよいよ深刻になってくる休憩後は、緊張感が維持され、最後まで全く退屈しない。何より、ヒトラーやホロコーストの影が徐々に登場人物たちを侵食していく脚本の出来が良い。

役者陣に目を移すと、中心になっている小日向文世と段田安則が当然のように良い演技をしているし、それを取り囲む役者たちもそつがない。吉田羊あたりはちょっと存在感が薄い気がしたけれど、声が届きにくい役者がいるわけでもなく、ちょっとどうなの?と感じる役者はほとんどいなかった(観た席がE列20番と、めちゃくちゃ良いポジションだったのは確かだが、多分もっと後方でも声が聞き取りづらいということはなかったと思う)。最近はすっかり映像作品での活躍が増えて、堺雅人のように「細かい表情で見せる役者」になった感のある小日向文世だが、舞台では舞台なりに見せ方を変えてくるところがベテランの味である。それをしっかりと受け止める段田安則も、「どこにいるのかわからない存在感のない男」を、抜群の存在感で演じていた。

群像劇ということもあって、芝居の多くの場面で10人以上の役者が舞台上に登場しているのだが、セリフを言っている役者の後方で、ライトが当たっていない役者がそれぞれ別の演技をしている。この演出は山田洋次監督の「東京家族」あたりでも意図的に行われていたのだが、この舞台では映画よりもずっと顕著だった。この演出によって、舞台が構造面で立体的になるのは間違いないのだが、一方で観客の視点があちこちに移動してしまい、集中力に欠けてしまうというデメリットがある。僕の場合、後方で椅子に座って何やら無言でごちゃごちゃやっているカップルに気を取られていてセリフを聞き逃すといった事態が数回起きてしまった。メリット、デメリットの両方がある演出だったが、群像劇のカラーが色濃くなっていたことは間違いがない。

舞台中央に大きめの階段を設置し、役者の登場・退場する場所をひとつ増やしたのも、変化をつける意味で効果的だった。

大勢の人物たちを登場させ、それぞれにストーリーを持たせ、そしてきちんと退場させていく。そのあたりの風呂敷の広げ方とたたみ方が見事だった。これまであまり好きではない三谷ワールドだったけれど、こういう芝居を観ることができるなら、また劇場に足を運んでみようという気にもなる。

東京公演は3月9日まで。そのあと、大阪、愛知、福岡の各地で公演あり。

「国民の映画」特設サイトはこちら  
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2013年12月05日

シス・カンパニー公演 日本文学シアターVol.1【太宰治】グッドバイ

シアタートラムで上演中の「グッドバイ」を観てきた。

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遊眠社時代から大好きだった段田安則さんと、女優としては二階堂ふみさんと並んで注目している蒼井優さんが出ているというのが大きな理由である。

段田さんの舞台は実はすっかりご無沙汰で、2008年にケラ演出で上演された「どん底」が最後だった。この芝居でも、あるいはそれ以前の「贋作・罪と罰」や「赤鬼」でも、安定したうまさだった。遊眠社時代に僕が好きだった役者さんは段田さんの他に佐戸井けん太さんと向井薫さんがいるのだが、彼らに共通するのは良く通る声である。前回の観劇から5年も経ってしまい、段田さんの声は大丈夫かな、と心配していたのだけれど、冒頭のシーンですぐにそれが杞憂だったとわかった。当たり前のようにちょっと年齢を積み重ねてはいたけれど、細かい演技には深みが増していた。

もう一つの楽しみだったのが蒼井優さんである。「南へ」などで何度か観ている彼女は、なかなか声が遠くに届かない。芸術劇場の中ホールぐらいだと、彼女には大きすぎる印象だった。映画では非常に良い演技を見せているので、かつて深津絵里さんが「農業少女」で素晴らしい演技を見せたシアタートラムで、彼女の良さを表現してくれるのではないかと期待していたのである。そして、その期待に、蒼井さんもきちんと応えてくれた。彼女には、シアタートラムぐらいの大きさがしっくりくると思う。まだ、大きな舞台でやるには声に肉体的なサポートが足りないんだと思う。それは体型面からも、年齢面からも、で、もっと体に厚みが出て、声がもうちょっと低くならないと、射程距離が伸びないのではないだろうか。大きな舞台で無理をするよりも、ある程度余裕のある舞台で、持ち前の演技力を発揮したほうが良いと思う。今回の芝居では、彼女の魅力はきちんと表現されていた。

他の役者さん達も、良い味を出していた。高橋克実さんは実は離風霊船時代から見ているのだけれど、当時は神野美紀さんを見に行っていて、気がついたらトリビアに出ていた。昔はモスラだったけれど、今はハゲをネタにできる貴重な役者さんになったようだ(笑)。

芝居の内容は太宰治の絶筆「グッドバイ」をなぞったものになっているけれど、小説は未完で、設定段階で中断している。芝居では主人公の年齢設定などがだいぶアレンジされていて、原作では34歳の雑誌編集長だったのだが、今回の芝居では50代半ばの大学教授になっている。「たくさんの愛人を囲っているのだが、事情があってその愛人たちを一掃したいと思い、すごい美人を見つけてきて、彼女を連れて愛人のところをひとりひとり歴訪してまわるという一計を案じる」という、おおまかな部分は下敷きにしているけれど、そこで見つけてきた美人と主人公の関わり方は原作とは大分違っている。しかし、それがつまらないかといえば、そんなこともない。上手に現代劇として料理されていて、最後まで飽きさせない。

チラシでは山崎ハコの名前があって、谷山浩子、中島みゆきとセットで語られることが多かったシンガーソングライターがどんな役なのかと思っていたのだが、きちんとそれらしい役になっていた。

芝居は、このくらいの大きさの劇場で、のんびり観るのが楽しい。一時はバブルもあって大きな劇場にテレビで有名な俳優を呼んできてのプロデュース公演が花盛りという時代もあったけれど、価値観が多様化して、ビデオやCDなどの複製コンテンツの価値が暴落したおかげで、音楽も芝居も、ライブの良さが再認識されてきつつあると思う。おかげで、こういう贅沢な時間を過ごせるようになった。これで6,000円なら、十分に満足である。それにしても、シアタートラムは良い芝居をやると思う。  
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2013年10月09日

NODA・MAP第18回公演『MIWA』

最近の野田地図公演の中では屈指と言っても良いくらいにチケットの確保が難しかった公演。タイトルそのままだが、美輪明宏を描いた作品である。なぜ美輪明宏?と思うところだが、演劇界や歌舞伎界との繋がりが密で、東京芸術劇場の杮落としで演出をやったこともあって、箱との関わりも深い。野田秀樹と同じく長崎出身ということもあり、色々と引っ張り出してくると、「なるほど」と思わないでもない。

芝居の中心はゲイであることの苦悩で、野田秀樹の芝居としては珍しくストレートに表現されている。全体的にみるといつものような小道具の活用がなかったり、昔の芝居で使ったことのある言葉遊びが再登場したりと、ちょっと「らしくない」作りだと思う。

僕自身が美輪明宏という人物にそれほど興味がないこともあってか、すーーっと始まって、クライマックスがないままにすーーっと終わってしまった感じである。美輪明宏という人物に興味を持つトリガーにはなったと思うし、今回は気が付かなかった仕掛けが多分盛り込まれているんだろうが、もう一度観るかどうかは微妙なところ。月刊新潮に戯曲が掲載されたので、それを読んでから考えてみたい。

役者は総じて標準以上の演技を見せていたと思うけれど、青木さやかはダメ。下っ端の役者と比べても声が通ってない。彼女を使ったのは事務所の都合か何かだろうか???

二階席サイドからの鑑賞だったんだけど、LB席3番のお姉ちゃんがずっと前のめりで観ているおかげで、彼女の後頭部をずっと見るはめに。劇場サイドはちゃんと注意して欲しい。あと、台風が近づいているせいもあったのかも知れないけれど、扉の隙間から風切り音がヒューヒューなっていて「この安普請め!」と思った。

初見でも、複数回鑑賞する予定がないなら、事前にウィキペディアで美輪明宏を調べておいた方が良いと思う。

評価は☆1つ半。  
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2013年10月04日

NODA・MAP第18回公演『MIWA』初日

本日初日ということで、芸術劇場まで行ってきた。




劇場まで行っただけで、公演は観てない(笑) 今回はなぜかチケット確保が非常に困難で、来週にならないと観ることができないのです。うーーーーん。  
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2013年09月12日

新開場記念 新作歌舞伎 陰陽師 滝夜叉姫




演目は知っていたけれど、そのまんま夢枕獏の原作ものだった。歌舞伎になっても本の雰囲気はかなり再現されていたと思う。特に葉二(はふたつ)が実際の音として表現されていた点はさすがに歌舞伎という感じである。映画にもなった陰陽師だけれど、漫画よりも、映画よりも、歌舞伎のフォーマットがフィットすると思う。

今回は3階の最前列での鑑賞だった。




役者の評価は染之助◯、勘九郎◯、七之助◯、菊之助◎、愛之助◎、海老蔵△、松緑◯、亀蔵◎といった感じ。何より残念だったのが海老蔵演じる平将門の迫力のなさで、声が全く届かない。他の役者たちの声はきちんと聞こえるのに、何かぼそぼそ語っているようにしか見えない。加えて、動作に貫禄がない。その将門が重要な役なので、全体が腰砕けしてしまった感がある。これ、もうちょっと前の方の席で観ればまた違った感じなのかな?でも、3階席でも6,000円なんだけど・・・。あと、染五郎と勘九郎の晴明、博雅のコンビはまぁありかな、と思いつつも、20年の時間の経過が演技からほとんど感じることができず、そこはもうちょっと何とかならないものかなぁ、と思った。

余談だが、僕は原作本も漫画も読んでいるので問題ないのだが、普通の歌舞伎ファンの人たちが見て、式神とか、理解できるんだろうか。


  
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2013年08月08日

歌舞伎座新開場柿葺落 八月納涼歌舞伎 第一部

歌舞伎座の新装オープンの杮落としを観てきた。観たのは第一部のみ。演目は

一、新版歌祭文 野崎村(のざきむら)
   
二、新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)

の2つ。野崎村は非常に湿っぽい内容で、登場人物たちがずっとメソメソ泣いている芝居だった。鏡獅子は頭をぐるんぐるん回すだけの演目で、勘九郎が大活躍したけれど、内容は全くと言ってないもの。基本的に何を言っているか良くわからないので、こういう演目のほうがわかりやすかったりする(笑)。




3,000円の席なので見やすさという点では「うーーーん」という感じだったし、前の座席が近くて「狭いなぁ」というのが正直なところだったけれど、その分観客席に傾斜があって、舞台までの距離は短く感じた。クレジットカードを挿入するだけで完了する発券システムなどもなかなか優秀で、さすがに儲かっている組織は顧客対応にぬかりがないな、と思った。ただ、地下鉄から直結じゃないのはちょっと残念な感じ。これは何か大人の事情があったのかな??  
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2013年06月19日

不道徳教室

fudoutoku


岩松了作、主演大森南朋の「不道徳教室」を観てきた。なぜこれを観たかといえば、大森南朋、二階堂ふみ、黒川芽以という、結構好きな役者がキャスティングされていたからだ。観終わってすぐに思ったのは、やはり芝居はこのくらいの大きさの箱が良い、ということだ。今回は珍しく気合を入れてチケットを確保したので、前から3列目という良い席だったのも大きなポイントだったかも知れない。劇団関係者の知り合いと話をしていると、「全体の構図がわかりやすいから、後方の座席も捨てがたい」という意見がでてくることがあるのだが、最初に観る時はやはり前の方が良い。役者から伝わってくる迫力に代えられるものはない。全体の構図を観たいならビデオでも良いのだから。

芝居は大森南朋演じる先生と、二階堂ふみ演じる生徒の関係を主軸に進んでいく。場面場面の時系列をかなりいじっているので、演劇を観ることに慣れていないとストーリーがわからなくなるだろう。ただ、それでも、ひとつひとつの場面でのおかしさがあるので、退屈することはないと思う。

大森南朋はスクリーンやテレビの画面を通じて見て想像していた演技よりはちょっと押しが弱いというか、芝居よりも映像メディア向きというか、思ったような演技ではなかったのだけれど、これは演出による部分も大きいのかも知れない。一方で二階堂ふみは思った以上に演技派で、これは凄いなぁと感心させられた。大竹しのぶ、宮沢りえあたりに匹敵するような迫力があると思った。今後が楽しみである。黒川芽以の舞台は赤坂で観た「路地裏の優しい猫」以来だが、すっかり大人になっていて、うわー、もう5年以上経っているんだものなぁ、と、年月の流れの早さを実感した(^^;

舞台の転換がなかなか面白いし、色々と見どころが多い舞台だったと思う。怒鳴ってばかりのタクラマカンを観たすぐあとだからかも知れないが、やはり良い舞台は、良い役者が揃っていることが必要条件だなぁ、と思った。

評価は☆2つ半。23日まで、東京・三軒茶屋のシアタートラム。

関連エントリー
路地裏の優しい猫
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50514642.html

秦組vol.5『タクラマカン』
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/51397650.html  
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2013年06月03日

秦組vol.5『タクラマカン』

秦組vol.5『タクラマカン』を観てきた。

秦組のサイトで過去の上演記録を見ると何度も上演している作品なので、それなりに練られているはず。さて、どんな作品なのかと観客席に座ったのだが・・・。芝居は仮想国の被差別住民と、治安部隊の確執を描いたもの。ストーリーにはそれほどひねりがなく、難解な部分は特にない。

冒頭のシークエンスを観ただけですぐに「役者の質にばらつきがありすぎ」と感じた。事務所の都合で押し込まれた役者が何人かいたのかもしれないが、この箱では到底無理、というレベルの人が混じっていた。

続いてすぐに「?」となったのが、大勢で声を揃えるシーンである。僕は第三舞台の昔からこの演出があまり好きではない。なぜなら、何を言っているかわかりにくいからである。もちろん、役者のレベルが高く、きちんと演出されていればその限りではないのだが、効果的に使われている舞台をほとんど観たことがない。この舞台でも、何を言っているかさっぱりわからなかった。それが冒頭のシーンで使われてしまうので、劇に入っていけなくなる。ある程度ストーリーが把握できてきた段階での演出なら脳内補完できるのだが。後半で登場した、三人ぐらいで声を合わせるシーンではちゃんと聞き取れたので、演出の問題である。あと、役者の数が多いせいなのか、不自然にセリフを分割していたのも気になった。

加えて、役名に統一感がなく、一層ストーリーに入りづらい。

芝居の最中では怒鳴るセリフが多すぎて途中で食傷気味になる。普通の喋り方では後ろまで声が届かないのかもしれないが、常に青筋を立てているような感じで、メリハリがなく単調だった。また、100%で喋り続けた上で120%で怒鳴るセリフがあって、これは単独でも何を言っているのかわからなかった。大きな箱ということで実力以上の声量を要求したのかもしれないが、役が役者の能力を引き出すのにも限界がある。特に、声は厳しい。芝居においてセリフが聞き取れないのでは話にならない。もしかして僕だけ?と不安に思ったが、同行した他の4人が皆口を揃えていたので、N=5において100%が「聞き取り難い」と感じたことになる。

主役の身体のきれは十分だが、それを全然活かせてないストーリーだった。セリフ量も少なく、主役というのはチラシの記載の順番とカーテンコールの立ち位置だけ、という感じである。実質的な主役は築山万有実だった。主役が多忙なアイドルということで、練習時間が満足に取れず、詰め込むセリフに限界があったのかもしれないが、これで矢島舞美ファンは納得するんだろうか。役者で言えば、築山以外だと藤原習作、横山一敏は安心して観ることができた。

決め台詞が有名なセリフ(翼よ! あれが巴里の灯だ)のパロディなのはどうなのか。

音楽もイマイチ効果的でない。ピアノの音量が前面にですぎていて、三味線の存在感がなかった。

全体的に熟成度が低く、一部役者を入れ替えて、脚本の駄目出しをして、編曲をやり直し、半月ほど練習をした方が良いんじゃないかな、と思った。というか、もともとちゃんとしていた芝居に多忙なアイドルを無理やり押し込んでダメにした、という感じの舞台だった。

評価は☆1つ。6月10日(月)まで、東池袋のあうるすぽっと。  続きを読む
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2013年05月12日

おのれナポレオン、最終日の顛末

おのれナポレオン、公演序盤で観た段階で「これは9,500円の価値はない」と判断したので、ライブビューイングで観るつもりで、チケットも確保してあった。ところが、ご存知のように天海祐希さんが心筋梗塞で倒れてしまい、公演は中止、ライブビューイングも吹っ飛んでしまった。しかし、野田秀樹の人脈か、最後の最後になって宮沢りえのピンチヒッターが登場して、金曜日からの4公演だけ、代打の宮沢りえによって続けられることになった。こういうことなら、どんな芝居になったのか、ちょっと観ておきたくなるのがオタク根性というもの。

本当なら金曜日に観に行きたかったのだが、残念ながら金曜日は僕自身がテレビの生中継があって観に行けない。そこで、土曜日の当日券に並ぶことにした。芸術劇場は9時オープンで、それ以前には並ばないでくれ、とのことだったので、9時過ぎに現地に行った。と、なんと、9時の時点で抽選をやってしまったとのことだった。これはちょっとないだろ、と思ったが、芸術劇場も一杯一杯の状態なんだろうと思って、夜の部に並ぶことにした。ところが、夜の部を観るためには、9時から夕方の6時まで並ばなくてはならないという。いくらなんでも、この芝居のために9時間も並ぶのはいかがなものか。僕は別に宮沢りえのファンでもないのだ。ただ単に、「あの芝居が宮沢りえになるとどう変化するのかな」と、確認したかっただけなのである。ということで、一度は列に並んだものの、やっぱり帰ることにした。その際、明日の抽選のやり方も確認しておいた。ただ、その抽選のやり方には色々と問題がありそうだったので、ブログには書かないでおいた。

そして、今日である。今日はちゃんと9時前に現地に到着した。すでに100人以上の行列ができていたのだが、抽選と知っていたので問題ない。列の中にはTV局のADを含め、他人のために並んでいると思しきメンバーも含まれていた。これこそが、前日「問題がありそう」と考えた最大の理由だが、やはり気がつく奴は気がつくものだ。こうやって動員を図れば、当然当選確率がアップする。9時になると一旦芸術劇場の二階に列を移し、そこでまたしばし待ち時間。

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そして、やっとこさの抽選である。抽選の前に、「今日はどんなに頑張っても150席、現実的には多分100席ぐらいが限界だと思う。なので、くじ引きで150よりも大きな数字を引いた人は諦めて欲しい」という旨の説明があった。並んだのは多分300〜400人。結構狭き門である。ここでちょっと思ったのは、中止になってしまった公演のチケットを持っている人間を少しは優遇すべきなんじゃないか、ということ。僕のチケットはライブビューイングだからそれほど自慢できないが、中止になった公演の、劇場のチケットを持っていた人たちはちょっと気の毒過ぎる気がする。

とはいえ、くじは引かなくてはならない。当たるかなー、二桁、できれば一桁の数字を引きたいなー、などと思いながらくじを引くと・・・

13_05_12_2704

まぁ、世の中とはこんなものである。落選した中では2番だけど、151番よりは悔しくない。ということで、芸術劇場をあとにして、プランBの休日を過ごした。

今回の処置、芸術劇場としては目一杯頑張ったんだと思うけれど、それでも問題はいくつかあった。列挙するとこんな感じである。

○9時の時点で抽選を行う、という正式な告知がなかった
○行列代行に対する防止手段がなかった
○無駄に長時間の行列を強いた
○中止公演のチケットのホルダーに対する優遇措置がなかった
○抽選の不正防止が甘かった(こっそり、複数のくじを引いてしまうことが可能なやり方だっった)

時間と資材があれば、次のようなやり方が良かったと思う。

1.抽選時間をきちんと告知する
2.くじは、本人が確実に一枚だけ引く(くじを開くのは係員がやる)
3.当選者は、遊園地の途中退場などで利用するスタンプを腕に押す
4.当選者は開場一時間前に再集合して、座席を決める

裁判の傍聴などでもマスコミがバイトを雇って並ばせるといったことをやるようだが、そのノリで芝居の当日券にまで資本力を利用して動員されてしまうのは、一般のファンとしてどうも納得できないところがある。

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2013年05月09日

おのれナポレオン、公演中止の続報

さすがに宮沢りえといえども無理だったか、という感じで、今日のソワレも中止になりました。あわせて、全国で開催予定だったライブビューイングも中止になりました。

詳細は芸術劇場サイトでご確認下さい。

本日(9日)「おのれナポレオン」昼・夜公演中止のお知らせとお詫び(続報2)
http://www.geigeki.jp/info/napoleon2/  
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2013年05月08日

おのれナポレオン、公演中止と出演者交代

天海祐希さんが心筋梗塞で倒れたそうで、今日のソワレと明日のマチネが中止になりました。チケットをお持ちの方はご注意下さい。

明日のソワレはライブビューイングが入るということでどうなるのか注目されていたのですが、先ほど、TBSのサイトで公演は「やる」と告知がありました。出演者は宮沢りえさんに交代するそうです。

中止、および出演者の変更にあたって、払い戻しを希望される方向けの情報は芸術劇場のサイトに掲載されるようです。

芸術劇場のサイト
http://www.geigeki.jp/

中止と交代に関するTBSの告知はこちら
http://www.tbs.co.jp/event/de_napol2013/

ライブビューイングは明日の朝10:30に、TBSのサイトで告知があるようです。公演はやるけれど、ライブビューイングはやらない可能性がある、ということです。

今回中止が確定した2公演については振替公演はなし、チケットを持っている人を対象に、5月9日の公演の生中継鑑賞会を芸術劇場コンサートホールで開催することを検討しているそうです。

天海さんの体調が心配ですが、6日の午後に倒れてすぐに代打に名乗りを上げた宮沢りえさんは凄いですね。3日でセリフや動きが頭に入るものなのか・・・。とりあえず、明日ライブビューイングがあれば、映画館で観てこようと思います。  
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2013年04月12日

おのれナポレオン

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三谷幸喜作・演出、主演野田秀樹の新作ということで観てきた。僕の中の劇作家のランクは野田秀樹の方が三谷幸喜よりもずっと上なんだけれど、野田秀樹をどうやって料理するのか、野田秀樹がどうやって料理されるのか(僕が覚えている限り、野田秀樹が他人の演出する舞台に出るのは初めて)を楽しみにしていた。

内容は野田秀樹扮するナポレオンの死の謎に迫る、というものだが、脚本自体は非常にストレートで、観客の頭をぐちゃぐちゃにするような意地悪な仕掛けは全くない。一応謎解きの要素はあるのだが、案内役がきちんといて、過剰に親切である。特に心に残るようなセリフがあるわけでもなく、さーーーーっと始まって、さーーーーっと終わってしまった感じだ。加えてラスト近くでは「大きな仕掛け」の謎解きが親切すぎて鬱陶しいレベルだった。この手の、盲人を案内しているような親切心は三谷幸喜の映画でもときどき見受けられるのだが、個人的にはあまり好きではない。また、物語を解釈する自由度が非常に低く、恐らく10年後にこの芝居を観たとしても、新しい発見が全くないと思う。過去からの名作と言われている小説は、繰り返し読むと、読んだそれぞれの時なりの感想を持つものだ。だから、本を捨てることができなくなる。芝居の場合、「どうせその場限りなのだから、小説とは違って、その場で楽しめることが重要」という考え方もあるだろう。三谷幸喜はあて書きで有名な劇作家で、「その役者」であることと同様に「その場」を大事にするのかも知れない。しかし、同じようにあて書きをすることで有名な野田秀樹の作品には、名作小説のような自由度がある。この、「自由度」をどう評価するのかが、この芝居の評価を上下するのだと思う。あと、予想していたよりも笑いの要素は控えめだった。まとめれば、ミステリーの要素が薄く、ストーリー自体の奥深さはなく、三谷のテーストであるはずの笑いも控えめ、ということで、ホンとしては特徴が少ないものだった。

出演していた役者たちはどれもがなかなかに芸達者で、Q列での鑑賞であっても声が届かないということもなく、十分に楽しめた。セリフを間違えたり、噛んだりすることは何度もあったけれど、まだ幕が開いて間もないということもあって仕方がないところだろう。最近は自身の作・演出ではすっかり動きが抑えられていた役者としての野田秀樹が、この舞台では十分すぎるくらいに活躍していて、昔の野田秀樹を知っている人間にとっては嬉しい舞台になっていたと思う。

この芝居が、あの座席(1階Q列11番)で9,000円(ぴあの優先を使ったので、実際にはさらにシステム利用料がかかっている)というのは高すぎると思う。この価格で納得できるのは、せいぜい前から5列目ぐらいまでだろう。「でも、チケット完売ならもっと高くても良いんじゃない?」という指摘は正論で、してみると、世の中の三谷幸喜人気は不当に(ただし、僕にとっては、だが)高い、ということなのかも知れない。5月9日に全国の映画館でライブビューイングがある。こちらは3,500円で、役者の表情などもきちんと観ることができると思う。今からチケットをとって(完売だけど)後ろのほうで観るくらいなら、こちらの方が良いかも知れない。映画館でのライブビューイングのチケットは13日発売。

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2013年01月22日

初春大歌舞伎

ちょっと思い立って「初春大歌舞伎」を観てきた。

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15列目のど真ん中だったのだが、歌舞伎はこのくらいの距離がちょうど良い気がする。観たのは昼の部で、「寿式三番叟」「菅原伝授手習鑑」「戻橋」「傾城反魂香」の4本だった。

歌舞伎初心者の僕にはどれも面白くて、早く時間とお金がある身分になって、毎月これを観に来たいなぁと思った。でも、多分、次に観に来るのは半年後ぐらいになるんだと思う。

26日まで。  
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2013年01月10日

朧の森に棲む鬼(ゲキ×シネ)

「ゲキ×シネ」という、演劇のビデオを映画館で観ちゃおう、というちょっと「?」なものを観てきた。演目は劇団☆新感線と松竹のコラボ作品「朧の森に棲む鬼」。劇団☆新感線は渡辺いっけい、筧利夫、古田新太、高田聖子あたりを通じて夢の遊眠社、第三舞台などと交流が深く、よその舞台では色々と所属俳優、卒業俳優の舞台を観てきていたのだけれど、劇団☆新感線オリジナルは観たことがなかった。

また、演劇をビデオ(映画?)という形態で観ることにも僕は比較的否定的で、実際に僕自身、夢の遊眠社のビデオをたくさん持っているけれど、それはあくまでも「完全に失われてしまったものを再現するためのツール」としての利用であって、やっぱり舞台の魅力はライブでしか味わえないよなぁ、と思っている。

そんな僕だが、なぜこのコンテンツを観てきたかといえば、それは阿部サダヲ、真木よう子、秋山菜津子といった、お気に入りの役者たちが出演していたから。あと、一度は新感線を観ておきたかったというのもある。

結論から言うと、ゲキ×シネは結構面白かった。まず、音が予想よりも良かった。観に行った大泉学園のT・ジョイは他の映画館に比べてやや音が大きい設定の映画館で、他の映画館と比較してちょっとやかましく感じるのだが、それがこのゲキ×シネには良かったような印象を受ける。それから、そこそこの台数のカメラを利用して撮影しているので、役者の表情をきちんと追えているのも良かった。

マイナス点ももちろんあって、最大のものは画質。暗い舞台を撮影していることで、光量が足りずに粗い映像だった。役者はほとんどの役者が魅力的な演技を見せていた中にあって、お気に入りの真木よう子の演技力と歌唱力がちょっと、という感じだった。ストーリーにもひねりがなくて、キャラメルボックスに通じる物足りなさを感じた。ただ、これは映像だったからかも知れない。というのは一つ一つの伏線を一々強調した絵作りになっていたので、「あ、こうなるのね」みたいなのが大体わかってしまったのだ。

第一幕までは素晴らしい出来だったと思うのだけれど、広げた風呂敷のたたみ方がイマイチ爽快感に欠けるというか、なんというか。評価は☆3満点で☆2つ。

髑髏城の七人には小池栄子が出ているので、こちらも観てこようと思う。

#新感線って、今、渋谷で「ZIPANG PUNK〜五右衛門ロック3」っていうのをやっているんだけど、S席で12,500円!!これはすげぇ。

ZIPANG PUNK〜五右衛門ロック3  
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2012年10月03日

NODA・MAP「THE BEE」再演

最近の野田秀樹作品はちょっと割高に感じられること、あて書きで書かれているので、再演になると作品の質が落ちること、宮沢りえは嫌いじゃないけれど喉の調子が悪い状況でもタバコを吸う女優であること、初演時に日英バージョン併せて3回観たことあたりが理由で、観に行かなかったこの舞台。WOWOWでやっていたので、テレビで観てみた。

僕としては、秋山菜津子、浅野和之の初演バージョンのほうが良かったかな(って、これは野田秀樹作品ではほとんどのケースで言えると思うけれど)。宮沢りえが上品すぎてフィットしていない印象を受けた。

初演時に使っていた小道具は日本バージョンが紙、英国バージョンがゴムだったけれど、本作では紙とゴムの両方を使っていた。  
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2012年09月29日

「エッグ」野田地図 第17回公演(@東京芸術劇場プレイハウス)二回目

二回目の鑑賞。一回目の感想はこちら。

NODA・MAP 第17回公演 「エッグ」(初日)
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/51358491.html

鑑賞前に「新潮 10月号」に掲載された戯曲をざっと読んでおいた。

前回は初日ということもあって芝居にもややまとまりがない印象を受けたのだが、今回は大分こなれていたような気がする。そして、観る側も戯曲を読んでいたので、非常に理解しやすかった。これから観る人に言っておきたいことは、戯曲の冒頭の6ページぐらいで構わないので、読んでおいた方が良いということだ。それだけで、芝居の構造がわかる(時空の配置と、野田秀樹のセリフ、そして深津絵里の歌う歌の歌詞)。特に、前から10列目程度よりも後方の席で観る人にはお勧めしたい。野田秀樹は以前からちょっとセリフの聞き取りやすさに難のある役者だったが、舞台が大きくなるとそれが顕著になる。この箱は役者野田秀樹にはちょっと大きすぎて、何を言っているのかが聞き取れない。そして、それが聞き取れないと、舞台の構造がわからなくなってしまうのである。

舞台が役者にとって大きすぎる、というのは、本作の場合、野田秀樹だけに当てはまるわけではない。名優橋爪功にもちょっと持て余し気味な印象だし、女子高生役の女の子たちは言うに及ばず、妻夫木聡にも大きすぎる。むしろ、大丈夫な役者の方が少ないくらいだ。物語を見せる現在の野田秀樹の芝居にとっては声が届かないというのは致命的で、それは観客サイドで補う必要がある。それが、「戯曲を読む」という行為である。また、全般的に良い演技を見せていた深津絵里だが、残念ながら歌唱の際の滑舌に問題がある。ここを補う意味でも、戯曲は役に立つ。

別に新潮社から何かをもらっているわけではないけれど、「新潮 10月号」は他にも面白い文章が掲載されていて、見所が多く、買って損はないと思う。

いや、ちょっと思うのは、劇団の先行予約で受け付けておいて、15列目とかはちょっとないんじゃないのかなぁー、と。そのあたりになると、正直、S席相当ではないと思う。下記を見るとわかるけれど、ほとんどS席なんだよね。

エッグ 座席表
http://www.nodamap.com/productions/egg/img/playhouse.pdf

でも、J列以降だと、この出演者では正直厳しい。正面を向いて発声していれば問題ないものの、ちょっと横を向いて声を出していたら、15列目までは声が届かない役者が半分くらいいるのだ。見切れてしまうから安くするというのは当たり前だが、声が届かないのも同じように安くするのが当たり前だと思う。

劇評が日経新聞に掲載されているのを読んだが、恐らくこれを書いている人の座席はかなり前方なんだと思う。ぜひ二階席正面などから観劇してみて欲しい。受ける印象は全く異なるはずだ。きちんと声が届いているなら「遠いほうが全体の構図がわかりやすい」などの考え方もあるが、最近の野田秀樹作品は「遠くから観たのではつまらない」という状態になっていることがわかると思う。

僕は野田秀樹がシス・カンパニーと文化村から離れたことを歓迎したクチである。その理由は、シスがあまりにも興行重視で、劇の質を無視していることと、文化村の料金の高さにあった。シスを離れ、拠点を芸術劇場に移して、それが改善されるかと思ったら、さにあらず。これでは何で変化を求めたのかがわからない。

#野田さんは、観客が満員に入っている状態で、客席の後ろの方から自分の芝居を観たことがないのだろうか・・・。それとも、シスや文化村とは別の問題をやっぱり抱えていて、思ったような芝居ができないでいるんだろうか。

さて、今回は運良くH列29番という、端ではあっても前から8列目というポジションだったので、内容はきっちりと把握できた。物語の流れは過去に一方的に遡っていくだけなので、以前の野田作品のような難解さはない。そして、後半、強烈にアピールする人間の「醜さ」には何の救いもない。まぁ、それはそれで良いのだけれど、何十年経っても心に残っている、「少年はいつも動かない。世界ばかりが沈んでいくんだ」といった、「セリフ」そのものが野田作品の特徴だったはず。そういうパワーを持った言葉が失われてしまい、道具を使った演出中心に力が入っているのがちょっと残念だった。これは、言葉が通じない海外での公演を通じての、野田秀樹なりの進歩なのかも知れないけれど、日本人としては、ちょっと残念である。

二度目を観ても、やはり評価は☆2つ。面白い作品ではあるものの、この芝居が9,500円のスタンダードになってしまうのはちょっと合点がいかない。衣装や美術、音楽に力が入っているのはわかるけれど、それでも6,000円ぐらいでぜひ、という感じである。

チケットは完売だから、この価格でも観る人が溢れているわけで、それなら価格を下げる理由はないんだけどね・・・。建物、立派になったし。

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