佐野ラーメンとは、栃木県佐野市で食べられてきたご当地ラーメンである。その基本的な特徴は、以下の三点に集約される。
(1)青竹打ちによる手打ちの太平麺
(2)豚骨と鶏ガラを軸に、香味野菜や魚介、昆布などから出汁を取った、澄んだ清湯の醤油味スープが基本
(3)チャーシュー、メンマ、ネギ、なるとといった、きわめてオーソドックスなトッピング
ルーツは、佐野に移り住んだ中華料理人が青竹打ちの製麺技術を伝えたことにあるとされる。全国的に注目され始めたのは1990年代後半。その頃に名を馳せた店として、たとえば次の二軒が挙げられる。
とかの
(1982年創業、2014年12月閉業/佐野市相生町)
偏平な多加水系の縮れ麺は、やや薄めながら高加水率で、麺にとっては厳しい条件にもかかわらず、しっかりとしたコシを保っていた。スープの絡みも良好である。スープは鶏ガラと豚骨のブレンドに野菜を加えたものと思われ、あっさりとしながら、ほとんど塩味と錯覚するほど繊細な醤油味。旨味の引き出し方が見事だった。チャーシューは脂多めで薄味のタイプ。
精養軒
(1939年創業/佐野市万町)
喜多方ラーメンよりやや細めの多加水太平麺で、プチプチとした歯切れの良い食感が心地よい。スープとの絡みも良い。豚骨と鶏ガラをベースに、玉ねぎを中心とした野菜がふんだんに使われ、強い甘みがある。生姜で臭みを抑えた、非常にマイルドな味わい。チャーシューは堅めの煮豚タイプである。
現在ではご当地ラーメンも多様化し、「佐野ラーメンとは何か」「喜多方ラーメンと何が違うのか」という問いが自然と浮かぶ。その最大の特色は、やはり青竹打ちにある。もっとも、重要なのは竹そのものではない。ポイントは「手打ち」であることだ。数年前まで佐野ラーメンの屋台骨を支えていた「田村屋」を例に取ると、その全盛期には佐野ラーメンの本質がよく表れていた。それは、麺の太さが均一でないという点である。
日本人にとって最も身近な手打ち料理は蕎麦だろう。手打ち蕎麦の名店では、麺の太さが機械打ちのように揃っていることに気づく。「手打ちでありながら均質である」ことは、高度な技術の証であり、称賛の対象となる。しかし、佐野ラーメンにその価値基準を持ち込むと、本質を見誤る。短期間の取材で有名店を巡り、記事を書くタイプのラーメンライターほど、この罠に陥りやすい。
麺が均質でない、つまり太い麺と細い麺が混在していることの利点は明確だ。太い麺による歯応えと、細い麺によるスープの絡みを、同時に味わえるのである。この「歯応え」と「スープの絡み」の両立は、ラーメンにおける永遠のテーマだ。二郎系のような極太麺は歯応えを得やすいが、その分、麺量が多くなり、味を乗せるためには濃厚なスープが必要になる。その結果、スープは必然的に強い味付けになる。
「太い麺には濃いスープ」。これはラーメンにおける一種の方程式であり、太い麺に繊細なスープを合わせるのは極めて難しい。一般に、麺を決めればスープの方向性もある程度決まる。複数のスープを出す店が、スープごとに麺を変えるのはそのためだ。
ところが佐野ラーメンでは、手打ちによって太さの異なる麺が混ざることで、この構図が崩れる。太麺と細麺の割合によって、対応できるスープの幅が広がり、許容範囲が大きくなるのだ。だからこそ、レベルの高い佐野ラーメン店では、繊細なスープでありながら、歯応えとスープの絡みを同時に楽しむことができる。
もっとも、佐野ラーメンは決して完全無欠ではない。最大の特長は、同時に最大の弱点にもなりうる。
第一の弱点は、量産の難しさである。手打ち蕎麦店の多くが昼営業のみなのは、麺打ちが重労働で、夜の分まで用意できないからだ。ラーメンの麺はつなぎがしっかりしていて保存がきく分、蕎麦より難易度が低いとはいえ、手打ちでの大量生産はやはり困難である。繁盛店になるほど麺の供給が追いつかず、結果として質が下がる。大行列を生む店ほど、手打ち麺のクオリティコントロールに失敗し、客層が観光客中心になるという皮肉な現象が起きる。手打ちのように見せて機械打ちしている店も少なくないようだ。
第二の弱点は、技術が属人的であることだ。名人の弟子が必ずしも名人になるとは限らない。継承すべき技術は、機械打ちのような精緻さではなく、あえて言えば「乱雑さ」である。これは数学や物理のように正解が一つの世界ではなく、美術のような感覚の分野だ。その完成度を長年維持し続けるのは容易ではない。優良店を保つより、新しい天才の出現を待つ方が簡単ですらある。
それでもなお、技術を継承し、暖簾分けを行い、高水準の佐野ラーメンを提供し続ける店は確かに存在する。新陳代謝は起きている。ただし、そうした良店を見つけるのは観光客には難しい。雑誌に載り、テレビで紹介された時点で、それはすでに「終わりの始まり」であることも少なくないのである。