どういう将来を選ぶのか、それを決めるのは現役の棋士たちのはずなのだが、問題はそれにいつ気がつくか、だと思う。
実は、今女流が立ち上げつつある新団体も、新しい希望となる可能性がある。今は女流の新団体という位置づけだが、新しい価値観を持つ、新しい将棋連盟として、志のある若手棋士(男性のプロ)を内部に収め、現在の日本将棋連盟に取って変わる可能性もある。新団体が急にステータスをアップさせることは考えづらいが、日本将棋連盟の凋落スピードが予想外に早ければ、その可能性もなくはない。内部から徐々に変えるよりも別組織にしてしまったほうが手っ取り早いということだ。その際、恐らく重要となるのは外部人材の登用である。将棋指し以外にも将棋に造詣の深い人間は存在する。そうした人たちをいかにして取り込んでいくかがポイントとなるはずだ。今必要なのは、将棋のプロとは別の視点で経営を考えることである。逆にそれができないのであれば、新組織も日本将棋連盟と大きく変わらない組織になるだろう。新しい価値観を持つ、若くて感受性の高い外部の血を導入できるかどうか、である。
将棋というゲームがどう変質するかはこれまで散々書いてきたのだが、そこも簡単にまとめておく。将棋はソフトが網羅的にロードマップを描いた中で人間が個性を発揮する場と変質すると思う。勝負の要素は減少し、トップは芸術的色彩を濃くし、それ以外はこれまでどおり余暇として存在することになるだろう。そして、余暇として将棋を楽しむ人口は漸減傾向が続くことになると思う。
では、将棋という文化はこのまま消え去るのみなのか。さすがに僕もそこまで悲観的な予想は立てていない。特に重視されるのは将棋が生み出す人と人とのコミュニケーションである。挨拶に始まり挨拶に終わる「道」的な要素は日本人がとても好むところであるし、実際に顔を合わせて将棋を指す楽しさはネット将棋では味わえないものである。昔からの友達と将棋を指す楽しさは、どんなにコンピュータが強くなったとしても代替はできない。そういう面が将棋に対して強く求められるようになったとき、その能力に優れる女流棋士たちの活躍の場は、大いに広がっていくのではないかと思う。
のんびり縁側に座って友達と将棋を指す。そんな休日があっても良いはずだ。

スーパーインデックス
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将棋というゲームの変質
プロ棋士の価値
パラダイムシフト
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