さて、講演なんだけど、研究不正防止のための講演会という名目からするとどうか、という内容ではあったのだけれど、話自体はなかなか面白かった。いくつかのポイントを列挙すると、
「音楽」と「社会」という形で対比することがないのと同様、「科学」と「社会」を対比したり、その関係を述べたりするのは良くない。
ニーズに応え続けようとした結果が「あるある大事典」であり、ニーズに応えることが全てではない。
研究者のコミュニティ形成が重要。
競争は大事だが、コミュニティを壊してしまうような競争は良くない。
お互いに助け合わなければ、分野が育っていかない。
生命誌研究館にはサイエンティストライブラリがある。是非一度見てみて欲しい。
言葉は非常に大事なので、いい加減にしてはいけない。「科学」と「科学技術」は異なるもので、国家の戦略に登場する言葉がことごとく「科学技術」に代わってしまったことに抵抗がある。
今の状態での発展は継続性がない。どこかで転換が必要。
名詞で考えると思考停止につながる。「語る」「生きる」といった動詞で考えることが必要だと思う。
インパクトファクターとは異なる概念で、「これからはやる」という意味の「パースペクティブファクター」を研究館の人が考えた。こうした考え方もある。
先を見る必要はあるが、それは急ぐこととは違う。
日本はゲノム解析が終わったときに急ぎすぎたと思う。少し時間を停めて考えてみたらどうだったのか。
生命誌研究館では、「きちんと、誰にでもわかる」という視点で展示、ウェブ情報発信などを行っている。
わからないことはたくさんあるし、全てがわかるわけでもない。「わからない」ということを大事にすべきである。
という感じ。僕が思ったのは、
●タンパク3000などではすでに後継プロジェクトの検討が進んでいる。
●しかし、その審査過程は不透明である。
●文科省サイドには「どうせわからないから詳細は知らせなくても良い」という姿勢がある。
●生活者サイドには「どうせわからないから専門家に任せておけ」という無関心姿勢がある。
●「きちんと、誰にでもわかる」という姿勢が必要では。
ぐらい。