西川美和氏の監督デビュー作。
映画監督というのは誰でもなれるものではなく、当然のように下積み生活があるんだと思う。そういう「やりたくても出来ない時期」が長いとすれば、「思ったようにやって良い」という立場になったとき、それまでにあたためていたことをとりあえず全部出し切ってしまいそうな気がする。だから、映画監督というのは、もしかしたらその第一作に非常に濃い濃度でその思いを濃縮するのかも知れない。
この作品のテーマは「嘘」。ひとつの家庭を中心に、一見円満に見える生活の裏に隠されている嘘を少しずつ明らかにしていく。そして、真実が見えてきたときの周囲の心の動きを丁寧に映像化している。
冒頭、教室での一こまがこの映画の全て、あるいはこの「蛇イチゴ」以後の西川作品の全てに通じていると思う。金魚の世話を毎回サボる男の子と、それを糾弾する女子生徒、そして、金魚の世話係のもう一人の女の子。男の子は終始多くを語らず、ただ下を向いている。糾弾する女子生徒は「お母さんが病気になって、といって、朝、世話をしに来なかった。でも、昼にはお母さん、元気に外を出歩いていました。そして、次の日もまた具合が悪くなったといって、サボったんです」と、理詰めで現状を指摘する。このクラスの担任の倫子はその指摘を受けて、「ごめんなさいって、謝ろうよ」と男の子を指導する。しかし、最後に世話係のパートナーの女の子は、「本当に嘘なの?本当に具合が悪かったんじゃないの?」という問いかけを倫子にする。この話の真相は最後まで明らかにされないのだが、嘘と信じ込んでしまうデータを羅列して、間違った方向へと誘導される大衆心理と、その裏にある真実は必ずしも一致しない、ということを提示している。パートナーの女の子の問いかけは若干親切すぎる気もしないではなく、小説や映画にそこそこ触れていれば、「あぁ、こういうことかな」と察しがつくし、西川監督の他の作品を観ていればなおさらなのだけれど、このあたりはデビュー作ということもあって、若干饒舌になっているのかもしれない。
作品の中では、そのあと、たくさんの嘘が描かれていく。ずっと隠していた嘘、映画の中で生まれる嘘、自分に対する嘘、あれやこれやで嘘のてんこ盛り。そして、最後に、ちょっとした真実を混ぜてみる。どこまでが嘘で、どこからが真実なのか、あとは皆さんの判断にお任せします、というところで映画は終了。なるほど、「ゆれる」や「ディア・ドクター」と根っこの部分で良く似ている。だから、この2作品を観て「面白い」と思った人は、一度観ておいても損はないと思う。
西川監督、どうやら自分が好きな俳優さんを使う人のようで、その好みが自分と似ているので、安心して観る事ができる。宮迫博之さんは舞台で観たときはイマイチだったけれど、映画ではなかなかに上手。この人は舞台より映画が向いているようだ。つみきみほは結婚してからあまり見かけなくなったけれど、彼女の金属質な声が好き。他の俳優さんたちもみんな上手で、良い感じで映画を彩っていた。
たくさんの嘘の中にある数少ない本当、彩度の低い映像の中で数少ないヴィヴィッドな物体、周囲の音を消去した中での対象物の音声。こうしたコントラストを意図的に盛り込んでいく西川監督の手法が上手に表現された一作だと思う。評価は☆2つ半。