ミクシィの映画コミュで「邦画はマクロ的に見てクソだと思いませんか?」という投稿があったので、どうなのかなぁ、と思って考えてみました。
まず、去年劇場で観た映画について考えてみます。僕は観た映画を全て☆3つ満点で評価しているのですが、構成はこんな感じでした。
評価別本数(括弧内は邦画の数)
☆☆☆ 8(2)
☆☆★ 8(1)
☆☆ 11(4)
☆★ 12(4)
☆ 11(6)
★ 3(2)
なし 6(4)
(出典はこちら)
確かにマクロ的に見て邦画のクソ比率は洋画に比べて高いような印象があります。仮に☆半分以下をクソ映画と定義しますと、
洋画 鑑賞数 36 クソ映画数 3 クソ映画率 8.3%
邦画 鑑賞数 23 クソ映画数 6 クソ映画率 26.1%
となって、非常にはっきり数値化できます。邦画が全てクソだとは言いませんが、僕の評価基準では、クソ映画である確率は洋画に比べるとはるかに高いようです。
次に、なぜ邦画のクソ映画比率が高いのかについて考えてみます。が、邦画にクソ映画が多いことについていきなり総論として述べるには、僕の場合はサンプル数が少なくてなんとも言えません。そこで、クソ映画認定された映画を列挙して個別に考えてみることにしました。昨年から今日にいたるまで、僕がクソ映画(☆半分以下)認定した邦画を列挙しつつ、一行コメントしてみます。
L change the WorLd ★
ウイルスの設定に科学考証欠如。南原があまりにもタコ役者。
西の魔女が死んだ ★
「泣いてください」という押し付けが嫌味。映像より文章で楽しみたい。
アマルフィ ★
突っ込みどころ満載の馬鹿映画。ただし、そういう視点からは楽しめる。
ちゃんと伝える ★
面白そうな設定なのにそこで終了。全然ちゃんと伝わらない映画。
重力ピエロ ★
中途半端なデスノート。私刑を肯定するストーリーが大きな疑問。
20世紀少年<第2章> 最後の希望 ★
実写にした意味が不明。漫画を映画にしただけ。詰め込みすぎ。
銀色のシーズン
あほらしいストーリー、凡庸なスキーシーン、突っ込みどころ満載。
映画クロサギ
普通に詐欺の話で映画化の必要なし。人物描写もドラマに劣る。
ハッピーフライト
ANAの就職説明会ビデオかと思うようなANAプロモーション満載。
ゲゲゲの鬼太郎
説教くささに辟易。ストーリー破綻。大人も子供も楽しめない。
山形スクリーム
人を楽しませるのではなく、作り手が楽しんでいるだけの映画。
THE CODE/暗号
劇中中国人の中国語がへたすぎ。目立つ探偵、当たらない銃撃戦。
こうしてみると、
1.安易な映画化
2.作りこみが甘い脚本
3.内輪受け
ぐらいが全体的な特徴かもしれません。
さて、ではクソ映画の逆、邦画の優良作品についても考察してみます。僕が昨年から今日までで、☆2.5以上をつけた映画は邦画、洋画双方を列挙すると次のようになります。
洋画
イースタン・プロミス(EASTERN PROMISES) ☆☆☆
つぐない ☆☆☆
ボーダータウン 報道されない殺人者 ☆☆☆
宮廷画家ゴヤは見た ☆☆☆(2006年製作)
アイアンマン ☆☆☆
WALL・E/ウォーリー ☆☆☆
レスラー ☆☆☆
グラン・トリノ ☆☆☆
ゼア・ウィル・ビー・ブラッド ☆☆★
クローバー・フィールド ☆☆★
THE BUCKET LIST(最高の人生の見つけ方) ☆☆★
ミスト ☆☆★
ブーリン家の姉妹 ☆☆★
ダークナイト ☆☆★
男と女の不都合な真実 ☆☆★
トランスフォーマーリベンジ ☆☆★
慰めの報酬 ☆☆★
96時間 ☆☆★
消されたヘッドライン ☆☆★
バーン・アフター・リーディング ☆☆★
チェンジリング ☆☆★
邦画
デトロイト・メタル・シティ ☆☆☆
スカイ・クロラ ☆☆☆
サマーウォーズ ☆☆☆
ディア・ドクター ☆☆☆
百万円と苦虫女 ☆☆★
ジェネラル・ルージュの凱旋 ☆☆★
K-20(TWENTY) 怪人二十面相・伝 ☆☆★
こうして洋画と邦画を比較してみると、邦画の良さというのも見えてきます。まず、アニメ2本が日本らしいのは当たり前として、K-20は邦画としては映像的にかなり頑張っていたと思いますし(方向性としては三丁目の夕日)、ディア・ドクター、百万円と苦虫女は邦画らしい良さに溢れていたと思います。これらの良さとは、古きよき昭和の香りや、地方都市の良さを上手に映画に盛り込んだ点だと思います。また、デトロイトとジェネラルは役者(マツケン、堺)の演技によるところも大きかったと言えます(百万円の蒼井優も良かった)。こうして見ると、優良な邦画のポイントは、
1.日本らしい特撮の使い方(懐古的な使い方)
2.日本の田舎を舞台にした映画
3.良い役者を使ったもの
4.アニメ
ぐらいに整理されるのかなぁと思う次第です。
良い映画について洋画と邦画の対照で考えてみると、邦画が苦手とするものは、
1.特撮にお金をかけた娯楽大作
2.社会問題や老いなどを扱った骨太な作品
あたりがあげられるわけですが、1についてはもうどうしようもないです。日本語というだけで公開される市場は限定されてしまいますから、商品価値はスタートの時点で洋画に比較して低いことになります。商品価値が低いものに対して初期投資できないのは仕方がありません。2については昔に比較して良作が減ってきている印象があります。これは、実は原作や脚本はきちんとしていても、それを演じるのが大根なアイドル役者だったりすることが大きいかも知れません。
ところで件のミクシィのトピックでは「クソ」という表現をめぐって良識派が削除を求めていて辟易とします。自分と異質のものを認められないというか、島国根性丸出しというか、何か自分の価値観と異なることがあるとすぐに削除してしまおうとする考え方はなんだかなぁ、と思わされます。僕はちょっと前にラーメンオタクについて「ラーメンキチガイ」という表現を意識的に使いましたが、これなども一部ではきっと「魔人ブウ*がラーメン愛好家をラーメンキチガイとか言ってる」などと評判になっているだろうな、などと思っています。でもね、表現と思想とは必ずしも一致しません。「キチガイ」と書いたところで、それの意図するところは千差万別だし、それを受け取る側も色々です。もちろん不快に感じる人もいるだろうけれど、それを承知の上で「キチガイ」と表現する自由もこの国にはあります。「放送禁止用語だから、使うべきではない」などというのは正真正銘の馬鹿です(ただし、主観)。同様に、映画を「クソ」と表現する自由もあります。それをどう受け取るかはそれぞれだけれど、きちんと文責を明示した上で「クソ」と言うなら、それは尊重されるべきだというのが僕の考え方です。この点で、2ちゃんねるとミクシィは明確に差があります。そういう環境の中で、「クソなんて表現はけしらからん。削除すべし」と書いている人達は、自分達が正しいことをやっていると思っているのでしょうが、それは、あなた達が「こいつらは気味が悪いな」と思っているに違いない、北朝鮮が国家としてやっていることと全然変わらないことなんですよね。
インターネットは表現の自由が保障されていることが最大の特徴。同時に表現した人間にはそれに見合うだけの責任を負わされます。逆に言えば、責任さえ負うなら、何を言っても自由。そうした中で、「誰が何を言ったのか」というのが簡単に連結できるかどうかが、2ちゃんねるとミクシィの唯一の相違点なんですが、そのあたりのことを素人は理解できないんですよね。
「邦画はクソだ」と言った人間がいたとすれば、その発言に対しては責任を負う必要があります。でも、その発言に対して責任を負うなら、そういう発言をする自由もあるはず。そのことに対して、「この発言は不適切だから削除すべきだ」とか、「この表現は好ましくないから変更すべきだ」などと発言することは、やっぱり思想的に北朝鮮的なんだよな、と思います。そして僕は「お前は北朝鮮的だ」などと思われることは嫌なので、そういう発言は間違ってもしないわけですが、平気でそういうことを書く人がそこそこ大勢いることが驚きです。