
まず、純粋に小説だけについて感じたことを。
内容自体は謎解きというよりは社会派小説という感じ。一つの謎は配置されるものの、そのミスリード具合は非常に小さく、さらっと読んだら気づかない人もいるかも、というレベル。なので、読後に「あー、そうだったのか」と膝を叩くような感じではない。それよりも何よりも、著者の少年犯罪に対する視点と問題提起。このあたりに主眼がある。その上で、警察とは何なのか、警察が守ろうとする法律の本質は何なのか、正義とは何なのか。小説の登場人物を通して「これからも答えを探し続ける」と語らせた著者の声は、法治国家に当たり前に存在している人間全員がいつも考えていなくてはならないことのはず。そうした、「ぼんやりとは感じているものの、当事者意識を持って真剣に考えることのないテーマ」について、しっかりと文書化したことに、この小説の価値があると思う。
メインの人物に関する記述を極力控え、周辺に配置した人物を丁寧に描くことによって、その中心人物の輪郭をくっきりとさせていく手法は東野圭吾の一つの芸風になりつつあるのかも知れない。
ちょっと生理的に受け付けにくい部分も含まれてはいたけれど、評価は☆2つ半。エンターテイメント性が薄いので、東野圭吾の代表作とは言いにくい(個人的には彼の代表作は「秘密」「白夜行」「容疑者Xの献身」あたり)のだけれど、読後感がさわやかでもなくても構わないという人なら読んで損はないと思う。
続いて映画についても。原作を読まずに映画を観た感想は「東野圭吾って、こんな雑な話を書く人じゃないよな」というもの。
映画の評価:さまよう刃
どうにも釈然としなかったので原作を読んでみたわけだけれど、こ、これは・・・映画化によって原作がレイプされている、そんな感じ。手足を縛って自由を奪ってやりたい放題、みたいな。以下、映画を観たときの自分の疑問に対する回答。
あの本の分量からすると、かなりの部分が端折られているはずだし、この手のストーリーだとラストとかも改変されている可能性が高い。
端折られていたし、改変されていた。しかもかなりの程度に。
登場人物も減らされているに違いない。
重要な人物が減らされていた。
脚本化の段階で相当やらかしているんだろうな
やらかしていた。
こういう杜撰な展開にするはずがない。
きちんとした展開だった。
多分、原作を読んでから観たほうが良かったんだと思う。
いや、これはちょっと違うかな。「あの原作をこんな風に蹂躙してしまうなんて」と怒っていたと思う。
「さて、どうなるんだ、このラストは」と思っていたら、「えーーー、本当にこれでおしまい?」みたいな感じである。
小説はちゃんと終わっていた。
スカッとした爽快感もなければ、イーストウッドのような後味の悪さもない。あ、そう・・・みたいな。
後味の悪さは残る。しかし、小説としては十分に成立していた。
ところで、主人公はライフルに手を加えるほどの知識をどこで得たんだろう?
小説ではちゃんと知識を持っていた。そして、その知識を映画のように使ったりはしなかった。
なんだかなぁ、この映画を観て、この小説を読むと、今の日本の原作物を料理する力量が圧倒的に不足していることがわかる。ダメだ、こりゃ、という感じ。怒るというよりも、悲しくなる。多分アマルフィとかも酷いことになっているんだろうなぁ。