このブログのCSSを最後にいじったのが2004年8月4日。
そのあと、僕のブログのタイトルは何度も変わっているし(実際には正式なタイトルは「まにあな日記」)、トップのバナーの絵も変わっているのだけれど、基本的なCSSはずっと変更なしにやってきている。それで、例えば昨日のこのブログのアクセス数はVisit数で3288、Page Viewで4189だったけれど、平均をこの10%としても、一日300人、5年間で少なく見積もっても延50万人が見ていることになる。その間にコメント欄を通じて「文字が小さい」と言ってきた人が3人。それも、一昨日1人、昨日1人、今日1人だ。その3人はCSSを変更して文字を大きくして欲しいみたいだけれど、文字のサイズなんてブラウザ側で調節できるんだし、このブログは個人ブログ。別にきちんとしたアクセシビリティを確保しておくべきだとも思わない。ということで、現状CSSを変更する予定はない。
ブラウザで文字の大きさを調整する方法だけれど、僕が使っている範囲では
IE8
メニューの「表示」→「文字」で調整
Firefox
メニューの「表示」→「ズーム」で調整
で可能。ちなみに僕の環境では「コントロール」を押しながらマウスのホイールを回転させるだけですぐに出来てしまう。
さて、閲覧サイドで簡単に調整できるのに、わざわざCSSの変更を要望してくるというのは何なんだろうなぁと朝っぱらから考えてみた。現状のサイズが読めないほどに小さい文字だと言うのならともかく、老眼じゃなければ普通に読める。それで、「別に読んでもらわなくても構いません」と書いたら、今度は「あなたのファンです」とか書いてくる(笑)。
#自称「僕のファン」の人のIP調べてみたけど、ここ4ヶ月でアクセスしたのは2回だけ。一応、ちょっとIPを削って範囲を広げて調べてみたけど他の該当者は見つからない。もちろんIP検索が万能ではないし、実際ファンなのかも知れないけど、それなら5年間も我慢してたのかな?
文字サイズが閲覧している人にとって最適かどうかなんか調べようがないわけで、そりゃ一部の人の目には小さいかも知れないけれど、僕の目には別に小さくないわけで、こんなのは主観をベースにした水掛け論。僕はこの大きさが好きなんだ。文字が小さいのも含めて僕の主張なんだ。だから、文字が小さくて嫌なら、閲覧側で調整すれば良い。その自由度はちゃんと確保してあるし、そのための機能もちゃんとあるんだから。
こんなやりとりを通じて見えてくるのは、ネットの向こう側にいる人達の中には、「自分は大事な閲覧者のひとりだから、その想いは尊重されてしかるべきだ」という勘違いをしている人が紛れているかも知れないということだ。少なくとも僕の場合、ひとりひとりは300人の中のひとりに過ぎず、その人に対してだけ特別な配慮をするかといったら、多分しない。
色々な場面で議論していても、何かを主張するときに「みんなそう思っています」と持論を補強する人が散見されるけれど、「みんなって誰ですか?」と質問すると、「みんなはみんなです。常識でわかりませんか?」などと返答する。この類の人達は持論を論理的に補強することができないので、最終的には数、それも根拠のない数や、常識などというこれまた目に見えないものを引っ張り出してくる。僕とかは目に見えないものは一切信用しないし、常識もはじめから疑ってかかるタイプの人間なので、「あぁ、そうですか。それはそれで一つの見識ですね。では、そういうことで」とスルーしてしまう。要は、「あなたなんか、眼中にありません」と言ってしまっているわけだが(笑)、この手のクラスターが次にやることは、「私はあなたのファンです」などと仲間であることを主張することだったりする。「あなたの意見には同調します。仲間です。だから、私の意見にも耳を傾けてください」ということなんだろうけれど、残念ながら僕は自分の主張を数によって正当化したいと思っていないので、仲間であるかどうかも関係ない。これは僕とリアルに付き合いのある人達なら誰でもわかっていることだけれど、僕はある一つのテーマにおいて同じ想いを共有できる人間であっても、別の事象において違うスタンスであれば、容赦なく反論する。ひとことで言えば馴れ合いの拒否であって、「ファンです」とか言われたところで対応は何も変わらない。もうちょっとストレートに言えば、僕はファンなんか必要としていないのだ。だから、「ファンです」とか言われても、「あ、そう」でおしまいである。それで、こういう姿勢を明確にすると、また切れちゃったりするのがこの手のクラスターだったりする。
まぁ、別にどうでも良いんだけれど、こういうムラ社会気質が僕の最も嫌いなところなので、僕に対して「あなたのファンですが」と書いてくるあたりでもう「こいつはわかってない奴だな(苦笑)」となって、生暖かい目でみてしまうことになる。
大体において、僕は目にみえていない個人の意見を全く尊重しない。都合の良い意見は取り入れる(例えば料理について色々アドバイスしてくれるのはとてもありがたいわけで、そういう時は相手がどこの誰だろうと関係なく取り入れさせてもらう)が、必要がないと思った意見は全部スルーする。実体が「ある」、「ない」は、意見が「正しい」、「間違っている」とは直接リンクしないが、僕の場合、実体が見えない相手が発する感情論については基本的に無視することにしている。僕が定期的にブログを読ませてもらっている人達とか、一緒に楽しく仕事をしている人達とか、あるいは友人とかから、「元木さんのサイト、もうちょっと文字が大きければ読みやすいんだけれどね」と言われればもちろんすぐに変更する用意があるのだけれど(笑)、まだそういうケースは一度もない。「文字が多くて読むのが大変」という話は時々聞くんだけどね(笑)。
さて、そろそろでかける支度をしようかな。