氏名 元木一朗
応募動機ならびに理事として実現したい事項
1.現在の科学の問題点
昨年の「事業仕分け」において、厳しい裁定が「科学」全般に対して下されたのは記憶に新しい。最近、特に若手の科学者の中から、その原因を「仕分け人の理解不足」や「担当官僚の説明不足」に求めるのではなく、「科学者自らが科学の価値を世に示してこなかった努力不足」にあるという意見が示されている。科学ならびにバイオ産業界における長年の経験から、私はこの意見に強く賛同する。
これまで、メディアを通じた科学知識の周知や、博物館での科学体験活動等は実施されてきている。しかし、一人ひとりの科学者が、日常の生活の中で、科学の面白さ、不思議さをアピールしていく意識が必要だと感じる。例えば、科学者であれば「ふろふき大根を作るときになぜ米のとぎ汁を入れるのか」という疑問に対して、即答ではなくとも、明快な科学的回答を与えられるはずだ。身の回りのいたるところに科学は常に存在しているにも関わらず、その有用性や面白さをアピールする努力を、多くの科学者達は怠ってきたと思う。その結果、科学に国家資金を投じることの必要性が多くの国民の理解を得にくくなり、最終的に「国民の代表」による「仕分け」によって予算が削減されるという事態になったと考えられる。
研究は、多くの関係者それぞれが自分の役割を果たして初めてゴールに辿り着くことができる。研究者はもちろん、技術者、広報担当者、下支えする組織、研究資金提供者、さらには研究成果を事業化する者まで、すなわち上流から下流までトータルにコーディネートされた体制が必要である。今の日本の科学は、上記の中で特に広報、事業化といった部分が非常に弱く、結果として研究成果が社会に発信、還元、蓄積されにくい状態である。このままでは国民に科学の重要性が理解されず、これまで築き上げた日本の科学技術分野での優位性が損なわれることを危惧している。
2.私の経験
私は1998年から約3年間、株式会社三菱総合研究所から理化学研究所(以下、理研)に出向し、ゲノム科学総合研究センター(のちの横浜研究所)および広報室において、規程作成、広報活動、展示プロデュース、科学技術館運営サポート等を担当した。理研への出向期間満了後、官民交流法を利用し、経済産業省生物化学産業課において事業化支援の課長補佐となった。就任直後から全国のバイオベンチャー約70社を実際に現地訪問し、そののち、主担当者としてベンチャー人材育成のための事業を実現した。その活動の中でバイオ専門ベンチャーキャピタルより招聘され、産総研ベンチャー株式会社アドバンジェンの社長に就任し、創薬系バイオベンチャーの経営経験を積んだ。同社退職後、主としてIT技術を活用した広報活動支援を行う株式会社ライブログを設立、現在5期目となる。現在はその他2社の役員も兼務している。
また、吉備国際大学で2006年より「バイオベンチャー」の講座を持ち、文系学生にバイオ、ベンチャーについて講義を実施している。加えて経済産業省系のバイオベンチャー育成関連委員会の委員を務めるなど、バイオ産業・人材育成の最前線に立ってきた。
科学に対する一般理解の増進をライフワークとして、「親と子のゲノム教室」(ラトルズ、2003年)の出版や、科学技術館インストラクターへのレクチャー活動を実施してきている。
3.私の強み
(1)理研での勤務経験がある、(2)民間(大手シンクタンク、ベンチャー企業)と公務員の両方の業務に幅広く精通していることから、客観的に情勢を判断、意思決定できる、(3)創薬系およびITベンチャーの社長経験があり、理研ベンチャーを始めとする既存ベンチャーの活動支援および新たなベンチャー設立に対して、社長経験者、会社設立経験者として実務的なアドバイスができる、(4)複数の会社の社長、役員を経験し、責任を負った経営判断を瞬時に下す経験を長年にわたり積んできている、(5)ネットを中心とした活動の専門家であり、ボーダーレスな社会におけるグローバルなコミュニケーション関連ツールに精通している、(6)近年「サイエンス・コミュニケーション」と言われている種類の活動に早くから着目するとともに、レポート、著作を発表するなどアウトプットを出してきている、などが挙げられる。
4.応募の動機
これまでの経歴を活かし、科学の価値に関して一般生活者の理解を得るための包括的かつ効果的な活動を理研で実施したい。それにより、私が理研および経済産業省で学んだことを社会に還元することができると考える。
理研在職当時から、「理研って何をやっているのかよくわからない」という声を聞いてきた。私は理研において、研究者と国民との相互理解が高度に進んだ「理研モデル」を実現、提示したい。そのためには理研職員全員が、納税者である国民を含めた全ての人の協力なしには研究は行えないことをきちんと意識し、お互いに敬意を払い、理解を求める姿勢を持つ必要がある。理研の職員にその意識を植え付けると同時に、グローバルな情報発信、生活者とのコミュニケーション形成を理事という立場から総合的に指揮していきたい。
5.新しく挑戦したい事業
新しい試みの一つとして、近年選挙の議席数予想などで成果を上げている「予測市場」というIT技術を応用し、科学技術の将来予測を行うことを考えている。ハイレベルな研究者達の頭脳と感覚を使い、明確な答を出しにくいが社会的な関心が高い事柄に対して、一定の科学的信頼度を持つ見解を示そうというものである。
また、ブログ、SNS、Twitterといった既存ITシステムを利用し、理研と多くの生活者との国境を超えた双方向コミュニケーションの基礎を確立したい。
これらは、理研と社会との接点を増やし、理研の研究活動に対する一般の関心を惹起するきっかけとなるだろう。
6.まとめ
以下、理事となったときに中心となって実施したい活動を箇条書する。これらを実現することによって、理研がこれまで以上に国民に存在意義を認められる組織に成長すると確信している。
(1)ITによるグローバルな情報発信(一般ウェブサイト、ブログ、SNS、Twitter等)
(2)研究成果の事業化支援(ベンチャー支援、ベンチャー設立支援)
(3)コミュニケーションの促進(サイエンスカフェ開催、科学系博物館への協力等)
(4)理研の知恵の転用(予測市場による科学技術予測等)
理事の公募にあたって送付できるものは履歴書以外ではこの自己アピール文書だけ、しかもA4二枚以内ということだったので、これが分量的には精一杯だった。正直に言えば、書類選考ぐらいは通るだろうと踏んでいたので、そこで落ちたのにはちょっと驚いたのだけれど、要は自信過剰というやつだったのだと思う。この内容がイケテなかったのか、内容は良いけれど実行能力に疑問符がついたのか、あるいは全く別の理由なのか、そのあたりはわからない。
応募にあたっては、現在も理研で中堅やかなり上の方のポジションにいる方々、大学の先生や名誉教授などからも応援の言葉をいただいていたのだけれど、期待にそえるだけの実力がなかったということで、大変申し訳なく思っている。それぞれの方々にはまた別途ご挨拶するとして、ちょっとだけブログでバイオ的な補足というか、説明だけしておきたいと思う。本当はこういったことも書いておきたかったのだけれど、そのあたりは二次選考の面接で述べれば良いか、と思っていたら、残念ながらその機会はなかった。
僕が今回応募するにあたって考えたのは、「科学者の楽園たる理化学研究所をどうやったら再生出来るのか」ということである。応募書類にはここまでストレートに書かなかったが、内部の人たちと話をしていても、「理研というブランドは明らかに東大に劣っており、またそれに続く大学と比較しても、とても『楽園』という表現がフィットする場所ではない。東大と理研を兼務している研究者は、テレビに出ると東大の肩書きを前面にだしたりして、理研は認識度が低い」という声が聞こえてくる。そもそも、「理研」と言っても、日本全体で見れば知らない人の方が多いのが実情だろう。そんな状況にあって、どうやったら、大学とも、企業の研究所とも異なる、理化学研究所を作り出していけるのか、ということを考えた。そして、そこで出てきた結論は、上の文書を読んでもらえればわかるとは思うけれど、「科学と社会の橋渡しができる組織」であり、また、「社会とコミュニケーションを取れる研究者のインキュベート」だった。もちろん、全ての研究者が社会とコミュニケーションする必要はないと思う。ただ、コミュニケーションを希望している研究者は決して少なくないと思う一方で、そういう人たちをサポートしたり、活躍の場を与えてあげたり、さらにはそうした活動に対して責任を取ったりすることがあまり見受けられない。理研が国の方を向いているのは仕方ないとしても、理事の一人ぐらいは社会を向いて、また、社会の方を向きたいと考えている研究者や、それを支援したいと思っている事務方を支援するとともに、旗を振ることができたら、と考えたわけである。そして、僕が作った場で活躍した人たちは、理研を卒業して他の組織に出ていったときにも、「さすがに理研から来た人は違う」と思ってもらえるとも思ったわけだ。
ブログでバイオの連載をずっと読んでくれている人なら、僕のこうした考えは首尾一貫したもので、応募書類の中身についても昨日、今日で突然思いついたものではないことはすぐにわかると思う。
世の中はようやく「科学についての理解をきちんと深めていきましょう」という雰囲気ができつつある。しかし、その一方で、「そんな悠長なことをやっていたら間に合わない」という考え方もある。ノーベル賞科学者があわてふためいて(?)国に圧力をかけたりするのはその一例だったりもする。ブログでバイオの68回で僕が書いたことは、「そんな状態であったとしても、やはり僕たちはきちんと基礎体力をつけていかなくてはならないのではないですか?」ということ。別に圧力をかける人がいても構わないけれど、僕は圧力をかける側にはまわりたくないし、ノーベル賞科学者達が圧力をかけている最中にも、別のことをやった方が日本の科学のためだと思う。
国に圧力をかけるべき存在は、有識者ではなく、国民だと、僕は思っている。
僕自身はその信念のもと、色々動いてきたわけだけれど、理研が理事を公募しているという話を理研の内部の人から聞いて、「いっそのこと、理研の中に入って旗を振ってしまえば早いんじゃないか」と考えたわけである。そして、冒頭にも書いた通り、自らの実力不足ゆえ、その活動は実現しなかった。やはり、今まで通り、地道にゆっくりやっていくしかないようだ。
ちょうど今日、朝日新聞に「科学への信頼回復問う」という記事が掲載された。日本よりもずっと透明性が高く、科学と社会のコミュニケーションが密に見える欧米の研究者でさえ、「私たちは一般大衆との間でのコミュニケーションやデータの公開の面では課題を抱えている」と述べているようだ。しかし、日本において、企業の研究所でこうした活動を展開するのは非常に難しい。では、大学では可能なんだろうか?日本人が誰でも知っている「東大」が旗を振ることが可能なんだろうか?
今回、応募にあたっては少なくない方々に期待をさせてしまいました。ご期待にそえることができず、大変申し訳ありません。引き続き、科学、特にバイオテクノロジーの国民理解の増進に向けては微力ながら努力を続けていきたいと思っておりますので、これに懲りずに今後ともご支援をよろしくお願いいたします。