最近、将棋を見るときはネットでの中継コメントを読みつつ、激指君に棋譜を入れてその形勢判断を参考にしている。
そうやって観戦していると、序盤は大抵形勢に差がつかない。過去にプロの実践例があって、「この辺は互角だよね」という検討結果があると、それがソフトに反映されているようだ。中盤になってそういった定跡から離れると、ソフトの独自の形勢判断が出てくる。そして、最終盤になって、はっきりと形勢に差がついた時点では大抵の場合、プロの解説・検討とソフトの形勢判断は一致する。一番面白いのは、中盤から終盤の入り口付近なのだ。
さて、今、竜王戦挑戦者決定三番勝負の第二局が行われているけれど、今、僕のソフトの形勢判断は久保二冠が有利という判断(後手−335)。この数字はマイナスがついていると後手が有利で、数字が大きくなるほど形勢に差がついている。335という数値は決して小さくない。小さくはないのだけれど、この数字が終盤の入り口ぐらいで一気に縮小することも珍しくない。だから、この時点でソフトが久保二冠有利と判断したとしても、まだ勝負の行方はさっぱりわからない。
ただ、こうやって将棋ソフトで形勢判断をしながら将棋を観戦していると、ひとつのことに気がつく。僕が形勢評価をしながら観戦する機会というのはそれほど多くないのだけれど、記憶違いでなければ、羽生名人が対局している将棋で、中盤で差がついているとソフトが判断する場合は、ほとんどのケースで劣勢なのは羽生名人なのである。しかし、多くの場合、解説陣はその状態を優劣不明と評価するし、そして解説陣が考えているような普通の手を続けているうちに、いつの間にかソフトの判断も優劣不明になって、そして終盤を迎えるのである。
ソフトの判断というのは、基本的に論理的な思考によってなされているはずだ。そして、その論理的な思考の対極、理解しにくいところにあるのが羽生名人の思考なんだろうなぁ。
やっぱり、ソフトに対して最後まで優位を保つのは羽生名人なのかも知れない。その期間はあとどのくらいなんだろう?