もろもろあって、昨日来、朝から晩まで、移動の時は電車の中でまで、超単純作業。いっそのこと外注したいけれど、個人情報満載の事案でそれもできない。今、やっと1/4ぐらい。先が長すぎて吐き気がしてくる。でも、こういう作業を乗り越えないと、「新しい価値」が生み出せない。楽じゃないよ、自分の前に道がないってことは。
昨日、日本人がノーベル賞を受賞したっていう報道があったけれど、ノーベル賞は、こういう「新しい」何かを生み出したことに対する功労賞。ところがなぜか、日本ではそれが予算獲得の看板に利用される。偉いのは、ノーベル賞を貰う前からその人を評価し、尊敬していた人なのに、目立つのはそのひとを神輿に担いで自らの権益を拡大しようとする人たち。きっと、今回もそういった動きが出るのだろう。
だけど、過去に新しい価値を生み出したからといって、将来新しい価値を生み出せるとは限らない。予算は、過去に活躍した人ではなく、将来活躍する人につけるべきもののはず。それができないから、日本の科学技術はだめなんだと思う。
ちょっと忙しすぎて詳しく書けないけれど、ノーベル賞をとった人はおめでたい。道のない荒地を開拓した人だから。その人たちが研究してきた組織もおめでたい。荒地の開拓に場を提供した組織だから。これまでその人たちを慕い、尊敬してきた人たちも素晴らしい。荒地の開拓の困難さを理解し、評価した人たちだから。
でも、今までそっぽを向いてきたくせに、ノーベル賞受賞を機に手のひらを返して胡麻をする奴らがいたとしたら、そいつらは糞だ。きれいに整地された場所にズカズカと入ってきて、さも自分の成果のように振舞いたいのだろう。僕は今までそういう現場をたくさん見てきた。日本人はもっと、「新しいこと」の状況と、それを取り巻く環境に敏感になるべきだ。虎の威を借る狐の存在に敏感になるべきだ。
さて、作業に戻ろう。