2011年01月21日

将棋脳と人工知能と産業上の有用性

理研にも将棋指しにも知り合いがいるので、噂には聞いていましたが。

将棋プロの「直観」解明=脳の特定部位活発に―人工知能に応用も・理研など
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110121-00000010-jij-soci

この記事をぱっと読んで素人の僕が思うのは、「人工知能よりも人間の思考の方が上」というベースに立った記事だな、ということ。それから、将棋指しの頭は優秀だ、というベースにも立っている。

でも、例えば将棋について言えば、もう人工知能より強い人間は地球上でも多分多く見積もって200人。普通のパソコンソフトであっても、「五分以上に渡り合える人間」はほとんどいないと言って良いほどに少ないはず。つまり、もう一般論で言えば人工知能の方が強い。じゃぁ、トップだけを見てみたらどうなのか、ということになるのだけれど、これは多分人間のほうが強いのだろう。ただ、これも確証はない。なぜなら、将棋連盟がソフトとの対戦を避けているからだ(あえて、「逃げている」とは書かないでおく)。もしかしたら、もう羽生名人、渡辺竜王であっても、負けるのかも知れない。試していないからわからないけれど、すでに人間のトップと、ソフトのトップであっても、それほどの差はないんだと思う。

今回の記事の内容は、訓練された人間が、脳のどの部分を使うのか、とか、あるいは目的によって使う場所がどういうふうに変わってくるのか、ということに関する知見としては「へぇー」と思わされるものの、また「人間により近い人工知能の開発などに応用できる可能性がある」ことには同意するものの、それが「より機能の高い人工知能の開発」とイコールか、となると、やや疑問だな、と思わざるを得ないのである。つまりは、「人間に近い」とは、常識に縛られる、ということだからである。直感とは、訓練で得られた常識とも換言できるのではないか、と思うのだ。

「複雑な情報システムの安定的な運用」につながるのかどうかも、やや疑問。そもそも、この研究のニーズは人工知能開発サイドから出てきたものなんだろうか?

あと、将棋のプロは確かに将棋が強いけれど、それは将棋という技能に優れているだけで、「頭が良いこと」とは違う。頭の使い方の中で、将棋に関する部分を特別に強化しているだけのことである。良く、特定のパズルで「これをやると頭が良くなる」みたいなのがあるけれど、それをいくらやっても頭は良くならず、そのパズルを解く技能だけが向上するわけで(少なくとも僕にはそう見える)、それは例えばスキーにおいて、「スキーに似ているからインラインスケートを練習しよう」と言ってインラインを練習しても、スキーそのものは大して上達しないように見えるのと一緒だと思っている。「頭が良い」という表現がかなり曖昧なので、本気で議論するならこのあたりをきちんと定義する必要があるし、それなりの文字数を割く必要もあると思うのだけれど、面倒だからそれらを端折って簡単に言ってしまえば、「将棋のプロ」が社会において評価されているのは「将棋」とその周辺領域という物凄く限られた場面が中心であって、例えば「将棋指しだから、有識者として○○委員会の委員に入ってください」とか、「将棋指しだから、弊社の役員になってください」とか、「将棋指しだから、知事に立候補してください」とか、そういう話はほとんど聞いたことがない。つまり社会的には「将棋指しの頭脳」は「将棋以外の場面」では評価されていないということである。

もちろん、人間の脳を知る上で面白いな、とは思うのだが、その成果を一所懸命人工知能開発などにつなげようとしているところに無理があるなぁ、と感じる。宇宙の果てに何があるのか、とか、人間ってどうして人間なんだろうか、とか、そういうことに関する好奇心なんじゃないのかなぁ、この研究の原動力は。「将棋をやったら頭が良くなります」っていう話じゃないし、情報システムの安定運用を目指すならもっと近道があると思うし、個人的には人間に近い人工知能と人間から遠い人工知能の優劣は判断がつかない。ポイントはそういうことじゃなくて、研究者の知的好奇心によって動いたプロジェクトが、サイエンスという一流雑誌に認めてもらえた、ということで、それ以上でも、それ以下でもないと思うのだけど。

素朴な疑問としては、「脳のどの部位を使っているかを調べることって、産業上の有用性って本当にあるの?」っていうのがある。「ここは言語に重要です」ってわかったとして、脳梗塞とかでそこがやられちゃって言語が不自由になった人に対して何かできるのかな?「あなたは、ここをやられちゃったので、言語能力が不自由になってます」とか言われても、「あぁ、そうですか」ってなもんだと思うのだけれど(笑)。いや、別に研究がムダだとか、面白くないとかじゃないんですけどね。産業上の有用性をことさらアピールされちゃうと、そんな疑問も出てくる、ということです。