2011年03月28日

風評被害と、風評被害ではないもの

便利な言葉だからか何なのか、「風評被害」という言葉をあちこちで聞くのだけれど、ウィキペディアによればこういう風に定義されている。

風評被害(ふうひょうひがい)とは、災害、事故及び不適切又は虚偽の報道などの結果、生産物の品質やサービスの低下を懸念して消費が減退し、本来は直接関係のないほかの業者・従事者までが損害を受けること。


さて、では、今回の原発の事故の風評被害とそうでないものの境目はどこにあるのだろう。

まず、地震の前(あるいは、原発事故が発生する前)に収穫された農作物などについて「放射能に汚染されている」となれば、これは疑いもなく風評被害である。

問題は、「放射能に汚染されているが、その影響が比較的小さくて、政府の基準に照らした場合には安全と判断される」ものの扱いである。僕は、こういう農作物についてはそれを忌避する人がいたとしても、風評被害とは思わない。実際に汚染はされているのである。放射線による障害(白血病とか、がんとか)はあくまでも確率の問題で、確率はどんどん積算されていく(単純な足し算ではないだろうけれど)。どんなに小さな可能性であっても、何もないに越したことはないのである。また、汚染の度合いはアナログなもので、どこからは安全、どこからは危険と誰もが納得の行く線引きは困難だ。結局のところ、「このほうれん草は○○ベクレルの放射能を持っています」と提示するぐらいしか手段はないのである。その汚染具合がどういった悪影響を及ぼす可能性があるのかについて情報提供を行い、あとは消費者の判断に任せるしかない。「消費者は自分で判断できるほど賢くない」という主張にも一理はあるかも知れないけれど、そういう賢くない消費者が東北産の農作物や水産物を忌避するのを責めてはいけないし、それは風評被害とは異なると思う。また、「これは基準に適合しているのだから大丈夫です」と、汚染自体を隠してしまうのも適切とは思えない。

これから生産される東北地方太平洋側、および関東の農作物、そしておそらくは水産物も、基本的に放射能に汚染されている。まずはこの当たり前のことと正面から向き合う必要がある。その上で、「どの程度汚染されているのか」についてみんなが考えなくてはならない。

民主党の岡田幹事長がこんなことを言っているようだが、

 民主党の岡田克也幹事長は27日、農産物の出荷停止や摂取制限の目安となる放射性物質の基準値について、「少し厳格さを求めすぎている」と述べ、風評被害を招かないためにも見直しが必要との認識を示した。青森県八戸市で記者団に語った。

 現在適用されている食品衛生法の基準値は暫定的な数値で、食品安全委員会が体内に取り込んでも健康に問題がない数値について議論している。岡田氏は「心配ないものは心配ないときちっと言えることが必要だ。科学的な厳格さを求めすぎれば風評被害になる」と指摘した。

放射性物質の基準「厳格さ求めすぎ」 民主・岡田幹事長

事態がここに至ってから「基準が厳しすぎる」というのはもはや手遅れ。暫定であれ、一度出してしまったものはもうどうにもならない。基準を緩めるにはそれなりの根拠が必要で、それはみんなが納得するものである必要がある。例えば、「国際的にはこの数値で、日本の基準は厳しすぎる」なら、「あぁ、なるほど」とも思うだろう。しかし、「もう汚染されちゃっているんだし、厳しいことを言っていたら食べるものも飲めるものもなくなってしまう。現実に合わせるしかない」ということなら(多分そういうことだと思うけれど)、「科学」などという言葉を持ち出してきて批判するのはお門違いだし、科学的な厳格さが風評被害の原因とするのも間違いだ。

「科学的な厳格さ」は、数値の提示そのものにある。この数値はアナログで、連続したものだ。その中に境界値を設定し、そこから上は危険、下なら安全、とデジタルに変換してしまうところに無理がある。無理がある上に、それをお上が押し付けて、さらに現実に合わせてそれを上下させてしまったら、それは基準としては機能しない。(岡田幹事長が言うところの)風評被害は、制度が引き起こすのではなく、制度の運用が引き起こすのだ。仮に岡田幹事長が言うように、ここで基準値を変更したら、(岡田幹事長が言うところの)風評被害はさらに悪化すると思う。

科学の役割は、アナログなデータをアナログで提示することであって、それ以上でもそれ以下でもない。その上で、各人がそのデータを「安全」と「危険」にデジタル化すれば良いだけのこと。デジタル化にあたっての材料は、専門家が集めてきて生活者に提示すれば良い。日本政府の基準も、国際基準も、そうした判断材料のひとつに過ぎない。

民主党と東電が「これは国際基準の数値を大幅にオーバーしていますが、私は安全だと思います」というのなら、民主党関係者、東電関係者とその家族が率先してその安全な農作物を食べれば良い。

国は「暫定」としたとはいえ、もうすでにカードを切ってしまった。「待った」をしようとしても、一定の割合の国民はそれを受け入れない。結果的に民主党が「安全」と主張する農作物の商品価値が下がろうとも、それは風評被害ではないと思う。

風評被害かどうかは、福島とその近県(茨城、千葉、埼玉、東京、神奈川を含む)においては、3.11の前か後か、である(厳密には3月15日かも知れず、そのあたりはデータがないので良くわかりません)。

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