2011年11月24日

戦術的な野球と戦略的な野球

今回の日本シリーズについて、こんな記事があった。

こんなことをしていたらプロ野球はやがて潰れる
http://gendai.net/articles/view/sports/133814

1行でまとめれば、「つまらない日本シリーズだった。こんな野球をやっていたらプロ野球は潰れる」という内容。

ここで語っている堀本律雄なる人物を寡聞にして知らないのだが、堀本氏に言わせれば「野球をエンターテインメントと見るなら、これほど空虚な見せ物もない」らしい。では、得点が全く入らないこともあり、入っても両チームあわせてせいぜい3点か4点しか入らないサッカーはエンターテインメントではないのか。

確かに野球というスポーツの性質を考えれば、たくさんの点が入ってもおかしくはない。バスケットボールと野球とサッカーで総得点に違いがあるのは誰でも知っているわけで、その一般常識からすれば、今回の日本シリーズは点数が入らないシリーズだった。しかし、それが「見所がない」とか、「エンターテイメントとして失格」なのかといえば、違うだろう。そういう野球もあるだけのことだ。ただし、テレビでダイジェストを見て楽しむような性質の野球でなかったことだけは間違いない。つまりは、4試合を勝つ、というゴールに向けてのギリギリのやり取りを楽しむような、そんな7試合だったのだ。

今回の対戦では、ソフトバンクに和田、杉内という絶対的なピッチャーが二人いた。この二人がそれぞれ2試合ずつ登板して勝利すれば、それだけでソフトバンクは4勝できる勘定だ。一方の中日には、絶対的なエースは吉見しかいない。調子を落としているチェン、風邪をひいて病み上がりだったネルソン、不安定で投げさせてみないとわからない山井・・・、彼らは明らかに和田、杉内、吉見よりも見劣りがする。また、おそらくは肩を故障してシーズン後半に登板しなくなったソトの欠場も痛かった。ただ、シーズン後半にいい働きをした川井の存在だけが好材料だった。こうした投手事情の中で、どうやって相手より先に4つ勝つのかを、中日の首脳は考えたはずである。それに対するソフトバンクは、吉見をどう攻略して、優勝への道をより確実なものにすべきかと考えたはずだ。

最初の2試合、大方の予想に反して、中日が連勝した。中日は和田、杉内を打てないまでも、ピッチャーの好投によってなんとか延長戦に持ち込み、それをものにした。不利と思われていた福岡の2試合を連勝し、圧倒的な勝率を誇るナゴヤドームでこのまま4連勝を、と考えたファンも少なくなかったと思う。しかし、そのナゴヤドームでの3試合でまさかの3連敗を喫してしまった。特に6回裏ノーアウト満塁のチャンスを無得点に抑えられて負けた第4戦の敗戦が痛かった。この場面で中日に1点でも入っていれば、シリーズ優勝は中日だっただろう。しかし、これすらも結果論。この時点では、その6回裏がシリーズ全体でどういう役割を果すのかは誰にもわからなかった。大勢が決したのは、第7戦でソフトバンクに3点目が入った瞬間だ。打たれたのは浅尾。浅尾は今シーズンのセ・リーグMVP間違い無しのピッチャーだ。彼が打たれたのでは仕方がない。浅尾に文句を言う中日ファンは一人としていないのではないか。レギュラーシーズンでは、87イニング3分の1を投げて、自責点はたったの4、防御率は0.41という恐ろしい成績を残したのだから(2試合投げても1試合は完封、もう1試合も1点取られるか取られないか、という成績である)。

1試合の結果、もっと言えば一本のホームランの積み重ねが野球の楽しさだ、という、かつての読売ファンのような考え方も野球にはある。しかし、「トータルで考える」という考え方もある。それを端的に打ち出したのが落合監督だった。この、トータルで考える、というスタンスは、テレビや新聞とは非常に相性が悪い。なぜなら、テレビや新聞は、一つの試合に見所がたくさんあって、それ一つでエンターテインメントになってくれていないと困るからだ。「今日の試合は詰まらない」では困ってしまう。負けても良いから見所のある試合が欲しいのだ。そういうマスコミに飼い馴らされてきた野球ファンにとっては、確かに詰まらない日本シリーズだったかも知れない。しかし、「トータルで考える」野球の楽しみ方を知っている野球ファンにとっては、非常に見所が多く、緊張感のあるシリーズだったのだ。

短期決戦というなら、3試合でも良い。それが7試合あることの意味を考える必要がある。最初は「7試合あった方が興行収入が増える」という理由だったのかも知れない。しかし、その試合数を前提として、日本シリーズは進化したのだ。ドンパチ派手な1試合の積み重ね、すなわち戦術勝負の4勝ではなく、全ての戦力を最適化し相手よりも先に4勝するという、戦略的な勝負になった。

「こんなことをしていたら野球は潰れる」というのは正確ではない。親切に解説するなら、「俺のような馬鹿にはこの野球の面白さはわからない。もっとドンパチホームランが飛び交うような、派手でわかりやすい野球にしてくれ」という、非常に個人的な意思表示だ。もっと簡単に言えば、「俺は馬鹿だ」という表明にすぎない。

いや、戦略的な野球が偉い、戦術的な野球が馬鹿だ、というのではない。両方の野球があり、それぞれの楽しみ方があるのである。自分が理解できない野球をダメだと決めつけ、その視点からのみ、野球の将来を論じているのが視野狭窄であり、近視眼的であり、馬鹿だ、と言いたいのである。大体、こんなことで野球が潰れるわけがなかろう。この人の飯の種にはならなくなるかも知れないが。

この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
交通事故、災難でしたね。
お大事に。
中日ファンでもソフトバンクファンでもない私も
今回のシリーズは相当面白かった。
特に秋山の采配。
シーズン中はいけいけで勝利する試合も多かったが、
落合ドラゴンズ相手によく我慢したと思います。
私はこういう野球が大好きだ(笑)。
Posted by どらごん at 2011年11月25日 08:20
> 私はこういう野球が大好きだ(笑)。

面白かったっすよね。

やっぱり、あのノーアウト満塁が。一方の中日は押し出しで
失点したからなぁ。
Posted by buu* at 2011年11月25日 16:09