2011年11月28日

2度も死ぬかと思った吉田所長がとうとうダウン

むむ、吉田所長がダウンとな。

福島第1原発の吉田所長が入院、退任へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111128-00000552-san-bus_all
東京電力は28日、福島第1原子力発電所で事故当初から陣頭指揮をとってきた吉田昌郎所長(56)が病気療養のため入院したことを明らかにした。東電は同日の取締役会で、吉田氏を所長から外し、原子力・立地本部付けとする役員人事を決定。医師からは放射線被曝との因果関係は指摘されていないという。


吉田所長といえば、この記事が印象的ですね。

東日本大震災:福島第1原発公開 吉田所長の一問一答
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20111113ddm041040233000c.html
 −−これまで一番厳しかった状況は。
 ◆やはり3月11日からの1週間。次がどうなるか私にも想像できない中、できる限りのことをやった。感覚的には極端に言うと「もう死ぬだろう」と思ったことが数度あった。


 −−「死ぬかと思った」時とは。
 ◆1号機の爆発があった時、どういう状況かが本部では分からなかった。現場からけがをした人が帰ってくる中、格納容器が爆発していれば、大量の放射能が出てコントロール不能になる(と思った)。3号機も爆発し、2号機の原子炉にもなかなか注水できず、先が見えない。最悪の場合、メルトダウンもどんどん進んでコントロール不能になるという状態で「これで終わりかな」と感じた。


お疲れ様でしたとしか言いようがない。

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