食べログやlivedoorグルメのようなレビューサイトができたおかげで、「味」という極度に主観的なものについて、誰でも簡単に情報発信できる時代になった。そうしたサイトができるかなり前から、僕は「辛口ラーメン評論家」として情報を発信してきた。ラーメン評論家として最古参の武内伸氏が亡くなったため、大崎氏、北島氏、石神氏と僕は、恐らく最も古いラーメン評論家である。そんな状況にあって、評論家としての自分の立場を再認識する機会があったので、紹介しておく。
話自体は数カ月前に遡るのだが、知人で、3つのフレンチレストランを経営している嶋啓祐氏(All Aboutでフレンチのガイド、「ビストロ・リヨン」、「マルセイユ」、「日比谷タウンクライヤー」のオーナー)から、飲み会の席で「つけ麺屋をやってみようと思うのだが、どうか」と相談を持ちかけられた。彼によれば、麺の業者を紹介してもらっていて、あとはつけダレさえ完成すればすぐに提供が開始できるとのことだった。このときに僕が言ったことは、「つけ麺は料理としていくつかの難しい構造的問題を抱えている。それでいて参入が比較的容易で、すでに過当競争状態だ。フレンチのオーナーの思いつきで成果が出せるほど甘い世界ではないと思う」ということだった。そして、同時に「やめておけ、というのが僕の進言だけれど、僕が何と言っても、嶋さんはどうせやるんでしょう」と付け加えた。
数週間前につけダレが完成したようで、僕が「どうせやるんでしょう」と言った通り、嶋さんは大手町の「リヨン」で、土日につけ麺を提供し始めた。その情報はFacebook経由で何度も僕のところに流れてきたけれど、僕はそのつけ麺など食べるまでもなく酷いものだと想像がついたので、週末にはリヨンに近づかないようにしていた。
僕も経営者だから、周辺状況を見ていれば、嶋さんの考えぐらいは簡単に想像がつく。大手町の一等地に高い賃料を払って店を構えているのだから、土日に店を遊ばせておくのはもったいない。しかし、平日に比較すれば客数は期待できず、シェフを呼び出すのではシェフの負担も大きすぎる。シェフ抜きで、なんとか数字を出せる方法はないのか、と考えたんだろう。嶋さんは、土日にカフェとして営業したり、合コンをやったりするようになった。「合コン」というコンテンツがあれば、料理や酒の質はそれほど要求されない。そういうイベントを開催して、人を集めて、料理人がいなくても提供できる料理とワインで売り上げを作ることにしたんだと思う。その作戦はそこそこにうまく行ったようだ。過去1年ぐらいの間に、僕も何度か合コンやイベントに顔を出したけれど(イベントのうちの3回程度は、運営にもかなり深く関係した)、ややいい加減な料理であっても、それなりに楽しい時間を持てたし、新しい知人もできた。その延長線で、つけ麺を考えたんだと思う。
嶋さんの筋が悪かったのは、そこで僕というプロの、しかも辛口のラーメン評論家に味の評価を頼もうとしたことである。
僕は名だたるラーメン店と散々真剣勝負を繰り広げてきた人間である。かれこれ15年以上、ラーメン評論家としてお店を評価してきているけれど、そのうちの7割ぐらいは「こんなの、食べる価値がない」と切り捨ててきている。しかし、そういう店であっても、多くの場合は店主や店員が、自分の生活をかけてやっている。だから、僕も評価にあたっては、きちんと体調を整えて、お酒などを飲まず、はしごも極力避けて、なるべく公平に評価するようにしている。僕と一緒にラーメンを食べたことがある人は結構いると思うけれど、お酒を飲んだあとの締めで、一緒にラーメン屋に行ったことがある人はほとんどないと思う。辛口の評価には辛口の評価なりの配慮が、評論する側にも存在する。
僕は、いい加減なラーメンなんか食べたくないし、評価もしたくない。そして、実際のところ、「いい加減なラーメン」にお目にかかることは滅多にない。滅多にないのだけれど、全くないわけでもなくて、今回がその事例だったわけだ。ドシロウトが、「高い賃料を払っているんだから、休日に寝かせておくのは勿体ない。それなら見よう見まねで適当につけ麺でも作ってみて、土日に営業しちゃおう。つけダレを作っておけば、あとは温めるだけで良いから、シェフも不在で大丈夫」という魂胆で作ったんだろうな、と想像できてしまう。
ボクシングのリングに素人が上がってきて、チャンピオンに1ラウンドでも良いから試合をさせてくれ、と言ってきたら、この馬鹿は何を言っているんだ?となるだろう。F-1のスターティンググリッドにどこかの素人がオートマの車で並んだら、はぁ?ってなるだろう。「ダルビッシュさんの全力投球を打ってみたいんです」と、どこかの馬鹿が金属バットを持って打席に立ったら、おいおいって思うのが普通だと思う。
だから、「僕は頼まれても食べない」と決めていた。
ところが、非常に不幸なことが起きた。知人4人で飲んでいるときに、そのうちの1人が「嶋さんの店に顔を出す約束をしているので、行かないわけにいかない」と言い出したのだ。いくつかの口実を考えたり、代替案を出したりして、リヨンに行かないで済むように試みたのだけれど、結果的にはそれは全て失敗に終わり、店に行かざるを得ない状況になってしまった。その時に僕が出した条件は、「食べたら人間関係を壊しかねないので、つけ麺は食べない」ということだった。
店に着くと、もう最初から嶋氏は僕に料理を食べさせたくて仕方がない。だから、僕は最初から不機嫌だった。そんな中で嶋さんがやったことは、「これはつけ麺でもラーメンでもない、フレンチヌードルだ」と称して、つけ麺用に作ったつけダレを利用した「何か」を食べさせることだった。
そうまでして無理やり食べさせられた「何か」は、僕から見ると「ゲロマズのラーメン」に他ならなかった。一口食べて、絶望した。こんな酷いラーメンを食べたのは久しぶりだった。それは、気持ちがこもっていないとか、生活がかかっていないとかではなくて、単純に、技術的に酷かったのである。麺そのものはどこかのそこそこ名の知られた製麺所のものなんだろう。だから、そんなに悪くはない。しかし、扱いが下手だから、麺の持っているポテンシャルを生かせていない。スープは麺に輪をかけて酷いもので、適当にダシを取って、強い酸味と油で強引にまとめたもの。最悪なのは出所不明の苦味があることで、酸っぱくて苦いだけの、ひとつもいいところが見つからないものだった。それでも嶋さんはコメントを求めたので、仕方なく「この苦味は何なんですか?」と尋ねた。嶋さんは怪訝そうな表情でスープを一口飲んで、「ホントだ、苦味がある」と、その時点で自分が出した「何か」の苦味に初めて気がつく始末である。嶋さん自身は料理のプロではないから、味が全くわからなくても仕方がないところはある。だけど、味がわからないドシロウトがつけ麺やラーメンを作ってもまともなものが出来ないのは当たり前だし、こんなものに将来性もない。
加えて、今回わかってしまったことは、嶋さんのフードビジネスに対するセンスのなさである。この程度のラーメン、つけ麺を1,000円で売り出して、売れると思っているところが恐ろしい。フレンチ業界とは、そんなに甘いところなんだろうか。
この件、ここで終わりではない。評価した際、嶋さんは「レビューを書いてくれたらFacebookでシェアする」というので、僕はきちんとブログにレビューを載せた。しかし、そのレビューを彼の友達にシェアしたのは、僕が督促をしたあとである。また、Facebook上で僕が問題点を指摘していると、「コンサルしてもらおうかな」と言った直後に「やっぱり他社に相談します」と茶化す始末である。この人にはコミュニケーション能力も欠落しているようだ。
さらに驚いたのは、問題の夜、店を出るときに5,000円を請求されたことである。未完成の、しかもまずい料理を強制的に食べさせておいて、どのツラ下げてお金を請求するんだ、ということだ(お酒は飲んだけれど、金額は他のメンバーと同一)。いや、でも、これは手切れ金と考えるべきだろう。嶋さんは先日も「ワールドカップの最終予選をプロジェクターで放送します」と告知していた。これは違法行為である可能性が非常に高い(著作権法23条の2項、100条)。
料理の味もわからず、自分の自己満足のために未完成の料理を無理強いし、経営にあたっては違法行為も辞さない、そんな人と、いつまでもお付き合いする義理はない。5,000円で手が切れるなら安いものだ。Facebookでは早速ブロックしておいた。これであのまずいフレンチヌードルを食べさせられる心配もなくなった。
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