2013年01月29日

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

lifeofpi


2Dで観てきた。

1行で説明するなら、沈没した船から脱出した少年がトラと一緒に海を漂流する、という内容。

宗教色が濃く、前半ではそれがストレートに描かれるし、後半では主として主人公とトラを通じて、様々なメタファーとして描かれる。メタファーは「凶暴性」だったり、「肉食の必要性」だったり、「敵対するものとの同調」だったり、「大衆の愚かさと安全性」だったり、「野性のコントロール」だったりと色々である。ただ、そのどれもが、宗教観の希薄な僕にはあまり訴えてこなかった。「あぁ、これは、こういう意図なんだろうな」といった具合である。

それより何より、全編を通じて違和感があったのが映像表現である。トラはもちろん、他の動物や、海、空までもがほとんどそれとわかるCGで作成されていたのがどうも受け付けない。加えて、3D効果を出したかったのか、被写界深度の極端に浅いカメラで撮影した(あるいは撮影したかのように見せかけた)映像が2Dでは鼻につく。「手前も、背景も、ボケすぎでしょう」みたいな。

最後にどんでん返しが用意されていて、観客は「あれ?」ということになる。というか、ガラガラガッシャーンという感じで、それまでのストーリーが全てひっくり返されてしまう。そして、「あとは、観た人が好きな様に解釈してくれ。面白く解釈したいならこちら、現実的に解釈したいならあちら」という形で終了する。

解釈のヒントはトラの名前で、「リチャード・パーカー」とは19世紀に発生した「ミニョネット号事件」で殺害、食べられてしまった少年給仕の名前である。現実的な解釈の立場に立つなら、それまで全く鳴りを潜めていたトラが唐突に現れたことも、あるいは島に着くなり消えてしまったことも説明がつく。

内容の解釈について僕は「現実的」な解釈の立場を取ったけれど、このあたりは人それぞれなんだろう。ただ、制作の意図はやはり現実的な解釈の立場なんだと思う。それをそのまま映像化することはできないので、トラやシマウマを使ったんだろうな、と。

猛獣と人間との、過酷な状況下での交流を描いた感動作、などではない。むしろ、生きることや宗教の意味するところを考えなおさせるきっかけになるような作品である。ただ、それを、宗教意識の弱い日本人が観て、どこまで感じ取れるかとなれば、微妙なところだろう。少なくとも、僕に限れば、あまり大きなものはなかった。加えて、作為的な映像も好きにはなれず、「これはダメだな」という結論になった。しっかりとした信仰を持っている人なら、また違った評価になるだろう。

評価は☆半分。

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