ゼロ戦を設計したエリートの半生を描いたもの。ジブリの作品群の中では、飛び抜けて子供向けでない作品である。というのは、ストーリー以外の部分で子供たちを楽しませる要素があまりないからだ。ライバルも、かわいい動物も、戦闘シーンもないしカーチェイスも登場しない。せいぜい、いくつかの飛行機のシーンぐらいだ。ターゲットは明確に大人だったと思う。ストーリーがチンプンカンプンでも、どこかに面白い部分を見つけてくるのが子供たちだが、この作品では、その作業の難易度が非常に高い。
描かれているのはモノ作りに熱中する青年たちで、彼らは、それが人殺しの道具だろうがなんだろうが、「速く飛ぶ」「安全に飛ぶ」ことを求めていく。その上で、最もこだわっているのが、機能性が持つ「美」である。このあたりは、理系の人間じゃないと理解できないかも知れない。
ズブズブの飛行機オタクがその道を極めてゼロ戦を作っていく、というだけの話だけれど、オタク気質なら「そうそう」と膝を打つ場面が多いんじゃないかな、と想像する。
ちょっと前なら「なぜこの映画をジブリで作ったんだろう」と疑問に思ったのだろうが、宮崎駿もこういう映画を作りたい年齢になったんだろうな、と思う。絵とのフィット感がない声優たちは相変わらずだけど、英語版を意識してのことかも知れない。庵野さんに作画をやらせず専門外の声優をやらせたのは、庵野さんをさらに成長させるためだったのかも知れない。必要以上に喫煙シーンが多かったけれど、それは「俺はチェリーが大好きなんだ!!!」という宮崎駿のアピールかも知れない。労働階級の子供にシベリアを差し出すシーンは現代の場当たり的で本質的でないセーフティネットへの批判が含めたかったのだろう。実写でもできそうな映画だけど、実写でもできる映画をアニメでやりたかったのかも知れない。
超一級のクリエイターたる宮崎駿を重ね合わせることができる素材として堀越二郎を選び、自らの人生を投影しつつ、これが最後の作品になるかも知れないと覚悟した上で好き勝手にやりたいことをやった映画、という印象である。でも、それがつまらないかと言えば、そんなことはない。宮崎駿が久しぶりに作った、オタク向けの映画、大人のオタクのための映画、オタクを肯定する映画と言えると思う。
個人的には、堀越二郎の眼鏡の描写が好きだった。遠視の眼鏡っぽい描き方だったけれど、星が見えないあたりは近視っぽくて、どっちだったんだろう???
外国語の表現だけが非常にアニメらしく、そしてその演出が素晴らしかった。子供の鑑賞を意識したのかもしれないが、字幕を一切使わずに表現していたのが見事だったと思う。
主演堺雅人、ヒロインに菅野美穂という実際の夫婦を使って実写でやっても面白そうだけど、アニメでも十分に面白かった。僕は宮崎駿にまたカリオストロやラピュタを作って欲しいと思っているタイプの人間だけど、徐々にその期待が薄れてきているし、この作品を観て、あぁ、あれはもうないんだな、と思うようになった。僕たちが卒業するずっと前に宮崎駿は卒業していて、もう戻ってくることはないんだな、と。宮崎駿はそのことを何度も繰り返し伝えようとしていたんだと思う。そのことをようやく認識した。
声優部分がマイナスポイントだが、それ以外には特に減点対象が見当たらない。評価は☆2つ半。