最近、数人の「料理を始めた」という人(ほとんどが30代)と話をしたのだが、「どうやって料理しているんですか?」と質問すると、みんなから「クックパッドを見て」と判を押したような返事があった。そのたびに、僕は「本気で上手になりたいと思うなら、クックパッドを使うのはやめなさい」と言っている。クックパッドがダメなサイトなのではない。料理の初心者には向かないサイトなのだ。料理には、料理の理屈がある。たとえば、煮物を作るときに具材を同じくらいの大きさに切るのはなぜか。ぶり大根を作るときに米のとぎ汁を使うのはなぜか。ゆでたまごを作るときにお湯に塩や酢を入れるのはなぜか。砂糖と醤油を使う料理では砂糖を先に使うのはなぜか。これらのコツの背後には理屈がある。それは汎用的な理屈なので、他の料理にも応用がきく。一つの料理を作るときの知識(=コツ)が、他の多くの料理のベースになるのである。ところが、クックパッドでは、そういう理屈が理解できない。なぜなら、一つの料理を上手に仕上げるための知識しか掲載されていないからだ。
クックパッドは、料理を上手に作るためのサイトで、料理が上手になるためのサイトではない。
もちろん、料理をするたびにクックパッドを見れば、そのたびに上手な料理をつくることはできる。しかし、クックパッドがなければ何もできなくなってしまう。これでは、クックパッドの達人ではあっても、料理の達人ではない。
だから、僕は、料理の上達を志している初心者には、クックパッドを見るのはやめて、「調理以前の料理の常識」や「「こつ」の科学-調理の疑問に答える」といった本を読むことを勧めている。これらの本に掲載されている知識が身について初めて、クックパッドは便利なサイトになる。
#そういう知識の他に、包丁の使い方などの慣れや経験の部分、包丁や圧力鍋といった道具に関する知識の、合計3つの要素で料理の腕は構成されている。
料理の上達に必要なのは、目の前にある「オムレツを作る」という課題を解決することが重要なのではなく、オムレツを上手に作るために必要な知識(=コツ)を整理しつつ身につけ、そこで得た知識を親子丼や餃子を作るときに利用する、といったことだ。そして、この考え方は普段の勉強でも同じである。僕が料理を始めたのは5年ぐらい前だと思うのだが、その習得にあたって、普段の勉強の方法をそのまま適用した。基本と、理屈をきちんと勉強して、最短ルートで上達してきたと思う。おかげで今では多くの人から「料理が上手な人」と思われている。
勉強も、料理も、上達のコツがあって、これを理解している人が良い成績を出すのである。高校までの物理などは覚えるべきコツが非常に少ないので、ちょっとしたきっかけであっという間に成績上位者になることができる。数学や料理はもうちょっとコツの量が多いので、要領だけでは解決しないところもあるのだが、それでも、闇雲に問題を解くよりも、「この問題の背後にあるコツはなんだろう」と考えるほうが、成績が上がってくる。こうしたコツとか、コツの重要性を伝えることが上手な人間が、「教えるのがうまい人」なのだ。
ここまで書いてきた内容は、過去にこのブログで何度か書いていると思うのだが、改めてここで書いたのには理由がある。昨日、日の出テレビで特番があって、学生が政治家に質問するという企画だった。学生は自民党の横浜市会議員の事務所にインターンシップに来ているそうで、政治家の事務所で何を勉強したのか、興味津々で番組を見ていた。そして、驚いたことに、インターンシップが全く役に立っていないことをネットを通じて全世界に発信していた。これは、学生の質が低かったこともあるのだろうが、教える側にも問題がある。いや、学生の能力が低いのは仕方がない。より大きな問題は、ただただ経験を積ませれば良い、知見を広めれば良いと考えている、教える側にある。
ただ、政治家も、政治家の事務所のスタッフも、教育のプロではない。だから、インターンシップで政治家の事務所に行っても学生のレベルがアップしないのは仕方がない。そこでのインターンシップでは、クックパッドで料理を学ぶようなことをしてしまったのだろう。はっきり言えば、単に時間の無駄、非効率な勉強だったのだと思う。インターンシップは、本当にくだらない制度である。いや、もちろん、全てのインターンシップが無駄なのではない。きちんとシラバス(=学習計画)を作ってインターンシップを実施するなら、効果も期待できるし、効果の検証も可能だ。逆に、それがないなら、時間の無駄である。今回、政治家の選挙事務所で、こうした計画的な教育をやっているのか、甚だ疑問である。
では、このインターンシップが全く無駄であることがなぜわかったのか。それは、学生が政治家に質問するという企画の中で執り行われた、次のようなやりとりからである。
学生「日本は政治家の数が多すぎるのではないですか?」
福田峰之衆議院議員「多すぎるとすれば、何人なら良いのですか?」
学生「わかりません」
(動画では10分あたりから)
このやりとりだけで、学生のレベルの低さと、これまで政治家の事務所で行われたインターンシップの無駄さ具合が一目瞭然である。なぜ、この学生は「政治家の数が多すぎる」と考えたのか。考えたのではない。単に、誰かが問題にしているのを見て、知識として得て、それを政治家に伝言したに過ぎない。自分が抱えている疑問ではないのである。それは、彼には適正数に関する知識が全くないことからわかる。自分が考える議員の適正数がまずあって、それと現状を比較して、初めて「疑問」となる。こんなことは小学生でもわかることだ。ところが、自分が考える「適正数」が存在せず、突然「疑問」が発生する。そのおかしさに、学生自身はもちろん、質問された政治家も、会場にいた聴衆も、誰も気が付かない様子だった。
あまりの低レベルっぷりに唖然としつつ、ネットを通じて、米国の人口、米国の政治家数と、日米の(人口)/(政治家数)の比較、および米国と同じ比率にした場合の日本の政治家数(現在の約3分の1)をコメントしてみたのだが、それは助け舟にならず、学生からは何のコメントもなく議論が別の話に移ってしまった。本来であれば、いくつかの間接民主制(=議会制民主主義)の海外事例を調査し、各国における議員数に関する議論の状況を踏まえ、我が国の議員数を考察し、その上で「人数が多すぎるのではないか」という問題提起にいたり、議論になるはずである。ところが、その全てがすっ飛ばされて、「多すぎませんか?」「じゃぁ、いくつならいいの?」「わかりません」では小学生レベルの会話である。
教える側も、教わる側も、そしてそれを現場で見ていたであろう観客も、教育という視点ではドシロウトだったということだ。こんなインターンシップが成功を収めるわけがない。学生がどこの大学なのかは知らないが、大学の本分である「教育」を、インターンシップの名のもとにこういったドシロウト軍団に丸投げしているのもどうかと思うし、それを請けてしまう政治家の事務所もどうかと思う。また、全世界に馬鹿を晒すことになってしまった学生が気の毒だとも思う。
教育とは何なのか、もうちょっと真摯に考えるべきだ。教育のための勉強をせず、教育の経験もなく、有権者の意見をヒアリングしているだけで教育の専門家になれるのかと言えば、絶対に違う。
残念ながら、今の政治家はこんな、有権者へのヒアリングをしていれば知見が身につくと考えるような人物が多いのだろう。だから、自分と同じように、現場を見ていれば知見が広がる、それが教育になると勘違いしている。今回、インターンシップを任された政治家の事務所は、オムレツのレシピを与えて、それを作らせているだけなのだ。残念ながら、こんなものは教育とは呼べない。
今回の放送を通じて、大学の無責任っぷり、インターンシップ先の不見識ぶりがわかってしまった。どこの大学かは調査中だが、このインターンシップを実施した大学は、その偏差値とは無関係に、間違いなく三流大学である(追記:慶應大学でした。過去に慶應理工学部1系に合格しましたが、東工大に進学しました。行かなくて良かった)。そこを卒業した学生たちはお先真っ暗だと言わざるを得ない。学生の質が低いのは、当然ながら教育の質が低いからである。本当に優秀な学生なら、教育の質が低くてもきちんと独学で勉強できるが、そんな優秀な学生は東大でも一握りというのが僕の印象である。日本の大卒がダメだという話は良く耳にするが、その原因の多くの部分は当然ながら教える側にある。今回の放送ではそれが明らかになった。
残念ながら、大学という高等教育における「「コツ」の科学」のような書籍を見たことがない。おそらく、多くの優秀な教師の個人的な経験知として分散して存在し、そして彼らが教育の現場から退場していくと同時に失われてきたのだろう。僕自身は教育の現場から退場して5年ぐらいが経っているので、今の現場の状況は全く知らないのだが、例えば教科ごとのシラバスは、複数の教員によってバージョンアップさせていくという作業が行われているのだろうか。僕が教員をやっていた時は、そういう作業は皆無だった。では、これからはどうなのか。もしかしたら、すでにそういう作業は実施されてきているのかも知れない。ただ、今回のインターンシップをやった大学では、行われていないのだと思う。やっているなら、今回のような、異常なまでの低レベルのやりとりは回避できたはずだ。あるいは、大学がダメでも、ちゃんとした教育者がこのインターンシップに関与していれば、こんな醜態を晒すことは避けられたはずである。
幸いにして、今回は政治家の目前でやりとりが展開された。このやりとりから、政治家たちが、大学やインターンシップが抱えている問題点を抽出できるかどうか。このあたりから、日本の将来が変わってくるかも知れない。今回、生贄になった学生たちは気の毒だが、それを無駄死ににするか、しないかは、政治家にかかっている。それは、来年のインターンシップを見ればわかるだろう。ただ、事務所が今の体制のままでインターンシップを受け入れるとすれば、結果は今年と同じになる公算が大きい。
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