2014年02月21日

フィギュアスケート女子フリーを見終えての雑感

スポーツ選手の引退時期は、選手自身が決めるものだ。

辰吉丈一郎のように辞めどきがわからなくなって、ボロボロになるまでやる人もいる一方で、中田英寿のように、え?このタイミングで?と不思議に思うようなときに辞めてしまう人もいる。どれが正解ということもない。

浅田真央は今回の五輪で引退すると言われているが、まだ白紙というのが正直なところだろう。以前、ソチ五輪について「集大成」という言葉を選んだのが失敗だったと思う。彼女がソチで引退するか、しないのかは本人次第だが、少なくともソチは、彼女の大会ではなかった。昨日のフリーも、ツイッターでは称賛の声が大きいが、リザルトを見れば決してノーミスではなかった。

http://www.isuresults.com/results/owg2014/owg14_Ladies_FS_Scores.pdf

ノーミスだから良い、悪い、という話ではない。演技が「集大成」としてどうだったのか、ということだ。ただ、それも、浅田真央自身が納得しているなら、他人がとやかく言うことでもないだろう。

ショートプログラムも、フリーも、生でテレビ観戦したのだが、浅田真央の演技は、ギャンブル的で余裕が感じられなかった。また、フリーでは演技開始の時点で体が左に傾いていて、違和感があった(カメラの角度の問題かも知れないが)。フリーの途中からはいわゆる「ゾーン」に入ったのか、徐々にキレと安定感が増してきたのだが、ショートプログラムと合わせて五輪の75%が終了したタイミングでは、手遅れ感が強かった。それ以上に、ショートとフリーの前半は「挑戦」ばかりが前面に出ていて、演技からはスケートの楽しさがあまり伝わってこなかった。

フリーの演技における全てのジャンプ(=ギャンブル)に表向き勝利したせいで、たくさんの賞賛するつぶやきがツイッターに流れたけれど、それは判官びいき的な色彩もあったのではないか。それはそれで全く構わないのだが、日本人の活躍ではなく、「世界最高の演技」を楽しみたいというスタンスからは、やや疑問だった。とにかく危なっかしくて、終始ハラハラ・ドキドキしっぱなしなので、精神衛生上良くない。そういったギャンブルの積み重ね、挑戦にこそ醍醐味があるのかも知れないけれど、僕が長いことやってきたアルペンスキーが、「ミスしたら終了という条件下で、完走することを前提としていかにして限界に近づけるか」という競技だったからか、クリアできる可能性が低い状況で挑戦していくというのは、ちょっと好みではなかった。やはり、確実にこなすことが前提の競技のほうが好きだ。例えばジャンプ競技なども、きちんと着地できるのが大前提である。そういう競技の方が、実は多いのがスポーツである。

多くの日本人は浅田真央の演技に感動したようだが、実は僕にとっては浅田真央よりもキム・ヨナの演技の方が興味深かった。キム・ヨナは、終始安定した演技を続け、ギャンブルらしいギャンブルに挑戦しなかった印象がある。腰が万全ではないという報道もあったし、ブランクが長かったせいか後半は体力的に息切れしていた感もある。そうしたいくつかの制限の中で、自分が現在できる範囲の演技を完璧にこなす、という姿勢が凄いと思った。一度金メダルを獲っているという余裕もあったのかも知れないが、今自分が置かれている状況を正確に判断し、その上で、確実にこなすことのできる課題を全て完璧にこなした、という感じを受けた。とかく、「根性」とか、「気持ち」でなんとかしようとする人が多い東洋人の中にあって、非常に合理的で、理性的な演技に見えたのである。そのあたりの安定感が素晴らしく、それでいて彼女が設定した「限界」がかなり高度なところにあったので、これは凄いなぁ、と感じたのである。

仲の悪い2つの国家の国民が勝手に金メダルを期待しただけで、それとは無縁の次元で、彼女たちにしかわからない戦いがあったに違いない。その戦いで、浅田真央は長年のライバルだったキム・ヨナに敗れ、そのキム・ヨナもソトニコワに敗れた。フリーの後半でのみしか満足のいく滑りができなかった浅田はともかく、キム・ヨナは、思い残すことは何もないはずだ。銀メダルで不満なのは、彼女の取り巻きばかりだと想像する。

誰が去り、誰が残るのかは現時点ではわからない。全てのスポーツに共通しているが、選手の入れ替わりは必ず起きて、でも、競技自体は引き続き開催される。今回の主役たちには「おつかれさま」という言葉しかないし、まだこの世界に残るなら、また世界最高の演技で楽しませて欲しいと思う。出場することができなかった選手も含め、競技者たちは一人一人、舞台への出場切符の獲得に向けて、血の滲むような努力を積み重ねている。それが高度に濃縮されているからこそ、五輪は素晴らしい。

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