2014年05月29日

機能性食品の表示方法の変更についての雑感

機能性食品、健康食品の表示方法が変更される可能性があるらしい。

「体に効く食べ物」企業の判断で表示OK 根拠は厳格に
http://www.asahi.com/articles/ASG5W5W1NG5WULZU00N.html?iref=comtop_6_01

経産省時代、健康食品についても担当していたので、そこそこに知識があるのだけれど、経産省的な立場はあくまでも経済活動の健全な活性化なので、僕のスタンスもこのニュースは基本的に歓迎である。ただ、条件はたくさんつく。

まず、国民に対する教育だ。今まで、日本はお上任せだったので、健康食品に関する知識が決定的に欠落している。本当に健康でいたいのであれば、バランスの良い食生活だけが科学的に認められている健康法で、日頃の食生活がよっぽど劣悪でないなら、それこそアフリカやバングラデシュの貧困層でないなら、摂取を制限する必要がある食べ物はあっても、基本的に健康食品など必要ないのだ。あるいは「主食」なんていうのも偏食の一種であるという認識は、恐らく多くの日本人に持たれていないと予想する。大体、日本人の平均寿命は世界でももっとも長い国のひとつなのだから、僕たちの食生活が、健康食品を必要とするほど劣悪ではないことなど、自明の理なのである。そういった知識が全くない状態で、「これからは自己責任で勝手に判断してください」としては、混乱が生じる可能性が高い。ちなみに世界保健機構(WHO)が発表したGlobal Strategy on Diet, Physical Activity and Health(http://www.who.int/dietphysicalactivity/strategy/eb11344/strategy_english_web.pdf)で食事について挙げられているものは、ざっとまとめれば1.健康的な体重の維持のための食事、総脂質からのエネルギー摂取制限、飽和脂肪から不飽和脂肪への転換、2.トランス脂肪酸の禁止、3.植物性栄養素の摂取増大、4.糖質の摂取制限、5.塩分の摂取制限、となっている。テレビのバラエティ番組や情報番組で垂れ流されている「◯◯がインフルエンザ予防に効果あり」とか、「◯◯を食べると体が温まる」といった情報などよりも、基本的なベースの教育こそ、実施すべきである。

ちなみに、僕が執筆途中の食育本の目次はこんな感じになっている。

小学校高学年からの食育
1.コラーゲンを食べても肌はプリプリにならない
◯コラーゲンはタンパク質である
◯コラーゲンは体のどこにあるのか>非常に一般的な、ありふれたタンパク質である
◯タンパク質とアミノ酸
◯タンパク質の吸収>タンパク質は巨大分子で、そのままでは吸収されない
◯タンパク質の合成>タンパク質合成の仕組み
◯遺伝子>遺伝子とは何か
◯必須アミノ酸>必須アミノ酸を摂らなくてはならない理由
◯バランスの良い食事>なぜバランスが大切なのか
◯不適切なマーケティング>生活者の無知につけこんだ「コラーゲン」商法と関連事例(ウコン、ブルーベリー等)
◯「体に良い」「体に悪い」の嘘(白砂糖と黒糖など)

課題:身の回りの不適切なマーケティング事例を調べてみよう


2.身の回りの危険な食べ物
◯醤油は飲み過ぎると死ぬ
◯塩分は必要だが、摂り過ぎは危険>適量でなければ毒になる
◯玉ねぎはウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌにとって毒>生物種によって感受性が異なる
◯ジャガイモにはソラニンやチャコニンという毒が含まれている>普段食べているものにも毒が含まれている
◯残留農薬の基準を当てはめると、ジャガイモは毒物となって販売できなくなる>農薬の基準はどの程度厳格か
◯食習慣をもとにした判断>ジャガイモはなぜ普通に販売できるのか
◯サプリも毒になることがある>ビタミンA、鉄
◯天然物と人工物>天然だから安全、人工だから危険ではない

課題:冷蔵庫の中の食べ物の致死量を調べてみよう


3.農薬と無農薬
◯農薬の種類>農薬の考え方、どんなリスクと化学物質(主に)とをトレードオフしているのか
◯農薬の規制
◯農薬の安全性
◯無農薬野菜の害虫>無農薬野菜に付着する害虫たち
◯農薬の利用状況と平均寿命>世界における日本の平均寿命
◯相関関係と因果関係>相関関係と因果関係の違い

課題:農薬と害虫、どちらが嫌か、議論してみよう


4.食品添加物
◯食品添加物の種類>主要な食品添加物
◯食品添加物の規制
◯カビの危険性>カビ毒の危険性について
◯食品添加物とカビ毒の比較>リスクを比較すること
◯食品添加物の利用状況と平均寿命>3.と同じ
◯相関関係と因果関係2>3.と同じ

課題:いつも食べているお菓子に含まれている添加物を調べてみよう


5.遺伝子組換え
◯農薬が届きにくいトウモロコシ
◯イモムシに食べられてしまうトウモロコシ
◯遺伝子とは、タンパク質とは>1.と連携
◯ヒトでは毒にならないタンパク質>2.と連携
◯アレルギーの危険性>「食べたことがない食べ物」と「遺伝子組換え食品」のアレルギーリスク
◯生態系への影響>自然界ではほぼ雑草化できない農作物
◯タンパク質と核酸の消化>1.と連携
◯遺伝子組換え食品の種類
◯遺伝子組換え食品の規制

課題:身の回りの食品にどのくらい遺伝子組換え食品が含まれているか、調べてみよう


6.バランスの良い食生活
◯必要な栄養素>1.と連携
◯サプリメントとは>普通に暮らしていれば、ほとんど不要なサプリメント
◯トクホとは
◯トクホの存在意義>なぜほとんど効かないトクホを国が認めるのか(医療費を削減したい財務省、天下り先を作りたい厚労省)
◯アレルギーと食生活>食べることができなくて崩れる食のバランス
◯日本の食糧事情・栄養事情
◯「主食」とは>主食とは偏食である
◯バランスの良い献立作り>どういう食事が「バランスが良い」のか

課題:昨日の夜ご飯のバランスを検証してみよう


7.食事による健康リスク
◯食べ過ぎ>肥満
◯偏った食事
◯アルコール>アルコール中毒、がん
◯脂肪酸の摂り過ぎ
◯カンピロバクター
◯アレルギー
◯アクリルアミド
◯病原性大腸菌>なぜ「ユッケ」や「レバ刺し」が禁止されたのか
◯BSE>プリオン説と、「わかっていること」「わかっていないこと」
◯放射性物質による体内被曝>低線量被曝に関する「わかっていること」「わかっていないこと」

課題:米国産牛肉、茨城県産きのこ、豚のレバ刺しのリスクについて議論してみよう


8.科学と感情
◯科学的であるということ>科学的とはどういうことか
◯塩酸と水酸化ナトリウムから作られる食塩水>科学的に作られた食品の例
◯決して万能ではない「科学」、わからないことの方が多い「科学」
◯科学と感情
◯正確な科学的知識と、感情をもとにした選択>生活の中で、知識を活用して選択していくことの必要性
◯科学と感情の距離感を、知識と経験をもとにして体得することの必要性

課題:科学と感情のどちらを優先するのか、アンケートをとってみよう


次に、何が健康に良くて、何が健康に関係ないのか、そのあたりを明確にするための基準が必要だ。例えば今はトクホみたいな、厚労省の天下り先を確保するためだけの制度などがあって、誰も幸福にならず、みんなが少しずつ負担することによって、厚労省の天下りたちの生活費を支給している状態だ。でも、ヘルシアを飲んでちゃんと痩せたなんていう話は寡聞にして聞いたことがない。じゃぁ、厚労省のカテキンに対する見解はどうなんだろう?と思って、厚労省傘下の独立行政法人国立健康・栄養研究所のデータベースで検索してみると、有効性については、「色々な意見があるようだけど、トクホには認定されています」と、制度に丸投げしている。

#記述については同研究所が引用を禁止しているので、下記を参照のこと。
参考:国立健康・栄養研究所 「カテキン」http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail29.html
この国立健康・栄養研究所という独立行政法人は、トクホの許可試験を担当している組織なのだが、審査はあくまでも消費者庁食品表示課が行っているので、審査結果については責任を持ちません、というスタンスなんだろう。ともあれ、この研究所が運用している「「健康食品」の素材情報データベース」の内容は非常に科学的で、中立的な内容になっている。僕が書いた本でもときどき取り上げているのだが、質はとても高いと思う。例えば上記のカテキンの有効性の検討にあたっても、肥満に対する影響が認められたという論文と、認められなかったという論文を併記している(下記にその一部を紹介しておく)。

効果あり
Green tea catechin consumption enhances exercise-induced abdominal fat loss in overweight and obese adults.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19074207?dopt=Abstract

効果なし
Effects of dietary supplementation with epigallocatechin-3-gallate on weight loss, energy homeostasis, cardiometabolic risk factors and liver function in obese women: randomised, double-blind, placebo-controlled clinical trial.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24299662?dopt=Abstract

要すれば、「科学的には結論が出ていません」ということだ。ここではっきり言っちゃうと、こんな「どっちだかわかんないねぇ」などという状況なら、実生活上ではほぼ間違いなく効果なんか自覚できない。本当に効果があるものはもっとずっと切れ味が良くて、議論になんかならないのだ。そして、そういう有用素材は健康食品なんかじゃなくて、「薬」として扱われる。とはいえ、「それでも教えてください」という人のために、「これは◯」「これは×」「これは不明」と分類して情報提供するべきである。そして、国立健康・栄養研究所はそれができる立場にいる。今のところ、「引用厳禁」として、データの閲覧には二重にハードルを設けているくらいの腰の引けっぷりだが、その背後では「効果が期待できない」と表明した場合の食品会社の反応を恐れているのだろう。たとえばコラーゲンなど、このデータベースではどこにも有効性についての記述がなくて、ストレートに言えば「効かない」のだが、それを明言してしまうと、森永とか、資生堂とか、味の素といった、消費者を騙して大儲けしている大企業からクレームが来てしまうかも知れない。しかし、本気で「根拠は厳格に」というのなら、もっと前面に出て、消費者のメリットのために情報提供すべきである。ただ、脆弱な独法では、大企業の嫌がらせに屈してしまう可能性もある。そこを、きちんと行政が監視し、防波堤を設ける必要がある。


最後に、必要なのが罰則である。最近のニュースだと、消費者庁が改善指導を実施したというものがあった。

消費者庁/166社に改善指導/健食のネット監視を実施
http://www.bci.co.jp/ryutsu/political_organization/2014/1381.html

しかし、やったことといえば、「表示の適正化に協力するよう要請した」だけである。不当景品類及び不当表示防止法では課徴金制度が議論されただけで終わっており、有効な罰則が存在しない。このままでは、正直者が馬鹿をみるだけだ。


こうしたいくつかの条件があるものの、健康食品の表示方法が変更されるのは決して悪い話ではない。では、その条件がきちんとクリアできるのか。ド素人の政治家がアイデアを出す限りでは無理だろう。ただ、ここで可能性ゼロと断言することはできない。簡単なモニタリング方法があるので、それを使って判断しようと思う。その方法とは、日本の市場から、コラーゲン含有食品が駆逐されるかどうか、である。もし引き続き、コラーゲン含有食品が存在し続けるのであれば、導入される新制度は、ブラック企業のためだけにあるもので、生活者は一方的に不利益にさらされると判断できる。どうなるか、興味深い。

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