イラク戦争において海兵隊の突入を後方支援するだけでなく、前線に立って敵ゲリラ掃討に活躍した狙撃手の半生を描いている。
子供時代に父親から「羊を守る犬になれ」と教わったカイルは、高齢になってから軍隊に志願し、狙撃の才能を見出される。ちょうど中東の情勢が緊迫してきた時期に重なり、やがて前線に配属され、最初の戦闘から目覚ましい活躍を続けていく。しかし、同時に戦争の悲惨さを目のあたりとすることになり、4度のイラク派遣によってその精神を蝕まれていく。このあたりの様子をイーストウッドらしく淡々と描いていくのだが、カイルの活躍していた約15年間を2時間に圧縮しているので、話はかなり駆け足である。
映画の主な部分は敵の元五輪選手スナイパー「ムスタファー」(スター・ウォーズではオビ=ワンとアナキンが決闘をした惑星だが、アラビアの男性名でもある)との対決を主軸にしているので、飽きることはない。また、主演男優と主演女優の演技力のおかげで、最初は寡黙ではあるものの、優しくて思いやりのある男性が、徐々におかしくなり、PTSDを発症、家族との溝が大きくなっていくさまをきちんと表現できていた。
戦争を戦争として、あるいはヒーローをヒーローとして描くのではなく、軍人としての評価が高まるのと反比例するように精神的に病んでいく様子をトレースしているあたりが監督の監督らしさである。ただ、イラク戦争にあたって日本人の立ち位置は当事者ではなく傍観者なので、感情移入が難しいところがあると思う。やはり、米国人の米国人による米国人のための作品なのだろう。
#ちなみに、米国内でも160人を殺した狙撃手が本当に英雄なのかとか、イラクが9.11の犯人であるかのように描かれているのは問題ではないかといった議論が起きているようだ。
とはいえ、日本人にとって毒にも薬にもならない映画ではない。ISILとの問題に絡めて自衛隊をシリアに派兵しようなどという主張が散見される時代なので、戦争の現場とはどういうものなのか、宗教を背景にして女性や子供までが戦闘に参加する相手とはどんなものなのか、その一端を垣間見ることができる。憲法解釈というもっと大きな問題はあるものの、一度も戦闘をしたことがない日本の自衛隊が「邦人救出」として一体何ができるのか、想像力を働かせる必要があるだろう。日本人が戦場に行って、果たして正常な精神を維持できるのだろうか。
イーストウッド監督の安定ぶりには驚かされるし、個人的には今一番良い作品を撮る監督だと思うのだが、日本人にとっては大傑作とまでは言えないと思う。監督にとっても、米国にとっても、精神的に壊れてしまった挙句に殺されてしまった人間カイルへの、鎮魂的な意味合いが濃い作品だったのではないか。
評価は☆2つ。