2015年12月27日

文科省の馬鹿育成計画の成果

経産省で働いたことのある経験をもとに書くなら、日本の行政機関の基本姿勢は「民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず」である。この論語の一節の本来の意味は「為政者が定めた法律によって人民を従わせることはできるが、その法律の道理を理解させるのは難しい」という意味だが、日本では「人民は法律に従わせておけばよいもので、その意義や道理を理解させる必要はない」との解釈で使われる。僕が意図しているのも、もちろん後者の意味だ。

たとえば、先日、男女別姓に関する最高裁判決では次のような文言が記載された。

以下、最高裁裁判官岡部喜代子の意見
氏名自体が世界的な広がりを有するようになった社会においては,氏による個人識別の重要性はより大きいものであって,婚姻前からの氏使用の有用性,必要性は更に高くなっているといわなければならない。我が国が昭和60年に批准した「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に基づき設置された女子差別撤廃委員会からも,平成15年以降,繰り返し,我が国の民法に夫婦の氏の選択に関する差別的な法規定が含まれていることについて懸念が表明され,その廃止が要請されているところである。

96%もの多数が夫の氏を称することは,女性の社会的経済的な立場の弱さ,家庭生活における立場の弱さ,種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところであるといえるのであって,夫の氏を称することが妻の意思に基づくものであるとしても,その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのである。そうすると,その点の配慮をしないまま夫婦同氏に例外を設けないことは,多くの場合妻となった者のみが個人の尊厳の基礎である個人識別機能を損ねられ,また,自己喪失感といった負担を負うこととなり,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度とはいえない。

現時点においては,夫婦が称する氏を選択しなければならないことは,婚姻成立に不合理な要件を課したものとして婚姻の自由を制約するものである。

通称は便宜的なもので,使用の許否,許される範囲等が定まっているわけではなく,現在のところ公的な文書には使用できない場合があるという欠陥がある上,通称名と戸籍名との同一性という新たな問題を惹起することになる。そもそも通称使用は婚姻によって変動した氏では当該個人の同一性の識別に支障があることを示す証左なのである。既に婚姻をためらう事態が生じている現在において,上記の不利益が一定程度緩和されているからといって夫婦が別の氏を称することを全く認めないことに合理性が認められるものではない。


で、この岡部喜代子裁判官の意見は夫婦別姓の賛成派の考えを代弁しているので、それでも夫婦同姓を法律で強制すべきとするなら、論理的に反論してみろ、と某所で書いたところ、

あたしはバカだから文字をたーくさん並べられて難しいこと言われたら途中で読むことすらやめちゃうもん。
でも、色んな人間居るから難しい文字をずらずら並べられて苦痛になるのはあたし以外にも沢山いると思います。


なんていう馬鹿が現れた。要は、「私は馬鹿だから、長文は読めません」ということ。日本は法治国家なので、法律を読んで理解することは国民として最低限身につけておくべき教養なのだが、それが「できない」と恥ずかしげもなく開陳する。おまけに「馬鹿は私だけではないはず」と、自身の馬鹿を正当化する始末。普通の頭を持っていたら、馬鹿を反省し、勉強する場面である。ところがそうならない。こういう馬鹿は、これからも一生、官僚の奴隷である。だけど、それに気がつかない。ある意味、幸せである。もちろん、「無知の知」という言葉の意味も知らないままに死んでいくのだろう。馬鹿は死ななきゃ治らない。これは、逆に言えば、「死ぬまで馬鹿を治そうと思わない奴が馬鹿」ということだ。件の書き込みを行った人物は、正真正銘の「馬鹿」である。

あるいは、先日、WHOはこんなリリースを出した。

Global Advisory Committee on Vaccine safety Statement on Safety of HPV vaccines 17 December 2015
http://www.who.int/vaccine_safety/committee/GACVS_HPV_statement_17Dec2015.pdf

特に注目すべきは後半で、わざわざ日本を名指しして、子宮頸がんワクチンを利用していない政策を批判している。

The circumstances in Japan, where the occurrence of chronic pain and other symptoms in some vaccine recipients has led to suspension of the proactive recommendation for routine use of vaccine in the national immunization program, warrants additional comment. Review of clinical data by the national expert committee led to a conclusion that symptoms were not related to the vaccine, but it has not been possible to reach consensus to resume HPV vaccination. As a result, young women are being left vulnerable to HPV-related cancers that otherwise could be prevented. As GACVS has noted previously, policy decisions based on weak evidence, leading to lack of use of safe and effective vaccines, can result in real harm.


要は、「日本は、国際的な専門家が子宮頸がんワクチンと副反応の因果関係は無いとの結論を出したにもかかわらず、接種を再開できないでいる。薄弱なエビデンスに基づく政治判断で、安全で効果のあるワクチンの接種を妨げ、真の被害をもたらす可能性がある」ということ。これも、日本人は「英語が読めないから」といって、読むことを放棄している。

日本語も読めず、英語も読めない。これで、この国が良くなっていくはずがない。しかしまぁ、これが文科省の思惑通りなのだろう。「お前らは、俺達が決めたとおりにしていれば良いんだよ」である。

もちろん、それが正しいなら問題ない。国連の女性差別撤廃委員会は2003年と2009年の勧告で、民法が定める夫婦同姓を「差別的な規定」と批判し、法改正するよう求めているし、子宮頸がんのワクチンも「真の被害をもたらす可能性がある(=can result in real harm)」と指摘している。両方とも、国際的には正しくないと評価されているわけだ。

そして、もし今後、「正しくない」という判断に転換したとしても、行政官は全く責任を取らない。これが、官僚が国民を飼いならすことに成功した国の姿である。