保育園送迎に公用車を使うことは、「問題」なのか?
https://news.yahoo.co.jp/byline/komazakihiroki/20170701-00072787/
書いている奴(駒崎弘樹 認定NPOフローレンス代表理事/全国小規模保育協議会理事長)の頭の悪さばかりが目立つ。なぜかといえば、終始感情論で主観的主張を続けているからだ。
この件、一丁目一番地は、公用車の使用規程がどうなっているかである。この規程を読まずして、議論は成立しない。仮に市民感情的にどんなに正しくても、「でも、決まりですから」で終了である。これは先日のバニラ・エアの身体障害者対応でも同じなのだが、最終的には法律や規則に照らして考えるしかない。僕がバニラ・エアの件について「見て見ぬ振りができなかったものか」という主旨を書いたのは、規定を改定する時間がないからである。しかし、今回の公用車の使用についてはそういった時間的制約がない。ならば、一番大切なのは今どういう風に規定されているかである。
僕は官民交流法という法律を利用して、5年間の期限つきで経産省の課長補佐として勤務したことがある。このとき、一番優秀だと感じた同僚官僚の行動は今でも良く覚えているのだが、常に法律書や規定集をデスクサイドにおいておき、課内会議や外部との打ち合わせで何か疑問が生じると、「ちょっと待って。それは法律と整合しているの?」「今、規則って言ったけど、それはどこに書いてあるの?」と聞いていた。官僚にとっては立ち返る基本は法律で、何か迷ったらまずは法律に沿っているかどうかを考えるべきなのだ。しかし、これは官僚だけに限ったことではない。
この優秀な彼は、子供会の会長を押し付けられたことがあって、その会長の2年間で、様々な改革を実現した。その中では地方自治体との交渉も何度もあったようだが、なるべく現状を維持したがる地方公務員たちを「それは、どの法律で決まってるの?」と詰めまくって、なぎ倒していったそうだ。公務員の主張をひっくり返すにも、法律に立ち返る姿勢は極めて重要である。
特に、今回の件は衆院議員の公用車の使用方法についての話である。「これって、おかしいよね」と感情論で主張しても、なんにもならない。はたから見ていると、「こういう、みんなの味方っぽい無能って、一番社会の害悪だよね」と思うのだ。彼によれば
週刊新潮のような捏造系メディアは、それが国民にウケると思ってやっています。彼らに「ウケねえよ、バカ」と伝えてあげることが大事です。
とのことだが、「馬鹿はお前だ」と思う。
この文章を読んで最初に感じるのが「全部主観じゃねぇか」ということで、それは野球の試合で、「今日は優勝が決まる大事な試合で、今は2アウトながら9回裏の大チャンスだったのに、打者が三振しちゃった。ほとんど全ての観客も期待しているんだから、9回裏に限って5アウトまで認めることにしようよ」と主張しているようなものだ。大勢の感情論としては正しいかも知れないが、手続きとしては正しくない。「まずルールブックを読んでみましょう」となって、「どうやら、3アウトチェンジと決まっていて例外は認められていない。これが問題なら、ルールを変更しましょう」となるべきなのだ。
#もちろん、変更できるかどうかは別問題である。
憲法や法律で規定されていることに立ち返るのは、基本に立ち返ることである。何か問題が起きた時に、感情に立ち返ってばかりいては議論にならない。それは口喧嘩である。駒崎弘樹氏みたいな典型的な馬鹿を良い反面教師として、「規則に立ち返る議論」を身につけて欲しい。そうしないと、いつまで経っても官僚の言いなりである。