ようやく牟田さんの作品集が送られてきた。紙質、発色が良く、被写界深度の深い撮影で、全体像を把握しやすい。牟田さんの作品は360度、ぐるっと見てみないと面白さを堪能できないのでありがたい。一通り見てみた限り、掲載された作品はアート路線の作品がほとんどで、工芸色は薄い。牟田さんはアート領域から工芸の世界に飛び込んだ人で、徐々に工芸の殻を内側から砕いて巨大化し、工芸の破片を纏った美術に進化してきた。そういう牟田さんの今を表現すると、こういう構成になるのだろう。
僕が見てきたこの5年ぐらいでの牟田さんの進化の例をいくつか挙げてみると、六本木のイケヤン★展(2015)での下絵の導入、うつわノートの個展での大々的な赤絵の導入(2016)、館・游彩のグループ展(2016)での油彩のような表現の導入などで、いつも新しいことに挑戦してきた印象がある。その挑戦の最初の段階では、「今回はまだちょっといけてないので、買わないでおこう」とペンディングにしたこともあるのだが、油断しているとあっという間に自分のものにしてしまう。特に下絵の導入は非常にうまく消化していて、以後の牟田作品に厚みを出したと思う。器用さはもちろん持ち合わせているのだが、基礎的な勉強をしっかりやっているのだろう。キュビズムの作家が普通の絵を描かせても上手なのに通じるところがあるのではないか。
今回の作品集は2015〜2016年の試行錯誤の期間から後のものが多く、時系列で並べていないので、そういう進化の過程まではなかなか読み取れない。しかし、進化の過程でこっそり引き出しに仕舞われていたはずのかつての表看板も、時々顔を覗かせている。それはゼットンとか、キングジョーとか、ペギラとか、過去の怪獣が良い具合に登場してくる「ウルトラマンZ」を見る楽しさみたいなものだ。そういうところは5年以上前からのファンには嬉しいところである。
牟田さんの器は、今や高価すぎて使い難いこともあるけれど、名称が器であっても、使うというよりは絵を描くための素材となってきている。創作の過程を見ていないので、まず描きたい絵があって、それを実現できる形を作るのか、まず形があって、それに合った絵を描くのかはわからない。ともあれ、形と絵が融合していて、用途はそれほど重視されていない印象を受ける。牟田さんは、基本的に絵と色で勝負するタイプの作家さんだと思う。だから、活躍の場を九谷にしたのかもしれない。
とはいえ、牟田さんが形状を軽視しているわけではない。牟田さんの作品は歪んでいることが少なくないのだが、蓋物の蓋はぴったりはまるので、適当に作っているのではない。牟田さんの感性ではその形が必然なのだろう。そして、その形の上に、きちんと自分の意匠を表現する技術を持っている。やってみればわかるのだが、平らではないものの表面に絵を描くのはとても難しい。形状が不規則であればなおさらである。でこぼこの面に、筆で太さが均一の線を引くのは至難のわざである。
絵でいうと、犬などの四つ脚動物を描けば応挙、龍を描けば暁斎、鯨を描けば国芳、波を描けば北斎、鶏や花を描けば若冲といったいった具合に、過去の巨匠の影響が大なり小なり見て取れる。最近の作品からは特に若冲の影響が強いと感じる。きっと、色々な名作をじっくり鑑賞しているのだろう。もちろん、作品にするときは物真似ではなく、牟田さんなりに消化して、自分の作品に昇華している。科学も、医学も、芸術も、過去に学ぶのは恥ずかしいことではない。名作の技術や表現を細かく分解し、牟田流に再構築しているのだろう。僕は具体的に何人かの巨匠の名前を挙げたけれど、見る人によれば全然違うかもしれないし、牟田さん本人から「違いますよ」と言われるかもしれない。
コレクターの好みは変わっていく。同時に、作家の作風も変わっていく。この、好みと作風が交差する瞬間に「購入」という行動が発生する。そのあと、コレクターの好みの変化と作家の作風が一致して同じ方向へ変化していく保証は何もない。僕の好みと牟田さんの作風が交差したのは約6年前だろうか。これから牟田さんがどこへ向かうのかは分からないのだが、僕が日本にいなかった3年間を中心に、牟田さんの今を知ることができて、とても良い作品集だった。最近の牟田さんの個展ではいつも開店即完売なので、牟田さんの今の作風を受け入れる人は大勢いるのだと思う。そういう人たちにとっても、コレクションの方向付けと目の保養という2つの意味で、役立つ作品集だと思う。また、一品物の陶芸作品は個人蔵になるとなかなか見る機会がないので、こういう書籍が販売されることは本当に嬉しい。
才能、技術、閃き、努力を俯瞰できる本になっていた。そして、この気まぐれな作家が、これからどんな方向へと向かうのか楽しみにさせてくれる一冊だった。
以下余談である。
僕が最初に牟田さんの作品を買ったのは2014年の10月。
牟田陽日さんの猪口
http://buu.blog.jp/archives/51456206.html
確か15000〜18000円ぐらいだったと思うけれど、ロクヒルと六本木の駅を二往復して散々悩んだ末に購入した。その時は、陶芸作品に1万円以上払うなんて、清水の舞台から飛び降りるような話だった。わずか7年弱で色々変化したものだが、この時までに知っていた若手の作家さんは吉島信広さん、井上雅子さん、川合孝知さん、田畑奈央人さんあたりで、みんな今でも好きだし、実生活で使っているものも少なくない。第一印象でピンとくるものなんだと思う。そういう意味でも、ほとんど知識のない僕に高いハードルを越えさせた牟田さんの才能というのは凄いのだろう。