2022年04月20日

新・三大 将棋の「強さ」

将棋の強さとは、AIの登場の前後で大きく変貌した。

AI前の世界では、強さとはまず第一に知識だった。先人たちが考え出してきた多くの戦法と、その応用について幅広く記憶している棋士が強かった。第二にその知識を適材適所に当てはめる応用力が求められた。「研究」はこの知識のベースを広げてケースバイケースで応用することで、研究によって様々な展開に対応できる戦術が編み出されてきた。その典型例が藤井猛氏によって構築された「藤井システム」である。こうした「システム」は将棋の王道だった。そして、その亜流が羽生善治氏が展開した「羽生マジック」であろう。羽生マジックは、王道に対する裏道で、「え?そんなやり方があったの?」とみんなが驚いた。その後、いろいろな「勝ちへの筋道」を整理して総合力をつけ、AI前の世界で頂点に達したのが渡辺明氏だろう。渡辺氏は「勝利」という山の頂上へ至る道を整理・統合し、誰よりも早く正確に到達できた。第三に詰め将棋の力が要求された。これは、パズルの一種と考えて良い。ゴールに至る一本の筋道を脳内の試行錯誤によって見つけ出す。この詰め将棋の力を養うように弟子に指導した有名棋士の代表が米長邦雄氏だろう。これらの3つの力が将棋の強さの三大要素だった。

そして、その直後に、将棋界はAIで一変した。

AIによって、勝利という山頂への地図が精密に描かれた。特に山頂付近の地図は完璧で、AIがあれば誰でも山頂へ行き着くことができるようになった。この道は先人たちの経験から徐々に太くなってきた王道でもなければ、羽生氏が見つけてきた裏道でもない。そして、意外なことに近道でもなかった。相手が最強の時、AIが見つけてくるのは、細くて足を踏み外すことが一切許されない危険な一本道だった。AIの援助があれば、誰でも正確にその道を歩むことができる。しかし援助がなければ、一般人であればすぐに迷ってしまう。将棋の強さとは、その細く危険な一本道を見つけ出す能力になった。現在、この第一人者が藤井聡太氏である。

AIの登場前後で勝利への道の発見手法は大きく変わってしまった。AI前に強かった人たちはAI後に登場してきた強い棋士に苦戦を強いられている。AI前の棋士たちが「優劣不明だが、怖くて指せない」という手を、AI後の棋士たちはどんどん指してくる。将棋というゲームの質が大きく変わったのである。

ゲームの質が変わると、勝つための頭の使い方も変わってくる。これまでは「大局観」と言われる大雑把な優劣の判断力が求められた。山頂を目指す時に、崖や急勾配の難所がなく、安全で登りやすいルートを選んで、最後にしっかりと山頂までのルートを決めるやり方である。では、この手法を今まで誰もやったことがないかといえばそんなこともなく、アマチュアにも愛好家がいる「詰将棋」は似た考え方である。局面が与えられると、唯一無二のルートを見つけ出す。この作業を序盤、中盤、そしてもちろん終盤でも実行する必要があるのだろう。

これからは勝利に至る筋道を完璧に読み切る力が要求される。崖があっても、急勾配でも、どんな難所があっても構わない。どんなに困難なルートでも、足を踏みはずさなければ誰よりも早く山頂へ行き着くことができる。その能力を磨き、使い方に慣れている棋士が強い棋士で、現在その頂点にいるのが藤井聡太氏である。

では、AI後の新・三大将棋の「強さ」とは何か。

まず、序盤での「ルート発見能力」である。次に、中盤での「ルート発見能力」である。そして最後に、もちろん終盤での「ルート発見能力」である。

ゲームの質が変わってしまったので、残念ながらAI前の棋士が藤井聡太氏に勝つ可能性は非常に低いと言わざるを得ない。もちろん藤井聡太氏も完璧ではないから、時々負けることはある。しかし、番勝負と言われる全5戦、あるいは全7戦で勝ち越す必要がある勝負では、AI前の棋士が藤井聡太氏に勝利するのは絶望的と言って良いのではないだろうか。シャアがどんなに頑張ってもアムロやカミーユには勝てないように。

ご清聴ありがとうございました。